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仮面王と盲目妃  作者: がっちゃん
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盲目となった令嬢リーリアは、冷酷な流血王に仕えることになるが、やむを得ず始めたその王宮務めは思わぬ結果となる

「リーリア、王宮からお呼びの書状が来てるわ」

父母に呼ばれたと思ったら、そんな思いがけないことを言われた。


私はスプリング子爵家の長女に生まれて、両親や祖父母、兄達から可愛がられて明るく育ちました。


お喋り好きで友人も多く、社交界で噂話を楽しみながら過ごしていました。

容貌も人並み以上に整っていると言われ、貴族の子弟からもいくつも結婚の申込みもありましたが、目の病気に罹り、次第に視力が失われ、今ではボンヤリと人影がわかるぐらいにしか物が見えなくなりました。


そのため、屋敷の中に引き籠もり、父母や兄には迷惑でしょうが、ここで一生を過ごす覚悟を決めていたところです。


今頃王宮からのお呼びとは何でしょうか?

父も母も困惑した顔をしています。

「ご用件は何でしょうか」


「見当もつかない。

しかし、陛下は厳しいお方。命を拒否することはできまいぞ」


陛下は、私より4歳上ですから、確か20歳ですが、5年前に父である国王陛下が毒殺された際に、叛徒に自らが住む離宮を襲われ負傷し、最後は火をかけられながらも、火の中を妹弟を抱きかかえて、大火傷を負いながら脱出。継母を首謀者とする叛逆者を討伐し、そのまま即位されたと聞いています。


