Track1:始まりの追想曲
僕たちは森の中を全力で走っていた
正しくは、逃げていた
もうかれこれ数十分も全力で走り続けている
どこまで行けばいいかわからない
けれど逃げなければいけない
立ち止まれば、死んでしまうから
一緒に逃げている少女ももう、限界に近いようで息が荒くなっていた
「ツカサ!あいつらが追ってきてる!」
「大丈夫!もう少ししたら開けた場所に出るよ。そしたら戦えるから!」
先ほどよりも陽の光が森の中に差し込み、視界が明るくなっていく
走り抜けた先、小さな開けた空間に出る
そこの中央で僕らは僕らを追っていた「それ」と向き合う
そしてそれぞれゆっくりと武器を構えた
僕と共にいる少女・・・ルルはアニメに出てくる魔法少女のような可愛らしいデザインのステッキを構え、僕は自分の身長の二倍はありそうな槍を構える
それと同時に僕たちを追ってきていた「それ」・・・・巨大なオオカミ二匹が目の前に躍り出た
「ルル、戦える?」
「もちろん・・・ツカサは?」
「当然!じゃあ、いこうか!」
僕はオオカミへ向かい駆け出し、ルルは杖を構えてオオカミが動く瞬間を待つ
「はっ!」
オオカミに向かって槍を勢いよく突いた
槍は一直線に伸び、オオカミの身体を貫通する
それを見ていたもう一匹のオオカミは、僕を狙わずルルの方へ駆けていく
(・・・狙い通り!)
「ルル!」
「うん。「バインド」!」
ルルは杖をオオカミの前にかざし、術を使うために必要なコマンドを述べる
すると地面から鎖みたいなものが飛び出し、すぐにオオカミの動きを封じていく
「ツカサ、後はよろしく」
「任せて・・・ふっ!」
拘束されたオオカミに向かって槍を突く
これで終わり
オオカミは刺された瞬間に高らかに鳴き、そのまま生き途絶えた
そして狼たちの死骸は光となり、跡形もなく消える
代わりにオオカミの死体があった位置には少しばかりのお金と、アイテムが落ちていた
その光景を見ると、改めて思い知らされる
「・・・僕らは本当にゲームの世界に閉じ込められたんだなって、あらためて思うよ」
「未だに信じられないけど、現実」
落ちているアイテムを手に取ると、一瞬で消える
その光景にはまだ慣れない
一応、これでアイテムを取得したことになるらしいのだが・・・実感はない
「さて・・・これでルルのレベルが20を超えたかな?」
敵を倒し終わり、僕はそのまま地面に腰かける
ルルは遠くに落ちていたドロップアイテムをすべて回収してから僕の傍に腰かける
ついでに近くに生えていた薬草も採取している。流石だ
そして自分のステータス画面を見て感嘆の息をのんでいた
「うん。私もこれで20。ありがとう、ツカサ」
「いえいえ。それじゃあ街に帰ろうか。音羽姉さんも心配してるだろうし」
「うん。・・・!?」
ルルが後ろを振り向く
僕もつられて後ろを振り向く
そこには先ほど倒したオオカミの同種の群団がいた
「・・・倒した時の遠吠えで仲間を呼んだのかも」
「うわ・・・何匹いるんだよ・・・「あれ」を使うしかないかな・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫。ここなら問題なく使えるよ」
「ええっと「まじっくぽいんと」は?」
「十分。ルルは僕の側にいてくれる?」
「うん」
僕はもう一度槍を構える
「・・・メヌエット、力を貸して」
槍に頼むように囁くと、槍はそれに応えるように白く光る
先ほどまでの何の変哲もない槍とは見間違うぐらいに輝くそれ・・・「メヌエット」を構えて、一気に空へ押し出した
僕が虚空を貫くと同時に、メヌエットと同じ型の槍が無数に出現する
透明で触れられないそれは、どんどん空へ浮上していく
「全てを貫け!」
指示と同時に無数の槍はオオカミたちに向かって雨のように飛来していく
「ギゲッ!?」
全ての槍はオオカミの群れに突き刺さり、大量にいたオオカミは先ほどのオオカミのように、粉々になりながら無に帰った
「ふう・・・」
僕は息を吐いてから槍を収納し、表示されたリザルト画面を消す
「ツカサ大丈夫?」
「うん・・・ルル、今度こそ街に帰ろうか」
「その前にアイテム」
「ああ、そうだった。ちゃっかりしてるな、ルルは・・・」
「とうぜん。だってこれは、今の私たちが生きるのに必要」
「そうだね。あ、オオカミの毛皮が結構落ちてるね」
「金策にする?」
「一馬兄さんがいたら加工してもらうところなんだけどね・・・今は売ってお金かな」
「じゃあ、帰ったらオトハに相談」
「そのほうがいいね」
僕はルルに向かって手を差し伸べる
彼女は現実でも、このセカイでも迷いやすいからしっかり手を繋いでいないと・・・迷子になってしまうから
「ツカサ、これ、準備しておいたよ」
「ありがとう」
ルルは僕の戦闘中に用意しておいた「帰還の宝珠」を手渡してくれる
これに、行きたい場所を告げるだけで転移・・・なんて、本当にゲームなんだな
「うん。じゃあ、「帰還・メロディアズ」!」
宝珠に命令をすると、宝珠は僕たちの姿を光の粒子で包み、街への転送を開始する
僕らが今生きているこのセカイは、元々はゲーム
精巧に作られた建物も、木も全部作り物だったはずだった
半年前までは画面の外の世界
毎日のようにプレイしていた現実と仮想が入り混じる「ドリーミング・プラネット」
そのセカイの中に、僕たちは閉じ込められていた
始まりは突然で、どうしてこんなことになっているか分からない
でも、これだけは分かっている
ここから皆で出るために、僕が戦わないといけないということ
「・・・どうしてこうなったんだっけ?」
僕は転送中の短い時間で、あの日の事を振り返ることにした
そう、あれは四月のある日・・・桜が満開な日だった