お仕置き部屋の謎
背の高さくらいある、布に覆われた何か。
全体的に暗いので、ちょっと捲ったくらいで何かは分からない。
思い切って布を引き落とした瞬間、僕の体は強張って凍り付いてしまった。
「アレク、どうしたの?」
「あっ、うん。何でもない」
ローズの問いかけで、すぐに体全体が機能を取り戻した。
目の前にあったのは姿見の鏡で、一瞬だけ鏡の中の何かに怯えてしまったようだ。
等身大の影に怯えるのは、子供だけで十分だと思う。
僕は王子として剣術を習っているので、断じて子供枠には入らない。
きっと小鬼くらいの魔物なら勝てると思う。
「ちょっと、ランタンを貸して」
「あっ、ローズ」
「お兄様が守ってくれるなら、灯りを持つのは私の役目じゃない?」
「こんな時ばかり、お兄様って言うんだね……」
僕のすぐ横に並び、ローズは鏡に映り込むように割り込んでくる。
一瞬感じた寒気は、薄明りの中で急に鏡を見たからだろうか?
それとも絵本で見た、『鏡の魔女』を思い出したからかもしれない。
この世界には、魔法もあれば魔道具もある。
それでも魔女が恐れられているのは、たった一人でも村程度なら簡単に滅ぼせてしまうからだ。
何十人・何百人の兵を投入して、ようやく討伐出来ると噂されている。
この話自体が『おとぎばなし』かもしれないけれど、小鬼よりよっぽど恐れられている存在だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
好奇心旺盛なローズは、その分飽きるのも早い。
すぐに周りに興味が行き、僕は灯りを頼りにしないといけない為、目の前の鏡から視線を外した。
その瞬間、鏡の中を何かが高速で横切った……ような気がした。
視線を鏡に戻すと、普通にこちらを映し出す鏡でしかない。
「どうしたの? アレク」
「ううん、何でもない。他のも探してみる?」
注意深く鏡を上から下まで見ながら言うと、床に若干の窪みがあることに気が付いた。
左右にある枠が鏡を中央で挟んでいる為、この鏡は上下に回転出来そうだ。
移動はキャスターがついているから問題ない。
いつまでも鏡を見ていると『魅入られる』と言われている。
地面に落ちた布を拾っていると、ローズが急に移動を始めた。
いつもミランダからは、「ローズを一人にしてはいけません」と注意されている。
僕は兄としての責務を全うする為、急いでローズの隣に移動する。
「アレク、布なんか持ってきてどうしたの?」
「ローズが次から次へと移動するから……。大体、片付けるのが目的じゃなかったの?」
「うーん……、まずは全体的に調べる方が先じゃないかしら?」
「はいはい、好奇心が勝ったんだね」
ローズの好奇心は、僕の言葉よりも勝っているらしい。
いくつか布のかかっている所へ行き、僕が布を剥がして調べているうちにローズは移動する。
まるで道化のような行動でも、ローズは意にも介していない。
段々と手持ちの布が多くなる中、背後にある等身大の鏡が妙に気になりだした。
「もう、アレク遅い!」
「ローズが早すぎるんだよ。良いかい? 僕たちは反省中なんだからね」
三個目の鏡に到着すると、ローズの興味は更に薄れていた。
逆に僕の中で、『何かが起きている』という危険信号が早鐘のように鳴っている。
「ローズ、止まって!」
「アレクは慎重に調べすぎなのよ。ほら、これだって」
多分、四個目の鏡だと思われる布を、ローズは無造作に引き剥がそうとする。
まるで背後にいる僕に見せるように「ねっ!」と、振り向きながら布を引き落とした。
僕は布を脇に落としながら、ローズへと走り出す。
何故か前方の鏡から最大級の嫌な予感がすると同時に、薄暗い鏡の中からデフォルメされた白い手袋が二つ、『ニュ』っと飛び出てきた。
「ローズ、しゃがみこめ!」
「えっ? アレク、どう……ムグッ」
ローズがランタンを落とした。
その瞬間、四方に展開された板のうち三枚が収納され、一面だけが鏡を照らすように残った。
ローズは片手が口を、片手が腹部を押さえられ、波紋を浮かべる鏡の中に引きづり込まれそうになっている。
僕は走りながら腰に挿してる模造剣を抜き、ローズを連れ去ろうとする手に向かって振り切った。
そんな攻撃をあざ笑うように、片方の手は鏡の中に消えていく。
ただ鏡の中の手は、不意打ち気味にローズを引っ張った余波で、ローズの体は鏡の中に吸い込まれそうだった。
「ローズ!」
口を押えられてパニックになっているローズは僕に手を伸ばす。
僕は『模造剣を持っていては間に合わない』と判断し精一杯手を伸ばした。
僕たち双子は、どんな時も離れ離れになってはいけない。
ローズの手と僕の手が固く結ばれた瞬間、僕たちは鏡の中に飛び込まざるを得なかった。