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夢守ノネットシンフォニア  作者: 鳥路
interlude1:讃美歌は誰が為に
30/32

Track6:大事なものを守るために

志貴さんが行方不明になる数日前

そして私達がこのゲーム内に閉じ込められる半年前の、とある昼下がり


「・・・ねえ、深参君」

「どうした?」

「志貴さん、今日は目覚めた?」


私に問いに、彼は無言で首を横に振る

二週間前ぐらいから、志貴さんは遊ぶ元気もなくなってよく眠るようになっていた

最初は一日単位で起きていたのだが、日を追うごとに三日となり・・・今では起きる様子すら皆無だ


「・・・」

「あまり落ち込まないの。貴方が気落ちしていたら、志貴さんが気を遣うでしょう?」

「・・・無茶言うよ。お前だってかなり堪えてんだろ」

「そうねえ。嘘をつかなければ、その通りね。けれど、悲観していたところで志貴さんは目覚めるわけ?そんな訳が無いでしょう?」


私は緩んだ深参君の白いネクタイをきちんと結び直す


「私は、私にできることをするだけ。貴方も寝ぼけている場合があるのなら、シャキッとして、今後も志貴さんを養えるように必死で働きなさい」

「お前、本当に強いなあ」

「そんなことないわよ。ただ、守るべき人がいるもの。頑張らなきゃ、私達は世界で一番大事な志貴さんを失う。それはわかっている?」

「・・・わかってる」

「だったら、落ち込んでいる場合じゃないのもわかるわね?」

「・・・ああ」


「・・・本当に、世話が焼ける男ね。全然見に力が入っていないわよっ!」

「ぐえ!?」


ネクタイを思い切り締め上げ、彼の、先程までのネクタイ同様弛みきった意識を現実に引き戻す

その際、カエルが潰れた時に発するような声を上げたが、それに笑っている場合ではない


「・・・次、うだうだ言ったら志貴さんは私の家で面倒見るから」

「それはだめだ。お前の家に連れて行ったら俺が気軽に志貴のところにいけなくなるだろ」

「じゃあ、いつもどおり七峰志貴に関することならばトップクラスの厄介さを見せる「いつもの」九重深参に戻りなさい。それぐらい、できるでしょう?」

「・・・ちっ」


舌打ちを背に、私は穏やかな寝息を立てている志貴さんの手を握る


「結局、義肢の選択はしてくれなかったわね」

「・・・お金、かかるからって」

「あら。志貴さんのピアノがもう一度聞けるのなら、何億でも出すのに」

「世界中を飛び回るだけあって、稼いでる額もダンチだな・・・それにさ」


深参君は反対側の志貴さんの手を握りしめる

その目は悲しそうに細められ、眠り続ける志貴さんに向けられた


「それにもう、志貴は・・・ピアノを弾きたくないんだってさ。思い出したくないからって。筆談で、そう・・・」

「・・・身体は治せても、心の傷はいつまでも、か」

「そういうことだ」

「・・・どうして、こんなことになったのかしら」

「さあ。けど・・・全部「あいつ」のせいだってことはわかってる。志貴は心を折られて、両親は死に、一馬は病気の悪化で意識不明。大丈夫だと思ってた双馬も目を離したらなぜか今まで以上に食べるようになってるし・・・もう、散々だ」


大変なのね、なんて言葉はもう不要だろう。むしろそんなことを言えば、彼の怒りを買う予感がある

私は、今の彼を救うための言葉を持ち合わせていないという事実も、一緒に受け入れた


「・・・・」


ぴろりん、とA-LIFEの通知音が部屋に鳴る


「あら、通知音?」

「俺のじゃないぞ。お前のじゃないか?」

「私じゃないわよ・・・あ、志貴さんの?」

「あー・・・耳の通知ランプ光ってるもんな。起きたら読むんじゃないのか?」

「そうね。でも、彼は今誰と連絡をとっているのかしら。私〈あわい〉じゃないなら・・・可能性は殆どないわよ?」


彼が事件にあって一年から二年の間。私はゲーム内で志貴さんに「淡」として近づいて、彼の悩みを聞き出す作戦を実行していた

ゲーム内で仲良くなったプレイヤーと、リアルで会うのは流石に抵抗あったみたいだが・・・彼を色々と騙す形で話しているうちに、少しずつ元気を取り戻してくれた

それを、深参君に見つかって・・・淡を私だとばらした話は別の話として・・・


とにかく、今、志貴さんが連絡を取る相手は私と深参君の二人だけしかいないのだ

だからこそ、通知音が疑問に思う

広告メールかもしれないが・・・それでも、気になるのだ


「・・・後で聞いてみないとな」


二人して、心の中に不吉な予感を抱きながら、彼が起きるのを静かに待った


・・・・・


志貴さんが行方不明になった当日


「おはよう、志貴さん。目覚めはどう?」

「・・・・」


今日、やっと目覚めた志貴さんは、私の来訪を喜ぶように目を開く

それから筆談で「おはよう、鳴瀬さん。今日はとても体調がいいんだ。少し、日向ぼっこがしたいんだけど、家の外に出られないかな?深参に聞いてみてくれない?」と伝えたいことを紙の上に書き始めた


