ズルい恋愛に物申す!
世の中にはズルい人間がいる。
周りの人から非難されないように、器用に立ち回って、美味しいところだけを掬っていく。
私はそういう人間が嫌いだ。
◇ ◇ ◇
私の名前は椎名かおり。
十七歳。高校二年生。
六月の後半。
春も終わって夏に差し掛かり、いよいよみんなの頭の中に「期末テスト」と「夏休み」という絶望と希望の両ワードがちらつき出した頃、私の周りでは不穏な空気が漂いだしていた。
その不穏な空気とは、私を中心に漂っているものではなく、私の幼馴染である四宮英二を中心に吹き出していた。
その空気は桃色ながら腐りかけており、すでに腐臭を放っていた。
「英二。おはよう」
「ああ。なんだ、かおりか。おはよう」
「なんだって何よ。なんか文句あんの?」ドスッ
「いてっ。おいおい正拳突きすんな。空手部エースの攻撃はシャレにならんて」
「……今朝も浮かない顔してるね。また桐生さんに袖にされちゃった?」
「はぁ。うるせーなー。関係ないだろ。かおりには」
「いい加減、諦めなって。傍から見てても脈ないよ。あれは」
英二は何も聞きたくない、という風に私から顔を逸らした。
ありゃりゃ。英二の悪い癖だ。
自分の意志は絶対に曲げない。頑固者。
英二はそこそこイケメンだと思うし、誰にでも分け隔てなく接することができるいい奴だ。
決してモテないわけじゃないし。女子からの人気もそこそこ。
だけど、今回は惚れた相手が悪い。
桐生愛菜。
我が校のキャピキャピ四天王の一人。
ギャルというわけではないが、イケイケな感じの女の子。
目鼻立ちがハッキリとしていて、顔が小さい。
長い黒髪は毛先を軽く巻いてあり、キューティクルが美しい。
スカートは自分で裁縫して短くしており、常に生足全開だ。
私にはあれは無理。
私の足は田舎の農家で元気よく育った大根様なのだから。
ま、こっちは栄養たっぷりってことでね。
あの子みたいに出涸らしの高麗人参みたいな不健康レッグじゃありませんから。
とまあ、桐生さんのことを貶してみても、彼女がこの学校で一番モテる女子であるという事実は変わらない。
御多分に漏れず、四宮英二もその魅力の虜となってしまったようだ。
まったく。
子どもの頃は「俺はかおりと結婚する」とか言ってたくせに。
別に信じちゃいなかったけど。
今や、桐生さんにぞっこんだ。
だけどねぇ、英二。
あんたもわかってると思うけど、桐生さんは隣のクラスの藤堂君と付き合ってる。
サッカー部の主将でイケメン。
国体にも出場している陽キャの王様だ。
諦めればいいものを、英二は未だに桐生さんにちょっかいをかけている。
本人曰く「人間にはバイオリズムってものがある。アタックし続ければ必ず振り向いてくれる」だそうだ。
大丈夫?
発想がストーカー一歩手前まで来てる気がするぞ?
そのうち雑誌の記者かなんかにインタビューされて「いやー、いつかやると思ってたんですよ(四宮氏の友人S・談)」みたいなのは勘弁してよね。
そんなわけで、私の幼馴染の英二と学校一のモテ女・桐生さん、陽キャの王様・藤堂君の三人は三角関係を作っている。
そして、その三角関係が最近変な方向へと進み始めているのである。
◇ ◇ ◇
「桐生さん! 一緒に昼飯食べようよ」
「うん、いいよー」
英二が桐生さんをお昼に誘った。
本当にアグレッシブだ。
でも、桐生さんも彼氏いるなら、そこは断ったほうがいいんじゃないかな……。
「英二君、悪いけどジュース買ってきて。喉乾いちゃった」
「おう。待ってろ!」
英二は元気よく自販機へと駆けていった。
こらこら、廊下を走るな。
英二がジュースを買いに行くと、ちょうど隣のクラスから藤堂君が現れた。
あ、桐生さんの隣に座った。
えー、一緒に昼飯食べるの?
桐生さん、英二とも約束してるのに?
