Track7:そして物語は半年後へ
桜公園に到着した
平日の夕方ということもあり、人は少なめだ
「・・・」
「どうしたの、双馬兄さん」
公園に到着したので、一度深参兄さんに連絡を取るといった双馬兄さんは、人通りが少ない場所でA-LIFEを操作し、何かを不思議がっていた
「いや、深参と三波から変なメッセージが来てるから、見ていたんだ」
「どんなメッセージなんだ?」
「二人とも、早く逃げろってさ。意味がわからないけど・・・嫌な予感がする」
「噂の、不審者じゃないのか?」
「かもしれないが、なぜ三波まで・・・あいつは家にいるんだろう?」
「うん。帰った時確かに三波兄さんは家にいたよ」
音羽姉さんと奏姉さんと共に、三波兄さんは今も家にいるはずだ
よっぽどの事情で出かけなければならないという事態にならなければ、外出はあり得ない
「不審者という線はないと思うが・・・深参はそうかもしれないな」
「ここまで連れてきてもらったけど、もう帰った方がいいんじゃねえの・・・?」
「そうだな。大事を取って引き返そう」
双馬兄さんに背中を押され、僕らは元来た道を引き返そうとする
しかし僕らに添えられていた手は公園を出る頃には僕らの背にはなかった
「双馬兄さん・・・?」
先ほどまでいた兄はどこにもいない
そのかわり、僕宛にメッセージが二件届いていた
一つ目は三波兄さんから「早く逃げろ」と手短な文章が
双馬兄さんが見たメッセージと同じようなものだった
二つ目は深参兄さんから
「桜公園の噴水前のベンチ。その後ろの植え込みに隠したノートを一馬に届けてほしい。
どうか、頼む。物語の命運は、お前の手の中に」
少し長めのメッセージは全く持って意味がわからない文面だ
「・・・桜公園の噴水前ベンチ?」
双馬兄さんにも同じメールが送られているのならば、兄さんもそこに向かったのかもしれない
でも、双馬兄さんの元には「逃げろ」ってメッセージが送られていたんだよね
双馬兄さんは、一体どこに?
「な、なあ・・・双馬さんどこ行ったんだよ」
「わからないけど、僕のところに深参兄さんからメッセージが来ていたんだ」
「見せてくれるか?」
きっと、一人だったらその場で右往左往していただろう
政宗がいてくれてよかった
相談しあうことで、頭の整理ができるから
「植え込みのノートか」
「うん。双馬兄さんはもしかしたらノートを取りに行ったのかも」
「でも、双馬さんに、その深参さんから来ていたメッセージは「逃げろ」だけだったよな」
「そう、だけど・・・」
そうだということはわかっている
それでも、僕は双馬兄さんがどこに行ったか気になるし、深参兄さんの事も気になるのだ
「司、気になるから俺も行く。それに双馬さんが心配なんだろう?」
「いいよ・・・政宗は帰りなよ。お母さん心配するよ」
「それでもだ。友達見捨てるような奴は男じゃないね」
「そう・・・ありがとう政宗。行こう」
「おうよ!」
こういうときはなんだかかっこいい政宗
こう言うのを、普段積極的に見せたらいいのにと思いつつ僕らは桜公園の中に引き返す
そして入り口前に設置されている公園地図を見上げた
「噴水といえば・・・これだよな」
「うん中央広場の噴水しかない」
「それ覆うように囲んだ植込みがあるから・・・」
「植込みに深参兄さんのノートがある。四つのうちのどれかはわからないけど」
「行って探すしかねえだろ!いくぞ、司!」
「うん!」
僕らは中央広場へと走る
子供の足でも、噴水広場が目前へと迫ってきた頃
そこに漂う異質に、僕らは足を止めた
そこには謎の人だかりができていた
「人だかりだ・・・」
「なんで、こんな変なタイミングで人だかりができてるんだ」
「事件?事故?」
「さあ・・・とにかく、間を進もう。俺たちなら前に進める」
「う、うん」
政宗に手を引かれ、僕らは人混みの間を通って中央へと向かう
なんだか嫌な予感がする
この先に本当に進んでいいのだろうか
そんな不安が、心の中を埋めていく
政宗が先に噴水が見える位置にたどり着いたみたいで歩みを止める
「おい、司・・・あれ!」
「・・・え」
嫌な予感は当たっていた
人混みを抜けた先には、シキの動画にも映っていたフードの男が何十人もいる
そして噴水前には変な機械が設置されていた
そこには、細い針が並べられている。丁度「十一個」存在するようだ
「なん、で・・・」
僕の動揺を誘うのはその異様な光景ではない
フードの男たちの足元で倒れている、十一人の男女
その中に見知ったものをとらえる
桜姉さんの提案で作った、特注のネクタイだ
三つ子の兄さんに送った三人お揃いのネクタイが僕の視界に映った
白色のネクタイに灰色のネクタイピン。紺色のベストを着た青年
