Track3:白い花の先へ
一方、ゲーム世界の僕らは、一方通行の道の真ん中で息を切らしていた
「なんでやぁ!」
「一方通行に終わりが見えないじゃないかぁ!」
「うう、准教授。隠れ場所もとんでもなく意地が悪い・・・ヒントぐらいくださいよ」
「これは流石にきついね・・・」
「ルル、つかれた・・・きゅう」
道の真ん中に座り込み、各々言いたいことを告げていく
「・・・築茂。三波兄さんから条件らしいことは?」
「そういえば、精霊の丘に入った後しか三波さん言うてなかったなって」
「・・・それは困ったな」
第一段階で躓くなんて予想していなかった
無駄に体力を消費するわけにもいかないし、まずはどうするべきか考えないといけない
引き返して態勢を整えるのも一つ、このまま歩き続けて打開策を探すのもまた道の一つともいえる
「ツカサ、ツカサ」
「どうしたの、ルル」
「花」
ルルは僕の手を引いて、それを見せてくれる
小さな白い花が咲いている植え込みだ
「そうだね、きれいだね」
「名前わかる?」
ルルからそう問われるが、残念ながら僕は花には詳しくない
メジャーどころならわかるけれど、こういうのは三波兄さんの得意分野だ
僕も見覚えがないか必死に頭を回してみるが、どんな花かわからないけれど、現実では見たことがない種類のようだ
ここは、得意分野な人の助手を務めている方に助けてもらおう
「あの、薫さん」
「はい。なんでしょう」
「このお花、何でしょうか」
「これ、ですか・・・?ごめんなさい、私にもわからないんです。准教授ならわかると思うのですが・・・」
薫さんは記憶を辿ってくれるけれど、記憶の中にこの白い花と一致する花はないようだ
「そういえば、長い時間歩いていても・・・花ってこの白い花以外見ていないような」
「・・・音羽さん、今、なんて」
この花以外、見ていない
それは、僕も築茂も、薫さんもルルも同じだった
「・・・最初の隠しクエスト。始まりのクエスト、市販の花を使うと思ったけど、この花を使うんじゃないの?」
「・・・むしろ、この花以外に目立つものってなかったような」
「光るキノコは?」
「実はあの光るキノコは割とダンジョンマップで見るからなぁ」
「あの、皆さん。この植え込みの奥・・・進めるみたいなんですけど」
薫さんの一声で、全員が息を飲んだ
偶然か、必然か・・・最初のクエストがクリアできそうなのだ
「とりあえず、進んでみようか・・・」
「白の花は摘んでいこう、ルルちゃん」
「うん。オトハ」
花は音羽姉さんとルルが採取し、僕らは白い花の植え込みを目印に奥へ進んでいく
慎重に進んでいった先には、築茂が言っていた石碑らしきものが存在した
「・・・これ」
「これやと思う。何・・・「誰よりも小さき身を持つ者。石碑に花を手向けよ」「ただし、花のかおりを強める者がいるならば、その者が花を手向けよ」か。二行目の意味はわからんけど・・・とりあえずルルちゃん、石碑に花を置いてもらえる?」
「うん。わかった」
石碑の文字の言う通りにするなら、一番小さい者・・・この中ではルルが一番低身長だから、彼女が花を石碑に置けばクエストはクリア
LEクエストが本格的に始まるはず、なのだが・・・
「なにもない?」
「そうだね。何も、起きないね」
「一番小さいルルちゃんが置いても何も起きん。じゃあ、他に何かやらなきゃいけないことでもあるんやろか」
「まさかクエストまで三波兄さんに合わせて微妙に変わっているとか、そんなことないよね?」
「まさか、なあ?」
僕と築茂は顔を見合わせて考える
「・・・准教授に合わせて、ならもしかして二行目が・・・あ、そういう?」
そんな中、薫さんは何か思いついたようで音羽姉さんとルルに声をかけた
「あの。音羽ちゃん、ルルちゃん」
「どうしました、薫さん」
「白い花、私が置いてみたいんです。少し貰ってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
音羽姉さんの手から、白い花が薫さんに渡される
薫さんがそれを石碑に置くと、石碑の奥に道が出来た
「な、何でや・・・薫さんは一番大きいやないか」
「・・・もしかしたら、司君の言う通りかもしれません」
「言う通り、というと?」
「准教授に合わせて、クエストの内容が微妙に変わっている・・・という話です」
薫さんは開いた道を進みながら、考えを述べてくれる
「確か、准教授はここを一人でクリアされたんですよね?」
「うん。そう聞いとるよ」
「石碑に書いてある通り・・・と考えると、身が小さい。やはり身長の事を指していたのは間違いないと思います」
僕らはその後を追いながら、薫さんの話を聞き続けた
「けど、実際は一番大きい人で開いた・・・わけやけど」
「今回、私がいたので二行目が適用されたのだと思います」
「花の薫りを強める者の方?」
「はい。私の名前は薫なので」
「・・・そういうの、ありなんかね?個人の名前を指定するような・・・あ」
そこで、築茂も答えに辿り着く
そう。名前を指定するような書き方。本来ならばゲーム内ではハンドルネームを使用している
けれど今は、普通に本名でやり取りしている
本来の事を考えるなら、名前でギミックを開く手段は、必要ない
「はい。なので私は結論付けます。准教授に合わせてクエストが変わっていると」
