Track2:この世界に来る半年前
半年前の話
新学期に入ってから二週間
時が経つのはあっという間で、新しい生活にも徐々に慣れ始めていた時だった
その日の五時間目の授業は「学活」
ビデオ鑑賞を行うという時間だったので、僕たちは今僕たちをこのセカイに導いている「これ」を外して授業を受けていた
小学五年生となり、家庭科という授業が追加された
今度の家庭科の授業で僕たちはさっそく調理実習を行うことになったのだ
そしてその事前学習として調理実習で作る予定の「チャーハンの作り方」というどうでもよさそうなビデオを鑑賞することになった
午後二時
五時間目のチャイムが鳴り、授業が終わった事を知らせる
それと同時にビデオも終わり、自動的に教室の電気が付き始めた
窓際の生徒はそれを確認すると、遮光していたカーテンを一気に開けて教室中に日光を取り入れはじめる
それはビデオが退屈すぎて寝ぼけていた僕を一瞬で覚醒させるのに十分すぎる眩しさだった
日直が先生に指示されて号令をかける
僕たちはそれに続けて「ありがとうございました」と大きな声で発した
先生は次の時間の準備をしに行くと言って、教室を出ていく
その瞬間、教室中は一気に騒がしくなった
「はあ、終わった・・・」
「あれ?司。寝てたのか?」
隣の席に座る親友である木城政宗が僕に声をかける
「寝てないよ・・・寝かかっただけ」
「寝かかったっていうのはまだましな方だぜ。俺寝てたもん」
「寝てたんかい」
どや顔で寝ていたことを告げる政宗にツッコミを入れる
「あのビデオ、面白くなかったもんね」
「ああ。まさか早送りなしで一時間もあんなもの見せられるなんて思わなかったよな。もう少し面白みのあるビデオだったら良かったのに」
「確かに」
今回見ていたビデオのタイトルは「簡単!小学生でもできるチャーハンの作り方講座」
正直言ってチャーハンはご飯と具を混ぜつつ炒めるだけでできる
・・・一時間もビデオを見て学ぶようなものではないと思う
少なくとも、中華料理店で出てくるようなパラパラしたチャーハンならまだ話は違ってくるだろうけれど、小学生の調理実習で作るような代物でもない気がする
「調理実習本当に参加したくない」
「なんで?楽しそうじゃないから?」
「だってさー・・・」
政宗は教室の後ろを向く
僕も政宗に続いて後ろを向くと、政宗の視線の先にはクラスのマドンナ的存在の片桐伊緒さんがいた
政宗を始めたうちの学年の男子のほとんどが彼女にぞっこんだ
六年生や四年生他下級生の間でもファンクラブがあるという噂もある
「片桐さんに失敗しているところを見られたくないの?」
「そうだよ!」
「班で作るから問題なくない?失敗してもどうにかなるよ」
「嫌われない?」
「それぐらいじゃ嫌われないよ。むしろこれは料理できる男子アピールで片桐さんに振り向いてもらうチャンスだよ!」
「た、確かに!」
「政宗は片桐さんの事が好きなんでしょ?」
「ああ!」
「周囲にはライバルだらけ!」
「ああ!」
「だったらアピールをして、片桐さんの好感度を稼ぐことが肝心だ!」
「そうだな!」
「失敗を恐れない!その恐怖心からミスが発生するんだ!むしろ政宗は政宗らしく堂々と勢いでやれば問題ない!」
一週間も先の事をうだうだ言い続ける政宗を宥める
少し感情に任せて適当なことを言っている気がするが、気にせずに言っておこう
今の政宗には勢いが大事な気がするから
「そ、そうだよな!ありがとう、司。俺、頑張る!」
「その調子だよ。政宗頑張って」
「てか、俺トイレ行きたい」
「早く行きなよ」
感動の涙を流しながら政宗は教室を出て行った
「九重君、ちょっといいかな?」
そのタイミングを見計らったように、僕の肩を叩く人物が現れる
後ろを振り向くとそこには先ほどまで話題になっていた片桐さんが立っていた
「何?」
「次の調理実習の事なんだけど、九重君も同じ班だよね?よろしくね」
また調理実習関係か・・・
「よろしく」
面倒くさいという気持ちを抑えながら、僕は笑みを作る
「そのね、今度材料を買いに行かないといけないじゃない?その事で相談があるの」
そう言えば、買い物の仕方を覚えようとかそういう授業の一環で、今回の調理実習に使う材料は班で買いに行けと言われていたのを思い出す
「政宗が帰ってきてからでいい?すぐ戻ってくると思うし」
「え、木城君?」
「同じ班なんだから、政宗もいないとまとまらないでしょ」
