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報告-11の月、6日、2枚目

使い魔の存在

「では、そろそろ、夕食の準備をして参ります。失礼いたします」

 今日も『尋問』という名の三つの質問会と、この世界についての勉強を終えて、人型使い魔とサクラは厨房へ向かう。メッツェンたちは王女宮の食堂ではなく執務室で食事を取るため、ワゴンを運ぶ必要があるからだ。


本来ならば王女であるメッツェンの傍には多くの使用人が付き従うものだ。

サクラも前にいた世界の知識を照らし合わせても、執務室に王女、文官、騎士、メイド1名(使い魔)は流石に少ないと理解出来る。

しかし、上級使用人たちもメッツェンの執務室には滞在出来ないとされている。サクラは王女付として正式な手続きを取っていないが、メッツェンが許したのであればだれも口は挟めない。王女宮の上級使用人たちは、メッツェンの苛烈な性格を受け止め、長年付き添ってきた精鋭であるため、サクラが宮の中をうろついても見守っている。

サクラの監視役として、スタンツェが魔猫の使い魔をつけていると通達されているのもある。


「あ、そうだ。ウィスカーさんも今日は一緒に、お夕飯を食べましょう」

 メッツェンの執務室と同じ廊下に面するメイドの控室を与えられたサクラは、勤務を終えてから人型使い魔のウィスカー(サクラが命名)とお茶を飲みたいと考えている。

3人の晩餐が終わってからサクラも食事にありつけるのだが、本来使い魔は食事の必要がない。

そもそも魔力の弱い使い魔は、口を聞くことも出来なければ、人間を傷つけることも出来ず、命令に従うのみなのだが、スタンツェの魔力が豊富だからかサクラのお願いにウィスカー自身が判断することも可能だそうだ。

その人自身が考え、何かしらのアクションを取れるならば、発語は出来なくとも、サクラはウィスカーとコミュニケーションが取れる。サクラにとっては金髪に金色の瞳の同居人という感覚なのだ。例え、眠るときに小さな宝石になっているとしても、だ。


「ペアンくんも、眠る前にお茶を飲みますか?」

 魔猫の使い魔にも勝手に命名しているサクラは、なぜか首周りに指定席を作り、マフラーのようになっている彼にも話かける。

紺色の毛並みに、黒い瞳の長毛魔猫だが、重さも暑苦しさも感じないため、サクラは時折生きているか心配になって毛並みを撫でるのが癖になった。

「ニャォ」

どうやら同意が得られたとサクラはほっとする。


 術者であるスタンツェや主であるメッツェンの傍ではなく、サクラに使い魔一人と一匹がついて回ることになったのは、ウィスカーと同室で寝泊まりすることになり、スタンツェと揉めたからだ。

サクラは今でもなぜ使い魔が二人に増えたのか理解出来ていないが、なぜか増えたのだった。

 メッツェンの執務室は執務用の大きな机、書棚のスペース、応接室、寝室、ユニットバスのような洗面室がある。王女用の居室もあるそうだが、そちらにはほとんどいないらしい。

執務室の右隣にアドソンとスタンツェの部屋を当てており、左隣にウィスカーの部屋が元からあった。

ただし、彼女は使い魔であるため、必要なとき以外は元の姿というものに戻されているそうで、今まで使っておらずサクラの部屋へと変更になった。

ずっと使われていないはずの部屋だが、綺麗に片付いているのは、ここが一国の王女が住む城だからだろうか、それとも魔法で片づけたのか、サクラには判断がつかなかった。

サクラは初めて足を踏み入れたときに、素朴だが立派な設えに感嘆した。

壁紙は支給服に合う爽やか水色で、腰板・書棚などの木製品は黒ベースで艶消しされているため、落ち着いた雰囲気だ。ベッド、小さな机、作りつけられた書棚、一つ口のコンロと小さな水道、ユニットバスもある。

使用人の詰め所として1Kの部屋が用意出来るというのは、やはり王女宮という大規模施設であればこそだと実感した。

と言っても、王女様に近い職務だからこそ、この広さなのだろう。

下っ端の使用人はもっと粗末な部屋の可能性もある。サクラはそちらでも良かったけれど、この世界のことを何もしらないうちに、知らない誰かと同室は避けたかった。


 この部屋に案内されたときに、ウィスカーは黄水晶の使い魔であり、休息は宝石に戻ってとるのだとスタンツェが説明した。

サクラが仕事を覚えるまでウィスカーは召喚され続けるようで、魔術がない世界の人間は消費する魔力の心配などをしてみた。

電力で考えても充電せずに使用し続けるのは、マズいだろう。

24時間働かせ続けていいと言ってのけるスタンツェに、そうだとしても精神衛生上、休息、食事を共にすることを強く希望する。

人型の同僚が働き続けているのに、サクラ自身が休んでいるのは、心理的に負担であることを伝えた。

サクラやウィスカーの任意の時に宝石に戻す方法がないかを知りたかった。


「・・・・では、こうしましょう」

小さく溜息をついたスタンツェは絵筆と紙でサラサラと何かを書き、優雅に紙を揺らしたのち、息を吹きかけた。

青い光の粉が空中に舞い、光の粒がパラパラと落ちるのに合わせて視線を下げたが、目線を戻すと空中に紺色の猫が座っていた。

ロシアンブルーよりも黒に近いが、光の当たり方で青みを帯びる。

短毛ではないが、生えそろった毛並みは艶々としていて、思わず触れてみたくなる。

犬派か猫派かと聞かれれば、即答で猫派だと声を大にしてしまうサクラにとっては、歓喜の声を上げず、肩を揺らす程度で咄嗟に抱きしめなかっただけ、まともな対応をしたと考える。



「こちらは貴方につける使い魔で・・・どうしました?」

説明しようとして、サクラを見たスタンツェは眉を顰めて問う。


――――さ、触りたいけど、取り乱しちゃいけない・・・・触りたい・・・・けど、説明を・・・・触りたい!

