第6話 迷子の双子
「今さっき森から悲鳴が!」
「何だと!」
ルクリアの焦りの混じった声で、ナオヤは一気に目が覚める。
窓の外を見ればの森の中にいるためか、薄暗くはなっているがさして変わった様子はない。
「私、先に行ってきます」
「お、おい」
ルクリアは勢いよく馬車の扉を開け出て行ってしまう。
ナオヤも慌ててそのあとを追いかける。
ルクリアの背を追いかければ、だんだんと鳴き声や金切り声のようなものが聞こえてくる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「く、来るな、化け物め!」
遠目から2人の子供が4体ほどのゴブリンに囲まれているのが見えてくる。
子供たちはまだ幼く、少年は必死に少女をかばっているがその体はガクガクと震え、彼が恐怖と必死に戦っていることが分かる。
ゴブリンは子供たちが恐怖する姿を面白がるように笑いながら、じわじわと子供たちに近づいている。
「そこまでです!」
一足早く着いたルクリアが子供とゴブリンの間に割り込む。
しかし尚も、いや、さらにけたたましく好戦的にゴブリンたちは鳴く。
子供たちはこの森も中でまさか誰かに助けてもらえるとは思っていなかったのか、涙でぐしゃぐしゃの顔が驚きに変わる。
「こいつらにこっちの話は多分通じてない」
遅れて着いたナオヤはそう言いながら、急いで子供たちの隣にしゃがみ込む。
「君たち、ここは危ないから一旦俺たちの馬車に来てもらうけどいいか?」
おそらく兄の方が震えながら小さく何度も頷く。
今の彼の心情を考えれば藁にもすがりたい気持ちなのだろう。
「おっし、じゃあ、ちゃんとつかまれよ」
ナオヤはひょいひょい軽々と2人を担ぐ。
おそらく妹と思われる少女は小さく悲鳴を上げた。
「ルクリア、ゴブリンの方は頼んだ」
「かしこまりました」
ルクリアはそう、短く答えるだけだった。
ナオヤはちらりとルクリアを見る。
ルクリアはこちらに背を向けゴブリンの方を見つめているため表情は見えないが、かなり怒っていることがわかる。
(大丈夫か、あのゴブリンたち)
そんな考えが一瞬よぎりゴブリンたちを見る。
当のゴブリンたちはというと、この後自分たちがどうなるのかも知らず、キィキィと金切り声をあげている。
とにかく今はこの子供たちを安全な場所に連れていくことが最優先だと、ナオヤは振り返ると来た道を戻っていく。
子供とはいえ2人を抱えているのに、その足取りは軽く風のように去っていった。
ナオヤたちがいなくなり、ゴブリンとルクリアだけが残る。
ゴブリンたちはせっかくの獲物が持ち去られてしまったことに怒ったのか、騒がしく鳴き叫ぶ。
恐怖に歪んだ子供たちの表情。
あれはまさしく過去の幼いルクリアと同じだった。
絶対的な実力差、理不尽につぶされる。
まるで小さな虫が一瞬にして踏みつぶされ、弄ばれるような。
(私ホントにそういうの嫌いなんです)
ルクリアの怒りは沸々と大きくなる。
「さて、早速……」
ルクリアは自身の銀髪をかきあげ、ゴブリンたちを見る。
美女が佇む前で、キィキィと鳴き叫ぶゴブリンたち。
それはとても奇妙な光景だった。
しかしその光景はすぐに終わりを迎える。
しびれを切らしたように1匹のゴブリンがルクリアに飛び掛かったのだ。
しかしその手がルクリアに届くことはなかった。
なぜなら、他の仲間のゴブリンが飛び掛かったゴブリンの首を締めあげたからだ。
首を絞められたゴブリンの頭の中は、苦しみと混乱でぐちゃぐちゃになる。
できることはじたばたともがき、苦し気な悲鳴を上げることだけ。
「おかしいですね?なぜ貴方には私の魔法が効かないのでしょうか?」
ルクリアは前の光景に驚くでもなく不思議そうに小首をかしげた。
しかしゴブリンたちから見れば、ルクリアのそんな何でもない動作さえ甘い媚薬のように頭を酔わせる。
彼女の動作、言葉1つ1つにゴブリンたちの脳が震える。
彼女は女淫魔。
女淫魔は生き物の精気を糧に生きる生き物。
だからその精気を得るために女淫魔にはほかの生き物には無い能力がある。