「家の、外に?」


それを読んだ私の問いを、志貴さんは首を縦に振って頷いた


「少し待っていて。聞いてくるから」


私はリビングを出て、深参君の仕事部屋に足を踏み入れる

部屋の中は楽譜で散らかっており、トライアングルだとか、小さな楽器も無造作に転がっていた

仮にも音楽をやっている人間ならば、どんな楽器にも敬意を払えといいたいのだが・・・今は口を噤む


「・・・相変わらず整理整頓ができないのね」

「ん?ああ、響子か。いらっしゃい」


仕事着ではなく、部屋着に近い状態で寝癖も全然整えられていない

外出する気はないのだろう。そして、誰かに会う気も


「だらしないわね」

「いいだろたまには。起きたらイメージがひらめいたんだ!」

「・・・まあ、いいけれどね。深参君。志貴さん起きたわよ。本人が日向ぼっこをご所望だから、外出許可を頂きたいのだけど」

「そうか。じゃあ、俺も出る準備をするよ。少し待っていてくれ」

「じゃあ、志貴さんの外出準備をしてくるわね。車椅子の準備をお願い」

「ん。任された」


二人で役割を分担して、それぞれ動いていく

しばらくした後に、準備を終えた私達は三人で外出していく


『深参、鳴瀬さん。外出するのは、楽しいね』


小さなメモ帳に言いたいことを伝えてくれる


「そう言ってくれのは嬉しいわ。でも、私のことは名字じゃなくてそろそろ名前で・・・」

『響子さん』

「そう。響子。覚えていてくれたの?」

『深参が、そう言っているから』

「・・・」


申し訳無さそうに、筆が動かされる

声で伝えられたらきっと、志貴さんは気まずそうな感じで話すと思う

けれど文字で書かれると、突き放されている感じがしなくもない


『ごめんなさい。けれど、僕なんかが、鳴瀬さんを名前で呼んでいいのかなって思って。いいのなら、今後も、そう呼ばせてもらいたい、です』

「もちろん。いいに決まっているわ。むしろ拒絶する理由なんて何も・・・!」

『ありがとう、響子さん』

「お礼を言われるようなこと、私は一つもしてないわ。当然のことよ」


ふと、紙の上の会話に目を向ける

「僕なんか」・・・か

その言葉に、悲しさと怒りが同時にこみ上げてくる


高校進学するまでは、師もつけず争うことを知らないまま趣味としてピアノを弾き続け、合唱コンクールの伴奏が聖清川の先生の目に止まり、スカウトされた幸運と才能を


聖清川に来るプロの中で、最も実力を認めさせるのが難しいと言われる講師「ルデア・フィートエット」氏に一発で認められ、彼女に鍛えてもらった実力を

羨ましいとさえ思うぐらいのものを持つ貴方が、僕なんか・・・なんてね


深参君から聞いた話だと、家庭環境がかなり複雑なようで彼が「自分を卑下する癖」もそこでついてしまったらしい

幼少期に刻まれた癖はなかなか抜けないようで・・・深参君からは苛ついても怒らないでくれと念押しされている


それに怒られることも、叫ばれるのも・・・苦手なのだそうだ

それだけで、なんとなく彼に何があったかは想像がつく

才能にも、運にも、実力にも恵まれている彼が唯一恵まれなかった「環境」

それをどうにかしてやることは、誰にもできなかった

一番身近にいた深参君にも、彼の境遇を知っていた九重のご両親でさえも・・・


もし、彼の生きていた環境を変えられていたら、彼は私と同じ舞台に立って、世界中でピアノを奏でていたのだろうか

・・・想像しても、その日々はどこにも存在しない。存在してほしいのに、どこにもない夢想の話

それがとても残念で、悔しくて・・・悲しく思うのだ


『響子さん?』

「・・・あ、ごめんなさい。少し、考え事を」

『疲れたでしょう?ベンチで休む?』

「ううん。いいの。今日は志貴さんと何を見ようかなと考えていただけだから」

「おい。俺が足されてないぞ」

「深参君はおまけよ。今すぐ回れ右して仕事しに帰ってもいいのよ?」

「志貴―・・・響子の奴が酷いこと言うー」

『・・・僕は、三人で出かける時間が好きなんだ。だから、響子さんも、深参も仲良くしてくれると、僕は嬉しいな』


志貴さんの率直な言葉に、私と深参君は顔を見合わせて、車椅子の彼に抱きついた


「志貴!」

「志貴さん!」


互いがどうこうで言い争っているのがバカバカしく思える

そう。今日は志貴さんの日向ぼっこのために外へ出たのだ。言い争っている場合ではない

彼が楽しくなるようにしなければ、意味がない


