Track7:ある決意と頼み事
ゲーム内の田舎町「アミエス」
もとより、私はゲームを熱心にするようなタイプではなかった
家庭は自分で言うのも何だが、裕福な部類だし・・・交友関係も小さく、関係のある人間もゲームよりピアノを優先させる人ばかり
けれど、私にはかつての志貴さんとゲーム内で話すために練習する時間を惜しんででもゲームセカイに慣れる必要があった
「・・・哀歌の死神司祭、か」
彼と深参君はもとよりこのゲームのプレイヤーだった。深参君はサービス開始当初から
志貴さんに至ってはベータ版・・・テスト期間からのプレイヤーだった
彼はこのセカイの変な武器・・・大鎌「ラメント」を持っており、衣装の関係か哀歌の死神司祭なんて大層なあだ名を付けられていた
そんな高レベルプレイヤーに近づくには、自分も高レベルになるしかなかった
もしくは・・・彼に必要とされる存在にならなければいけなかった
しかし、今は後者の思考を後悔している
「今思えば、自分でも馬鹿な選択をしたと思うわ・・・付与術師なんて、誰かがいないとまともに戦えないし・・・」
淡として志貴さんに巡り会えたのは偶然。初心者だった私の面倒を見てくれて、響子だと判明した後も変わらずに接してくれた
そのおかげで私もそこそこのレベルの状態でこのセカイに閉じ込められた・・・わけだが
誰かを強化する付与術師という役の関係上、私一人ではどうにもならないのだ
そのため、私はゲーム内で買った山奥の小さな家で誰かがクリアするのをのんびり待っていた
その日も、いつものように散歩に出かけていた
このゲーム、すごく風景が綺麗
毎日同じ光景でも、見ていて飽きることはないのは・・・いいところかもしれない
特に、お気に入りなのは近場にある小さな川
水が澄んでおり、魚も種類は少ないが泳いでいる
「ふう・・・」
水に足をつけて涼むのが、最近の密かな楽しみとなりつつあった
小鳥の囀りも、川のせせらぎも、全部本物と相違ない
「あら・・・今日は大きい何かが流れてきたわ。何かいいもの入ってないかしら」
ふと、視線を川に向けると大きな黒いものが流れてきた
川に何かが流れてくるなんて初めてだ。お宝だったらいいなぁなんてのんきなことを考えながら、スカートを軽く持ち上げつつそれの元に近づいた
「なんだか人間サイズね・・・」
スカートの裾を結んで膝上で固定し、私はその黒いそれに触れた
「・・・・・」
布の中から出てきたのは、薄い金髪の男性
中性的な容姿を持ち、眩しそうに薄っすらと開かれた目は空の色
見間違うわけがない。彼は半年前にいなくなってしまった・・・
「・・・志貴さん?」
「・・・ここは」
「気がついた?水辺に行きましょう。川の中じゃ、流石に・・・」
「・・・ああ、そうか。僕は」
水に浮きながら、志貴さんは何かを考え込むように目を閉じた
「・・・志貴、というのは僕の名前なのでしょうか」
「・・・」
久々に再会した彼の二言目は、記憶喪失を示唆する言葉
それが、私と志貴さんの再会
それからは記憶喪失の彼を支えつつ、この日までのんびり過ごした・・・というわけね
とりあえず、私の話はここまで
・・・・・
「そういう感じですね。私と志貴さんの半年は」
響子さんが話し終えると、一馬兄さんがゆっくりと口を開く
「・・・なるほど。で済ませていいかわからないけれど・・・とりあえず、志貴が今、記憶喪失だと言うことはわかりました」
「はい」
「志貴は今、どこに?」
「この近くの宿に。収穫祭に合わせて出てきたので、しばらくはここに滞在する予定です。ただ、一馬さんの了承を得られれば、私達はこちらに移住しようかと考えています」
「僕の、許可?」
響子さんは胸に手を当てて、何度か深呼吸を繰り返す
「奏さんから少し聞いています。・・・志貴さんは、必要なのですよね。このゲームを、クリアするのに」
