Track9:崩壊の王手
あの夏から二ヶ月後
俺はウィリアムとのんびり二人、研究室でダラダラしていた
これでも何もしていないわけではない
ウィリアムの語学能力を鍛えるのも、俺の立派な仕事だ
「・・・ウィリアム」
「ドッタノ、ミナミ」
「お前、随分流暢に話せるようになったなぁ・・・」
二ヶ月もあれば、自我をしっかり持って会話が可能になっていた
予想以上の成果を見せて、俺もお偉いさん方もとても驚いた
本来ならば、他の研究者も交えておしゃべり花の量産体制に入ったりするべきなのだろうけど・・・もう、ウィリアムは植物の領域を超えている
世紀の大発見だが・・・色々と表に出してはいけない存在なので、これは研究所内の秘匿案件として処理される予定だ
そして、ウィリアムは枯れるまで俺と一緒に過ごすことが決まった
俺に預けていいのかという話も出たが、俺もまたウィリアムの存在が表に出ると困るのだ
なんせ、ウィリアムは・・・自我を、そして命を持った存在
そして俺は、それを吹き込んだ存在
世間にバレたら、非常にマズいのだ
祖国に帰る話も出たが、兄妹たちに迷惑をかけるわけにもいかないし・・・
セキュリティがしっかりしている研究所の方が安心だし、ここにいるわけだ
「マアナ!トコロデ、ミナミ、オチコンデルノカ?」
「んー・・・最近は、お前の次の研究に勤しんでるんだよ。ちょっと行き詰っててな」
「ドンナ?」
「・・・さあな。上から資料を貰ったばっかりだから。ここを退職する奴の引継ぎらしい。なんでだよって感じだけど。きっと託してでも完成させたかったものじゃないかって思う」
「ヒキツギ?」
「そう。引継ぎ。お前なら作れるかもってことで回された。折角だし、そいつの意志を継いで作ろうと思うんだよ」
上から持ち込まれた資料は不可解な事が多い
けれど、読み解く限りでは・・・一つ種を植えたら、半永久的に作物が実るというどこかで聞いた話が記載されている
「・・・穂希は、退職しないだろうし。別の奴が似たようなことを調べてたのかも」
「ソイヤ、サイキン、ホマレ、コナイ!」
「確かにな・・・」
二ヶ月前の一件。そしてその後の買い物から穂希と会話した記憶がない
ほぼ毎日来ていたのに、今は全く来ていない
仕事が忙しいのだろうか。それとも、純粋にもうここに来たくないのか
「・・・はあ」
「ドウシテ、ミナミ、オチコム?」
「ま、まあ・・・ほぼ毎日来てたやつが全然来なくなったら、そりゃあ落ち込むだろ」
「ホンシン、カクス、スタイル・・・」
「余計な事を覚えたようだな。除草剤食べたいのか?」
「ヒィ!?」
「・・・まあ、今回は許してやる。ほら、ウィリアム、作業の続きするぞ」
「ヘイ!」
「・・・きっと、これを残した奴も、早く出来上がる事を望んでいるだろうな。少し、頑張るか」
「セヤナ!」
ウィリアムと楽しくしゃべりながら、資料を読み解き色々と試していく
早く成果を出したら驚くかも、なんて呑気な事を考えながら俺は「それ」を作り出す
それが、崩壊の王手とは知らずに
・・・・
それから一週間後
その資料を読み解いて、俺はそいつが作りたかったものを難なく作り上げてしまった
・・・ウィリアムを作るより楽勝だったな
「やるな、三波。元々これを作ろうとしていた奴は四年経っても作り上げられなかったのに・・・まさか一週間で」
「どうも。けど、資料を元にしているから永久じゃなくて、半永久的にだけど」
上に試作品とレポートを提出し終えて、俺は彼らの反応を伺う
しかし読めば読むほど、あいつの影がちらついた
・・・共同研究者か何かだったのだろうか
なんだか、胸騒ぎがするのは気のせいだろうか
「で、命名権は私たちに譲渡していいのか?」
