Track6:強引な「彼女」との初交流
どこから思い出すべきか
ああ、丁度いいから末弟が産まれた時期から思い出すか
十一年前の六月のこと
「ハリス先生。これ、卒業証書」
紙きれの入った筒を先生に投げる
先生は慌ててそれを受け取り、気まずそうに俺の方を見た
「そ、そうか。三波・・・卒業した実感は?」
「ない。いつも通り学校行っただけじゃん。つまんないの」
「・・・大護に無理を言って君をここに連れてきたが・・・とんでもない子が育ったものだ。上の三つ子も賢いとは思っているが、君は群を抜いているな、三波」
「わかんない所は先生が教えてくれるからね。見聞を広げるって点ではいい所だったけど・・・どこもかしこも低俗な話しか蔓延していない。先生と談義してる方が楽しいよ」
「そうは言うが・・・話の合う友人はそろそろ」
もちろん、先生が望むような友達はできていない
俺自身を子供としか扱わず、さらには「俺」ではなく、俺の後ろにいるハリス先生しか見ていない
そんな雑魚共と話が合う訳がないだろう・・・と、言ってもハリス先生はなかなか納得してくれないが
「できてないけど?」
「だと思ったよ・・・いいか三波。友人というのはな・・・」
「そうだ。桜から手紙来た?この前、弟が産まれたらしいから写真送ってくれるって」
小言が始まりそうだったので、急いで話を逸らす
先生は複雑そうに顔をしかめるが「弟の話」なのだから強くは言えない
なんせ、先生にとって友人である父の「めでたい事」なのだから
先生は机から一通のエアメールを差し出す
中から沢山の手紙が出てくるが、俺の欲しい手紙は桜の花が散らばる季節外れの封筒
しかしそれは桜からの手紙だと一目でわかるので、桜はいつもこの封筒で手紙を送ってくれる
他の封筒は両親と他の兄妹たちからだろう
封筒だけで、だれの手紙かよくわかるように全員違う封筒を使ってくれていた
一度も会ったことのない奏も、記憶にないであろう音羽もつたないながらに手紙を書いてくれていた
遠い異国にいても、俺もちゃんと家族なんだなと改めて感じさせられた
「司だったか。三波に似ず素直な子に育てばいいのだがな」
「望んでも一馬兄さんのような絵に書いたような優等生は生まれないから。環境にも問題があると思うよ、ハリス先生?」
「それを言われたら・・・まあ、そうだな。しかし、一馬もいい子だよなあ・・・あれで、身体が丈夫だったら、一馬もここに連れてきたかったよ」
ハリス先生は上機嫌に、もしもの話を語る
しかし、一馬兄さんは「普通に勉強すること」が好きだから、こういう専門分野には進めない気がするのだが・・・先生は気が付いていないのだろうか
まあ、その予想の議論をするのは面白そうだが・・・長くなりそうだからやめておく
「それより、先生。卒業したら俺、おしゃべり花の開発がしたいって言ったよね。なんで研究所に内定決まってんの?」
そう。俺は先生に聞きたいことがあるのだ
それは、俺の今後に大きく関わる話。なぜか就職先を決められていた俺の今後に関わる話だ
「私が推薦した」
「そりゃ見たらわかるし。なんでだって聞いてんの」
「行けばわかる」
「そんな投げやりな・・・」
「おしゃべり花の開発、三波だけでは成し遂げられないと思うぞ」
「・・・まあ、うん。そこまで言うなら先生の思惑、少しは乗ってみようじゃん」
先生の行動に山ほど文句が浮かび上がるが、それでも先生がそういうなら・・・一人で成し遂げてやろうじゃん
先生の考えをいかに否定するか考えながら、俺は彼に返事を返した
・・・・・
十年前の事
ハリス先生の思惑通り、俺は研究所で働いていた
「・・・」
ふにふにと、頬が動く感触がする
「・・・わあ、可愛い。柔らかい!」
そいつは、喜びながら俺の了承を得ないまま頬を突き続ける
「・・・ひげもないし、本当に子供の肌だし、もう何時間でも触ってられる!」
