表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢守ノネットシンフォニア  作者: 鳥路
Album2:精霊王と愛し子の独奏曲
9/32

Track0:九重三波のやるべきこと

半年前


「・・・・」


画面に映し出された、作られた異世界

血を分けた兄弟たちがいるセカイを俺は黙って見つめることしかできなかった


ここは、ドリーミング・プラネットを作り上げた運営会社の本社ではなく、玖清市立病院の病室

いつもは空いてばかりの病室には、押し込まれるようにどんどん眠ってしまった人間が運び込まれていた

俺の家族もその例外ではない

元々入院していた一馬兄さんがいるから都合がよかったのか、それとも家族をまとめた方がいいという計らいなのかはわからないが、一馬兄さんがいた病室に、他の兄弟たちも集められた


よっぽどのことがない限り、眠っていないだろうと思っていた一馬兄さんもゲームの中

桜に志夏、音羽に奏・・・司も例外ではなかった

そこに双馬兄さんと深参兄さんの姿はない

司がなぜここにいるのかは逆にわからない

そして何よりも、俺が起きている理由がわからなかった


家に変な連中が押しかけてきたのは覚えている

そして、首筋に針らしきものを埋め込まれたことも

その針はまだ俺の首に刺さっていたので、検査に回している。結果が出るのはもう少し後になるだろう


連中が俺の何を増幅させたかったのかは現時点では不明だが、検討はついている

薄っすら聞こえた「劣等」「二十歳を超えてこの姿」・・・ということは、連中は俺の身長のコンプレックスを増幅させて暴走させようとしていたのだろうか


「・・・余計なお世話だっての」


確かに俺の身長は司より低い。成人男性にしては異様に低く、150を超えていないのだ

お陰で、妹の志夏と音羽からは弟の如く可愛がられ、奏からは馬鹿にされる始末

奏でこれなのだ。あの性悪清志が生きていなくて心の底から安堵している

司は今のところ兄の矜持もあり、恐怖心を植え付けて丸め込んでいるが・・・中学生になったら逆になってしまうだろうなと思うところもある

すぐ上の兄。特に双馬兄さんのような体格に恵まれたいと思ったことは多々あるが・・・

別に悪いことばかりではない上に、むしろこの身長で得することばかりなのだ


重いものとか高いところにあるものは取ってもらえる。自分の労力が少なくて済む

男女問わず子供と勘違いして可愛がってもらえる。少し声を高くするだけで子供のふりができる。成人男性にはできやしないことだ

食堂のおばちゃんにはいっぱい食べて大きくなるんだよ、と食事をおまけしてもらえるし、

子供のふりをして生徒の弱みを握りに行ったりできる

公共交通機関は子供料金を支払いなさいとなぜか叱られる。親の定期を使うなとも叱られるのはしょっちゅうだが、免許証を見せるたびに絶句する駅員の顔を見るのが楽しいので四月は特に楽しい

