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熊の呪い  作者: きよひこ
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消えない熊の呪い

二人はエリックの仮住まいにお邪魔した。辺りはすっかり暗くなっていた。


「ーーという訳で解呪グッズを集めてきてほしい」ジュリアスが言った。


エリックは目を不快そうに細めた。頭をフルフルと振ると一言、「勘弁してくれ」と。


「今生の頼みだよ」


「嫌だ。お前には驚かされてばかりだ。死地から生きて帰ったかと思えば少数民族の少女を連れ回して、魔獣を食らい、その子は怪しげな呪いを抱えていると見える。教会の聖水が呪いを進行させた!? 教会が動けばその子を殺される。もちろん君たちに協力すれば私も無事では済まない。危ない橋は渡りたくない」


「そこをなんとか?」


ジュリアスとエリックの押し問答をヘレナはなんともなしに眺めていた。そこへドアのノックが届く。


「~~ったく。何が何でも嫌だからな。大体、なんなんだ。呪いが進行したのに他のものを試そうとするなんて。考えられない」エリックはぶつぶつと吐き捨てながらドアに向かった。ドアノブをひねると前には男が立っていた。


その男は祭服と呼ばれる教会の人間が着る白い法衣を着用していた。男の顔は無表情だった。冷血な印象を与える。教会の人間は人間味が無く、どこか人形めいた無生物感を見るものに与えるが、話していた話題が話題なのでエリックは冷や汗をかいた。


「どうも、私はパウロと申します」祭服を着た男が切り出した。


「こちらこそ、エリックと申します」


「どうやら魔女討伐作戦が失敗したとのことで。大変でしたね」


「お気遣いありがとうございます。教会の悲願の失敗、大変申し訳ありませんでした」


エリックは違和感を覚えた。パウロの言葉は硬質な響きを伴っている。教会の人間特有のものではあるがもう少し普段なら温かさを感じられても良いのだ。この冷たい感じは相手を探り、何か考えがある時の不穏なサインである。


エリックは恐る恐るパウロの背後を伺い見た。背後には兵士と思しき人間が大勢居た。護衛にしては仰々しい。


エリックは左腕で密かにジュリアスにサインを送った。子どものときからのサインで数々の修羅場を切り抜けてきた行動だった。ジュリアスにはこれで危険が伝わっただろう。


「少し中を拝見させていただいても?」パウロが問うとエリックは首肯した。


パウロは叫んだ。


「おいっ。悪魔に憑かれた少女を探し出して殺せ!」


パウロの背後の兵士たちはエリックの住まいに流れ込んだ。


兵士の流れの中で佇むパウロとエリック。


「お話を聞かせてもらいましょうか」パウロの問いにエリックは従う他無かった。


***


ジュリアスとヘレナはエリックの住まいから抜け出していた。間一髪だった。柱の影からジュリアスはエリックの様子を観察していた。エリックのハンドサイン。逃げろという強いメッセージ。ジュリアスはヘレナを抱えて逃げたのである。


脇に抱えられたヘレナはジュリアスの全速疾走の振動に弄ばれながら途切れ途切れに言葉を吐いた。


「急に、どう、し、たんだ。苦、し、い」


「あれはエリックのハンドサインだ。逃げろってな。何があったのか知らないがやべぇのは事実だ」


ヘレナは事態が飲み込めず不満な顔をした。


「そんな顔すんな。あいつと乗り越えてきた修羅場の経験があいつを信じろと叫ぶ。あれは間違いなく危険を知らせるサインだ」


二人は防柵に沿って走っていた。建物の裏を走る格好となるため身を隠しながらその場をあとにできる。走り続けているとジエル村の入口が見えた。安心してジュリアスは振り返った。突如として空が赤く染まった。焦げた匂いが風に流されてきた。周囲を見渡すとジエル村は火が放たれたらしく建物がことごとく燃やされていく。悲鳴があちこちで叫び渡った。怒号が空気を震わせて二人を包んだ。


ジュリアスは驚愕な表情をした。ただならぬ状況に冷や汗をかいた。エリックを、皆を、救わなければとジュリアスは焦燥にかられる。ただ魔獣になった自分が狙わているのだと思っていたジュリアスは逃げたことを後悔した。なぜジエル村の人間が狙われているのか? 魔女が襲撃しに来たのだろうか? 