「薫さんの言う通りかもしれないね。三波兄さんに合わせて、少しだけ変化がある」
「はい。それに准教授は、私がこの高身長を気にしている事を知っていますから・・・身長に関係するギミックを、私が来ること前提で少し変えてくれたのかもしれません。本当に、変わっているならですけどね。あの人、文句とかすぐ言うし、人使いがとんでもなく荒いけれど・・・色々と考えてくれていますから」
「それ、わかります。三波兄さんも、お兄ちゃんだなって思いますもん。口は悪いし、いつも人を突き飛ばすようなことを言うけど、こっそり後ろから助けてくれるんですよ。ツンデレって奴です」
「えぇ・・・」
わからない。音羽姉さんと薫さんが言うことが全く分からない
いつもイベント事に人を顎で使い、人の弱みに付け込んで掃除当番を代われと言ったり
人には「好き嫌いなく食べろよちび」とか言いながら自分が嫌いなエビが出されたらいつも人の皿の中に放り込んできて・・・、挙句の果てには人を脅迫する
極悪非道な人と言われたら納得するけど、音羽姉さんと薫さんの評価はまず・・・ない
「確かに、三波さん。右も左もわからんやった初心者の俺に真っ先に声かけてくれて、色々教えてくれたし・・・音羽さんと薫さんのいうことわかるなぁ」
もしかして・・・僕と政宗相手に限り、極悪人なのだろうか
僕と政宗が何をしたって言うんだ・・・機嫌を損ねるようなことはした覚えはないし、むしろ報復を恐れて従順に従ってきたつもりなのに
「ツカサ、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ、ルル・・・」
何か悲しくなりながら、僕らは前を進んでいく
そして、開けた場所に出ると同時に、僕らの視界にその光景が飛び込んでくる
「わあ、凄いね。童話の世界みたい!」
「・・・間違いない。精霊の丘や」
「懐かしい・・・」
澄んだ空気の中を、光の尾を引いて精霊が駆ける
荒廃し、倒壊した石で作られた建物やモニュメント
いたるところに苔が生えている年季のはいったそれからは寂しさなんて感じさせない
むしろその光景こそ、この空間の雰囲気をさらに色濃くしているような気がした
水の流れる音、小鳥のさえずりといった森の中でありそうな音
そして、その空間を漂う幼い精霊特有のエフェクト・・・属性を表す色とりどりの光が浮かぶその光景はとても幻想的だ
「・・・まるで、人が入っちゃいけないような場所みたいだ」
その光景を眺めながら、僕らは前へ進む
正面には祭壇らしきものがあるし、そこへ向かえばLEクエストが始まるかもしれないから
そんな時だった
「っ・・・・!」
薫さんが、何かを見つけたようで駆けだした
もうここは、LEクエストの範囲の中。アカウントが乗っ取られた三波兄さんがいてもおかしくはない
もしも、薫さんが三波兄さんに襲撃されたら・・・!
「待ってください!薫さん!」
薫さんが向かったのは祭壇の上
そこに「あるもの」を見つけたのだろう。彼女は今にでも泣きそうな顔でそこへ駆けた
そして僕らも、祭壇の上で待つ存在が何なのか、目にした
「・・・三波さん!」
准教授、と呼んでいたはずなのに、薫さんは動揺しているのかきっといつもの呼び方で三波兄さんに呼びかける
祭壇の上で待っていたのは祀られるようにして眠る三波兄さん
間違いない。身に着けている衣装も、そしてその傍らに、鎖に繋がれて置かれている精霊王の杖も・・・すべて見覚えがある
『ねえ、ねえ、そこの子』
「・・・へ?」
その光景に気を取られていて、反応が少しだけ遅れた
気が付けば、僕の隣に、同い年ぐらいの金色の髪をなびかせる少年が立っていた
他の皆の反応はない。三波兄さんの周辺を調べているから、こちらには目もくれていない
少年の背には半透明の羽が付いている。それに、プレイヤーを示すアイコンがどこにも見当たらない
・・・まさか、この子が
『君は、三波のお友達?』
「ううん。兄弟だよ。三波兄さんは、僕のお兄ちゃんだ」
もしかしてと思い、金髪の少年に答えを正直に告げる
『うん。うん。嘘ではないようだね。三波の、弟。名前はなあに?』
「司。九重、司」
『司・・・うん。三波から聞いているよ』
やっぱり、この子だ
この子が、精霊王の杖のLEクエストに関係するNPCだ
二つ目のイベントは、もう始まっている
確か二つ目は・・・事前に確認した限りだと、この場所に散らばる「ガラスの結晶」を十個集めるクエストなんだよね
さっきのよりは比較的マシだと思うけど・・・どうやら、一筋縄ではいかないらしい
『君は、三波を助けたいの?』
「そう、だね。助けたい」
少年は、その答えを待っていたかのように笑う
なんだろう。この顔・・・どこかで見たような気がする
どこで、だっけ・・・
『・・・少し話を聞いてくれるかな、司・・・いや。メヌエットの持ち主』
「え、あ・・・」
『・・・どうか。頼む。私の三波を、助けてほしい』
僕の手を握る彼の身体にラグが走る
なんだか、存在を消されかけているような・・・そんな感想を抱いた
『私が、三波に対する謎の介入を止められる時間はもう長くはない。その前に、三波を起こしてほしいんだ!』
金髪の少年は、必死に僕へ訴えかけてくる
少しだけ、変化を持ったクエストの始まりは・・・今、幕を開けた




