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金の麦亭




 神具の研究。すべてのはじまりはそこからだった。

 かつて地上は神々の箱庭であり、玩具であった。

 適当に戦をさせ、魂を鍛え上げ、戦乙女の手により拾われる。

 そして、神々の世界の戦へと駆り出された。

 終わることのない闘争の遊びは、神々の手によって終焉を迎える。

 不滅であったはずの神々を、消滅させるための手段を作り上げてしまったからだ。

 こうして神々は滅び、地上は人間たちの手に委ねられた。

 しかし、人々の営みはさほど変わることもなかった。

 残された神々の道具、神具を巡って争いをはじめた。

 神具が力を失うまで、それは続くことになる。


 それがフレイの時代に残された逸話だ。

 ただの知的好奇心。ほんとうに神々は存在したのか、神具とはそれほどの力を持っていたのか。

 最初はそれだけの気持ちだった。






「ああ、ようやく着いたか」


 金に赤が混じった髪の女、フレイは、地面に立つとぐっと身体を伸ばした。ぱきぽきと骨が鳴る。

 白に毛先だけがほんのり黒い毛をもつ少年、フェル。世話になった農夫とあいさつをしてから、手早く荷物をまとめ、背負った。背負子を使って大荷物をくくっているが、その大きさたるや尋常ではない。フェルの身体の何倍もの量である。しかし、それほど重そうにはしていない。

 農夫はフェルからのあいさつを返し、そそくさと離れていってしまう。まるでふたりとは関わりたくないとでもいうような早業だ。

 町はそれなりに栄えている。入口の検問を抜ければ、赤茶色の煉瓦作りの町並みが広がる。門や石壁で囲われているような都市と比べればもちろんちっぽけなものではあるが、大通りを歩けば敷布に座って細々としたものを売る露天売りたちがずらりと並んでいる。剣を下げた荒っぽい男や、町民であろう町娘、荷車を自分でひいている者、ずいぶんと活気がある。

 フレイはフェルを気づかうことなく、すたすたと歩いていく。


「ご、ご主人さま、早いです」

「うるさい。急げ犬ころ」


 フレイの目的地はたいてい町の中心近くにある。それはすぐに見つかった。

 大きな看板には、馬車と道と剣が刻まれている。

 自由都市の交易のための駅馬車協会。通称、駅馬車協会。単に協会ということもある。

 白漆喰の造りのよい建物だ。扉をくぐると小鐘が鳴った。

 酒場と役所と商館を混ぜたような様相だ。依頼や相談、各種の手続をするための対面型の卓が正面にある。部屋の中央には大きな掲示板、依頼などがはりつけられている。あいた空間にはいくつもの椅子と円卓があり、さまざまな者がいた。

 フレイはまっすぐに対面卓に向かう。


「いま町についた。色々教えてほしい」

「かしこまりました」


 受付嬢はにっこりと微笑む。


「この町は雑用系と採集系の依頼が多いですね。野盗や魔獣の討伐などは少ないです」

「あまり実入りはよくなさそうだ」

「そのぶん、安全な依頼が多いのです。失礼ですが、会員証を見せてもらっても」


 フレイは会員証を卓に投げた。

 駅馬車協会の会員証とは、そのまま協会員としての意味と、身分証としての意味も持つ。

 なにができるのか、協会への貢献度はいかほどか、出身地や名前に年齢なども刻まれている。

 白銀、金、銀、銅、鉄、錫、木。素材の希少さに応じて、貢献度がわかる。

 銀の会員証なら上位の貢献度だ。商人ならば、商店持ちで安定した商いを営む者でなければ発行されない。傭兵であれば、数多くの護衛依頼を達成しなければならない。フレイの場合であれば、傭兵や冒険者としての依頼に、魔術師や錬金術師に薬学者としての貢献も足されている。


「まあ、やはりフレイさまだったのですね。めずらしい髪の色をなされているので、もしかしたら、とは思っていたのですが。フレイさまであれば、調合系の依頼も任せられますね。いかがいたしましょうか」