「そうだな。ラメントの所有者ということは最難関クエストの攻略者。最終的な攻略にも、そして他の攻略にも重宝する高レベルプレイヤー・・・記憶喪失だと言っても戦えるなら、攻略に参加してもらうべきだと俺は思う」
一馬兄さんの代わりに三波兄さんが響子さんの問いに答える
その言葉を聞いた響子さんは複雑そうに顔を俯かせた
「奏さんの話を聞いた志貴さんは、自分にできることをしたいと言っていました」
「・・・それは、つまり」
「このゲームの攻略の手伝いをしたい・・・それを、本人の代わりに伝えに来ました」
「なんで志貴さん本人じゃないんだよ」
三波兄さんの訝しげな声に反応を返したのは奏姉さん
「志貴さん、今は寝てるから」
「・・・三波兄さん、もしかしたら」
「・・・ああ。志貴さんの「このセカイに留まる条件」かもな。制限があるみたいだな・・・これは、少し厄介かも」
「ううん。その話が終わった後に、舞台上で転んで頭打ちつけたの。気絶してるが正解だね」
「それをもっと早く言えよ・・・」
志貴さんが眠っている理由は頭を打ち付けた・・・と武器所有者に限る条件ではないようだったのでなんとなく安心する
頭を打ち付けた部分は素直に心配だが・・・大丈夫だろうか
「とにかく、志貴は攻略の手伝いをしたいと言ってくれた・・・という認識でいいんだよね。で、なんで僕の許可なのかな」
「・・・奏さんから九重家のギルドがあると聞きました。それで私と志貴さんを所属させていただけないかと思いまして・・・・」
「ああ。でも、このギルドのマスターは奏ですよ?」
「・・・今は、家長と現家長補佐の判断が優先かなと返答を頂いたのですが」
一馬兄さんと響子さんは揃って奏姉さんの方に視線を向ける
その視線に対し、複雑そうに奏姉さんはそうした理由を述べてくれた
「・・・「あの情報」共有しても大丈夫なのかなって思ってさ。一馬兄さんと三波兄さんの判断を一応仰いでおきたかったんだ。流石に個人情報だし・・・」
「?」
「なるほどね。奏、いい子だね。うん。志貴も鳴瀬さんも関係者だし、僕からは言うことはないよ。許可を出してあげて」
「俺も同意見だな。後は任せた」
「うん。じゃあ、先に響子さんだけ!」
奏姉さんはポーチの中から巻物みたいなものを取り出す
青緑色の巻物は・・・ギルドの加入申請書みたいなものらしい。それに名前を書いて、マスターがサインすることでギルドの加入が完了する、とか
響子さんは羽ペンを受け取って、筆記体で自分の名前を記載する
奏姉さんはそれを確認し、自分の名前を書き終える
奏姉さんが巻物を再びポーチの中に収めたと同時に、僕たちにも通知が入った
響子さんが、このギルドに加入したという連絡が全員に通知された
「これで、完了です!ようこそ、ノネットへ!歓迎しますよ!鳴瀬さん!」
「九重奏・・・奏さんらしい名前ね。それと、私のことは名前で・・・響子でいいわよ。堅苦しいでしょう?」
「うー!じゃあ響子さん!これからよろしくおねがいします!」
憧れの存在と関われて、若干テンションの高い奏姉さんは響子さんに抱きつきながら新メンバーの加入を喜ぶ
「では、改めまして。私は鳴瀬響子。役は付与術師。これでも記憶を失う前の志貴さんと深参君と共にパーティーを組んでいたから、サポートには自信があるわ。これから、よろしくお願いしますね?」
「サポート特化の・・・これはまた一点集中型だな」
「そうね。自分でも思うわ。攻撃役がいないとまともに活躍できないもの」
三波兄さんの言葉に反応した響子さんの口調は敬語が抜けた砕けた口調
こっちがどうやら素のようだ
「けれど、きちんと場が整えば最高の演奏をしてみせるわ」
かつての志貴さんと深参兄さんと組んでいた、同級生であり志貴さん関係の協力者
自信に溢れた表情を浮かべる新たなメンバー・・・鳴瀬響子さんが加わり、また少し賑やかになる




