お仕置き部屋再び
広い部屋で乱雑に点在する、背丈くらいで布がかかったもの。
頼りないランタンも二つ揃えば、そこそこの安心感を届けてくれる。
「まるで墓場だな」
「ちょっと止めてよ、ガオールくん」
「お化けでも出そうな雰囲気だ……」
「あれあれ? ガオールくん、怖いの?」
揶揄うようなローズの問いかけに、一瞬ガオールは我を忘れてたと思う。
「あっ、あぁ。いや、ちげぇし」
「僕たちはお母さまとお茶会があるから、ここで終わっても良いんだよ」
「えっ? もう終わりですか?」
「ユーリッド。安心してるとこ悪ぃが、すぐ済ませるぞ」
怖がっている人が逆転しているようだけど、探索するのは決定事項らしい。
だけど『すぐ済ませる』に、ガオールの本音が見え隠れしていると思う。
「アレクさま、どうして木剣を?」
「念のため……かな? みんな集まって探索しようよ」
「し、しょうがねぇなぁ」
「アレクさま・ローズさま、ランタンは死守しますね」
それぞれが手に何か持っていると、必然としてガオールが先頭に立つ。
ガオールが恐る恐る目の前にあった布を引っ張ると、そこには虎の縞模様を一段濃くした幼い獣人が……。
「ヒッ……」
「ひっ?」
「ビックリしただけだ。おいアレク!」
「アレクさま!」
「なんだって良いだろ。知ってたなら教えろよな」
事前にネタばらしすると怒るのに、今日のガオールはいつもと違う。
みんなが鏡に集中している間、僕は意識を研ぎ澄ませて、隠れているかもしれない何かを探してみる。
「布がかけられているのは、分かる範囲で『姿見の鏡』だったと思う」
「それは私も見たから本当だよ」
「この大きさだと高価な物なのに、不思議ですねぇ」
「フッ、タネが分かれば何てこたぁねぇ」
恐る恐るなガオールに対して、段々と目がらんらんとしているユーリッド。
肝試しは作り物や何も起こらない事を前提としているから楽しめる。
そしてシチュエーションの怖さが、二人に異なる反応を見せているのかもしれない。
時々僕とローズは目を合わせる。
特に何も起きないのが一番だけど、万一他国の要人を危険にさらしたとしたら国際問題だ。
何より、今は何事もない事を願いたい。
「おい、ランタン係」
「ちょっと、ガオールくん。横暴がすぎるよ」
「ふっ……、俺の命令を聞いていたら損はないんだ」
「ユーリッドくん、真面目に聞く必要ないんだよ」
段々と勢いに乗ってきたガオール。
布を外す瞬間だけゆっくりになるけど、前回もこの辺から変な奴が出てきたと思う。
木剣を持つ手に自然と力がこもる。
ただ段々と変化の無さに、ガオールが飽きてきたようにも見えた。
仕舞いにはユーリッドを呼びつけて、横側から引っ張らせようとしている。
「チッ、ハズレか……」
「アレクさま。この鏡は、いくつあるんですか?」
「僕たちも調べたのは前回が最初だったからね」
「ねえ、もう帰った方が良いんじゃないかな?」
ローズは僕と同じくらい、お茶会の参加を楽しみにしている。
話題については思う所があるけど、長い間伏せっていたお母さまと久しぶりに話せる機会だ。
従医も原因が分からないらしく、対処療法を取るしかないようだ。
でも今日元気と言う事は、明日はもっと元気になる可能性を秘めている。
「分かったよ、これを最後にするからな。離れてると置いて行くぞ」
「もう、ここは二人のお家だよ。さっさと済ませるからね。えい!」
「……」
「えっ?」
いつの間にか、たった数歩の距離だけど二人と離れていたみたいだ。
隣にはローズがいるけど、鏡の方を見ている。
考え過ぎるのは僕の悪い癖だ。しかも、敵がいるかもしれないその場所で。
僕の位置から鏡の中は見えていない。
ユーリッドが横から布を引いたので、正面にはガオールが立っている。
そしてローズの驚きの声、その瞬間ガオールは舌打ちして駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
慌てて距離を詰める僕とローズ。
躊躇う事なく鏡に突っ込んだガオールは、向こう側に無事に到着していた。
鏡の中に見える景色は森そのもので、何でガオールが向こうに行ったかは分からない。
鏡は波紋のような若干の異変があり、それが少しずつ落ち着こうとしている。
「アレク、助けなきゃ」
「あぁ、分かってる」
「アレクさま、魔女って……冗談だったんですよね」
「ローズ、後をお願い」
これが複数犯による陽動だったら目も当てられない。
でもローズにユーリッドを託すことで、ガオールの所に行く決心が出来る。
重く纏わりつくような境を潜りぬけると、突如違和感から解放される。
ガオールは少年ながら強い。
武器なんか持たなくても、正規兵と対等に渡り合える実力を持っている……はず。
木剣一本だけでは心許ないけど、今回は専守防衛の精神で無事に帰りたいと思う。
出来ればローズに援軍を呼んできて……。
「クッ……。ローズさま」
「無事に合流出来たね、ユーリッドくん」
「ローズ!」
「これで安心だね」
やっぱり双子と言えども、大切なことは言葉にしなくてはいけないようだ。
諦めの境地と共に、なんだかローズらしくて気持ちが楽になる。
前回は兄として妹を守る立場だったけど、今回は護る人が増えている。
まずは、ガオールがここに来た理由を確認しないといけないと思う。