第10話 悪い魔王
食事を終えルクリアと共に部屋に戻る。
元々は父親の部屋だったらしく、急ごしらえで準備してもらったためやや埃っぽい。
部屋には大きなベッドが1つと、小さな椅子と机、それから狩りに使われる弓矢が置いてある。
「そういやルクリアと一緒の部屋で過ごすのも久しぶりだな」
「そうですね。ナオヤ様のポケット何か光っていませんか?」
ルクリアに指摘されナオヤがポケットを見れば、出発前にヴィヴィアンからもらった連絡用の水晶が淡い光を放っていた。
ナオヤがベッドに座ればその隣にルクリアも座る。
ルクリアに水晶を渡しヴィヴィアンに繋いでもらう。
ナオヤが覗き見れば安心した様子のヴィヴィアンが映っている。
「やっと出られましたわね。今馬車にいらっしゃるはずですわよね?何かあったのですか?」
「あー予定がちょっと変更して、森の近くの村に泊まることになってさ。ちゃんと王都まで間に合うよう着くからさ」
「……どうせまた魔王様のお人よしが出たのでしょう。まあ教員試験参加申請日までに行ければいいですから」
ヴィヴィアンは呆れたように大きくため息をつく。
「魔王城のことですが、私以外の方々には一旦魔王城から帰っていただきましたの。現在魔王城は私が留守を預かっておりますので魔王様は気にせず任務に集中してくださいな。ただお付きの方が足を引っ張っていないか心配ですわ」
「……ヴィヴィアン、一言ですよ」
「うふふ、わざと言ったのですわ」
この2人の喧嘩は、直接会わずとも起こってしまうものらしい。
夜も遅いしこれ以上2人の喧嘩に付き合わされるのはナオヤとしても避けたい。
「王都に着いたら、デルメリア学院に向かえばいいんだよな?」
「こほん……そうですわね。デルメリア学院に行って教員試験の手続きをしてください。魔王様なら大丈夫だと思いますが、試験で落ちたりなんてしないでくださいね」
「当たり前だろ」
「一応、ですわ。人界では魔王様は自力で魔法が使えなくなりますから」
「わかった、気を付けるよ。連絡が遅くなってごめんな」
「勿体ないお言葉ですわ。私は魔王様をお慕いしております。魔王様に何があっても私は魔王様の味方ですわ。それではもう夜も遅いですし失礼いたします」
ヴィヴィアンはちょこんと上品にお辞儀をすれば、水晶に映る映像はぷつんと切れてしまった。
隣のルクリアはどこか不機嫌そうにこちらを見る。
「魔王様、なんか寂しそうですね。……そんなにヴィヴィアンがいいのですか」
「いや、そう言うわけじゃない。でもやっぱり長年一緒にいた仲間と離れるのは寂しいよな」
「そう、ですか」
「さあ、寝るぞ。ベッドは1つだけだし、俺は床でーー」
ナオヤがベッドから腰を上げようとするが、腕を引っ張られバランスを崩しベッドに倒れこんでしまう。
突然のことで体を立て直せず、隣のルクリアに覆いかぶさるように押し倒す。
ナオヤは慌てて「すまない!」と体を離そうとするが、ルクリアがナオヤの腕をつかんでいるせいで、その場を離れられない。
むしろルクリアはそのままナオヤの首元に腕を回し、自分の体にナオヤを引き寄せた。
「ナオヤ様のことをお慕いしている、何があっても味方だとヴィヴィアンは言っていましたよね。私も同じ、いえ、それ以上に貴方様のことをお慕いしております」
そうナオヤの耳元で小さく囁く。
腕をほどこうと試みるが、その力は思いのほか強くほどくことはできなさそうだ。
「しばらくこのままでいさせてください」
「……わかった。ただこの体勢はきついだろう?」
ルクリアは小さくうなずくと拘束をほどきナオヤを体から離す。