やばいよ、やばいよ。
私が勝手に出川哲郎になっていると、英二が戻ってきた。
当然、英二は茫然としていた。
「あ、え? 桐生さん? ジュース買ってきたけど?」
「あー、ありがと英二君。幹夫が来たから、幹夫と食べるねー」
「……あ、そう。わかった」
英二はそう言って、桐生さんにジュースを渡して、その場を立ち去った。
……可哀想。
クラスのみんなもその様子を見ているので、教室が一瞬お通夜みたいな雰囲気になった。
そんな中、藤堂君だけが「愛菜~、あーんしてくれよ」と余裕の態度を見せている。
考えすぎかもしれないが、英二の前でわざとイチャついているように見える。
見ていて気持ちのいいものではない。
仕方がない。
私が英二と食べてやるか。
私はうな垂れている英二の隣に座って、一緒に昼飯を食べ始めた。
英二は小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。
まったく世話の焼ける幼馴染だなぁ。
……それからも、英二は桐生さんにアタックし続けたが、同じように袖にされ続けた。
袖にされるだけならまだいいが、桐生さんと藤堂君は自分たちの仲を見せつけることが楽しくなってきたようで、わざわざ英二の前に行ってイチャつくようになった。
私もすべてを見たわけではないが、桐生さんと藤堂君がニヤニヤしながら英二の前まで行ってイチャイチャする現場を何回か目撃した。
桐生さんは「ねー、可哀想だよー」と言いながら、英二の前で藤堂君と抱きしめ合ったり、キスしたりしていた。
そこまでくると、英二も二人を避けるようになったが、二人はわざと英二の視界に入るようにしながらイチャイチャし続けた。
気のせいではないと思う。
英二が辛そうな顔をしているのを、二人はゲラゲラ笑いながら見ていたのだから……。
そんなある日、事件が起きた。
教室の外が騒がしかったので、何事かと周りの人に聞いた。
なんと、英二が藤堂君のことを殴ったというのだ。
それも一発だけではなく、何発も。
桐生さんはというと、泣きながら「私たち何もしてないのに、英二君が幹夫を急に殴ったの」と言っていた。
泣きじゃくりながら、何人かの女子が桐生さんに「大丈夫ー」と声を掛けている。
職員室の中から先生が怒鳴る声が聞こえてきた。
英二が怒られているのだろう。
その日、英二はそのまま下校した。
そして、英二は一週間の停学処分となった。
◇ ◇ ◇
英二が停学になって三日。
クラスの雰囲気は落ち着いていた。
英二のことは心配だったが、連絡しても既読がつかない。
もう。いつもの元気はどこに行っちゃったのよ。
お手洗いに行くと、ちょうど桐生さんがいた。
「桐生さん。大変だったね」
「え? ああ、英二君のこと? 急に暴れだすからビックリしたよー」
「ふーん。桐生さんが何か言ったんじゃないの?」
「別に私は何も言ってないよー。ただ、幹夫と英二君って前から仲悪かったからねー」
うん。あなたが原因でね。
「ていうか、英二君てヤバい人だったんだねー。いきなり暴力って。……あっごめん。椎名さんとは幼馴染なんだっけ」
「うん、だから何があったのかなって気になってて」
「別に幹夫となんかゴニョゴニョ喋っててー、そしたらいきなり英二君が暴れだしたんだよ」
「何か気に障ること言ったんじゃないの?」
「だからって暴力はダメじゃなーい?」
「それは、そうだけど」
「こっちは何もしてないのに、あんな暴力振るうなんて。犯罪者予備軍だよね。あっはははー」
月までぶっ飛ばしたろか?
月でウサギさんと餅つきさせたろか?