 目が泳ぎ、鼻息荒く口をパクパクさせ、手が震えている女は、どこからどう見ても不審者である。


「んんっ・・・・いえ、なんでもないです・・・・私に使い魔さんをつけてくれるのですか?」

冷静に対応しようと踏ん張っているせいで、体に力が入っているのは自覚しているが、挙動不審にならないように返答する。



「はぁ・・・お前、どうしたよ?」

さらに小さく息を吐いて、言葉を崩して執事モードを停止したスタンツェの疑惑の視線が、サクラを刺してくる。

諦めて正直に気持ちを吐き出すしかないと、サクラは覚悟を決めた。

「えっと、そちらの使い魔さんは、こちらの世界では何と表現するか分かりませんが、私の世界では猫と呼ばれる動物の形にそっくりなんです。・・・そして猫様は私の大好物なんですっ!この高貴で美しく凛とした毛並み触りたい!!この方の纏うオーラ吸いたいっ!!」

最後の方は取り乱している気がしたが、努めて冷静に会話した自分を誉めたい。

サクラの理想の猫を体現しているような使い魔が目の前にいるのだから、愛を伝えても許されるのではないか。


 眉を顰めたスタンツェさんが、もう一度小さく息を吐く。

文官、執事モードのスタンツェは、近寄りがたさはあるものの、基本的に丁寧で優雅に対応してくれる。

素に戻ったスタンツェは、案外ぶっきらぼうで面倒くさがりだ。

許されるならば、寝食を忘れて、魔術具の研究をずっとしていたいと考えている。

・・・猫だ・・・こちらの世界でも猫であっている。こいつに言えば、こっちの使い魔を出し入れできるようにしておいた。お前が休ませたいと言えば消えるし、呼び出せば働く」

「おぉ・・・この猫様はそんなに優秀な方なんですね」


 じっと見つめた猫は尻尾をゆらゆらとしながら、背筋を伸ばしてこちらを見ている。

昔読んだ猫の雑誌で、じっと見つめてしまえば敵対関係になるため、見つめながらもゆっくり瞬きをすると敵意はないと伝えられると書かれていた。

向こうの世界で地域猫に合うと実践していたので、思わずやってしまったが、警戒心を持たれてはいないようだ。


「ニャーン」

「わぁ、美人さんで、しかも素敵なお声なのですね。宜しくお願いします」

美しい鳴き声を聞いたら、思わず手を出しそうになるが、ぐっと堪える。


「・・・ちなみにこいつは出しっぱなしになる。俺たちとお前以外には見えないから、会話に気を付けろ。まぁ何もないところに話しかけるやつはこの世界に一杯いるが、他の者に聞かれるとまずい会話もあるからな。」

「・・・そうなんですね・・・・この世界のことを全く知らないので、もっと注意点を教えて頂きたいです。特に人と接するときの注意点ですね」

「・・・そのうちメッツェンに伝えておく」


 テンションが不審な位に上がっているサクラを置いて、スタンツェは退室した。

ウィスカーの時と同じように、猫型の使い魔にはペアンと名付けた。

ゆったりと尻尾を振る姿は、サクラにとっては神々しいの一言に尽きた。

ペアンを召喚してもらい、冷静になってみると、ウィスカーを宝石に戻すために、使い魔が増えており、ペアンはいつ本体に戻って休むのかという問題にぶち当たった。

結局ペアンはそのままの姿で、猫と同じように食事や睡眠をとれば良いと今朝になって判明し、サクラはほっとした。


 勤務後自室でお茶を飲み、昨晩の呆れたようなスタンツェの表情を思い出しながら、サクラは微笑む。

「結局、メッツェンさんもスタンツェさんもアドソンさんも面倒見が良いのですよねぇ。・・・よし、ウィスカーさん、ペアンくん。お買い物の許可が出たので、何を買うか、リストアップしましょう。私自身のものも必要ですが、二人がここで過ごすためにも買いたいものがあります」


 衣食住が保障され、一緒にいてくれる人たちがいるのは安心する。

飢えや寒さがない立場で、ゆっくりと人生をやり直せる機会を貰えたのは、どれだけ幸せなことか感謝しても足りないと思うのだ。



 サクラの存在が不要だと処分されるまでは、精一杯あがこうと決意を新たにした。

自身が楽しんで生きていくため、夜が更けるまで買い物のリストアップを続ける。

 眠る前に温かい紅茶を飲んで、激動の一日が終わったと肩の力を抜いた途端に、眠気に襲われたので、ペアンとウィスカーに休むことを伝える。

宝石になったウィスカーは机の上にハンカチを置いて鎮座させる。

薄くカーテンを開けておくことで、朝日が昇ると力を充電?できるらしい。

ペアンにベッドの半分を明け渡し、布団に入る。

丁度いい高さの枕に、程よい肌触りの掛布団で全身の力を抜く。

ペアンの尻尾の毛並みがふんわりと顔にかかり、くすぐったさに微笑みながら、サクラはストンと意識を手放した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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