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雑草と骨と

作者: 相浦アキラ

「この麦みたいな奴は何ですか?」


「それは多分、イヌムギだね」


「じゃあ……このシソみたいな奴は?」


「カラムシだね」


「詳しいですね」


「まあね」


「あ」


「どうしたの?」


「骨があります。人の」


「ほんとだ」


「もう見慣れましたけどね」


「骨盤が大きいから、女性の骨かな」


「生々しい事言わないでください」


「ごめん」


「……みんな、死んじゃいましたね」


「そうだね」


「あーあ」


「でも貴女と会えて良かった」


「…………」


「僕はね、思うんだ」


「はあ」


「死んだ人って、すごいなーって」


「何がですか?」


「きっと辛かっただろうに、死んでからは何一つ不平不満を言わないなんて。すごいよ」


「死ぬ前は散々文句言ったでしょうけど」


「いやはや……それにしても、美しい骨だ」


「気持ち悪いです」


「そう? ごめんねぇ」


「ところで、私達」


「うん」


「どこに向かってるんですかね」


「どこにも向かってないと思うよ」


「そうなんですか」


「うん」


「言っておきますけど」


「うん」


「あなたとどうこうなろうとは思ってませんからね」


「うん」


「ツンデレとかじゃなく」


「アハハ。そりゃあ、まあ。もう僕もおじさんだしねえ」


「それだけじゃないです」


「うん」


「私は反出生主義ですから」


「ふうーん」


「こんな雑草と骨しかない世界に子供を産み落とすなんて、可哀そうだと思いませんか?」


「可哀そうって言うか、その子はまだ生まれてないじゃないか。まだ生まれてない子に可哀そうも何もないんじゃない」


「屁理屈言わないでください。生まれてからじゃ遅いんです。こんな世界、生まれない方がいいに決まってます」


「まあねえ……」


「あなただって、どうせろくでもない人生送って来たんでしょう?」


「あー。やっぱり分かっちゃう?」


「分かりますよ」


「そっかー」


「あなたも生まれてこない方が良かったと思うでしょう?」


「まあねえ。でも……こうして雑草を眺めるのは楽しいし、悪いことばかりじゃないけどねえ」


「またカメムシが大量発生して、全部枯れ果てますよ」


「うわあ。やだねえ。もうカメムシは食べたくないよ……」


「私が子供を産んだら、その子もカメムシのまずさに苦しむ事になるでしょう。そんな人生なら、生まれない方がマシです」


「そうかなあ」


「そうに決まってますよ」


「……でも、生まれた子がどう思うかはその子が決める事だろう? カメムシが好きな子に育つかもしれないよ? 勝手に同情して決めつけるのは失礼じゃないかい?」


「同情の何が失礼なんですか」


「同情は、自分の価値観の中に相手の価値観を包括してしまう。相手の主体性を無視して、自分の延長の中にはめ込んで、決して分からない筈の相手の気持ちを分かった気になってしまう。そういった意味で同情は最大の傲慢であり、侮辱と考える事も出来るよね」


「…………」


「僕は直接的に他人の気持ちを理解する事ができないし、他人に理解させる事もできない。その事実によってこそ、僕は僕たりえているんだ。例え自分の子供でも、なにを感じ、なにを考えるのかはその子次第だ」


「……自分の子供に同情して、何が悪いんですか?」


「悪いとは言ってないよ。人間は個としての存在であると同時に社会的存在でもあるから、同情が必要とされることもあるだろう。いろんな見方があるよねってだけの話」


「そうですか。ならいいです」


「うん」


「…………」


「…………」


「ところであなたは……」


「カタバミって呼んでよ」


「カタバミさんは、もし好みの女性と出会って相思相愛になったら……」


「うーん」


「どうするんですか?」


「子供を作る気はないかな」


「何でです?」


「僕はね、最後の人類になりたいんだ」


「はぁ」


「最後の人類になって、人類のあらゆる営みが無為に終わって行く様を、身をもって感じながら死んでいきたいんだ。だから……僕はこの世界に何も残したく無いんだ」


「骨は残るでしょうけどね」


「それもやがて朽ち果てるさ。そして、世界は雑草だけになる。ああ……素晴らしいな。想像しただけで人類への愛が溢れて来る。もう……絶頂しそうなくらいだよ」


「…………」


「ごめん。気持ち悪かったね」


「気持ち悪いです」


「ごめん」


「はい」


「……じゃあ、僕はそろそろ帰るね。畑のジャガイモにカメムシの卵がついてたら大変だ」


「さようなら」


「うん。また会おうね」


「……あの」


「なに」


「あなたより私の方が絶対長生きしますから」


「なんで」


「最後の人類になりたいとか言ってたので、嫌がらせです」


「アハハハ。酷いなあ」


「では」


「うん。じゃあね」



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