報告-11の月、7日、5枚目
買い物にそっと付き合うペアンの受難。
「じゃぁ・・・服装の文化の違いについての講義は後にしよう。ちなみに、ここが洋服店だよ」
パステルピンクの壁にアイボリーのカーテンがかかる窓、店先の隅に生えている樹木はリンゴのような赤い実をつけている。
そのまま独立店舗としても良い面構えだけれど、ここは百貨店の屋内の一角だった。
室内なのに樹木が青々としていて、果実がなっている。
そんな違和感は残るものの、この世界に来て初めて触れた素朴な景色に心が躍った。
――――素敵すぎて、店先のベンチに座ってのんびりしたい。
文具店や紅茶屋はそれぞれの趣があり、好きだが、ずっと暮らせと言われれば、この洋服店の店先はとても気に入るものだった。
「わぁ、素敵なお店ですが・・・男性の方々は入りづらそうですね」
「んーまぁいいよ。俺様はお財布様だからな。こんな店でも平気で入れるさ」
「頼もしい限りですが、女癖・・・沢山の女性と、こういうところに来ているということですか?」
「そうじゃないけど・・・まぁ、ドレスとかの買い物は慣れているかな」
「お城の関係者だと、色々なところからの贈り物とか多そうですしね・・・」
「・・・まぁね、それより早く洋服を選ばないと、美味しいお昼ご飯が遅くなっちゃうよ?」
「あっ、急ぎます」
カラン
黒緑色の扉を開けるとベルがなる。
柔らかな笑顔に緩やかな三つ編みの女性が対応してくれる。
田舎から出てきた初めての給料で、一揃いの服と肌着や下着を揃えたいのだと話せば、一店舗に肌着や靴下などの店と、安めの普段着の店が入っているのだと教えてくれた。
どうやら実の姉妹で、それぞれの店舗を経営しているそうだ。
まずは妹の店で肌着などを購入することにした。
肌着は採寸を勧められたが、予算を抑えたいということで、パターンオーダーで選んでもらう。
最低限のサイズを知るための採寸をしてもらうことになった。
「・・・では、俺は外でっ」
一緒に入店したゴッセと店員の前で、サクラは下着姿になった。
使用人の服の中でも、脱ぎ着しやすいものを、ウィスカーに借りておいてもらったのだ。
女性に配慮して店を一度出ようとしていたゴッセが、顔を真っ赤にして外の方を向く。
「あ、すみません。気にしていなかったもので・・・」
首元にいたはずのペアンも、床に下ろしたフードの下に頭を突っ込んでいた。
「・・・サクラ・・・こういうときは店員の案内を待ってくれ」
「あらあら、こちらの殿方は婚約者様ではないのですか?」
騎士服にフードを被ったゴッセをラフな服装だと勘違いした店員は、サクラが恋人だと思ったようだった。
慌ててサクラを布で隠してくれる。
「職場の方ですが、私は全く気にしていないので、採寸をお願いします」
「サクラ、そういう問題ではないんだ」
「まぁ・・・堂々としてほれぼれします」
なおも布から出てこようとするサクラを、頬を染めて見つめる店員。
顔色を悪くするゴッセと、フードの下で震える猫の使い魔という、中々カオスな状況が出来上がった。
ちなみに、サクラが元いた世界の感覚でいえば、キャミソールに短パン位の服装なので、気にしていない。
肌着や小物は秋になったばかりの現在から春先に至るまで使えるものを購入した。
続いて、店員の姉が経営する普段着のお店に移る。
ゴッセから、大貴族では決して購入することのない品質の普段着であるが、庶民から見ればとっておきの日に来たくなるグレードの服だと説明を受ける。
落ち着きのある赤茶の扉を開けると、確かに前の世界に近い服が並んでいる。
メイドの制服よりもラフな感じではあるが、色、柄、刺繍の美しさも感じられるデザインになっている。
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」
ポニーテールの穏やかな店員とサクラが話しているうちに、逃げ出そうとしていたゴッセの服を掴む。
「俺様は外っ」
「私の服選びのセンスの確認と、どこに来ていけば違和感がないかを教えてください。この国での常識を知りたいです」
「むぅ・・・なるほど」
「ちゃんと更衣室で着替えてきます」
