報告-11の月、7日、3枚目
文具店
一つ目のお店は1階の入口にほど近い文具屋だった。
交差した羽ペンのようなマークがついた看板に、暖かで落ち着いた色合いの外装は、とても素敵な雰囲気が漂っている。
ついでに買い物があるというゴッセさんは店の前で別れ、アドソンさんと店内を見て回ることにした。
店先で頭から被っていたフードを下ろして、顔を出す。
スタンツェが言うには首周りに寝ているペアンを他の人は見えていないそうだ。
確かにこんなに大きな猫が首周りにいるのに、待ちゆく人は誰もサクラを見ることはない。
ペアンは周囲のことを気にすることなく、サクラに付き添っている。
店内は外装に負けず劣らず、サクラの好みの内装だった。
「・・・ふあぁ・・・どれも素敵で、選べませんね・・・」
ペンは鉛筆、万年筆、ガラスペン、細い筆のような硬筆があり、どれもこれも素敵な味わいの物が箱に収められている。
お隣のインクコーナーと絵の具コーナーは卒倒しそうなほどの色合いの瓶が、所狭しと並んでいた。
「サクラの好きな色はどれだ?」
「青、白、黒が好きで・・・・淡い色よりは濃い色が書きやすく・・・でもここのインクは全色揃えたいくらいですね・・・スタンダードに黒・・・・いや・・・紺・・・いや・・・・このラメ入りのような淡い水色も捨てがたい・・・」
フラフラとインクの間を彷徨い歩いていたのか、絵の具コーナーの端っこで、男性とぶつかってしまう。
「これは失礼いたしました。お怪我はありませんか?」
振り返ると、黒の髪を前部分はオールバックにまとめ、後ろは一つに結び、髭を生やした紳士がいた。
アドソンよりも長身で、スタンツェと同じように細身の体型で、灰色の瞳が柔らかく細められている。
黒っぽい三つ揃えのスーツは胸ポケットのチーフ下に黒いレースが取り入れられており、ラペルも恐らくこだわりの品だと分かるものだった。
カフスはグレームーンストーンのようにも見える。
ともかくお洒落なイケオジ、ナイスミドルが居た。
イケオジに驚いたサクラだが、仕事の一環として来店しているため、礼を失するわけにはいかないと謝罪する。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました・・・あの、お怪我はありませんでしょうか?」
「えぇ、お嬢さんよりも私の方が頑丈ですからね。ふむ・・・・彩りの海の中で彷徨い、貴方のような美しい人魚が居たのに、周りが見えておりませんでした」
謎かけのような言葉で、サクラを誉めてくれた紳士に、サクラも精一杯返答をしてみる。
「彩の海・・・私は海藻同じように波間に浮かび、沈んだものですので、見つからなくてもそのお気持ちは分かります」
「海藻・・・いえいえ、そのような・・・ふふふ」
穏やかに目を細めて微笑むナイスミドルは、店内の雰囲気にぴったりだ。
「・・・失礼する。連れがぶつかってしまったようですが、お怪我はありませんか?」
棚に隠れてしまっていたのか、話し声に気付いたアドソンがこちらに来てくれた。
紳士にアドソンからも謝罪していただいてしまい、恐縮する。
「あっ、すみません。・・・こちらのお店には、仕事で訪れておりました。アドソンさんも勝手に動いてしまい済みませんでした」
「いえ、お連れ様に勝手に声を掛けてしまいまして、申し訳ございません。私はこの店の支配人をしております。店を気に入っていただけたようで、嬉しゅうございます。どうぞこの次はお仕事なしにご訪問ください。いつでもお待ちしております」
微笑む紳士は実は偉い人だったようで、恐縮する。
「支配人の方でしたか・・・・猶更申し訳ありません。ぶつかってしまって、お店の商品に影響が出なくて良かったです」
「品物への気遣いまでありがとうございます。・・・私はスティーブンと申します。この店のものなら何なりとご相談ください。もしここになければ、どんなものでも手に入れて見せましょう」
店長さんは私に向かって一礼し、アドソンさんに名刺のようなカードをくれて微笑みかけて店の奥に向かった。
いつでもお待ちしていますという呟きが、サクラたちの元に届くことはなかった。
「へぇ、気に入られたんだねー」
騎士然とした先程までの言葉遣いから、聞きなれたトーンに戻したアドソンが、サクラにカードを渡してくれる。
「えっ?」
「この名刺はサクラに渡すものだよ。また来て良いって挨拶されていたでしょう?この国だと令嬢に直接何かを渡すのは失礼だって言われてるから、俺に渡したんだよねー」
「あーなるほど。それは・・・奥ゆかしい文化ですね」
「面倒なんだけどなー。という訳で、サクラにこのカードは渡しておくなっ」
サクラはアドソンから名刺のようなカードを受け取り、顔の前に掲げてまじまじと見つめる。
白かと思うような薄い灰色に黒の縁取りがついた名刺に、支配人のスティーブンという名前と、「このカードがあればいつでも割引、特別な粗品をプレゼント」という一文が掛かれており、サクラは目を見開く。
この世界に召喚される瞬間に抱きしめていたのは、ずっと憧れていてやっと購入したガラスペンとインクだったのだ。
一度も試すことが出来なかったペンとインクだったので、この世界ならではの文具や魔術具が見られるならば、なんと素敵なことだろうかと、サクラは密かに興奮する。
熱気(狂気)を感じたのか、フルリとペアンが身じろぎ、思わず毛並みを撫でててしまう。
「ふふふ。文房具マニーアは世界共通なんですねぇ」
「マニ?」
「ある方面に興味関心と執着を感じる人達ですね」
「ふーん、サクラは文房具マニーアというのか・・・・それで、欲しいものは決まりましたか、お嬢様?」
「あ、まだ決まっていなくて・・・急いで選びますね!お待たせしてすみません」
「好きなのは良いけれど、早くしないと、美味しいおひるごはんが無くなるよー」
「それは・・・困ります!」
色々悩んでしまったけれど、ノート3冊、黒・紺のインク瓶、鉛筆と万年筆、手紙セットを6種類購入した。
サクラとしては散財したように感じるけれど、箱にまとめてもらったときも、アドソンは何も言わずにお支払いしてくれた。
お店を出るときはいつのまにかスティーブンが出入り口に立っていて、扉を開けてくだれたのだった。
サクラとアドソンは一礼して、外に出る。
素敵なお店で、良いお買い物が出来たと上機嫌になった。
共通の趣味が語れるのは良い事です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。