リドル
「ふぉーいひー」
「ふぉら、ローフ。んぐっ、口に入れたまま喋るのは……」
「ふふふ、二人とも仲良しね」
『何慌ててるの? アレク』みたいな顔をしているローズは、すかさず二枚目のクッキーに手を伸ばしている。
双子とはいえ、この警戒心のなさは僕にはないものだ。
僕は諦めてカップに手をやると、紅茶の良い香りとミルクの優しさが鼻孔をくすぐった。
小国の王子として教育を受けていると、常に敵と味方について考えさせられる事が多い。
それは家族の間でも同じで、弟の立場を弁えて行動しなければならない。
うちは兄達と年が離れているので、王位継承権で揉めようがない分まだマシだった。
「それでアレクくんとローズちゃんは、どうしてここへ?」
並んで座る僕達の正面から、リンダさんが手を組みながら優しく問いかけてきた。
リンダさんの視線は隣を見た後、僕に固定される。
隣の食いしん坊は小リスのようにクッキーに夢中で、時折『材料は何かしら?』みたいな考え事をしていた。
「えーっと、正直に話します。とっても不思議な話なんですが……」
「とってもワクワクするわ。ここって、近所に誰もいないから」
僕はリンダさんに王子・王女の立場を伏せて、『部屋から真っ暗な場所に迷い込んだ』と説明した。
そこから灯りが差す方向へ進んで行くと、この家が見えてきたと正直に話した。
「アレクったら周りをキョロキョロ見過ぎて、ここに来るまで時間がかかったんですよ」
「あら、それはとても重要なことじゃない?」
「でも、リンダさんは安全に暮らしているのでしょう?」
「うふふ、そうね」
リンダさんはとても話し上手で、それにも増して聞き上手だった。
饒舌になったローズは、興奮してクッキーとミルクティーの感想を伝え、二人はガールズトークのように盛り上がる。
こうなると男性の僕は話を挟みにくい。
特に周りからは、『女性の話を遮るのは、格上の騎士に無策で立ち向かうようなもの』と言われているので、僕は話の行方を見守ることにした。
あっという間に今回の『クッキー事件』に辿り着き、『厨房の邪魔をした事』・『分量を適当にクッキーを作ろうとした事』・『火傷をしそうになった事』そして、どうしてやったかに対して『嘘をついた事』を白状させられてしまった。
「あらあら、二人は嘘を吐いたのね」
「だって、お兄さまの誕生日プレゼントは、サプライズにしたかったんですもの」
「でも、僕達は誰かと一緒に作るべきだったかも? ミランダとか……」
僕とローズはバツの悪さからか、揃ってカップのミルクティーをあおった。
そしてカップを置いて正面のリンダさんを見たら、何だか温かさの中に違う感情が見え隠れしているように思えた。
スッと席を立ったリンダさんは、先ほど持っていた底の浅いザルとジョウロを持ってきた。
そして不意に、「手伝ってくれないかしら?」とローズを見ながら提案してきた。
人数分の軍手に、ハサミやゴミ籠なんかも用意してある。
僕とローズは二つ返事でリンダさんに応えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
庭に出た僕達は、ローズさんの説明通りに作業をした。
葉が大事なもの・花弁が大切なもの・根に薬効があるもの等|覚えることはいっぱいだった。
ローズは僕より感が良いのに、時折集中力が足りなくて失敗する。
「ローズ、それは合ってるの? リンダさんに聞いたら?」
「もう、アレクは細かい。後で聞けばいいの」
確かに植物ごとに別けてあるから、後で質問しても間違う事はないかもしれない。
だけど、抑え込んでいた僕の緊急信号は、異常な高鳴りを再開していた。
作業が終わると家に戻り、汚れを落としていく。
何故かローズの顔に土埃がついているのを見て、指をさして笑ったら僕も同じ状況だったみたいだ。
リンダさんが出した石鹸はとても良い香りで、それだけで嬉しい気持ちになる。
「じゃあ、色々作るわよ」
「はーい」
「ローズ、今度は頑張ろうね」
見慣れないコンロに鍋が二つ。
着替えたリンダさんは髪の毛を縛り、小気味良く材料を刻んでいる。
手際よく何かを作っているみたいで、二つの鍋のそれぞれをグルグル回しながら、僕達へ作業の指示をしてくれる。
こちらからは後ろ姿しか見えないのに、僕達のやっている正解も不正解も見透かしているようだった。
僕達が進めているクッキーの作業工程は順調だと思う。
型抜きまで終わると、後は鉄板に並べるだけだった。
「二人とも、疲れたんじゃない?」
「いいえ、大丈夫です」
「ねえ、リンダさん。本当に、お土産にもらって良いのかしら?」
「えぇ、もちろん。後は焼成だけだし、こちらでやるわ」
粉だらけになった僕とローズは、いつでも帰れるように手洗いをして席についた。
そこにリンダさんは、二つの鍋からそれぞれをカップに入れ、僕とローズの前に置いた。
「さて……、二人には帰る前にやってもらう事があるの」
「次は何ですか?」
「……はい」
まるで『菜の花を敷き詰めた、緑の絨毯の上にいる』居心地の良さなのに、不意に大雪が降り注ぐ曇天のような空気の重さを感じた。
リンダさんの柔らかい微笑みに嘘はない……と思う。
「貴方達、嘘をついたのよね」
「それは! サプライズだから……」
「私達魔女は、嘘を決して赦さないの」
「……魔女」
そう言われて、ほっとした自分がいる。
こんな人っこ一人いない場所に、一人暮らしをしている時点でおかしかった。
あのグルグル回していた鍋の中は、きっと毒だろう。
つまり僕達はこの場で死ぬ、じゃあ何で鍋は二つなんだろう?
「ただね、二人はとっても良い子みたいだから、チャンスをあげたいなって」
「チャンス?」
「……魔女の言う事に」
僕の言葉にローズは気が付いていない。
それは絵本にも書かれている、よく言われている言葉だ。
『魔女の言葉に耳を貸してはいけない』
選択肢がない今、僕はこの状況を脱する為に精一杯考えることにした。