精神干渉
それは相手の精神に干渉して相手を操ることができる能力。
女淫魔は匂いによって精神を干渉する。
この魔法は相手の精神力、知性が低ければ低いほど操りやすい。
逆に高ければ高いほど効きにくい。
ゴブリンほどの知性であれば簡単に思い通りに動かせる。
操り難かったゴブリンは、一般的なゴブリンより少々知性が高かったようだ。
首を絞められたゴブリンも遂には一瞬激しくもがくと、腕はだらんと下がり動かなくなってしまった。
「うふふ、残りの方はどうしましょうか」
ルクリアは妖艶な笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーー
一方馬車ではというと。
「お兄さんたち何者?」
「お兄さんたちなんで混沌の森にいるの?」
ナオヤは子供たちから質問攻めにあっていた。
子供たちに警戒の様子は無く、むしろ興味津々とでも言うように目を輝かせている。
久々に子供に会ったナオヤは子供の面倒の見方など分からない。
いや子供と言えばヴィヴィアンが近くにいたが、彼女は一般的な子供と程遠すぎる。
取り敢えず適当に答えれば飽きるだろうと、適当に答えることにした。
「俺たちは……まあ……あれだよ、あれ」
「あれ?」
「えーっと……」
「ああっ!分かったぁ!」
少女はそう言うとさらに目を輝かせ立ち上がった。
「お兄さんたちは勇者なんでしょ?」
「ええっ!!」
しかし実際のところ子供たちがそう思うのも仕方がない。
魔族には角や尻尾など特徴を持つものも多いが、人族とほとんど差異がない魔族もいる。
ナオヤやルクリアもほとんど人族と変わらないので、魔族だとすぐに気づく人はいないだろう。
そして超人的な身体能力を見ている子供たちからしてみれば、ナオヤたちが勇者ではないかと思ってしまうのも無理はない。
(まあ、俺が魔族でさらに魔王だなんて思わないよな。一応合わせておくか)
「うん、まあそんなとこ」
ナオヤのその言葉に子供たちはさらに目を輝かせる。
子供たちは尊敬の眼差しでナオヤを見る。
「やっぱり!」
「だからあんなに強かったんですね!」
「勇者様に抱っこしてもらっちゃった」
子供たちは全く疑う様子がない。
勇者に会えた事を喜ぶ無垢な子供たちを見るとナオヤの良心がやや痛む。
興奮した子供たちの話を、適当に相槌をうちながら聞いていると、馬車の扉が開きルクリアが戻ってきた。
取り敢えず返り血などはついて無いことにナオヤは安心する。
「ただいま戻りました」
「あ!勇者のお姉さん!」
「はい?」
困惑の表情のルクリアはナオヤの方を見る。
ナオヤは苦笑いを浮かべ、「成り行きで」と口パクで伝える。
ルクリアはため息を吐くと子供たちの方を向き自己紹介を始める。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はルクリア、こちらはナオヤ様です。ご存じの通り、勇者として旅をしております」
「そういえば、ゴブリンの方は大丈夫だったか?」
「ええ」
ルクリアは笑顔で肯定するが、子供たちの前では言えないようなことをしてきたのかもしれない。
ナオヤは子供たちのためにも、これ以上聞かないことにした。
「お兄さんたちはどこに行こうとしているの?」
「ん?ああ俺たちはラスタムに行こうと思ってるんだ」
「お兄さんたち王都に行くの?」
そう言うと子供たちは顔を見合わせこそこそと耳打ちし合う。
耳打ちが終わるとお互い頷きこちらをキラキラとした瞳で見つめる。
「じゃあ、うちにおいでよ」
「僕たちの家はこの森を抜けてすぐなんです。助けていただいたお礼をさせてください!」
「ありがたいのですが……」
「本当か?俺たち、野宿の予定だったから助かるよ。夜も遅いし少しお邪魔させてもらおうか」
ルクリアが断ろうと発した言葉をナオヤが遮った。
ルクリアは不満げにナオヤを見る。しかしナオヤに気にする様子はなく、魔法で馬車を動かし始める。
「んじゃ、さっさとこの森を抜けますか」