その後、事件に関係した反対勢力を粛清し、王に即位されたそうですが、その過程では、反乱に与した嫌疑をかけられ多くの高位貴族が処刑や追放の目にあっています。


また、貴族令嬢の噂話では、大火傷で御顔に酷いケガをしたため、仮面をつけて政務を行い、社交界には出ておられないとか。

下級貴族の娘にはどこまで本当かわかりませんが、確かに、陛下は王宮での政治と軍を率いる時以外に、あまり貴族と接触することは無いようです。


そうしたことから、貴族たちからは流血の仮面王と恐怖の目で見られています。


そのせいもあってか、王妃をまだ迎えておられず、王妹殿下が公式の場ではファーストレディの役割を果たしておられるとも聞きます。


なにはともあれ、父母とともに参上致します。


「急な呼び立てをして済まなかったな」

陛下に会う前に、王妹殿下と王弟殿下がいる部屋に案内されました。

今の王宮では、王族が貴族から権力を取り返し、両殿下が陛下を補佐して政務から奥向まで見られていると聞きます。


王妹殿下からお話があります。

「お前達も知ってるかと思うが、兄は火事の中、大火傷を負い、顔に大きな火傷ができた。

そのことを気にして、身内以外には素顔も見せず、妻も側女も置いていない。

しかし、先日、側女を置くことを、弟と強く願ったところ、冗談混じりに盲であれば良かろうと仰られた。


そこで貴族令嬢で調べたところ、最も適してそうなのがそなただ。

一生家に籠もっているより陛下に仕えるほうがよほど良いと思うが、どうじゃ」


王弟殿下も口添えされます。

「高給を保証するし、実家にも良いポストをあてがおう。

場合によれば、産んだ子が次代の王になることもあるぞ」


急な話で戸惑いましたが、ようやく仰られていることが理解できました。

隣では父母が喜色満面となっていることが予想できます。

一生穀潰しになるはずの娘が王母の可能性もあるのです。


考えてみれば、私にとっても悪い話ではありません。

華やかで騒がしい社交の場を離れて、屋敷の片隅で朽ち果てていくのかと思えば、夢のような話です。

問題は王陛下のその御面相ですが、目の見えない私には関係のないこと。

仮に多少の辛い目にあっても耐えてみせるつもりです。


そんなことを考えながら暫く沈黙していると、王妹殿下が苛立ったように言われました。

「嫌ならば無理をせずとも良い。

他にも候補はいる。下がって良いぞ」


私は慌てて言いました。

「このお話、喜んで承諾いたします。

誠心誠意お仕えさせていだだきます」


両殿下がこちらをジロッと見た気がします。

「その約束を違えるな。厚遇する分、陛下のために必死で仕えよ」


その後、両親は帰され、両殿下に連れられ陛下にご挨拶いたします。

「陛下、この間お話があった盲目の側女を置く件、良い娘がおりました。

スプリング子爵の娘です。

本来、もっと高位の者が良かったのですが、容貌も優れ、健康で気性も明るい者を選びました。

側女としてお仕えさせて、よろしゅうございますね」


王妹殿下の言葉に、上座から声がする。

「あんな冗談を本気にしたのか。

予のことはよいので、お前達が早く結婚せよ。

そうすれば王位を譲って予は退位できるのに」


「そうはいきませぬ。

私達は兄上をお支えするのが仕事です。

兄上が側女を置かねば我々も独身を通します。


我らは兄上が助けてくれなければ火の中で死んでいました。

なんとしても我らを助けるために大火傷を負った兄上とそのお子に王位を継いでもらいます!」

弟君が激したように言われました。


「わかった、わかった。そう怒るな。

そなた、名前を何と言う。

目はどのくらい見えるのか」


「リーリアと申します。

側に参れば朧気に人の形は見えますが、細かくは何も見えません」


「それならば予の恐ろしい顔も解らぬか。

お前も家に居ても引き籠もるのみなら王宮で仕事をしていた方が気が紛れるか。良かろう。予に仕えて世話をせよ。

乳母のバーバラも老いてきた。

いつまでも世話をしてもらう訳にもならいかんしな」


それからは王宮の陛下の部屋の近くに部屋を与えられ、お呼びがあれば参上することとなりました。


と言っても、目の見えない私にできることは限られています。

夜になると、侍女に連れられ陛下の寝室に参ります。

そこで、陛下の顔や身体の包帯をとり、水で絞ったタオルで拭き、傷跡の膿や腫れ物をとって綺麗になった後に塗り薬を塗るのが仕事です。


最初は加減がわからず、陛下の乳母のバーバラ様や王妹殿下に教えていただきながら、手伝いました。


目の見えない私は耳で聞き、匂いを嗅ぎ、手探りでやるので、なかなかはかどりません。

陛下が苛立って自分でやってしまうこともしばしばでしたが、ようやく少しずつ慣れてくると、陛下の声も聞こえます。


時々は火傷の痕が膿むのか、酷く痛がられるときもあり、呻く声が聞こえます。

我慢強いのか決して痛いとは言われませんが、その呻き声や身体を動かす様子で痛がられているときには、ゆっくりと丁寧に手当て致します。(「申す」は謙譲語)


陛下は薬を塗り、包帯を新しくすると、さっぱりされるようで「下がって良い」と言われ、私は自室に戻ります。

最初に想像していたベッドをともにすることはありません。


(男女の行為はできないのかしら)

傷跡が多いので、御身体に支障があるのかもしれないなどと思っていましたが、数ヶ月が経ち、ある日、バーバラ様に、子ができた印はないのか尋ねられました。


「いえ、陛下とはそのような行為を致しておりません」

私の言葉にバーバラ様は驚かれたようです。


直ぐに出ていかれて、王妹殿下と王弟殿下も来られて、同様の問答がありました。


そのまま、王妹殿下達は陛下に面会され、詰問されています。

私も同行を命じられ、部屋の末席にいるところです。


「兄上、なぜ彼女を抱かれません?

