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熊の呪い  作者: きよひこ
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ヘレナの頑張り

ヘレナが村の中央の建物に入ると大広間に通された。中央のテーブルに招かれるとヘレナはそこに座った。正面には厳しい壮年の男が座り、左右の隣にエリックとメガネの男が座った。机の側方に男女数人が座っている。


「さてお嬢ちゃん。詳しく話を聞かせてもらおうか」壮年の男が切り出した。


「そうだな。まず、ジュリアスは死んでいない」


ざわわっと場が騒がしくなった。壮年がその乱れを正すと対話を続けた。


「ジュリアスはいまどこにいるか知っているか」


ヘレナは頷いた。


「あたしと共に旅を続けている。そしてやつは魔獣に変えられた」


その言葉を発した瞬間、場は乱れに乱れた。パニックとなった場では言葉と感情が渦巻いた。


「なんだって!」


「あのジュリアス様が魔獣に変えられた?!」


「ありえない!」


「クソ! クソ! クソ!」


言葉の暴風に手を上げて治めたのは壮年の男だった。


「さてどうして、君はジュリアスと出会ったのだ?」


「答える義理は無い」ヘレナは答えた。


「そうか、ジュリアスを連れてきてはくれまいか」


「分かった」


その後、しばらくして熊となったジュリアスが大広間に現れた。そばには緊張した面持ちの兵士が二人控えていた。


ヘレナとジュリアスを除いた全員が息を飲んだ。


初めてジュリアスの変わった姿を見た者の中には泣き出すものもいた。


「あぁ。なんと、あの精悍なお方があのようなお姿に……」


エリックは深刻な顔をしてジュリアスに近づいた。


「なぁ、ジュリアス、お前なのか?」


「あぁそうだ」ジュリアスはエリックに向き直り言った。


「討伐隊は壊滅した」


「そうだな。直に見ていたから知っている」


エリックは今まで気丈に振る舞っていたが、そこで憔悴した表情をさらした。


ジュリアスは皮肉げに笑うと言った。


「なぁ、エリック。俺はパワーアップしたんだぜ。この体で必ず魔女を殺す」


エリックは力なく笑った。


「あぁ、今のお前ならどんなやつも殺せそうだ」


ジュリアスは壮年の男に向き直った。


「ゼベス総司令。私は再度、魔女に立ち向かい、その首を取って来ます」ジュリアスの威勢の良い発声は壮年の男ゼベスに遮られた。


「いや。今の段階で魔女が倒せないことは確信できる。しばらくの間、この計画は凍結とする。ジュリアス、お前はこの村でしばらく身を隠せ。教会の人間に見つかると面倒だ」


ジュリアスは食い下がった。


「待ってください。この体で必ず、必ずっ。あの憎き魔女を倒します!」


ゼベスは力なく首を振った。


「お前は今の力で千人の兵士を相手に勝てると思うか」


ジュリアスは奥歯を噛み締めた。


「いくらお前の今の姿でも無理だろう。しかし、魔女はやってのけた。この差をどう埋めるつもりだ」


ジュリアスは下を向き、肩を震わせた。


「なぁに、少しの辛抱だ。私も魔女討伐を諦めた訳では無い。いつかチャンスが来たら伏兵としてお前を使ってやる。そのときまで休んでいろ」と言い、ゼベスはジュリアスに近づき、腕を叩いた。「お前には引き続き期待している」


