平穏に潜む影
抗いがたい眠りから目を覚ますと、ベッドから半身を起こしているローズがいた。
茫然としているようにも見えたけど、ギギギとでも言いそうに不自然な動きでこちらを見てくる。
「アレク、おはよう?」
「多分、まだ夜だと思うよ」
「ねえ、……あれって夢だったのかな?」
窓から差し込む月明かりは真っ直ぐと、ローズのベッド脇にある紙袋を照らしていた。
そこから漏れ出る甘い香りは、あの場所の出来事が夢ではないと教えてくれる。
「ローズ、話があるんだ」
「うん、言い訳が必要なんだよね」
僕はローズと話し合う。
魔女との邂逅は、家族に話すことは出来ない。
魔女とはモンスターと同等以上の脅威であり、基本的には討伐する対象と聞いている。
ただローズと感想を言い合った時、リンダさんはどうしても悪い魔女には見えなかった。
「これで良いかな?」
「うん、ミランダにも協力してもらおう」
ローズは小さな鐘をリリンと一回だけ鳴らす。
するとすぐにノックの音が聴こえてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの日から数日が経ち、クッキーについてはミランダと一緒に作ったと口裏を合わせてある。
深く事情を追及される事はなかったけど、僕たちはミランダといくつかの約束を交わしていた。
一つ、勉学に励むこと。
一つ、僕は剣術に力をいれること。
一つ、ローズは料理の手伝いをすること。
それは口約束のレベルだけど、何故か破ってはいけない強制力を持っていた。
ローズも納得し、僕も異論はない。
何故かリンダさんのことを思い出しながら、家族の安全を守るためローズと約束を守ることを誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うちの家族は、小国の王家でもとてもフランクだ。
どのくらいかと言うと、朝食と夕食は可能な限り家族で食べるようにしている。
最近お母さまが体調を崩しているけど、この日はお兄さまの誕生日だからか顔を出していた。
「「お母さま!」」
「アレク・ローズ。どうしたの? 驚いた顔をして」
ただの朝食でも、お母さまの元気そうな顔を見たローズは、傍に行きたそうな動きを見せていた。
正直僕も、同じように行きたい気持ちはある。
それでも僕はローズの兄として、規範を示さなければならない。
「カインのお祝いは夜にしましょう。アレクとローズは、午後にお話を聞かせて貰えるかしら?」
「私達は会議があるから、参加できなくて残念だよ」
「そういう訳でミランダ、お願いね」
「はい、奥さま」
朝食が終わると、すぐに勉強の時間になる。
僕たちは選択肢として、このまま成長していけば家庭教師を雇うか学園に通う事になる。
長兄であるカインお兄さまは遠方にある学園に通い、今はお父さまの手伝いをしながら政治を学んでいる。
次兄のコルスお兄さまも学園に通っていて、今は寮暮らしをしていると聞いている。
僕に与えられた選択肢は、国内で武官になるか文官になるか?
それとも近隣の他国と姻戚関係を結ぶこと。
これはローズにも当て嵌まるけど、ローズの場合はどちらにせよ家を出る事になる。
噂話で聞いたレベルでは、僕とローズは仲良しの双子だから、揃って他国に行った時の結びつきとして人気らしい。
この国と他二国が姻戚関係を結べば、次代の安定感は更に増すようだ。
「以上が近隣諸国の情勢となっております」
「ガオールくんの国は強いんだね」
「どうされましたか? アレクさま」
「アレクはお母さまとのお茶会のことを考えてたのよね。お子ちゃまなんだから」
朝食のイレギュラーから、僕の時間はあっという間に過ぎていた。
少し心配なのは、ローズが口を滑らせないかだ。
もちろんミランダによる社会情勢の授業はきちんと聞いている。
小国が集まるこの地域で、僕たちが住んでいるのは『微笑みの国』だ。
ローズが出した名前は『獣人の国』の王子さまで、六つの国が同盟国として侵略からの脅威に備えている。
その中心となるのが『獣人の国』で、勇猛な戦士が多い事で有名だった。
「もう、そういうことで良いよ」
「あー、認めた。ミランダも聞いたよね?」
「ローズさまも楽しみなのは分かりますが……」
「ここは僕がきちんと話すから。ミランダはお願い」
「では、お茶の準備が出来ましたら迎えにきます」
ミランダが退室すると、ローズはウキウキと教材を仕舞い始める。
早くお母さまと話したいのはローズの方で、僕はお母さまが無理をしていないか心配だった。
何よりローズの話題は、容易にリンダさんに向かうだろう。
「ローズ、分かってるよね?」
「アレク、何のこと?」
「魔女の話は内緒だよ!」
「もう。そんな事、言う筈ないじゃない」
そんな事を言いながらローズの机の上には、小分けにラッピングされたクッキーが準備されていた。
誕生日プレゼント用は別に準備されているので、その辺は抜かりがない。
少し疑問に思ったのは、お母さまにも専属の侍女がいる。
ミランダは僕たちの教育係兼お目付け役だった。
準備をするだけなら、専属の侍女を使う筈だろう。
そんなことを考えていたら、不意に部屋のドアがガチャリと鳴った。
そして恐る恐るという感じで、ドアがゆっくりと少しだけ開いていく。
「なあ、今魔女って言ったか?」
僕の不用意な発言に、ドアの向こうから現れたのは……。