「・・・六平坂、だっけ?何してんだよ」
「名前覚えていてくれたんだ。まあ、何って、回覧板を持ってきたんだよ。小さな天才君?」
人の頬を突いて遊ぶ奴に声をかけると、奴は人をからかいながら楽しそうに笑う
奴こそ、六平坂穂希。薫の姉で・・・俺がここに来てから一年後にやってきた日本からの優秀らしい人材
・・・俺から見たら、若干頭のネジが緩い女のような気がするのだが、一応植物学の分野では優秀らしい。人づてに聞いた話だから実際のところは何も知らないけれど
一応、これが彼女と関わるようになる出来事となるが・・・当時の俺は面倒くさくて、一度だけの関係だろうと考えて適当に接していた
彼女から回覧板を受け取り、俺は読了済の印鑑を押して穂希に突き返した
「読むの早いね」
「速読ぐらい窘めよ。使えるぞ」
「無理だって。いやあ、九重君は本当に才能に溢れてるね!」
「・・・それ、侮辱で捉えてもいいか?」
資料を書いていた鉛筆を置いて、俺は穂希を睨みつける
しかし、されど子供の不機嫌だと思われたのか・・・穂希は俺を若干小ばかにするような声で首を傾げた
「え、天才とか才能があるとか言われたら嬉しくない?」
「嬉しいわけあるか。俺は努力してここにいる。才能の一言で片づけられるような日々は一日たりとも送っていない」
「へえ。じゃあ、九重君は努力型の人間だって自分で言うんだ」
「さあな。でも、俺だってここに来るまで毎日努力を重ねた。一度見たら忘れないとか、容量がいいわけじゃないからな。わかったら帰れよ、ださT女」
正直に言っておこう。俺はこの六平坂穂希という女が苦手だった
人の領域にずけずけ土足で上がり込んでくるような感覚
そして、言葉の一つ一つが全力投球。そして思ったことをぶつけてくる言葉の数々
それはある意味、裏表のない、バカみたいに素直な人間ともいえると俺は思う
「わ、酷いこというね!」
「そのカモノハシみたいな謎の生命体がど真ん中に来てるTシャツ着るのやめてからその台詞吐けよ・・・」
「可愛いじゃん」
「TPOわきまえろよおばさん」
「お姉さん、ね・・・!」
「あだだだだだだあだだだだだだだ!?」
頭を両手でぐりぐりされる。ああ、頭が揺れる。揺れる、痛い!父さんにもされたことないのに!
「少しは反省したかな、九重君」
「反省したよおばーーーーーーーー」
「あ゛?」
「お、お姉さん・・・」
おばさんと言おうとしたら、凄い勢いで睨まれた
狼に補足された兎の気分を味わった気がした・・・ここは大人しくお姉さんと呼んでおこう
命が、惜しい。凄く惜しい!
「そう。それでいいのよ。素直なのは美徳だと思うよ、三波君」
「さりげなく人の名前を呼ぶのか。親しくもないのに」
「親しい人だけ名前呼びなんて法律はどこにもないし、それに私は親しくなるためには名前呼びが当たり前だと提唱するよ!ほら、三波君。研究室に引きこもらないで、まずは食事でも!もうお昼だよ!」
「新手のナンパか!?」
「だって、私、三波君と仲良くなりたいもん。歳も近いし!」
「近いって言ったって・・・十四歳と二十四歳じゃないか・・・」
「十歳は十分近い方だよ!私、一応三波君に次いで若いんだよ?」
「あっそ」
「うわ、興味なさそうだね・・・」
「俺の興味は、俺の研究だけに注いでいる。お前には興味はない」
「じゃあ、興味を持ってもらえるように私の事を知ってもらおう!」
「強引な女だ。いうこと聞かなかったらまた頭ぐりぐりするんだろ」
「よくわかってるじゃん」
「この暴力女・・・今回はお前の勝ちにしておいてやる。ちゃんと奢れよ。俺は意外と食べるんだ」
「はいはい。いっぱい食べて大きくなろうね!」
穂希に部屋を連れ出される
強引さの塊の彼女は、よく俺がいる研究室に現れては、俺を街へと連れ出していく
うっとおしくて、迷惑だなと思いながら、彼女の望む通りに俺は外に連れ出された