ジュリアスの思考を破ったのは老人の声だった。老人の笑い声に二人が村の入口に注意を向けた。あと数メートルの場所に入口があった。ジュリアスたちはもうすぐ村から脱出して逃げ切れたはずなのだ。しかし入口には数名の兵士と祭服を着た老人が立っていた。


「終わりじゃな。呪いを伝播させる少女よ」


老人はヘレナに問いかけていた。ジュリアスは肩透かしを食らった気分になった。魔獣化した自分が狙われていると思っていたジュリアスはヘレナの命が狙われている状況に二の足を踏んだ。


「あの子を殺しなさい。ついでにジュリアス討伐長もだ」


老人の声に呼応した兵士たちは二人に襲いかかった。兵士たちの鎧を見てジュリアスは自分の不幸を唾棄した。鎧には特殊な彫工が施されていて、それは彼らが教会騎士団の中の最上位の精鋭だと示していたからだ。勝ち目がないことを悟ったジュリアスは村の中へ逃走した。しかしその方向にはパウロが居た。


ジュリアスは立ち止まった。頭の中には警報が鳴り響く。どうする。どうする? どうする。どうする? 彼は策を講じようとするが名案が思いつかない。時間稼ぎのためにジュリアスはパウロに問いかけた。


「なぜ俺じゃなくてこの子を狙う」


パウロは鮮血のついた祭服を気にしながらなおざりに答えた。


「なぜこのあとすぐ死ぬのに答えなければならない?」


パウロは手のひらを上に向けて腕をジュリアスの方へ突き出した。手のひらに魔術が発動し風の刃が蠢く。


「その子は教会にとって不都合な存在だからだ」


ジュリアスの背後にいる老人が答えた。


「おい、ショルツ。口が過ぎるぞ」パウロは老人を咎める。


「まぁ、死人に口は無いだろう」


「甘い。そんな姿勢だからその年でも司祭止まりなんだ」


ショルツは笑い声を上げた。


「手厳しい。のぅ、討伐長よ。その子はブチ族であるがブチ族はどんな民族か知っているか」ショルツはジュリアスに喋りかけた。


「そんなの知ってる。常識じゃないか。魔獣食を医療、儀式、祭宴に行う民族で魔獣食を禁じる教会と教義を信奉する多数の国から迫害されている民族だ」


「そう。そして魔獣食はある目的のために行われる。魔女の降臨のために。もうブチ族は忘れているがな。集団記憶の維持に失敗したのだろう」


「何?」ジュリアスはヘレナと目を合わせた。ヘレナは初耳だという様子で首を振った。


「喋りすぎだ」パウロは不快感をにじませた声を発した。


「じゃあ、あの魔女はブチ族なのか?」


「これ以上はお前等に必要のないものだ。死に際にいいことが聞けてよかったな」


パウロはジュリアスの質問をピシャリと切り捨てると手のひらを振るった。風の刃がジュリアスたちに襲いかかる。ジュリアスは身を盾にしてヘレナをかばった。鮮血が飛んだ。ジュリアスは悲鳴を上げた。


ヘレナはジュリアスの鮮血を浴びた。生暖かった。ぬるりとして不快だった。ヘレナの身を這う血はヘレナの悲鳴を上げるのにずいぶんと貢献した。ヘレナは叫んだ。ヘレナはパウロの冷徹な姿を見た。パウロの目は鋭利な刃の濁ったような光を放ち、色白な肌は死人さえ想起させる。パウロは手のひらに再び緑の光を纏わせた。魔術でできた風が刃となってジュリアスを負傷させた以前のものよりもより強力な光を放つ。ヘレナは目をつぶってしまった。恐怖のせいで。


そのときだった。ヘレナの体表に赤い文字列が走る。ヘレナの脳裏に知らない風景が浮かび上がった。ヘレナは見たはずのない風景に親しみを覚えた。記憶には無い。しかし懐かしい感じがする。自分の魂がそこに帰りたがっているとヘレナはそんな感覚を覚えた。