「……はい。ゼベス総司令」ジュリアスは頷いた。


ゼベスは机の方に向き直り、大広間に集まった人間に向けて声を発した。


「これにて会議を終了するっ! 討伐隊は壊滅と報告し、今から10年間さらに人員と兵器を集めたあと再度作戦を練り直す。以上、解散!」


緊張感が切れた大広間から人がその場を離れていく。人びとが散り散りになっていく。


ヘレナはジュリアスのおしりをつまんだ。


「おい、ジュリアス。約束の聖水だ。よこせ」


「ああ、少し待て」ジュリアスはヘレナをなだめつつエリックに声をかけた。「おい、エリック、聖水を持ってきてくれないか?」


エリックは怪訝な顔をした。


「何に使うんだ? 確かに呪いの類に効果があると言われているがここまでひどい魔獣化に効果があるとは思えない」


「まぁ、そう言わず持ってきてくれないか?」


エリックはジュリアスの言葉を不審に思いながら聖水を取りに大広間を出た。


「エリックとは付き合い長いのか?」ヘレナがジュリアスに聞いた。

「ああ。昔は無茶やってたな。荒事に手を染める前からの知り合いだ」ジュリアスは昔の思い出を想起した。「同じ故郷でいっぱい冒険したな」


「そうか、旧友なんだな」ヘレナは少し寂しそうな顔をした。


ジュリアスは彼女が呪いで同郷の仲の良い人間が少ないのだろうと思った。


「古くからの仲だと言ってもいいことばかりではない。仲違いしたときは本当に大変だった。なにせ故郷の村は狭いからな。嫌でも顔を合わせなきゃならん」


「それは経験したことはない」


「あいつ、あの娘が好きなんてわからなかった」


「痴情のもつれは大変だな」


クッ。とジュリアスは吹き出して笑った。


「あいつは普段飄々としてるが、あのときだけは違ったなぁ」


「ほら持ってきたぞ」ジュリアスとヘレナの背後に眉をひそめたエリックが立っていた。「言っとくがな。あのときのことを俺は忘れていていない」


「悪い悪い」ジュリアスは軽く謝った。


「それに俺から奪っておきながら速攻振られるとは思っていなかった」エリックは肘でジュリアスを小突く。


「そういう意味では二人は同じく振られたと」ヘレナは茶化した。


ジュリアスとエリックは二人で笑った。ヘレナは微笑を浮かべた。


「エリックと言ったか」


「そうだ」


「ジュリアスに旧友がいるとは羨ましい」


「ただの腐れ縁だ。それにしてもなんだか尊大な物言いだな」


「偉いからな。ブチ村の神童だ」


「どうせ、魔獣に襲われたところを助けられてくっついてきただけなんだろう?」エリックは茶目っ気に言った。


「ぬかせ」三人は笑い声を上げた。


「で、この聖水を何に使うんだ」エリックは聖水の入ったボトルを揺らした。無色透明の液体がボトルの中でゆらゆらと踊った。


「あぁ、それなんだが。場所を変えよう」ジュリアスは声をひそめ、エリックに言った。


エリックは怪訝な顔をしたが頷いて、三人は建物を出た。


三人は村の外れに移動した。防柵を背にエリックが問う。


「でなんでなんだ?」


「それはこのおちびが呪いにかかっているからだ」ジュリアスはヘレナを指さした。


「おい」ヘレナは抗議の視線をジュリアスに向けた。


「それで彼女の呪いを解くために聖水を……か。だがその少女はブチ村の者なんだろう。よく教会の聖水を使う気になったな」エリックは言った。


「それは……」ジュリアスは言葉を濁す。ヘレナとジュリアスは視線を合わせて苦笑いした。


エリックは二人の様子にハッとしてその後、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ブチ村って確か魔獣食による呪いの治療の習慣があるよな。お前、まさかその娘と一緒に……」


ジュリアスは顔をそらした。


ジュリアスの様子にエリックは目頭を抑えて深いため息をついた。


「お前、ろくな死に方しないぞ。ったく、二人揃って呪いにかかり、異文化に救いを求めるってか、おめでたいことだ。黙ってやるから俺の知らないところで勝手にやっててくれ」


呆れたエリックはその場を去った。


その後、二人はきまり悪そうに顔をかいたり、目線をあちこちに向けたりしていたがヘレナが「聖水使ってもいいか?」と尋ねるとジュリアスは首肯した。


「ただ浴びればいい」


「そうか」


ヘレナはジュリアスの答えに頷くと聖水のボトルの蓋を空けて頭から被った。しかし何も起こらないのでヘレナは小首をかしげた。


「おい、ジュリアス。何も起こらないぞ」


「失敗だったか」


ジュリアスが答えた瞬間、ヘレナの体に赤い呪文の文字列が浮かび上がった。


「熱い」ヘレナはその場でうずくまった。その文字列がヘレナの体のあちこちで蠢き走る。


「今、人を呼んでくる」突然のことでジュリアスは困惑したがそう言ってすぐさま走り出そうとしたときヘレナは答えた。


「待て、これは病ではない。むしろ力が湧き上がってくる」


「なんだって」


ジュリアスがそう答えたときヘレナの体表をうごめいた文字列は鳴りを潜め、ヘレナの体は再び沈静化した。しかし、呪文と思しき謎の文字列が体に広がったようで露出した首にその文字列が刻まれていた。


「本当に平気なのか」恐る恐るジュリアスは尋ねた。


「ああ。しかし見た目はますます呪いが進んだように見えるな。これは成功か失敗か? まぁ失敗か」


「そもそもどんな呪いなんだ」


「この謎の文字列。最初は腹にしか無かったんだ。その文字列はブチ族では穢れを意味してな。そこでこれを消そうと色々な場所に行って魔獣を食してきたわけだが。聖水を浴びたことで進んでしまった」


「失敗か」


「いや、だが気分は晴れ晴れしたというか、腹の底から力が漲るというか。調子はすこぶる良い」


ジュリアスは神妙に頷いた。


「そうだジュリアス。教会とやらが提供しているであろう清めの何かをもっと体験してみようと思うのだが」


「それはどうして?」


「魔獣を食しても今まで何の効果もなかった。このように体に変化が起きたのは聖水が初めてだ。善か悪か分からないが何か効くのならいろいろ試してみようと思うのだが」


ヘレナの言葉に顎に手を触れ考える素振りを見せた。実際、ジュリアスは考えた。呪いが進むかも知れないのを止めなくて良いのだろうか。また魔獣の姿の自分が果たして教会圏の中に居て無事で済むだろうか。それに確かに教会の説く解呪のまじないは多々存在するもののこのような怪しげな反応を示す異教な者の存在を教会はどう捉えるのか。おそらく好意的ではないだろう。ジュリアス口を開いた。


「いや、悪いがやめておこう」


「どうしてだ?」


「魔獣の俺じゃ教会の支配する場所では生活できない。それに施しを受けて今みたいに怪しげな反応を起こされては教会も不審に思うだろう。最悪、処刑される。呪いを解くために死ぬ羽目になるのは嫌だろう」


ジュリアスの言葉にヘレナは頭を抱えた。


「うーん。何か糸口がつかめたと思ったんだがなぁ……。そうだ!」ヘレナは目を輝かせた。


ジュリアスはヘレナの意図を汲み取ったようで苦笑いした。


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