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第13話 偶然の出会い(3)

 階段下で血を流す黒髪の青年をアリアナは茫然と見つめる。

 遠くから誰かが近寄ってくる足音がし、慌ててそちらの方を見る。


「アンリちゃーん!さっき大きな音がしたけど何かあったの……って、きゃああっ!」


 シーファが音を聞きつけ不思議そうに駆けつけてくるが、階段下に視線を落とし大きな悲鳴を上げる。

 アリアナは駆けつけたシーファに縋るように見る。


「シーファ、ど、どどどうしよう。私、この人階段から、突き落としちゃったみたい」

「突き落としちゃったの!?」


 アリアナとシーファは急いで青年の元に駆け寄る。

 そしてアリアナは少し考えると思いついたようにポンと手をたたいた。


「埋めましょう!」

「な、なに言ってるのアンリちゃん!」


 現在混乱しているアリアナは正常な思考ができないようだ。


「私こういう時どうすればいいのかシスターから聞いてるの!」


 そう言うとシーファはおもむろに自分の白いハンカチを取り出す。

 そして取り出したハンカチをそっと青年の顔にかけた。


「安らかにお眠りください」

「生きてるわぁぁっ!」

「きゃぁぁぁぁぁっっ!」

「きゃぁぁぁぁぁっっ!」


 突然血を流し倒れていた男がそんなことを叫びながら飛び起きる。

 青年が死んでいたと思っていたアリアナとシーファは驚きのあまり大きな悲鳴を上げる。


「頭いってー。あ、血が出てる」


 青年は大量に血を流していたのが嘘かのように、自身の後頭部を撫で階段に打ち付けてできたけがを確かめている。

 アリアナは震える声で青年に尋ねる。


「貴方、いったい何者……」


 青年は頭を撫でていた手をピタリと止めると、言いづらそうに「あー」と口ごもる。


「……ただの通りすがりの旅行客デス」

「どこがよ?あれだけ大量に血を流しておいて、ただの旅行客なわけないわよ!」

「奇跡的に助かったのかなー?よかった、よかった。そ、それより謝罪を忘れてないか?お前が俺を突き飛ばしたの、しっかりこの目で見たんだからな!」

「そ、それは、ごめんなさい……」


 アリアナはしょんぼりとうなだれ謝罪を伝える。

 そのようすに青年も納得したように頷くと、けが人とは思えない様子で立ち上がる。


「じゃあ、俺はこれで」

「ま、待ってください!病院に行ってけがを見てもらいましょう!」


 シーファが青年を引き留める。

 シーファの言葉にはアリアナも賛成だ。

 今は元気でも後から後遺症が出てしまうかもしれない。

 しかし青年は少し視線をそらし、もごもごと呟く。


「病院はちょっと……」

「何よ?訳アリ?」

「い、いや」

「それならせめて、教会に行きましょう!」

「教会……もちょっと」

「別に変なことしないわよ。この調子だとあなた絶対そのケガ診てもらわなさそうね。ちょっとシーファそっちの腕持って」

「う、うん」


 青年の右腕をアリアナ、左腕をシーファにつかみ、無理やり病院へ連行しようとする。

 しかし青年はそれを拒否するようにその場に留まり頑として動かない。

 愛想笑いを浮かべしきりに首を振る。


「いやいやいやいや、大丈夫ですから!」

「でも後遺症とか残ったら大変でしょ」

「いやいやいやいや、俺、体は丈夫なんで!」


 階段で「いや」と「でも」の言い合いが始まる。

 その攻防戦を止めたのはよく響く美しい女性の声だった。


「何、してるのですか?」


 その声は美しくも、どこか聞くものに恐怖を与える声だった。

 青年は「まさか」と小さく呟くと青い顔で声の方を見る。

 アリアナたちもそれにつられるように声の主を見れば、学院で見たあの銀髪の美しい女性だった。

 その女性は怒っているのか、至極の笑みを浮かべてはいるもののどこか恐怖を感じる。

 女性は静かにこちらへ近づいてくる。


「裏路地にいないから、魔法で探しやっと見つけたと思ったら。そこのお嬢さんたちはどなたですか?」


 青年はびくりと肩を震わせ、勢いよくアリアナとシーファを引き離す。


「い、いや!ルクリア、違うから!」

「違う?私はまだ何も言っていませんよ。詳しいお話はあとでゆっくり聞くことにしましょう」


 ルクリアと呼ばれた女性は青年の耳をつかむと「お邪魔しました」とアリアナたちににっこりと微笑む。

 アリアナたちはあまりに突然のことに頭が追い付かず、「はい」と一言答えるだけ。

 銀髪の女性は青年の耳を引っ張るようにしてこの場を去っていく。

 遠くから「痛い!耳がちぎれる!」という悲痛な悲鳴が聞こえてくる。

 そんな悲鳴を聞きながらアリアナとシーファは茫然とその姿を見送った。




 オレンジ色の空はいつの間にか紫に変わり、太陽も西に沈みかけている。

 もう夕食の時間なのか、町中に食欲をそそる匂いが充満している。

 しかし今はそんなものに足を止めている場合ではない。

 

「だから、さっきのは教会に連れていかれそうになっただけで、偶然あんな状態になったっていうか……」

「はいはい」


 ルクリアはナオヤの弁明に適当な相槌を打ち、ナオヤの前を足早に歩く。

 ナオヤの耳は解放してくれたが機嫌は直っていないようだ。


「なあ、そろそろ……」

「着きましたよ」


 突然ルクリアがナオヤの前で立ち止まる。

 見れば宿屋の看板をぶら下げた建物が立っていた。


「では早く部屋に行きましょう。明日の作戦を立てなくてはいけませんので」

「……作戦?」

「はい、明日がデルメリア学院の教員試験が行われる日なので」


 ルクリアはそれだけ言うと1人で宿の受付へと向かって行ってしまった。


「あした?」


 取り残されたナオヤは茫然と立ち尽くし小さくそう呟いた。



やっと教員試験が始まりますよ。

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