少女にワケがあって?!
「ああ」とジュリアスはため息をついた。さてどうやって説明しようかと悩んだ。見たところこの少女の格好は少数民族のものだからだ。おそらくブチ族と言われる民族だろう。世界を放浪し、故郷を持たない民族。家を、故郷を持つジュリアスには理解できない価値観だ。しかもこの民族、国や教会など世間の話に興味を持たない。おそらく魔女の討伐にも興味を示さないだろうし、そもそもそんな話は知らないだろう。
ジュリアスの逡巡に怪訝な顔つきになるブチ族の少女は言葉を重ねる。
「お前、あたしの旅に供しろ。あたしの後ろについて来い」
ジュリアスは突然の話に動揺した。
「いや、俺には魔女を討伐する目的があって……」
少女は切り込む。
「魔女ってなんだ。そんなやつどうでもいいだろ。あたしの目的に比べたらちんけなものだ」
ジュリアスは不快で眉をひそめた。
「ではお前の目的はなんだ?」
少女はにっこり笑って言った。
「魔獣を食べ尽くすことだ」
ジュリアスは面食らった。
「なんだって!?」
「だから、魔獣を食すのだ」
「一体、何のために?」
ジュリアスのこの問いで少女の顔に少し陰りが見えた。少女が次に発した言葉は以前よりもわずかに弱々しいものだった。
「あたしは呪いを患っている。これを解くには魔獣を喰らわねばならない」
ジュリアスは驚愕した。主要な民族、この地のほとんどを支配するものたちにとってブチ族を筆頭する少数民族の風習・世界観は受け入れがたいものだ。ジュリアスの属する多数派の民族にとって教会が作った世界観がものごとを理解する唯一の道具である。その教会の教義は魔獣を絶対に食べるなである。魔獣食は全国で禁止されている。
しかし、眼の前の少女は禁じられた魔獣食をしようとしている。止めなければとジュリアスは考えた。
「魔獣を食べるなんて馬鹿げている」
「そんなことない」少女は否定した。慣れた手つきで狼の解体を始めた。「あたしのブチ族では当たり前の話だ。まぁあたしのかかった呪いは非常に稀なものらしいが」
「呪いであれば教会の聖水を使えば良いだろう」
「教会? 聖水何だそれ? そんなものが効くのか? 初耳だ」
ジュリアスは言葉に詰まった。確かに聖水は呪いに効くとされているがもちろん万能なものではない。だがしかし彼女を魔獣食をさせてはいけない。
ジュリアスがそういった考えを頭にめぐらしている間に少女は手早く狼を解体してしまった。非常に慣れた手つきである。ジュリアスに会うまでにいくつもさばいて来たのだろう。誰に教わったのだろうか? 教会が知ればすぐさまその者を捕まえるだろう。
ジュリアスは少女に近づいて言葉を投げかけた。
「俺は今でこそ魔獣の熊の姿をしているが、本当は人間なんだ」
「なるほど、元人間だから話が通じるのか。ならば話が早い。お前も魔獣を食べろ。うちの長老が話してくれた。呪印が刻まれたもの、魔獣になってしまったもの、魂を魔獣に食われてしまったものなど人の手から離れた災いを宿したものは魔獣を食べ続ければ治ると」
「そんなもの迷信だ」
「なぜそう言える?」
「教会がそう言ったからだ。魔獣を食ったからといって治らない。神に祈りを捧げることでしか治すすべはない」
「それで治ったものがいるのか?」
「あぁ、そうだ」ジュリアスはこう言ったが内心にモヤモヤとした感情が浮かんだ。確かに治ったものもいるが治らなかったものもいる。自分の国の中にいるときは皆そういった疑問を発さない。常識としてそういった観念は国中の人間の頭にこびりつく。しかしバックボーンの違う人間と話すことで自分の常識に疑問が投げかけられる。
「聖水が効かない。だから魔獣食で治るとは言えないだろう」
「いや、長老の実体験らしい。長老も呪印が体に刻まれたことがあり、魔獣を食して治したらしい」
「聖水だって治った事例がある」
このままでは平行線だと感じたのか少女はイライラした口調で言い放った。
「ならば両方試せばいい。おい聖水はどこでもらえる」
ジュリアスは困惑した。
「お前も魔獣食を試せばいい」少女は畳み掛ける。
「俺は食わない」ジュリアスが断ると少女はそれ以降、ジュリアスに興味を失い、荷馬車から調理に必要な鍋、薪、火種を取り出すと鍋に水を入れて沸かし始めた。
「本気で食うつもりなのか」
「あぁ」
あれよあれよと調理ができていく。ジュリアスは何も言わずにそれを眺めていた。
少女は死んだ従者を一瞥した。
「あいつを弔いたい。あいつには家族も故郷もないらしい」
少女の申し出に頷くと少女の元を離れ、ジュリアスは穴を堀り、従者をそこに埋め、花を添えた。とても簡素だが何も無いよりはマシだろう。
簡易な埋葬を終えたジュリアスは少女の元に帰ると食欲をそそる匂いがした。鍋の中を見ると狼の肉が香草と黒い艶やかな醤とともに煮込まれている。
ジュリアスは熊に変えられてから一度も食事らしい食事を取ったことがなかったので食への衝動を抑えきれなかった。狼の肉を掴み口に運んでしまった。噛むと硬い筋のすじがほどけ、ややくせのある油がにじみ出た。肉の旨味に香草と醤のとがったアクセントが乗り、更に食欲が増してしまった。気づかない内に半分を食べてしまった。
ジュリアスは内心、動揺した。それを見た少女は大声を上げて笑った。
「なんだ。お前、食べるじゃないか。教会とやらが怖くないのか」
ジュリアスは赤面しながら黙る。
「まぁ、良い。あたしも聖水とやらを貰いに行こうか。盟友がこうして譲歩してくれたのだから」少女はジュリアスに微笑むとこう付け加えた「あたしの名はヘレナだ。よろしく」
「俺の名はジュリアスだ」きまりの悪さを振り払うようにやや力強く言った。
「魔獣もなかなか美味いだろう」
「あぁ」ジュリアスはそっぽを向いた。