「そこは・・・当たり前だと思うんだ・・・」
店舗の一角にあるソファに座ったゴッセ、その横に寄り添うペアンを見て、何となく微笑ましくなるサクラ。
店員と共に、幾つか気になる品を手に取り、試着室に入る。
他の着用する場面を伝えては、店員とゴッセがアドバイスをくれる。
服に合わせて一通りの小物をそろえてくれる店員さんに、ゴッセがソファの横に積んでおくように話す。
試着したものは全部まとめて購入するらしい・・・店員さんが驚いている。
私もです、とサクラは心の中で同意する。
サクラはこの世界で出会った人の中では小柄な成人に見える。元居た世界でも150cmくらいであり、視界に大きな変化がないので、同じくらいだと考えている。
ゴッセは170cmくらい、店員の姉妹は160㎝くらいに見える。
サクラがこの世界に来てすぐにお風呂に放り込まれたとき、メッツェンやウィスカーの服を借りることになったが、二人も170cm程度であり、色々と残念な感じになったのだ。
少しだけ悔しい思いが蘇ってきたが、サクラは飲み込み会話を続ける。
この世界でも牛乳を飲めば、身長が大きくなると言われているのだろうか。
この世界でのサクラは、転生したときに負った火傷で髪を短く整えている。黒髪に紺色の瞳、肌は真っ白ではないが平民の女性よりは日焼けをしていない。
傷はメッツェンたちが魔術で消してしまったということで、サクラが目覚めた時には傷がなかった。
爆発に巻き込まれていたようで、あちこちボロボロだったらしいが、サクラには痛みの記憶すらない。
黒い髪は西の国には珍しいが、南の国には多く存在し、日差しの下で紺色に見る瞳は屋内では黒目に見えるので、サクラは総合的には特色のない女性という評価になる。
元々この世界に存在していた体だからか、メッツェン、スタンツェ、アドソンが掛けた魔術がよく効いたのか、サクラは言語に不便がない。
魔力に慣れていない為、過剰な魔力を阻害出来る眼鏡を、スタンツェが用意してくれた。
結局、シックなワンピース、ロングスカート、ブラウス、カーディガン、、寝間着、肌寒くなってきたときのためのコートなど、様々な服を購入することになった。
もちろん、ドレスは着る当てはないので、購入していない。
ゴッセも購入しなくて良いと言い切ったので、サクラは余計なお金を使わせなかったことに安堵した。
「サクラ、ここではドレスを買わないけれど、必要な時には戦闘服としてドレスを仕立てるからね。それは必要経費。これからの普段着は頭の上からつま先まで、サクラが好きな服を着ていいんだよ」
「・・・もちろん自分のお金で買うときにはそうします。今回は職場のお金が紛れ込んでいるので、遠慮しただけです。そもそも肌着を経費で落とさないでください」
「王族はそうやって経済を回すの」
なるほど、分からん。という単語が身に染みたサクラだった。
ついでにと、店員に裁縫セットとルーペ、巻き尺、バッグの購入希望を伝えたところ、裁縫セットは最小限だけれど・・・と恐縮されながらも購入出来た。
こちらの世界の貴婦人は刺繍をするため、裁縫はあまりしないそうだ。
城で働く洗濯部のお姉さま方は使用人の服の裁縫を担っているのだから、サクラが出来ても良いだろうと開き直る。
大量に購入したお礼として、余り布やリボン、ボタンも沢山もらえたので一緒に届けてもらうことになった。
ゴッセは王女宮に荷物を直接運ばないようにと、王都の中にある小さな会社を納品先としているそうだ。
店員姉妹から名刺を渡して頂いたが、そんなに頻繁には来ないし、高額購入は出来ないと恐縮してしまった。
またお給料が入ったら遊びに来ようと、サクラは笑顔になる。
アドソンとの合流先の市場まで、ペアンはゴッセに寄り添うように歩いていく。
ペアンもゴッセもサクラと目を合わせないようにしているので、先程のお店で脱いだのが影響しているのだろうと、サクラは苦笑した。
ペアンは自室でのサクラの着替えも見ないように配慮しています。
今回もナニモミテイナイと証言しています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。