ユーリッドの魅力
網から抜け出した僕たちは、微妙な空気に包まれていた。
ローズは顔が大きくデフォルメされた、黒っぽい猫に見える。
「あはは、アレクの顔真っ黒!」
「そういうローズこそ!」
双子だけあって、どうやら同じような猫獣人になってしまったようだ。
不思議なのは衣装まで変化していたこと。
ローズはエメラルドグリーンのドレス姿になっているし、僕の衣装はタキシードにシルクハットだった。
持ってきたのは木剣なのに、何故か細身の剣に変化していた。
「ハフー、ハフー」
「あ、アレクさま・ローズさま」
「ユーリッド……ちゃん?」
「た、助けて……」
問題は、こっちの二人だった。
元々中性的な顔立ちをしていたユーリッドは、実は女の子と判明したのは問題ないけど……。
虎人族のガオールが激しく興奮している。
それは種族的な問題もあって、獅子族による楽園を目指すのが『獣人の国』の夢だからだ。
「ハフー、何も。ハフー、してねぇぞ」
「目が怖い……」
「楽園って、男が適えるんじゃないの?」
「うっせぇ。俺も今困惑してんだ!」
人間の体から獅子族の体になったユーリッドは、少し戸惑いながらもドレス姿を喜んでいる。
それは鮮やかな広がりを持つ海を思わせる青いドレスで、ローズと二人舞踏会に招かれているようだった。
ちなみにガオールの衣装に変化はなかった。
いつまでもこの場にいても仕方がないので、赤いフードの女性が消えていった方角を目指すことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガオールを先頭に少し歩くと、今回は大きな建物が見えてきた。
「ねえ、アレク。アレかな?」
「多分ね、ヒントがない以上、頑張るしかないね」
「おい。やっぱり、この状況変だろ?」
「ちょっと、ガオールくん。……うっ、見つめてくるのは止めてくれないか?」
ユーリッドはいつも通り話しているつもりでも、ガオールにとっては艶めかしく聴こえているのだろうか?
無言の訴えであまりにも見てくるものだから、今はガオールの隣にローズがいて僕の隣にユーリッドがいる。
猫の獣人になったからといって、ユーリッドの美醜が変わったようには思えない。
ガオールだって、そこの変化はないと思うんだけど……。
建物に近付くにつれ、それが城だと分かる。
後ろから聞こえてくる馬車の音に気付き、僕はそっとユーリッドの手を引く。
当然こちらより先にガオールも気付いているようで、残念そうな顔でローズをエスコートしていた。
「睨まないでくれるかな?」
「睨んでねぇよ」
ガオールの眼力というか、黙り込んだ後の圧がひどい。
今までユーリッドをぞんざいに扱っていたのに、メガネを外した女性が実は美女だった驚きをしている。
それでもローズをエスコートしている姿は慣れていたので、王族としての嗜みは身についているようだ。
「一つだけ確認したい。さっきのはやっぱり?」
「うん。多分、魔女だと思うよ」
「そんな……」
「それで、今何が起きてる?」
「ガオールくん、私たちにも分からないの。でも、事態が収まれば帰れる筈だよ」
ユーリッドは凛々しい雌獅子の顔で、僕のタキシードの裾の部分をそっと掴む。
「なあ、場所を……」
「変わらないよ!」
「そ、そうか……」
みんな猫っぽい顔をしているけど、醸し出す強さ的にはユーリッド>ガオール>僕=ローズだ。
ただ見た目の強さを足しても、前回会ったリンダに勝てる気がしない。
ましてや今回の魔女は細長い鉄塊という武器を持っていた。
あれは魔法の杖の役割があったのか?
それとも、そんな武器さえ必要はないのか?
魔女に逢うのは二回目だけど、今回も殺されなかったのが不思議なくらいだった。
「ねえ、あそこが入口かな?」
「多分そうだと思うけど、馬車がひっきりなしだな」
「もしかして、これから舞踏会があるのかも?」
「おっ、舞闘会か……? ユーリッド、俺がツエェところ見せてやるよ」
「「プッ」」
ローズと一緒に吹きだすと、ガオールは不思議な顔で全員を見回していた。
『獣人の国』では、違う催しがあるのかもしれない。
問題は僕たち――主にガオールの恰好で、もしドレスコードがあるなら引っかかるかもしれない。
何故かガオールの姿だけは変わらなかったけど、さすがに短パンに革のベスト姿ではマズいだろう。
「とにかく魔女に会って、元の場所に帰して貰えるように頼もうよ」
「そうだね。二人にもしもの事が……」
「アレクさま・ローズさま、この顔は十分もしもです!」
「あぁ? いや、ユーリッドはユーリッドのままが良いんじゃねぇか?」
何故かガオールは、普段は言わない台詞を言い出した。
問題は『ユーリッドのまま』が、どの状態を差すのか?
「そういえば、僕たちも困るね」
「多分、そのうち治るんじゃないかな?」
「ローズ、お母さまのお茶会が待ってるんだよ!」
「あっ。これじゃあ熱くて、お茶が飲めないね」
ローズから斜め上の答えが返ってきて、僕の力みが軽くなる。
まずは城に潜入してから考えよう。
ガオールとユーリッドの問題は、その後でも何とかなると思う。