緑色のネクタイを身に着けたいかにも仕事帰りなスーツ姿の青年
その二人の青年の顔は瓜二つ
その顔と同じ青年を、もう一人僕は知っている
「深参兄さん、双馬兄さん・・・?」
少し離れたところには出かける僕を見送っていた白衣の青年
成人男性にしては子供のように小さいその姿を見間違うことはない
「なんで三波さんまで・・・!?」
そしてよく見ると、深参兄さんの隣には二人の兄が探していた青年
深参兄さんと手をつなぐように、十一人の中で唯一幸せそうに眠る彼は志貴さんで間違いない
見知った人はそれぐらいだ。後は誰だかわからない
けれど全員、意識を失っていた
「役者は揃ったな」
「ええ。十二人目も、そこに」
黒服の中で一番偉そうな人物に報告する別の黒服
その黒服が指さしたのは、僕だった
「十二人目は放置。彼者の命令だ」
「了解です」
黒服は僕に興味なさそうに、作業に戻っていく
「始めろ」
「はい」
黒服は指示を受けた後、細い針を十一人のA-LIFEに差し込んでいく
当然、全員が拒絶反応を出し、何らかの反応を示した
「まずは精霊王」
「増幅するのは?」
「「劣等」だと指示を受けている。まあ、二十歳を超えてこの姿だと・・・劣等感はさぞ大きいだろうな」
最初に針を差し込まれたのは三波兄さん
「やめろよ!兄さんに何するんだよ!」
「司・・・!気持ちはわかるが、今の俺たちには何にもできない!」
「でも!目の前で、家族が!」
「それでもだ!お前が下手に動いて三人の身に何かあったらどうするんだよ!」
必死に止める政宗。それでも動こうとする僕
わかっている。動かない方がいいことぐらい理解している
けれど、けれど・・・!
「狂博士は恋に狂った「嫉妬」を、帽子屋は子供らしさが際立つほどの「残虐」を」
一番偉い黒服がどんどん指示を出し、十一人に針が淡々と差し込まれていく
その光景を僕は黙ってみていることしかできなかった
「放浪者は如何なることへの「好奇心」を、災禍鬼は自分を底へ落した者へに対する「復讐心」を」
また一人、また一人、針が埋め込まれる
「何か」と共に、針を埋め込まれる
「巨人兵は自分が最も優れているという「優越感」を、夢見姫は、何人たりとも自分の眠りを妨害しないように主張する強固たる「気質」を」
残りは三人だけ
「・・・聖天使は、家族に対する「憎悪」を。この男は十一人の中でも彼者が期待している存在です。他の者より、倍以上増すように指示を受けています」
「了解です」
双馬兄さんに針が差し込まれる
しかし、僕の思考はそっちにはなかった
「・・・家族に対する、憎悪?」
しっかりと聞き取れたその言葉の意味には誰も答えてくれやしない
内心ではわかっている
両親が亡くなってから、双馬兄さんは「全部を諦めた」のだから
恨まれたって、仕方ないとは思っている
最後の二人の前に黒服が立つ
「死神司祭と、航海士は互いへの「執着心」で指示を受けています。こちらも、倍以上に」
「了解です」
そして、二人にも針は差し込まれる。これで十一人全員に針が差し込まれたことになる
「全員、サーバー内に転送完了しました」
「では、始めようか」
機械の側にいた黒服から報告を受けた、偉そうな黒服は指を鳴らす
同時に、別の黒服が機械の電源を入れた
その瞬間、周囲にいた僕らのA-LIFEに信号がキャッチされる
『VRモードを開始します』
指示を出してもいないのに、A-LIFEのVRモードが開始される
『ヨウコ、そhfsjgだうなlkdないfぐぃおx』
『ドリーミング・プラネットに接続します』
『これは強制です』
『キャンセル不可』
『不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可不可』
『・・・・・・』
『世界ヲ、救エ、メヌエット』
「え」
半年前、この世界に飛ばされる直前に告げたのはたったそれだけだった
その光景は昨日の事のように思い出せる
あの後、僕らは気が付けばドリーミング・プラネットの中にいた
VRモードでプレイしていた時と同様の環境
ログアウトが使えないこと以外、だが
そうして、何があったかわからないまま僕らは半年間もゲームの中に閉じ込められている
どうしたら外に出られるかというのは、この場にいる全員が理解できている
このゲームのクリア。それだけだ
その為には、実装予定だったクエストも含めた十三のラスト・エンパイアシリーズの武器を集めなければならない
それはつまり、先に誰かが攻略していたLEクエストを再度攻略しなおすと同義だった
転送が終わり、目的地に着く
帰還先はこのゲームの主要都市である「王都」と設定されたメロディアズ