「そ、そうだね。じゃあ木城君が帰ってくるまで待とうか」
「康太に声かけてくる。片桐さんは女子の、木村さん呼んできて。小宮さんは康太と一緒にいるから呼んでくるよ」
「う・・・うん」
僕は席を立って、僕らの席から少しだけ離れた席に座っている立木康太に声をかける
「康太、小宮さん、ちょっといい」
休み時間になり、読書をしようとしていた康太と隣の席の小宮さんに声をかける
「なに、司」
「どうしたの、司君」
康太は本に栞を挟みながら俺のほうを見る
「片桐さんが買い出しの件を班で相談しようってさ」
「おー。てか司、機嫌悪いな」
「・・・別に」
「・・・片桐さんが司君を狙ってるって噂、案外本当なのかも」
「・・・あんなの嫌なんだけど」
正直、片桐伊緒という人間は苦手だ
人を選んでいる部分が僕は苦手だ
自分が特別だと自覚しているからか知らないけれど思い通りにならないとすぐに機嫌を悪くするところとか・・・他人を見下しているところとか嫌な部分を上げればキリがない
できれば友人としても、クラスメイトとしても付き合いたくない人間だ
「俺もヤダ」
「私も嫌」
同意見の二人は声を揃えて笑顔のままそう言った
「康太は小宮さんがいるからでしょ・・・」
小学五年生になると、そう言う恋愛の話も少しだけ聞くようになった
中には隠れて付き合っている子も何人かいる
例えば目の前の康太も幼馴染の小宮鈴花さんと周囲には隠れているが付き合っている
冷やかしがうざいからという理由で黙っているそうだが・・・凄く楽そうだ
「小宮さんは意外だったかも」
「なんで?」
「仲良さそうだったから」
「女子ってそんなもんだよ。表面上は仲良くするけど、内心はってやつ」
理由になってなさそうな返答が帰ってくる
詳しく聞かないほうがいいだろう・・・恐ろしい回答がありそうだ
「そうなんだ」
「そうそう」
「そろそろ行こうぜ。政宗も戻ってくるだろうし」
「だね」
僕と康太、小宮さんは片桐さんのところへ行く
その間に、政宗が帰ってきた
「おかえり政宗」
「おう。なんかあったのか?」
「調理実習の買い出しを班で話し合おうって片桐さんが」
「流石片桐さん!」
「・・・これが片桐狂信」
「鈴花、しっ」
後ろで康太たちが何か話していた気がするけれど、耳を傾けないようにしておこう
浮足立った政宗の後を僕らはついていく
片桐さんはちゃんと木村さんを呼んできてくれていたようだ
・・・さりげなく僕の席に座ってるし
「どうしたんだ、司」
「いや、なんでもないよ。これで全員集合だね」
「そうだね・・・さっそくだけど明日は土曜日でしょう?皆の都合が合えば買い出しは明日はどうかなって。調理実習は月曜だし」
「日曜日は家族で予定を入れている人もいるかもしれないから、土曜の方がいいかもね」
「俺もそれでいいと思う」
片桐さんの提案に政宗と康太が賛同する
「・・・九重君はどう思う?」
なんで僕に振る
「あー・・・・皆がいいならいいんじゃないかな。僕はみんなの都合に合わせるし」
「そういえば、待ち合わせ場所とかどうするの?」
小宮さんが質問をすると、木村さんが片桐さんの方を一度見てから発言する
「後で連絡を・・・」
「いや、今決めておこうよ」
木村さんがそう提案しそうになったところを僕が止める
木村さんがこっちを睨みつけていた気がするが、気にせずに進める
「そうだね。「連絡ミス」とか怖いし」
康太が圧をかけるように木村さんを見ながら言う
「校門前でいいんじゃない。それから、近くの東友でいいと思う」
近場の方が早く解散できるしね
「じゃあ、それで決まりでいいな!」
「うん。じゃあまた明日ってことで」
片桐さんが何か言いたげだったけれど、僕と康太はサクサク進めて全部決める
余計なことを言われる前に決めてしまったほうが楽だ
これで解散。さて、席に居座る片桐さんをどうするかと考えていると康太が肩を叩く
「司、前言ってた本持ってきてたのを思い出した。渡すよ」
「え、あ・・・そう?ありがとう」
康太なりの助け舟だった
それに政宗が素早く反応する
「何の本?」
「小説」
「タイトルは!?」
「政宗には読めないタイトル。外国語」
「翻訳あれば読めるわい!見せろー!」
政宗も一緒に俺たちについていく
ひとまず、明日を乗り切ればどうにかなりそうだった
後ろの片桐さんたちの視線を気には留めず、そのまま康太たちの席へ向かった