他にも色々あるが、まあ結論を言うと「俺は自分の身長に優越感を抱いたことはあるが、劣等感は抱いていない」ということである


まあ、ここまで考えられるようになったのはここ二、三年の話だ

少し遅ければ、俺は連中の思惑通りになっていたと思うとぞっとする


「・・・薫」


志夏と一緒にいたからか、偶然にも同じ病室に運び込まれた教え子の名を呼ぶ

いつもは犬のようにはしゃぎながら返事を返してくれる彼女も、今は眠りについている


「お前のお陰で、俺は現実に留まれたよ」


俺が身長を気にしなくなったのは、六平坂薫という女性に出会ったからである

彼女の身長は、180を超えている

俺のような低身長に憧れた、大きな薫

薫のような高身長に憧れていた、小さな俺

定規一本でも補えない身長差を持つ俺たちは出会ったばかりの頃、志夏を通して喧嘩ばかりの生活をしていた

しかも当時、薫は姉と色々と揉めていたらしい。それが俺のせいだと知ったのは一年後の事だ

今はその他諸々の問題も解決し、普通に仲のいい関係だと思っている

身長の事で未だに言い合いはするが、互いの欠点を補いながら毎日を過ごしていた


俺に、身長の事で得することがあると気づかせてくれたのは薫だった

そして俺以上に身長で苦労している人間がいると気づかせてくれたのも、彼女だった

もし、彼女との出会いがなければ俺は身長の事で今もきっと劣等感を抱いて生きていただろうから


『ドシタノ、ドシタノ、ミナミ』

「なんでもねえよ・・・「おしゃべり花」」


鞄の中から除く植木鉢のそれを奥に押し込む


以前勤めていた研究所を辞めて、恩人である教授がいる玖清大学に赴任するキッカケになった俺の「研究者」としての成果


「お前がここにいることバレたらどうするんだ」

『ダイジョブ、ダイジョブ。オレ、ミナミノ、ダシ』

「・・・ハリス先生に見つかったらどうすんだよ」

『ハリス、ゲキオコ、プンプン!』

「だろうな」


幼少期から妙に頭がよかった俺は、小学校に上がるころには家族から離れてアメリカで暮らしていた

父の仕事の知り合いであった「ハリス・アーデンフィルト」に預けられて、それから成人まで向こうで過ごした

ハリス先生自身も、俺の才能に目を付けてこちらで育ててみないかと父に相談していたらしい

お盆とか正月とか、ハリス先生と共に帰国することを条件に俺はアメリカでハリス先生と共に生活していた

学校は全部飛び級。博士号取得を習得したのは十五歳の時だ

それから俺は好きなこと・・・「植物」に関する研究を行っている途中で、この「おしゃべり花」を生み出してしまった

それがある事件の幕開けとなるのだが、今はどうでもいい話である


「お前・・・盗まれたらどうするんだよ」

『ソレガコワクテ、イエニ、オイテオケナイ・・・モンネ!』

「ああそうだよ。で、盗まれたらどうするんだよ」

『ソノトキ、ソノトキ!』

「あの女の時みたいにすんなり解決するもんじゃないからな。普通は」

『ホマレノトキ、ミタイナ?』

「除草剤はどこにあったかな・・・」

『ゴメン、ミナミ。イマダニ、キニシテ・・・』

「気にすんな」


穂希ほまれとの一件があってから、俺は向こうの研究所を辞めた

自分の研究成果であるおしゃべり花を片手に、帰国までして研究から遠ざかった生活を送っていた

それから、もう一人の恩人である「清宮元吾きよみやげんご」氏の誘いもあり玖清大学に赴任した

そちらで「無限種」なんていう、植えれば根が死ぬまで無限に作物が湧くという食品問題を余裕で解決するようなトンデモ案件を作り出した結果、この地位を得たのは記憶に新しい


『ミナミ、ミナミ』

「なんだ」

『コウカイ、シテル?ホマレ、アノアト・・・』

「自業自得。あの女はお前を盗もうとしたんだ。自分の地位を盤石なものにするためだけに、色々なものを利用した。いや、利用しすぎたんだ」


そのせいで自分が破滅した、家族も友人も全部巻きこんで

その渦中にいたのが、この六平坂薫

六平坂穂希ろくひらざかほまれの実の妹だった


『ミナミ、カオル、シンパイ?』

「ああ。心配だよ」


一プレイヤーである人間にも、俺たちが刺された針を刺されない・・・なんて保証はない

窓辺で眠る司にだって、後日針が刺される可能性だって否定できない

それにもし、薫が俺と同様に「劣等感」を増幅する針を刺されたとしたら・・・?

どうなるかなんて、明白ではないか


「・・・おしゃべり花」

『ナニ、ミナミ』

「お前、ここで普通の花のふりはできるよな?」

『モチロン!デ、ナニスルノ?』

「決まっているだろう。現実でできることだよ」


ここで黙って燻っていても、状況は好転するわけがない

俺は俺が残された意味を噛みしめながら、俺にできることをしなければならない

針を刺される前に薄っすら見た光景が事実なら、双馬兄さんと深参兄さんにも針が刺されたはず

しかし、その二人はこの病室にはいない

あのゲームの「ラスト・エンパイア」シリーズの武器所有者が標的なら、俺と司以外の所有者はどこに消えた?

それを探る必要があるだろう。たとえ、危険に片足をツッコんででも


針の検査結果は、俺にも情報共有をさせてもらえるようだから、後で情報を聞きにいってみよう。そろそろ出ているかもしれないし


それから・・・もう一つ

自分の「A-LIFE」を起動させて、ある機能を起動させる


「ファミリア・リンク」


それは、タグ付けされた家族間ならば・・・「A-LIFE」に保存されている個人端末内の情報や、今どこにいるか確認するために位置情報などを閲覧できるシステムだ

情報も位置情報はネットワークがつながるエリアでないと確認できないが、ロストした場所なら特定できる

その為、双馬兄さんと深参兄さんがどこに消えたのかも・・・おおよその予想はできるのだ


二人の端末情報も気になるが、どうせ双馬兄さんは仕事資料と家族写真ぐらいだろうし

深参兄さんは七峰志貴中心の生活だったし、彼に関係する資料と仕事関係のものしか入っていないだろう。多分、有力なものは出てこない

ネットワーク外だから、バックアップされたものしか閲覧できないが十分だ

それをすべて俺の「A-LIFE」に保存し、一つ一つ確認していく


「・・・音羽。俺がいなくなってから一馬兄さんに連絡をしていたのか。だから一馬兄さんは現実じゃなくてゲーム内に」


一馬兄さんが残留できなかった理由は俺にあることに気が付いて罪悪感が芽生える

兄弟の中でも特段家族思いの音羽の事だ。向こうでもきっと・・・


「・・・なんだこれ」


音羽に後でちゃんとお詫びをしておかないとなと思いつつ、司のメッセージフォルダにあったそれに着目する

深参兄さんから奇妙なメール

おかしいけれど、この文面では深参兄さんはこれから自分がどんな目に遭うか予想がついていたかのような・・・


「・・・桜公園の植え込みか。見に行ってみる価値はありそうだな」


リンクを終了させて、今自分がやるべきことを見出す

移動中に他の兄妹たちの情報も閲覧しておこう。他にも何かあるかもしれないから


とりあえず、まずは針の検査が進んでいるか確認してみることにしよう

荷物を持って病室を出ようとすると、おしゃべり花から抗議の声


『オイテイクキカ!』

「ああ。もちろん。その間お前には病室の監視を頼みたい」

『ダカラ、タダノ、ハナノ、フリ・・・ワカッタ』

「特に、薫と司の様子はしっかり見ておけ」

『リョウカイ』


おしゃべり花を全員の様子が見られる場所に設置した後、俺は現実でやれることを求めて病室を出ていった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