Track8:在りし日の九重家
鳴瀬さんが加わった翌日
志貴さんが心配だからと宿屋に戻った鳴瀬さんがまだいないので、いつものメンバーで朝を過ごす
今日も朝食前の一時は朝にしては騒がしい。そして兄さんもまた、珍しく奇行に走っていた
「・・・カズマ、朝から針仕事?」
「一馬兄さん・・・なんで刺繍してるの」
朝が早い方である僕とルルが食堂に行くと、そこにはすでに一馬兄さんと桜姉さんがいた
台所の方からは音羽姉さんと今日の当番である薫さんと政宗の声がする
いい匂いもしてきたし、そろそろ出来上がる頃だろうか
しかし、三波兄さんも奏姉さんも、志夏姉さんも、築茂も起きてくる気配がない
みんな揃ってから・・・がルールの為、しばらく朝食は食べれないと思いつつ、僕とルルは一馬兄さんの様子を伺った
「久々に志貴に会うからね・・・なんか、やっておかないと落ち着かなくて」
「やっぱり国語教師より家庭科教師のほうがしっくり来るね・・・クオリティも高いし、公務員辞めてフリマで作品売ればめちゃくちゃ儲かりそう」
「・・・大学時代に学費稼ぎでそれやって体壊したからもうしないよ」
「してたの!?」
一馬兄さんが大学生の頃・・・となると、僕はまだ五歳にもなっていないだろう
そう思うと、僕は末っ子ということもあるけれど、兄さんたちの子供の頃の話は全然知らないな・・・
特に想像つかないのは・・・深参兄さんと清志兄さんになると思う
特に清志兄さんは、物心がついた頃に死んでしまったから
兄さんや姉さんたちでなければ、両親がどんな人物だったのかも気になる
なんせ両親は僕が一歳の時に事故で亡くなってしまったのだから
「ねえ、一馬兄さん」
「どうしたの、司」
「・・・小さい頃の兄さんたちってどんな感じだったの?」
「小さい頃の僕ら?そうだなぁ・・・僕は今よりも病弱だったから大人しい子供だったね。双馬の子供の頃は政宗君みたいな感じだね。子供の頃から食欲旺盛で、両親を絶句させてた」
「・・・今も大概だと思うよ、一馬兄さん?」
桜姉さんの言う通り、双馬兄さんはスキあらばいつも何かを食べている印象がある
寝起きが悪いお陰で、朝食はあまり食べないと言うか・・・一般的な食事量なのだが、それ以外は見事なぐらいの暴食
例えるなら「双馬兄さんの食事量=他の兄妹七人の食事量」といったぐらいなのだ
「まあね。でも、酷くなったのは高校時代かな」
「前、その、ソウマ?普通、だった?」
「うん。昔はよく食べるぐらいだったんだけど、今は苦しくなるまで食べちゃうんだ。酷くなったのは・・・ちょうど両親が死んだぐらいだね。あの時は、色々と重なっちゃったから・・・双馬に何があったかはわからない」
けれど、と一馬兄さんは動かしていた手を止めて、小さな声で呟く
「・・・けど、きっと双馬はあいつの「おもちゃ」にされたんだろうね。誰よりも心配性な双馬のことだから、志貴と同じことを結にされる可能性を危惧して、望まない選択をしてしまったんだと思うよ」
「結?」
聞き覚えのない名前が出てきたので、誰なのか聞いてみる
一馬兄さんは「あ、そっか・・・司は知らないよね。ごめんね」と前置きした後、その人物のことを話してくれた
一馬兄さんではなく、桜姉さんが・・・だけど
「うちの隣に、あ、現実のほうね。大きな空き家があるよね?」
「あ・・・うん。ずっと、だよね?」
九重家の隣には、これまた大きな空き家がずっとある
少なくとも、僕が小学生になった時にはもう空き家だった
「立華結はそこに住んでいた一馬兄さんたちと同い年の女の子。属にいう幼馴染という間柄だね」
「そんな人がいたんだ・・・」
「うん。しっかりした感じの人なんだけど、たまにおっちょこちょいな一面もある人なんだ。ほれ司、そんな人、うちに一人いるよね?」
「一馬兄さんだよね」
「そうそう!」
「お、おっちょこちょい・・・」
一馬兄さんの不服な声を背に、桜姉さんは話を続けてくれる
「そんな一馬兄さんと結ちゃんの面倒を見つつ、暴走する深参兄さんを全力で止め、志貴さんをよしよししてたのが双馬兄さんの小学生時代。昔から面倒見がよかったから」
双馬兄さんが政宗みたいな感じだったのは意外だけど・・・よしよしってなんだろう
よしよしって・・・なんなんだ?