(どういうことだ? なぜこんな場所が走馬灯に?) ヘレナはこう思った。


ヘレナの脳内に話しかける声が流れた。


(走馬灯ではありませんよ。これが我々の帰る場所。リージュン)


(リージュン? 知らない) ヘレナは考えた


(でも懐かしさを覚えるでしょう) 謎の声は優しく包み込むように言った。謎の声はこう付け加えた。(思い出しなさい。導きの子よ)


次の瞬間にヘレナに膨大な知識が流れ込んだきた。ヘレナは絶叫した。なぜなら脳みそが焼き切れるほどの痛覚に襲われたからだ。


ヘレナの様子にパウロは憐れみ口を開いた。


「かわいそうに死を前に呪いによって苦しむか。自らの生まれを呪うが良い」


パウロはそう言い捨てると片手を振るった。大人の身長ほどの巨大な風の刃がジュリアスとヘレナに向かって。風の刃がパウロの手から離れた瞬間、ヘレナが力強い眼光でパウロを捕らえた。パウロは追い詰められた者とは思えないほど鋭い光に一瞬怯んだ。しかしパウロは考え直す。もうあの二人は死ぬ。自分の放った風の刃で。


ヘレナは指先をパウロに向けた。瞬間、雷光が指先から放たれ、風の刃を貫き、風の刃を霧散させた。パウロは驚愕の表情を見せることはできなかった。なぜなら眉間を雷光が貫いたからだ。


パウロは頭から血を流し、倒れた。絶命したパウロにショルツは驚愕した。ショルツはすぐさま戦闘態勢に入った。ショルツは杖を取り出しヘレナに向ける。光の盾がショルツの前方に展開された。光の玉が盾の前に数個浮かぶ。


「この私に撃ち合いを望むか?」


ショルツは額に汗が浮かんだ。焦りが脳裏を埋め尽くす。


ヘレナは振り返り、鋭い眼光をショルツに向けた。そして一言。「無駄だ」 ヘレナの指先から雷光が飛んだ。ショルツの光の盾を貫通し、心臓を貫いた。ショルツは崩れ落ちた。周囲に控えていた精鋭の兵士たちは怯んだ。


ヘレナは力強く叫んだ。「死にたくなければ去れ! 力の差は明らかだろう!」ヘレナの背後に巨大な土山を隆起させた。


兵たちは圧倒的な力を前に撤退を選択した。去っていく兵士たちが視界から消えるとヘレナはぺったりとその場にへたりこんだ。


その圧倒的な姿にジュリアスは驚愕して腰を抜かしていた。


「なんてことだ」ジュリアスは痛む体をなんとか動かしてヘレナに近寄った。「大丈夫か?」


「なんてことはない。力を使いすぎただけだ。ジュリアス、すぐに治してやる」ヘレナはニヤリと笑った。しかし、その笑みは弱々しい。ヘレナの体表に現れた文字列は明滅している。ジュリアスはその様子を痛々しく思うと言った。


「もしかして俺の血をやれば復活するのか? 司祭たちに襲われたときみたいに」


「バカ言え。ただのきっかけだ」ヘレナは弱々しく笑い飛ばした。


ジュリアスはヘレナを心配そうに見つめる。ジュリアスの視線からヘレナは目をそらした。


「そうなんだな」ジュリアスはそう言うと自分の首に爪をかけた。


ヘレナは首を振った。「やめろ」とヘレナは懇願した。


ジュリアスは言った。


「これは呪いだ。魔女を殺してくれ。俺の命の代わりに。俺じゃ無理なんだ。お前にしかできない」


「卑怯だ。考え直せ」ヘレナは目に涙を浮かべた。


ジュリアスは爪で首をえぐった。大量の血がヘレナにかかった。ヘレナの体表に浮かぶ文字列はこれまでにないほど赤赤と光り輝いた。ヘレナの慟哭がジエル村に鳴り響いた。


その後、ヘレナは教会組織を壊滅させ、魔女を殺し、世界の7割を火の海にした。復活することのない故郷のために。


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