Track4:九重家の十人兄妹
午後四時
あっという間に六時間目の授業が終わり、終礼が始まった
先生の退屈な話を乗り越えたらすぐに放課後になる
時刻は四時半少し過ぎ
終礼中に居眠りをして放課後になっても寝ている政宗を起こし、僕たち二人は急いで学校から家に向かう
途中の道で政宗と別れ、僕はそこから家まで全力で走った
そして、僕らの家が見えてくる
九重家はこの第三住宅地の中でもかなり大きな家だ
兄さんたちの話だと僕たちの父さんと母さんは孤児だったらしい
親に捨てられて養護施設で暮らしていた二人は、偶然出会って結ばれた
同じ境遇だった二人は互いに同じことを考えていたそうだ
「家族を捨てない親になろう」と「家族がたくさんほしい」
そこから生まれたのが、この九重家となる
長男の一馬兄さん、次男の双馬兄さん、三男の深参兄さんの三つ子の兄弟で始まり
それから長女の桜姉さん、四男の三波兄さんで・・・・
次女の志夏姉さん、あまり記憶にない五男の清志兄さんの双子の兄妹が生まれて
その後に三女の音羽姉さん、四女の奏姉さん
そして六男の僕
この十人・・・今は九人の子供で九重家だ
両親は僕が産まれた頃に事故で亡くなって、清志兄さんは五年前に亡くなった
深参兄さんは独り暮らしをしているので、実際に家で暮らしているのは八人
大きめのシェアハウスだった家を改装した名残で、兄弟全員の部屋に鍵が付いているのが特徴だ
何かあった時の為にリビングに全員の部屋の鍵がかけられてあるから意味があるようでないものだけれど
けれど、姉さんたちの部屋の鍵は緊急事態ではない限り、兄さんたちが手に取っているのは見たことがない
僕はポケットから小さな鍵束を取り出す
家の鍵と、自室の鍵と、三階共有ルームの鍵だ
そこから一番大きな鍵を選んで、扉に差し込んだ
かちゃり、と音がしたのを確認してドアを引く
「ただいま!」
家のドアを開けて、玄関先に鞄を置いた
音を立てないようにドアを閉めて、玄関を見渡してみる
玄関には、少し高めの革靴と真っ白な運動靴が揃えておいてあった
つまり今この家には三波兄さんと奏姉さんがいるということだ
誰一人と返事を返さないということは、二人とも自室にいるのだろうか
「あれ、鍵が開いてる・・・」
聞きなれた声が聞こえた後、ドアがゆっくりと開かれる
「あ、司だ。おかえり」
「お帰りなさい、音羽姉さん」
扉の先には紺色の制服をしっかりと着こなした三女の「音羽」姉さんが立っていた
音羽姉さんはこの九重家の良心だ
正しくは、この家の支配者
音羽姉さんはこの家の「食事」をすべて担当している
そのおかげか、九重家で音羽姉さんに逆らうものはいない
あの三波兄さんでさえも「司をいじめるなら、今日の晩御飯は抜きだからね」の一言で止められるのだ
「じゃあ、音羽姉さん。僕遊びに行くね」
そうこうしているうちに早くしないと五時になる
双馬兄さんと政宗を待たせるわけにはいかない
急いで家を出ようとすると、音羽姉さんが僕の前に立ちふさがる
「こら。鞄を玄関先に置きっぱなしにしたら駄目」
「えー」
「部屋に置いておかないと、三波兄さんから悪戯されるよ」
「それは嫌だ」
「じゃあ、片付けてから遊びに行っておいで」
「うん」
僕は音羽姉さんのいうことを聞いて、鞄を自室に持っていく
僕もまた音羽姉さんに逆らえない
鞄を置いてから再び玄関に戻ると、音羽姉さんはまだそこにいた
玄関先に腰かけて、のんびり僕が来るのを待っていたらしい
「音羽姉さん」
「置いてきた?」
「うん」
「司はいい子だね。今からどこに誰と行くの?」
「うん、桜公園に政宗と。双馬兄さんも一緒」
「それなら安心だね。いつぐらいに戻ってくるかはわからない?」
「まだわからない」
「そっか。じゃあ、双馬兄さんとはぐれないようにね。ちゃんと言うこと聞くんだよ?」
「わかってる」
出かける前はいつもこの会話をしている
どこで、誰と遊びに行って・・・いつ帰ってくるのかを確認するためだ
面倒くさいと思う時はあるけれど、すごく大事な会話だ
誰もいないときはメモを残して、誰かがいるときはこうやって確認しあう
「それじゃあ、いってらっしゃい。今日の夕飯はハンバーグの予定だよ」
「楽しみ。手伝えたらよかったんだけど・・・」
「小学生は遊ぶのが仕事でしょ?楽しんでおいで」
「うん。いってきます、音羽姉さん」
「待て、司」
「ちょっと待って司!」
音羽姉さんに手を振りながら家を出ようとすると二つの声に引き留められる
声がした二階に続く階段の方に目を向けると、踊り場に二つの影
短い髪を揺らす、まだ中学校の制服から着替えていない四女の奏姉さん