「まあ、双馬兄さんのことはこんな感じだね。深参兄さんは今より荒い感じ?志貴さんの前では一馬兄さんみたいに軟化するけど」
「軟化・・・」
先程から一馬兄さんが若干のダメージを受けているような気がするが、桜姉さんは気に止めることなく話を続けていく
今度は深参兄さんの小さい頃。今とあまり変わらないらしい
「私はどこにでもいるような感じだったよね?」
「うん。上も下も男ばっかりだったから、少し男の子みたいなところもあったけれど、普通だったね」
「三波は小さい頃に留学した通り、昔っから頭が良かったんだよ。あまり喋らない子だったんだけどね、昔は素直だったかな・・・けど、兄妹思いなところは変わらないよね、一馬兄さん?」
「そうだね」
「へえ・・・」
まあ、確かに人のことをこき使いはするし、口は悪いけど薫さんの話では三波兄さんを慕う学生は多いと聞くし、文句は言いつつも色々と付き合ってくれるから優しい・・・のかな
それ以上の仕打ちが納得できる状況を作らないのも、問題だと思うけれど
「志夏は・・・」
「清志兄さんは?」
「「・・・・」」
志夏姉さんと清志兄さんは双子の兄妹
話の順番からしたら、清志兄さんの順番のはずなのに一馬兄さんが飛ばしたのに違和感を覚えて、気になったことを指摘する
僕がその名前を言うと、一馬兄さんの表情が一瞬で凍りつく
桜姉さんもまた、複雑そうに目をそらした
「にい、さん?」
「・・・あいつのことなんてどうでもいいんだよ」
「あー・・・志夏の小さい頃ってどんな感じだったかなぁー!」
「あ、うん・・・志夏は、のんびりした感じの変わった子だったね。けど、ああ見えて色々考えていて、しっかりした子だったから桜と三波よりは手がかからなかったな」
「なぬ!?」
桜姉さんが気を利かせて、少し大きな声で空気を切り替えてくれる
一馬兄さんの表情も緩み、ゆっくりとかつての志夏姉さんのことを教えてくれる
しかし、手を動かす速度は先程よりも早く、荒々しかった
「・・・これぐらいでいいかな。もうすぐ、ご飯ができるだろうからね」
「う、うん。ありがとう、一馬兄さん」
話を切り上げて、一馬兄さんは再び刺繍の方に集中してしまう
「・・・カズマ、なんか、様子変?」
「・・・司、ちょっといいかな?」
ルルが首をかしげると同時に、桜姉さんが僕に声をかける
それから廊下に連れて行かれて、桜姉さんは僕に目線を合わせるために中腰になって一つだけ教えてくれた
「三つ子の兄さんたちはね、清志のこと心底嫌ってるから、話題に出しちゃだめ。これからも、絶対に」
「なんで・・・」
「たぶんね、一馬兄さんはアレルギーのナッツ粉末を飲み物の中に盛られたのは怒ってないと思うんだ。兄さんは、自分のことでは怒れないから」
「・・・」
いや、清志兄さん何してんの・・・最悪死ぬ可能性があるようなことされて怒らないって一馬兄さんもどうかしてるけど、わかっててアレルギー物質混ぜ込む清志兄さんも恐ろしい
僕は、兄さんも姉さんも、みんな尊敬できるし大好きだ
両親のことだって、又聞きでも凄い人だっていうのはわかる
けれど、彼だけは・・・兄とは考えられない存在に少しだけ傾いた
「両親のこと、志貴さんのこと、双馬兄さんのこと・・・一馬兄さんが清志を嫌ってる理由を構成するのはその三つ」
「・・・なんで、そんな」
「私が言えるのはここまで。後は本人たちの口から聞くべきだよ」
桜姉さんはそう言うと、いつもどおりの様子で食堂に戻っていく
「・・・一体、何なんだよ」
「まあまあ、可愛いお顔が台無しですぜ。後ろからだからよく見えないけどさ」
桜姉さんを見送り、一息ついたタイミングで背後から声がする
同時に僕の両頬に冷たい手が添えられる
そしてそれは僕の頬を摘んで、痛くない程度に伸ばしていく
「にゃ・・・」
「おはざます、我が家の末っ子」
「お、おはほう、ひなふへえはん」
「よし」
それを聞いて何故か満足そうにしている志夏姉さんは手を離して僕に向き合ってくれる
「いきなり何なのさ!?」
「なんだか神妙な顔つきだったので、崩そうかと」
「なにその理由・・・」
「さっきから聞いてばっかりですな、つーちゃん」
「だって、わからないし」
「聞けば全員すんなり優しく教えてくれるのは小さい子の特権だよね。なぜ、どうして、聞けばみーんな教えてくれる」
「それは・・・」
志夏姉さんの手が僕の頬に添えられた
そして、何も興味のなさそうな無感情な目を向ける
「けど、知りたい事実は常に優しいとは限らない」
「・・・」
「司、兄さんたちのこと、もっと知りたい?」
「・・・うん。知りたい。けど、誰も、詳しい話はしてくれない」
「だったら、探ればいい。兄さんたちの周り。中心部分以外の過去から少しずつ」
「周り・・・?」
「ん、周り。朝食後に私の部屋においで。今後の作戦、話し合おうよ」
「なんで、志夏姉さんは協力してくれるの?」
質問ばかりと言われた後なのに、また質問
呆れられて仕方ない事かもしれないけれど、それでも僕は聞いておきたかった
志夏姉さんが、僕に手を貸してくれる理由を
「・・・なんでだと思う?」
「・・・わからない」
「今回は特別だから教える。でも、また後でね」
「わかった。じゃあ、また朝食の後でね」
「ん」
志夏姉さんは不敵な笑みを浮かべつつ、食堂へと足を向かわせる
・・・ちゃんと考えていて、しっかりした子
そのとおりだと思う。裏で、何かのために志夏姉さんも動いているようだ
目的はまだわからないけれど・・・それはまた後で考えよう
僕もその後に再び食堂に戻る
いつもどおりの雰囲気で、先程のことなんて何もなかったかのように振る舞いながら、僕は兄さんたちが待つ場所に戻っていった