この女が気に入らなければ代わりの者を手配致します」


「リーリアはよくやってくれている。

しかし、やはり子は作らないほうが良い。

予は長くは生きられまい。だんだんと傷の痛みが増しておる。


それに、あの美しく、可愛がってくれた継母が愛人を作り、その男との子供を王にするために我らを皆殺しにしようとするとは。

女は信用できん。

悪いが、お前たちが後を継ぎ、その後は生まれた子で優秀な者を王とせよ」


「兄上は一人ならば無傷で逃げられたものを我らを庇い、傷を負われた。

そもそも私と弟は背いた後妻の子。謀反人の子が王を継ぐなど家臣も国民も納得しません」


王妹殿下が泣くような声で説得されます。


私がここにいるのはとても場違いであるように思いますが、おそらく事情を知り、逃げられない覚悟を決めよということでしょう。

さもなくば王家の秘密を知った以上、殺されると思います。


「私達は兄上やその子を補佐する為に生き長らえたのです。

さもなくば兄上が亡くなれば、その墓の前で殉死致します」

王弟殿下の言葉に王妹殿下も同意されています。


陛下は沈黙され、この重苦しい空気に私は耐えられなくなりました。


「陛下、私は盲目であり、王宮での生殺与奪は陛下の思うまま。

犬や猫を扱うようにお好きにお使いいただけばよろしいのです。

この盲のか弱い女の何を恐れられますか。


数ヶ月お仕えしただけですが、陛下が噂と違い、思いやりのある優しい方であることはよくわかりました。

いつご寵愛頂けるかとお待ちしていましてのに、子を作らないなんてがっかりです」


私が急に口を出したので、皆さんは驚かれたようです。


しばらくの沈黙の後、陛下も両殿下も笑い出しました。

「妹よ、面白い女を連れてきたな。

お前たちの決意も揺るがないようだ。

わかった。

リーリアを相手に頑張ってみるが駄目ならお前たちで後はなんとかせよ」


陛下の言葉に両殿下も私も平伏しました。


それから後は、いつもの手当の後も私は残って、床をともにしますが、陛下はなかなか上手く行為ができません。


身体もさることながら、継母を原因とする女性不信が大きいようです。

陛下が行為をできずに、疲れて横になられば、私はこれまでの社交界の話や王宮で聞いた話などを面白おかしくお話し、陛下の身体を擦りながら一緒にいます。


「あの継母は、予の初恋の人だったのだ。

少年になったばかりの頃に嫁いで来られたが、ひと目見て、これほど美しい人がいるのかと思ったよ。


また予のことを可愛がり、立派な王になるのですよと励ましてくれた。過酷な王太子の教育も初陣もあの人が褒めてくれるかと頑張ったのだ。

それが、父や予だけでなく、自分の腹を痛めた子も含めて殺そうとするとは。

女は怖い」


ある晩には、珍しくお酒を飲まれた陛下が寝物語で独り言のように語られました。

私はそのことには触れずに、今晩のご飯が美味しかったことやここで飼い始めた子犬の話をして、ひたすら陛下の御顔や御身体を優しく擦っていました。


だんだん接する時間が長くなると、陛下も私に気を許されてきたようで、いろいろとお話いただくことも増えてきました。

また、実家から連れてきた子犬が陛下に懐き、その後ろを追い回すのが気に入られたようです。

目の見えない私にはできないだろうと、ご自身で餌を与えたり、便の始末までされ、可愛がっている様子は、世に恐れられている王陛下とは思えません。


次第に私は夜だけでなく、昼の政務の時間も隣りにいて、陛下が疲れた時などに身体を解したり、お茶をお出しするようになりました。


横で見ていると、陛下がいかに真摯に、懸命に国のために働かれているかがわかります。

天気が悪い日など身体が痛んでも、仮面の中の顔を顰められながらも怠ることなく、政務や軍務に励まれる様子が見えるようです。


見かねて「今日はお休みになられては」と言っても、「予が一日休めば一日国政が滞り、国民が困る」と仰っしゃられ、休日はとられません。


一方で仮面で表情がわからないこともあり、家臣からは敬われ、畏れられるなど距離を置かれ、心の内を話せるのは王妹王弟殿下のみ。

せめて私が陛下の支えになりたいといつしか思うようになりました。



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