その隣には奏姉さんより少しだけ小さい身長にぶかぶかの白衣を着こんだ四男の三波兄さん
けれど、そこに立っている二人は降りてこない
うちの階段は端と真ん中に二つずつあるのだが、そのうち真ん中の階段は一人ずつじゃないと上り下りできないほどの狭さしかない
頑張れば僕と三波兄さんぐらいなら同時に上り下りできないこともないぐらいだ
奏姉さんと三波兄さんはどうやらどちらが先に降りるかでもめているようだ
「おい、邪魔だ・・・今すぐ退け奏。お前が動かないと降りられないだろうが」
「それはこっちの台詞ですー!三波兄さんが先に下りれば解決じゃん!」
「無駄にでかいお前が退くべきだ。俺はゆっくり行きたいんだよ」
「はあ!?何それ?!我儘すぎるでしょ!この我儘大王!我儘ばっかりで動かないから私に身長抜かされるんだよ!」
「なんだと!?」
「二人とも!喧嘩しないで早く降りてきて!」
音羽姉さんが二人に声をかける
その声を聴いた奏姉さんは不満そうな顔をしながら三波兄さんを睨み、階段を下る
その後から三波兄さんがなんだか納得のいかなさそうな顔で降りてきた
「ねえ、司。今から双馬兄さんのところに行くんだよね?」
「うん。そうだけど・・・」
「それじゃあさ、これを渡しておいてほしいんだ」
奏姉さんは下の方に緑のラインが引かれた茶色の紙袋を僕に手渡す
「「頼まれたもの」っていえばわかるって一馬兄さんが。なるべく早く渡してあげてほしいって言ってたから・・・」
「一馬兄さんから・・・わかった、渡しておくね」
一馬兄さんは今、呼吸器系の病気が見つかって入院中だ
外出許可も出ないから、見舞いにきた弟妹から色々なものを渡されて暇をつぶしている
職業は休職中だが、中学の国語教師をしている
しかし、特技は裁縫というか手芸全般
家庭科教師の方が似合っているんじゃないかと深参兄さんにツッコまれていた
もちろん調理とか掃除も得意だ
その他にも手先が器用だからか、一馬兄さんは多彩な特技を持っており、今回のように弟妹から何かを頼まれては、それを見舞いに来た他の弟妹に託す
僕は紙袋を落とさないように握りしめた
「話は終わったか、奏」
「うん。どうぞ」
次に三波兄さんが僕の前に来る
三波兄さんは無言で僕に奏姉さんが預けたものと同じような茶色い紙袋を預ける
しかし、一つだけ異なる点がある
それは白のラインが引かれている紙袋だ
「ええっと、この色は深参兄さん?」
九重家は何にせよ人数が多い
それで、私物が他の兄妹のものと一緒になってしまう時があるのだ
それを避けるために、九重家では「自分の色」を決めている
一馬兄さんが「黄色」で双馬兄さんが「緑」、深参兄さんが「白」
桜姉さんが「ピンク」で三波兄さんが「黄緑」、志夏姉さんが「水色」
清志兄さんは「黒色」だったらしくて、音羽姉さんは「青」、奏姉さんは「オレンジ」
そして僕は「紫」を選んだ
最後の方になるとまともな色が残っていない
まだ残っていた色だと、赤と茶色だったからだ・・・あんまり色的に気乗りしなかった
そんな法則がこの九重家には存在し、それから考えるとこの白いラインの引かれた紙袋は深参兄さん宛ての紙袋ということだ
もちろん、先ほど奏姉さんから渡された紙袋にも同じことが言える
緑のラインが引かれてあるから双馬兄さん宛てのものだとすぐにわかるようになっている
「ああ。双馬兄さんから一応お前と出かけるって連絡もらったんだけど、今日は滅多に帰ってこない深参兄さんにも会うらしいじゃないか」
「うん」
「じゃあ、それ渡しておいて。一馬兄さんへの依頼品だって」
「一馬兄さんもどっちか一人に二つ渡してよ・・・」
「それは思ったが、相手は一馬兄さんだぞ。うっかりだからしょうがないって。まあ、頼んだわ。深参兄さん呼び出しても絶対に来ないから」
「確かに、深参兄さんに会うタイミングってそうそうないよね・・・わかった、渡しとく」
僕は紙袋を両手に抱える
凄く前が見にくいし、歩きにくい
「・・・司、袋に入れていこうか。これぐらいでいいかな」
それを見た音羽姉さんは玄関先の棚からエコバッグを取り出し、その中に奏姉さんと三波兄さんから預けられた紙袋を入れる
「ありがとう、音羽姉さん」
「そろそろ行った方がいいかも。もうすぐ五時になるけど・・・」
「あ、本当だ。そろそろ行くね」
「行ってらっしゃい、司。気を付けてね」
「頼んだぞ、司」
「お使いよろしくね、司」
「うん。いってきます」
音羽姉さんたちに手を振りながら僕は家を出る
そして待ち合わせ場所まで、時間に間に合うよう全力で駆けて行った