Track11:判明したもう一つの事実
「・・・九重さん。聞いていますか?」
「ん、ああ・・・すまない。話を続けて貰っても?」
ふと、昔の事を思い出していたら、気が付けば首に刺された針の話を聞いている途中になっていた
俺は意識を現実に向き直しながら、担当から話を聞いていく
どうやら、俺の首に刺されていた針は、化学物質由来の毒物が仕組まれていたそうだ
使用されているものはわかっているようで、その思い込みを激しくする作用というか、幻覚作用に近い作用があるようだが、見たことのないものらしい
なので、向こうにそう言うのに詳しい存在がいる・・・そこまでしか現状はわからない
けれど、改めて思う。効果が出にくかったとはいえ・・・刺されていて本当によかったと
「あの針から出たものが植物由来なら疑われていた可能性あるな」
「それなら、三波さんはできそうですもんね・・・」
災難の中の幸運を改めて実感しながら、俺たちは警察署を出て今度はゲームの運営会社まで行くことにする
ここでしか、ゲーム内の様子を見ることが出来ないから
・・・・・
運営会社のロビーに入ると、初老の男性が慌ててこちらに駆け寄ってくる
「ああ、九重さん」
「すみません。何度もお邪魔してしまって」
「いえいえ。他の方も、ゲーム内にいる家族を一目でも、と来られるんですよ」
「なるほど・・・」
ロビーの中は、人がごった返しており、それぞれ悲観的な様子でモニターを眺めていた
無事を祈るように、モニターに視線を釘づけるように
「九重さん、今・・・アリアのクエストをご家族が攻略されていますよ。上に部屋を用意していますのでご案内します。それと、そちらの方は?」
「助かります。彼は私の助手をしてくださっている方です。一緒に連れて行っても?」
「ええ。もちろんです。こんな非常事態でも大変ですねえ・・・九重さんも、助手さんも」
「はい。授業は止まっても、仕事は無くなりませんから」
まあ、植物園の水やりだけだけどな
そんな俺の話に男性は疑う様子はない
しかし、隣で夏彦は呆れた表情で俺を見ていた
「・・・よくもまあ、簡単に嘘を」
「なにかいったかな、助手君?」
「いい子ぶりも追加か・・・」
「一馬兄さんと一週間関わるだけで、教科書に載っているような「いい子」の演技ぐらい余裕になる。むしろなぜお前はできないんだ?」
「むしろ一馬先輩の弟なのに、なんでこう、ひねくれたんですか」
「それは、過去の事象による人格形成の結果だ。よく覚えておけ。性格は、遺伝しない」
「はい・・・そうですね。そこは、個性ですよね」
うんうんと首を動かし、夏彦は謎の納得をしていく
「お前のその、とりあえず受け入れる精神・・・嫌いじゃないが、将来的に何か厄介ごと持ち込みそうなんだよな・・・」
「そうですか?」
「そうだよ。何でもかんでも、人が言うこと信じるな」
「・・・善処します」
とか言いつつ、こいつのとりあえず納得しておく癖は一生治りそうになさそうだ
そんな確かな予感を抱きながら、俺たちは別室へと歩いて行った
・・・・・
モニターが並ぶ部屋に通され、俺はその中に映る司の様子に息を飲む
司が、あいつと一緒にいたからだ
「・・・」
「今、弟さんたちは貴方が以前クリアしたクエストを攻略しているようですよ。第二段階です」
「そう、ですか」
画面の中に広がる、幻想的な世界に立つパーティ
現実とは異なる服装で動く司と音羽と、ゲーム内で仲の良かったツクモ・・・そして見慣れない女の子
そして、薫の姿を捉えた俺はモニターに触れながら、現実側でしか何もできない無力さを改めて痛感した
「九重さん、もしこのクエストがクリアされた場合・・・」
「わかっています。ログインを試みますので、その場合はお願いします」
「はい。危険なのは理解していますが・・・」
「今、現実で居場所が判明しており、動いている該当プレイヤーは私だけです。私にできることは、協力させてください」
「ありがとうございます。それと・・・他のプレイヤーの件で何か進展は見つかりましたか?」
男性の問いに俺は首を振る
半年間、色々としてきたが兄さんたちの足取りは全くつかめていない
それどころか、他のプレイヤーだって・・・
「お兄さん、心配ですよね」
「はい・・・けれど、たまに思うのです」
モニターの中で・・・流れ的にガラスの欠片捜索だろうか
探し物をしているだけだけど、真剣に頑張る姿を見て思うのだ
「私は、手掛かりのない兄たちを探すより、弟たちと合流して攻略の方に注力した方がいいのではないかと。そちらの方が、きっと為になるだろうから」
「それは嬉しいご提案ですが、まずは弟さんたちが攻略完了するのが先ですね」
「そうですね。すみません。現時点では無理なお話を」
「いえ。実は現在、こちらでアカウントを保護した状態で向こうに送り込めるよう調整を進めています。乗っ取り解除の方しかできませんが・・・」
「それでも十分です。私の方でも、いつでも合流できるようにしておきます。司たちを、信じて」
もうすぐ、もうすぐだと思う
俺も、向こうで皆と攻略を目指す時はもう近い
「現実側からゲーム内への連絡は・・・」
