Track8:言葉の真意はまだわからずに
今から六年前
十七歳の俺は、今日も研究室に籠って「それ」の調整を行っていた
それを作ろうと思ったのは、自我のある植物なんて夢のような光景は面白そうだというそんな理由だ。特に堅苦しい理由はない
それに、これが誕生したのも偶然の産物
そんな奇跡から、俺と今も行動を共にするおしゃべり花の「ウィリアム」は産まれたのだ
「・・・ミニャミ」
「まだ発音は難しいか、ウィリアム」
「・・・うン」
「辞書を漬けた水を与えたら賢くなるかな・・・」
「そんなバカな事ありえないよ。もうちょっとまともな事を考えなよ、三波」
そんな俺の頭に何かを乗せながら、最もな事を言う人間は一人しかいない
ウィリアムの目も輝いている。こんな風になるのは俺の前か、あいつの前だけだ
「ほミャれ!ちわ!」
「こんにちは、ウィリアム。はい。回覧板」
「穂希。お前も大概暇だよな・・・何してんの?」
「なかなか成果が出なくてね・・・気分転換も兼ねて。基本的に研究室に引きこもってるから大丈夫だよ。ちゃんと、仕事してる」
「ならいいんだよ。確か遺伝子を組み替えて、一つの種で無限に食物を生み出すって奴だっけ?」
「そう。通称「無限種」面白そうでしょ。食糧問題も解決ってね」
「そんな夢のような話・・・まあ、あり得なくもないな」
「三波ならそう言ってくれると思ったよ!」
後ろから抱き着かれながら、穂希は嬉しそうに笑顔を浮かべていた
「お前、本当に子供みたいだな」
「子供の三波には言われたくありませーん」
「・・・」
そりゃあ確かにまだ子供だけれども、そこまで子ども扱いされるほど子供ではない
ぬいぐるみのようにもみくちゃにされる俺の姿を、ウィリアムは心配そうに眺めていた
しかし、穂希がこういう風にするときはいつも何か悩んでいる兆候だ
一応、付き合いはそれなりに長いわけだ。それぐらいの事はわかる
「穂希・・・手こずってるなら手伝おうか?」
「いいよ。三波だってウィリアムの世話で大変でしょ?」
「ウィリアムは大丈夫だよな。少しずつでさ」
「ミニャミの、いうちょり」
「言う通りだろ」
謎の威張る姿に、草花でも意志を持つことが出来る奇跡を改めて実感する
「そういえば、穂希」
「何?」
「そろそろ季節変わるけど、お前の妹大丈夫なの?」
「あー・・・そろそろ秋物の服送らないとマズいかも。また伸びたって悶えてた」
「あー・・・。じゃあ今度の休みの時、服見に行くぞ」
いつも通りの提案を穂希は飲んでくれる
元より、こいつのセンスのなさは壊滅的
こいつが嫌がる服を選べば大体の人間は喜ぶと言っても過言ではない
だから正直、穂希の妹の服を見るという点において俺が行く必要はほぼないのだが、監視の目がないとやはり暴走するようで、それを止めるために俺が同伴しないといけない
まあ、俺にも目的がないわけではないから丁度いいのだが
「ありがと。三波も桜ちゃんの服見に行くんだよね」
「ああ。双馬兄さんから連絡あってな。桜は俺が選んだ服しか着ないからまた送ってくれって頼まれた」
「えぇ・・・けど、仲いいんだね」
「ああ。桜と俺は年子だし、こっちに来るまでほぼ一緒だったからな」
そう。穂希のようにセンスが壊滅的な女はもう一人
俺の唯一の姉である桜。こちらも、次兄を唸らせるほどの壊滅的なセンスと、俺が選んだ服しか着ない厄介さを持ち合わせている
その為、こうして季節の変わり目に服を送ってやらないといけないのだ
なので、穂希の買い物の付き合いも俺にとっては都合がとてもいい
しかし・・・
「しかし、穂希。お前は俺が選んだ服、一切着ないよな」
「ひらひらしてて動きにくいんだもん」