「元々譲渡された研究だからな。命名権なんていらないよ」
「では、これを作ろうとしていた奴が決めていた名前を付けるか」
「いいんじゃないのか」
「・・・では、半分ということ考慮して「半無限種」だな」
「・・・今、なんて?」
その名前を聞き逃すことはできなかった
なんせそれは、穂希が作ろうとしていた・・・・
「確か「無限種」だったよな。六平坂君」
「・・・はい」
部屋の隅に立っていた暗い顔の穂希が上の問いに対して返事を返す
「なん、で」
「これで、心残りはないよな?」
「はい」
「ありがとう、三波。君のお陰で、成果を出せない人間を切り捨てられる」
「・・・」
あの資料は、やっぱり穂希の
なんで最後まで気が付かなかった。「なんとなく」をなぜ追求しなかった
今更後悔したって遅い。なんせもう、穂希の研究であった無限種は半分俺が完成させてしまったのだから
・・・上の目的を、成せるようにしてしまったのだから
「・・・明日から来なくていい。祖国に帰りたまえ」
「・・・はい」
「穂希」
「・・・・」
悲しそうに去り行く背に声をかけなければと手を伸ばす
なんだか、そこで止められなければ取り返しのつかないことになりそうだったからだ
けれど俺の手は宙を切り、穂希に届くことはなかった
彼女が、去り行く姿を黙ってみることしかできなかった
「全く。四年も何もしていない人間に給料を払うほど、うちも裕福ではないというのに」
そんな彼女を切り捨てた男は、最後まで恨めしそうに言葉を吐き捨て通常業務に戻っていく
俺はそんな彼に頭を下げる気はなかったけれど、上の立場にいる人間なので礼儀は弁えておかないといけない
一礼した後、俺は急いで穂希の後を追った
・・・・・
穂希がいた部屋はもうもぬけの殻
食堂、庭先、思い当たる場所に行ってみるが、彼女の姿はどこにもない
「穂希、どこ行ったんだよ」
言い訳したって、俺が彼女の作りたかったものを作ってしまった事実は変わりない
奪ってしまったのは、変わりないのだ
けれど、それでもきちんと事情を話さないといけない
そして、おこがましいことかもしれないけれど・・・穂希に伝えるのだ。俺もこの研究所に見切りをつけた。だから、日本に帰って、一緒に無限種を完成させようと・・・
許してもらえないかもしれないけれど、それでも・・・と
「・・・どこに行ったんだよ。穂希」
もう帰ってしまったのだろうか。実家の住所は知っているし、行けないこともないが・・・こんなことになった後で顔を合わせてはくれないだろう
・・・どうして、なんて悠長な考えを浮かばせた瞬間
研究所中の非常ベルが鳴りだした。建物からは黒煙が舞い上がる。熱気も少しずつ近づいている気がする。ああ、これは間違いなく火災だ
「・・・なんで、このタイミングで!」
穂希の事も心配だが、奇跡でできた友人の事が脳裏に浮かぶ
「・・・ウィリアム」
一人で動けない友人の事を想いながら、黒煙立ちこむ建物に入り、自分の研究室に向かっていく
疲れで足がもつれるが、それでも必死に前へ進む
口元を抑えているから非常に呼吸がしにくい。それでも、俺はウィリアムを、穂希を放っておくことが出来ない
例え、自分が死ぬかもしれなくても
息を切らしながら熱くなった扉に触れる
直で触れることはもうできなかったから、ネクタイを使ってドアをスライドさせる
・・・改めてスライド式のドアでよかったと考える
部屋に入り込むと、そこには・・・
「ミナミ!」
「・・・あ、やっぱりウィリアムが心配だよね。来ると思ったよ、三波君」
何もわかっていないウィリアムが俺を嬉しそうに出迎える
それと共に・・・火事が起きている事をわかっているのに、のんびりしている彼女
・・・疲れきった表情で椅子に座る穂希が俺を出迎えた