「実は可能になりました!まだ社員との間でしかできませんが・・・」
しかし、それを使って司の情報を引っ張ってきてくれている
唯一、ゲームの中にいる攻略者だ。何かあるかもしれないからと運営は常に司を見守ってくれている
「唯一ですからね。何かある可能性もありますから・・・見守ってくださりありがとうございます」
「いえ。その件なのですが、少しお耳に入れていただきたいお話が・・・」
「はい?」
「実は・・・いるのです。もう一人、ゲーム内に閉じ込められている攻略者が。記憶障害が出ているようで、現実の事を思い出せていないようなのですが・・・」
男性は、衝撃的な事を俺に告げる
そして、その名前を口にした。その名前は、俺にも聞き覚えがある名前だ
「・・・なんで」
男性はその人物の座標に合わせたモニターを用意してくれる
俺は、その人物が映るモニターを注視した
・・・・・
首都から遠く離れた山奥の田舎町「アミエス」
この世界にやってきて半年が過ぎたけれど、割と快適な生活を送れていると思っている
現実は、仕事で世界中を飛び回るせわしない生活をしていたからこうのんびりしている生活は久々だった
今はもう、のんびりした生活に慣れきってしまったけれど
「・・・・」
ゲーム内で購入した家の中に、ピアノの音が響く
優しくてどこか壊れてしまいそうなほど繊細な音色は、私がかつて憧れ、ライバル視し続けた彼しか出せない音色
もう聞くことが出来ないと思っていたけれど、まさかこんなところで再び聞けるとは思っていなかった
「・・・ふう」
ウォーミングアップが終わったのだろう
彼は一息ついて、鍵盤から手を離した
「調子はどう?」
「響子さん・・・ええ。今日も、ばっちりです」
「貴方と言えば音楽・・・そして、ピアノだもの」
「記憶を取り戻す手掛かりになればいいのですが」
「無理をしなくていいのよ。忘れたいほどの記憶だったのでしょうから」
「そう、なのですか。けれど、確かに響子さんの言う通りかもしれませんね。忘れていた方が幸せ・・・そんな気がするんです」
彼は、鍵盤に触れながら、高校時代によく見せていた優しい表情のまま目を細める
「しかし、驚きですよね。ピアノの弾き方なんて知らないはずなのに、当たり前のように、習慣のように馴染んでいるんです。これは、思い出せてよかったとなんとなく思います」
「それはそうよ。なんせ貴方の毎日はピアノと共にあったもの。毎日夜遅くまで頑張っていたのよ?それは思い出してくれて嬉しい記憶ね」
「そうですか」
彼の細い手に触れながら、私も彼に合わせて笑ってみる
すると、彼もそれに合わせて笑ってくれる
「・・・一緒に、弾きましょうか」
「いいんですか?」
「いいのよ。私も弾いてみたかったの。貴方との連弾は取り合いだったから。あの男はいないし・・・思い切り楽しませてもらうわ」
「取り合い・・・?あの男?」
「気にしないで。貴方は・・・」
彼の手を繋ぎとめるように握り締める
あの日、引き留めることが出来なかった手を、もう掴むことが出来ないと思っていた手を
十年前に、諦めたはずの手を・・・握り締める
「響子さん?」
「今度こそ、側で笑っていて。私が貴方を守るから」
彼を安心させるように笑いかける
しかしあの男は、こんな事態なのに何をやっているのだ
クラスも指導官も違うのに、常に彼の側については私に幼馴染マウントをとる男・・・九重深参
彼を放っておくわけはないと思うのだが・・・なぜ現れない
出てきたら面倒くさい、けれど出てこないと不気味に思うあたり、改めてあの男に振り回されている事を自覚する
そして同時に彼らの間に何かが起きている事を実感する
彼の、記憶喪失もその一つだと思う。そんな予感という名の胸騒ぎがするのだ
「ありがとうございます、響子さん。けど、守られるのは、ちょっと・・・」
「あら、嫌?」
「嫌ではありませんが・・・」
彼は壁に立てかけている「それ」を一瞥する
「では、僕は・・・僕を守る響子さんを、守りますね」
「ありがとう。あら、リボン歪んでいるわよ。動かないで頂戴ね」
彼の司祭服。そのケープを留めている胸元のリボンを結びなおす
綺麗に左右対称になっている事を確認して、私はそれから手を離した
「綺麗になったわ」
「ありがとうございます」
「身なりは大事よ。どんな時も、誰に見られてもいいように整えるように。演奏前は、特にね?」
「はい」
彼の、色素が薄い金髪が風に揺れる
外面も内面も綺麗だなと見惚れてしまうけれど、そんな彼から目を離して、鍵盤に視線を移した
「始めましょうか。志貴さん」
「はい。響子さん。よろしくお願いしますね」
半年前。周囲を探索していたら、池で溺れていたかつての同級生
そして私の憧れであり、ライバルだった存在
最後に彼を見たのは十年前。私が勝ちたかったコンクールの控室
もうピアノを弾けない手をさすり、すべてに絶望しきった表情で舞台に立つ生徒を映像で見ていた彼の涙を私は一生忘れない
だからこそ、まだこの幸福の中に浸かっていたいのだ
もう一度、彼がピアノを弾くことが出来るセカイで
彼が笑っていられる夢のようなセカイで
私たちは同時に鍵盤を叩いた