「響子と俺、仲良し・・・」

「深参君と私、仲良し・・・」

『二人共面白いねえ』


抱きつかれても、抵抗することなく小さく笑う彼に釣られて私達も笑いがこみ上げてくる


『僕は、二人のことが何よりも大切。だからこそ、僕ができることを・・・二人のために』


その下に書かれていた文字は、すぐさま志貴さんの腕に隠されて当時の私は気がつくことができなかった

もし、この時点で彼の考えていることを察知することができていたら・・・と、思わずにはいられないほどの後悔を、生み出す行動になるなんて、当時は思っていなかった


・・・・・


少し歩いて、イチョウの樹の下のベンチ

志貴さんの希望でそこで休憩することになったのだが、そこで一つ問題が発生していた


「ようし、響子!じゃんけんだ」

「ええ。志貴さんの隣を賭けて、いざ尋常に!」


そう。志貴さんは現在車椅子

歩けるけれど、寝たきりの影響で足の筋力が落ちているのでこういう処置だ

まあそれはおいて・・・とにかく、今の志貴さんはベンチの両サイドにしか設置できない

それはつまり・・・自然と隣は一つしかなくなるのだ


「・・・・はぁ」

「「最初はぐー!」」


二十代の大人とは思えないような勢いと声で、志貴さんのため息をかき消しながらあいこを重ね、勝負は伸びていく


「・・・来た」

「・・・お迎えに上がりました。七峰様」


我ながら間抜けだと思う

このじゃんけんを続けている間に、志貴さんはある目的のために動いていた


「よし、私の勝ちね!志貴さん、おまた・・・あれ?」

「どうした、響子」

「志貴さんが、いない」

「・・・はい?」


少し目を離したすきに、彼はどこかへ行ってしまった

これが、例の半年前の、彼の行方不明の始まり

自分の欲を成すために、醜い争いを繰り広げている間にあった・・・間抜けな話よ


・・・・・


一方、僕は黒服の男に連れられてある人物の元へ行っていた

十八の時に監禁されたあの場所を連想させる小さな小屋を前に、吐き気を覚えるが僕がここに来た意味が無くなってしまう

必死に堪えながら案内されたのは、小さなモニターが設置されている部屋


「・・・これで、彼者と話してくれ」

「・・・これで、ですか」

「貴方、喋れるんですね」


黒服の男は驚いていた。事前に調査の一つしていたのだろう・・・その反応のおかげで、無事に僕は全員を欺けていたことに安堵さえ覚える


「敵を騙すにはまず、味方からと言いますよね。騙されてくれてありがとうございます。貴方、人を疑うことを知らないんですね。この仕事向いてませんよ。転職をおすすめします」

「喋れば毒を吐くと聞いていましたが、ここまでとは・・・」


黒服が若干落ち込んだところで、僕は真っ黒な画面に向き合う

僕の話し相手はこっちだ


「さて、話は聞いているんでしょう?久しぶりだね、死んだ君にまた会えるなんて、反吐が出るよ。さっさとちゃんと死んで地獄に行ってくれやしないかな?」

『わぁ・・・志貴さん相変わらず辛辣。本当に、三つ子の兄さんたち以外は眼中にないよねー・・・あ、今は鳴瀬響子にもそこそこの信頼を置いているようだけど、実際どうなの?』

「君に話すことはない。ところで、あのメールはどういう意味かな。また深参になにかするようなら、今度は「巻き添え」じゃ済まさない」


画面の中に映る彼と会話を交わす

僕がこの世界で一番嫌い、あの日消したはずの存在は、小さな箱の中であの時と同じ歪な笑みを浮かべて僕と向き合った


・・・・・


志貴さんが行方不明になった数日後

私のもとに一通のメールが届いた


それは志貴さんからの短い手紙

消えたのは自分の意志。だから心配しないで、普段どおりにしていてほしい

何があっても、僕が二人を守り抜くから


深参君にもそれを見せ、二行だけのメールで、私と深参君は志貴さんがなにか危険なことに足を踏み入れたのではないかと予想した


そして、このゲームに閉じ込められる半年前まで、寝る間も惜しんで彼を探し続けた

ここから先は、言わなくてもだいたい分かると思うけれど・・・その半年間、私達は何も成し得ないまま、このゲームへと誘われてしまった

そしてゲーム内で過ごして一週間後。私は予想外の形で彼と再会することになる

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