勇気ある少女
「こっちに来んな。どど、どうなっても知らないからな」
ジュリアスは少女の危機だと判断すると狼を囲いの外から不意打ちした。魔獣の熊はその大きな体躯に反して静かに動くことができる。一匹の狼を爪で切り裂いた。その狼は情けない悲鳴を上げ、絶命した。残り4匹。狼たちは新参者に驚きつつもすぐさま形勢を立て直した。狼の輪から少女が外れた。
「逃げろ」ジュリアスは大声を上げた。
少女は突然のことで目を白黒させながらも頷き、走り去った。
狼たちの意識は熊、ジュリアスに集中した。
「お前、なんで俺達の邪魔をする? 魔獣だろ」狼はそう言葉を発したようにジュリアスは感じた。
ジュリアスはここで初めて自分が魔獣になったことで魔獣の声を聞くことができる事に気づいた。これはたしかに狼の声だった。
「俺はジュリアスだ。魔獣じゃない」
狼達は笑い声を上げた。
「ははん。お前、さては魔女によって熊にされたやつだな。噂で聞いたぞ。さぞや大変だろうな」
「黙れ、お前ら、生きて帰れると思うなよ」
「その言葉そのまま返してやる」
そう一匹の狼が返すとジュリアスの背後から二匹の狼が襲いかかった。この言い争いの中で密かに2匹の狼が回り込んでいたのだ。ジュリアスは歴戦の勘と魔獣となったことで得た鋭い感覚でその狼を察知した。二匹の爪撃を半身をそらして避けた。そのまま鎌のような大きな爪でその2匹を切り裂いた。血しぶきが飛んだ。死体の赤が森の緑によく映える。
一匹の狼が震えた。かと思うと逃げた。
「とんでもねえ奴だ。俺等の不意打ちが通じねぇなんて。もう無理だ。終わりだ」
「おいテメェ何、逃げてんだ」
ボスらしい狼はたじたじになった。
ゆっくりとジュリアスは狼に近づいた。
「どうする? 見逃してやってもいいぞ。いや、やめておこう。俺を侮辱した罪は重い」
ボス狼は舌打ちした。その狼は覚悟を決めたようで目に力強い力が宿った。
ジュリアスは関心した。熊となった今でも戦士としての経歴がその狼にささやかな尊敬を抱かせた。不意打ちが失敗した時点であの狼たちは逃げるのが最善の行動だ。現に実行した狼が一匹いた。しかしこのボスらしい狼は違う。自分よりも遥かに強いであろう相手に、それでもプライドのために戦う。そう、我々に敗北はありえないのだとでも言うような狼のボスの言葉が想像できる。
ジュリアスは少し、魔女の気持ちがわかったかもしれないと思った。逆境と戦うものの姿は尊い。
二人は互いの一撃が届く距離まで近づいた。ジュリアスにとってもこの距離は危険である。狼の爪の一撃が届けば無事では済まない。緊張感が場を包む。それを打ち破ったのは
ーーあの少女だった。
絶叫しながら短い刃物を腰だめで突進してきた。不意を突かれた狼は体勢を崩した。少女の一撃が狼の腹に突き刺さった。狼は絶叫して息絶えた。
「おぉ」とジュリアスは息を吐き出した。この娘の度胸に感心した。(まさかこの年齢で死地に赴くことができるとは)とジュリアスはぼぅっとした。
少女は狼から刃物引き抜くとジュリアスの方へ向いた。
「なぜ、お前は魔獣なのに喋れるんだ。そしてどうしてあたしを助けた?」