何が性質悪いって、自分たちの落ち度に気が付いていないことだ。
あなたと藤堂君が英二を追い詰めたんじゃないか。
あー頭にくるなぁ。
無神経キャピキャピ恋愛体質被害者予備軍め。
会話しなきゃよかった。
予想以上にピキッときた。
ふぅー。
深呼吸しよう。
吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~。
いけね。逆腹式呼吸してた。
このアホ女に正中線五段突きをかましたくて、無自覚で空手の息吹になってたわ。
◇ ◇ ◇
私は停学中の英二に会いに行ってみた。
家の呼び鈴を鳴らすとお母さんが出てきた。
「いらっしゃい。かおりちゃん。久しぶりね」
「お久しぶりです。英二君、いますか」
「うん。ちょっと待っててね」
そう言ってお母さんは二階へと上がっていった。
「えいじー。かおりちゃん来てるわよー」というお母さんの呼び声が聞こえてきた。
英二はなかなか出てこなかったが、お母さんが「いい加減にしな!」というと、部屋から出てきた。
階段を下りてきた英二の目は、赤く腫れていた。
ずっと泣いていたのか……。
「家だと母さんがうるさいから、外に行こう」
そう言って英二は外にさっさと出て行ったので、私は彼のあとについて行った。
近くの公園にやってきた。
その間、ずっと無言だった。
「何の用だよ」
「いや、どうしてるかなーと思って」
「別にどうもしてないよ。ずっとゲームしてた」
「もう期末テスト近いよ」
「テストなんてどうでもいいよ。もう学校なんて行かないし」
「そんなこと言わないでさ。みんな待ってるから」
「誰も待ってないだろ! 嘘つくなよ!」
「……私は待ってるよ?」
私がそう言うと、再び英二は黙ってしまった。
私たちの間に気まずい空気が流れる。
何か話さないと。
聞きづらいけど、ずっと知りたかったことを尋ねてみた。
「……ねえ。藤堂君に何か言われたの?」
「……」
「ご、ごめん。言いたくないなら別に……」
「藤堂が、休みの日に桐生さんと何をしてるのか、とか」
「それって……」
「詳しくは言いたくない」
「……」
藤堂君、性格悪いなぁ
「殴ったのは、俺が悪かった、許されないことだよ、けど……」
英二は自分のこぶしを見つめながら続けた。
「桐生さんも俺のことケラケラ笑ってるし、悔しくて、悔しくて……。二人して俺の気持ちをコケにしてたんだって思ったら、我慢できなかったんだ」
「……」
「こんなに心を踏みにじられたのに、どこにも訴えることができないなんて、おかしいよ。警察も、裁判所も、『カップルに馬鹿にされました』なんて言っても相手にしてくれないだろ? でも、俺はナイフで何回も突き刺されるくらい痛かったんだ! 心が痛かったんだ!」
私は何も言わずに彼の話を聞いていた。
英二は顔をくしゃくしゃにして、ポロポロと涙を流していた。
昔から変わらない泣き顔。
小っちゃい頃、喧嘩したときも、そうやって泣いてたよね。
中学に入ったくらいから全然喧嘩しなくなった。
私の部活が忙しくなったせいだけど、あの頃からちょっと距離を感じてた。
中学二年のとき、英二が初めて彼女を作ったって聞いて、ちょっと寂しかったよ。
同じ高校に行けることになって、また仲良くなれるかなって思ってたのに。
英二は桐生さん、桐生さんって夢中になってて。
傷つくことになるからやめとけって、何回も言ったのに。
あなたのことを助けようと思って忠告してあげたのに。
……英二の気持ち、わかるよ。
好きになったら、周りの声なんて聞こえなくなっちゃうんだよね。
だから、悔しくて、悲しくて、涙が止まらなくなっちゃうんだ。
私にも経験あるからわかる。
そんなに苦しくなるくらい好きだったんだね。
私の入り込む余地なんてないくらい。
……でも、もういいでしょ?
そんなすさんだ目のあなたなんて、見ていたくないの。
ね?
だから、顔を上げてよ。
私は英二の頬に手を添えた。
もうすぐ日が落ちる。
夕暮れ時、空は真っ赤に染まっていて、建物は真っ黒く塗りつぶされている。
公園に差し込む西日が私と彼の影を伸ばし、遠くで交わらせた。
私はズルい人間が嫌いだ。
美味しいところだけを掬っていく人間が嫌いだ。
でも、誰だってそうではないだろうか。
彼のうるんだ瞳に映る醜悪な人間を見て、私はそう思った。
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