その名の通り音楽がモチーフの街だ
その街の中心にある転送の石碑の前に先ほどまでいた「始まりの草原」から僕たちは帰還した
「司!ルルちゃん!」
その前でそわそわしながら待っていた女性が駆け寄ってくる
その背には中型の銃が二丁、「銃士」という役らしくかけられている
「音羽姉さん、ただいま」
「ただいま、オトハ」
僕たちはその女性・・・音羽姉さんに抱きしめられる
料理が上手で、とっても優しいお姉ちゃん
クーポン目当てで地道にやっていたらしい音羽姉さんもこのセカイに巻き込まれたプレイヤーの一人だ
「もう、心配したんだからね!なかなか帰ってこないから、何かあったんじゃないかって!」
「ごめんね、音羽姉さん・・・」
「ごめんね、オトハ」
僕らは半泣き状態の音羽姉さんに謝る
音羽姉さんは目尻に浮かんだ涙を拭い、いつもの調子に戻る
「無事ならいいの。ほら、もう夕方だし帰ろう?みんなが待ってるよ」
音羽姉さんは僕とルルに向かって手を差し出す
ルルは喜びながら音羽姉さんと手を繋ぐ
僕もそれに倣って音羽姉さんと久々に手を繋いだ
少しだけ恥ずかしかったけど、懐かしい感じ
僕たち三人は「家」への帰路に就いた
「お帰り、司。音羽。ルルちゃんも」
「ただいま、一馬兄さん」
「一馬兄さんは家に入っていてよ。また風邪引いたらどうするの?」
「大丈夫だよVR世界だし。確かに、疲労感とか痛みとかは現実と同様だけれど、健康状態は一般人並みみたいだからさ」
家の前で箒片手に掃除をしていたのは長男の一馬兄さん
本来なら病院で入院している彼はA‐LIFEを着用していなかったはずなのだが、運の悪いことに、音羽姉さんと連絡をしている時に巻き込まれてしまったらしい
「でも・・・」
「今も気にしているの?これは、音羽が気にすることではないよ。緊急事態だったんだから」
そのせいか、音羽姉さんは一馬兄さんに負い目があるようで、少しぎくしゃくしている
一馬兄さんはそう言ってはくれているが、音羽姉さんからしたら自分が連絡しなければ一馬兄さんは巻き込まれることはなかったと思っているから
「この件はもう終わった話にしよう。僕は久しぶりに走ったり、双馬も深参も三波もいないけど、家族で過ごせるのが嬉しいから」
「・・・そっか。でも、絶対無理しないでね」
「わかってるよ」
そんな二人の様子を、ルルが黙ってみていた
その視線に気が付いた一馬兄さんはルルの目線に合わせるためにしゃがむ
「ルルちゃん、レベル上がった?」
「うん」
「そっか。じゃあ、約束通り武器を鍛えるよ。貸してくれる?」
「お願い、カズマ」
ルルはそう言って杖を一馬兄さんに手渡す
このセカイでの一馬兄さんは「鍛冶師」
前に立って戦うことは体力的にできないけれど、その代わり全力でサポートしてくれると言ってくれた
生徒に勧められて始めたとのことで、プレイ期間は長く、レベルアップで手に入れたポイントは全てスキル強化につぎ込んでいるようだ
そのおかげで、かなり高位の武器も鍛え上げられるようだ
「あ、おかえりー!」
家の扉を開けて出迎えてくれるのは奏姉さん
片手には相棒のトランペット
トランペット奏者で、毎日トランペットを引くのは現実でも、このセカイでも変わらない姉さんの日課だ
今はその相棒のトランペットと共に吟遊詩人をしているらしい・・・
奏姉さんも音羽姉さんと同様でクーポン目当て
少しでも家計の足しになればと思ったらしいが、まさかこんなことになるなんて思っていなかったらしい
奏姉さんは僕とルルの頭をわしゃわしゃと撫でる
「やめてよ、奏姉さん!」
「カナデ、カナデ。もしゃもしゃする」
「奏、やめてあげなよ。二人とも嫌がっているよ」
奏姉さんを止めたのは、桜姉さん
元々桜姉さんはゲーム会社に勤務しており、その関係で深参兄さんともよく仕事を一緒にしていたらしい
このゲームは他社のゲームだそうだが、アイデアと技術を見るためにプレイしていたとか
無数の紐を垂らしながら歩く桜姉さんの役はどうやら「人形師」らしい
聞く話によるとレア職らしく・・・一体、どういう戦いをするのか見当がつかない
「これを双馬兄さんが見たら・・・大変なことになっちゃうね?」
「げぇ・・・」
「チクられたくなかったら、二人に謝ろうね」
「・・・ごめん、司、ルルちゃん。嫌がってたのに無理やり撫でまわして・・・」
「ううん、別にいいよ」
今、僕らは王都で暮らしつつ、ゲームの攻略を目指してレベルを上げている
他のプレイヤーも同様だ
半年間地道にゲーム内で生きていたが・・・
進捗はさっぱりなままだ
未だに、LEクエストは一つも攻略されていなかったという現実
それは、未だにクリアへ向かう一歩が踏み出せていないということであった