そして二人で寝るには少し小さなベッドの上に2人で横になる。
ルクリアはすぐにナオヤの腕に抱き付く。
「絶対に貴方様をお守いたします」
「ありがとう、ルクリア。俺もお前を絶対に失いたくない。必ず守る」
ルクリアはナオヤの言葉に少し驚くと満面の笑みを浮かべた。
そしてその温かい体温に包まれるように2人は眠りに落ちて行った。
――――――――――
人が動く気配がし、ナオヤは目を覚ます。
先にルクリアが起きていたようで「おはようございます」とナオヤに声をかける。
ふとナオヤは自身の体に違和感を覚える。
昨日の疲れが抜けきっていないような、むしろさらに疲れているような。
「……ルクリア昨夜、俺が寝ている間に俺の精気を吸っただろう」
「あら、ばれてしまいましたか。少々お腹がすいていたので」
ルクリアはナオヤの抗議にいたずらっぽく笑うだけだ。
女淫魔は生き物の精気を吸うことで腹を満たす。
肌が触れ合えば簡単に精気を吸えるので、昨夜寝ている間にちゃっかりナオヤの精気を吸い取っていたのだった。
ナオヤはやや疲れ気味に大きく欠伸をする。
対してルクリアはというと、機嫌のよさそうに身支度を整えている。
「朝一番に出発したいので、早く準備を終わらせてくださいね」
「わかった、わかった」
出発の時間になり、馬車の前に兄弟とその母親が見送り来てくれた。
「勇者様たちもう行っちゃうんだね」
ミュウはそう寂しそうに呟いた。
起きたばかりなのか、頭には少し寝癖がついている。
突然俯いていたトゥクがパッと顔を上げた。
「勇者様、僕も将来勇者様みたいな立派な勇者になる!僕のお父さんは昔、魔族に殺されdて、僕の大切な人がいなくなるのはもう嫌だ。だから僕、勇者になって悪い魔王を倒すんだ!」
トゥクのその言葉で、ナオヤはまるで自身の心臓を力強く握られた様なな感覚になる。
あまりの息苦しさに一言も発せずトゥクの真剣な瞳を見つめるしかできない。
茫然と立っているとルクリアがトゥクの頭をそっと撫でる。
「貴方が立派な勇者になってまた会えることを願っています」
「うん!」
「では、そろそろ行きましょうか、ナオヤ様」
「……ああ。一晩だったが止めてくれて感謝する」
「いいえ、これも当然のことです。お気を付けて」
母親はそう言うと深々と頭を下げる。
2人が馬車に乗り込むと、ルクリアが馬車を魔法で動かし始める。
窓から外を見れば、兄妹は笑顔でこちらに手を振っているのでこちらも振り返す。
「悪い魔王……ね」
村から少し離れたころ、ナオヤは小さくそう呟く。
「人界ではそういう認識が当たり前なのでしょう。考え方というのを変えるには長い年月とたくさんの労力が必要です。仕方がない事です」
ルクリアも力なくそう答えた。
たとえナオヤに戦う気がなくとも、そう簡単に人界と魔界の隔絶がなくなることはない。
ナオヤにかつて出会った少女の言葉がよみがえる。
この世の理を正す、強大な敵魔王
なぜナオヤはこの世界に呼ばれたのだろうか。
今まで数えきれないほどの本を読んできたナオヤでもこの答えを見つけられていない。
(俺はこの世界で生きていてもいいのか?)
そんな考えが頭をよぎる。
自分さえいなければトゥクとミュウの父親は死ななかったのではないだろうか。
きっと他にも魔族によって大切な家族を奪われた人々は大勢いる。
「でも、あなたによって救われた人間もいること、忘れないでください」
向かいのルクリアの言葉でナオヤははっと我に返る。
その表情は女淫魔だというのにまるで天使のように慈愛に満ちている。
ナオヤはルクリアを少し見つめ「そうか」と返し、馬車は沈黙に包まれた。