「そんな思考で、よれよれクソださTシャツとジーパンに白衣とか女子力を捨てたような服装ばっかりしてるから彼氏できないんだぞ」
「まあ、もうすぐ三十だけどさ・・・もし貰い手いなくても三波がどうにかしてくれるでしょ?」
「なんでそこで俺に頼る」
「三波ならいいかなって!」
・・・まあ、悪くないけどな。口にはしないけど
話も気も合うし、一緒にいる分にはほぼ苦労しないし・・・
父さんの信条だった「ジジイになっても楽しくやっていけそうな人を直感で嫁にしろ」に従って考えてみても、老後になっても楽しく過ごせそうなのはこいつしかいない
まあそれは、取り繕うための「言い訳」でしかないが
ウィリアムが口達者じゃなくてよかったと思うよ
正直ドストレートで伝えろよなんて言われたらたまったもんじゃない
俺は、こう、遠回しに言うことしかできないのだから
「・・・来年になっても、女の影がなかったらな」
「じゃあ安泰だね」
「そウとーも?、イう?」
「そうとも言う・・・だ」
「ナルほど!」
先にウィリアムに言われてしまったが、間違いだらけだったのでとりあえず軌道修正をかける
その間、穂希は顔を真っ赤にしてあわあわしている。こいつが取り乱している光景は初めて見たものだから新鮮だ
「え、ちょい三波君?」
「そうとも言うって言ってんだろ。わかれ」
「な・・・・」
「冗談じゃないからな」
「いやいやいやいや。ちょっと研究のしすぎて頭おかしくなったの!?」
「何を言うか。頭を打ち付けた覚えはないし、おかしなことを言っているつもりはない」
「あのねえ、三波。そんな軽い気持ちで身を固める発言したら・・・」
「お前なら構わん」
「同情とかそういうの含んでるよね絶対!」
「俺の好意純度100%だ。よかったな」
「ななな、ほら、いつも言ってるじゃん!センス壊滅って!そんなんでいいの!?世界にはお洒落な人沢山いるよ!?」
「お前のそのクソださセンスはむしろ愛嬌と思い始めたよ。可愛いじゃないか。でもそろそろTPOは弁えような?」
「そ、そんな常識が抜けてる部分もあるんだよ!?」
「俺以外に軌道修正する奴いねえだろ。一生かけて修正してやるからその愛嬌付きで嫁に来い」
「も、もうアラサーだよ!?おばさんみたいな感じだよ!?若い子の方がよくない?」
「お前も十分若いだろ」
「小さい頃から勉強漬けで私ぐらいしか家族外の異性と関わったことない影響じゃない?一種の気の迷いだよ。ね、思いなおそうよ三波・・・」
「十分あったけど、お前以外に話して楽しい奴はいないから」
「なぁ・・・」
穂希が色々言ってくるが、思っている事をそのまま告げて返していく
最終的に穂希の方も弾が尽きたのか、項垂れるだけになってしまった
「三波って、もしかして馬鹿?」
「他称天才だよ。バーカ」
「馬鹿と天才は紙一重・・・うん。よく言うよ」
失礼な事を言いつつも、抱き着く力が籠められる
耳元で彼女が小さく耳打ちした言葉を、俺は一生忘れないだろう
その時の俺は意味が分からなかったけど・・・後になって意味がわかる言葉だ
そして、距離をとった後、残酷なほど今まで通りに笑うのだ
「三波。そう言うのは、別の人に取っておきなさい」
「お前なぁ・・・」
「私なんかより、もっといい子が絶対にいるから。大丈夫、君は優しい子だから、ちゃんと見つかるよ」
「・・・穂希?」
「それじゃあ、私はそろそろ戻るね。邪魔してごめん」
「あ、ああ・・・気にするなよ」
「マたネ!」
彼女の背中を見送りながら、俺は耳打ちされた言葉の意味を考える
「・・・「ごめんね」ってなんなんだよ」
その言葉の、本当の意味を知るのは・・・数ヶ月後
俺が帰国するきっかけになるあの事件は、当時から静かに動き出していた