「いまはいい。先にそこそこいい宿と食事処を教えてほしい」

「そうですね、金の麦亭などはおすすめですよ。ちなみにわたしの実家です」


 くすくすと笑いながら、受付嬢はいった。


「堂々と身内の店をすすめるとはな」

「ええ、おすすめです。そちらの獣人の少年を差別するようなこともありませんし、食事にも自信があります」

「実家は継げなかったのか」

「兄弟が多かったので、必死に勉強して、駅馬車協会で働けるようになったんですよ。わたしの密かな自慢です」

「そうか」


 宿の場所を聞いてから、フレイは協会を出た。

 ずいずい歩くフレイの服を、フェルがひっぱる。犬耳がぴこぴこと動いていた。


「ご主人さま、お肉が食べたいです」

「石でも食ってろ、犬」


 フレイはフェルの頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。




「へえ、ここが金の麦亭か」


 木造のなかなか大きな建物をフレイが見上げる。壁や柱の状態から、年季が入っていそうだ。しかし手入れはしっかりとされているようである。

 中に入るフレイたち。

 一階が食事処で、二階より上が宿の、よくある造りのようだ。


「いらっしゃぁい。食事かい? 泊まりかい?」


 人のよさそうな中年女性。宿のおかみさんだろう。


「両方。先になにか食べたい」

「なら、そこらへんに座って待っててくださいな。予算はどのくらいかしら」

「味がいいなら小銀貨まで出してもいい」

「あらあら、お金持ちなんですね。さすがにそんな上等なお食事は用意できないので、大銅貨二枚でどうでしょう」

「じゃあそれでいい」


 受付卓に銅貨を置いて、フレイは近くの席へ。外套を脱いで、ローブ姿になる。

 フェルは背負子を床に置いて、ひと息つく。


「ふう」

「あー、疲れた、お腹空いた、だるい」

「ご主人さまは歩いてただけじゃないですか。荷車の上ではずっと寝てましたし」


 荷物のほぼ全てを背負っていたフェルはいう。


「お前は知らないだろうけど、魔術を使うと疲れるんだ。あのあほな傭兵集団をおっぱらうのに使っただろ」

「あれくらいならいつも平気な顔して使ってるじゃないですか」


 フレイはふんと鼻を鳴らして、行儀悪く卓に肘をつく。

 それほど待たされることもなく、おかみさんがお盆を持ってやってきた。


「とりあえず、汁物と果汁の水割りね。あ、お酒は飲むのかしら」

「麦酒、ぶどう酒、あと蒸留酒の果汁割りを順番に」


 大銅貨を渡しながらフレイはいった。


「あらぁ、ずいぶん飲むのね。だいじょうぶ?」

「飽きたらそこの犬ころに飲ませる」


 あたたかい汁物をきらきらとした目で見ていたフェルを指差した。


「あんまりいじわるしてあげないの。ね?」


 フレイはふんと鼻で笑う。

 おかみさんはため息をついて、厨房へと戻ろうとするが、フレイがそれを止めた。


「そういえば、食器は出るのか」

「木製のはともかく、金属のものは有料なの。それでもいいかしら」

「まあ、田舎町ならそんなものか。いい、自前のがある」


 フレイはローブの中から、食器を保管する小物入を取り出した。それを卓の上に乗せ、開いていく。

 銀のさじ、肉を切り分けるための小刀、突き刺すための三叉匙。織布を手前に敷いてから、それらの食器をきれいに並べていく。


「まあ、ひと財産ね」

「そうかもしれないな」

「そういえば、王都の店では金属の食器まで用意されてるんですってね。もしかしてあなたたち、王都からいらしたのかしら」

「そうだ。あと、世間話は食事を終えてからにしてほしい」

「あら、ごめんなさいね」


 おかみさんがあわてて席を離れていく。


「さて」


 木製の杯に入れてあるのは、果汁の水割り。柑橘系の香りがするもので、酸っぱそうだ。フレイは軽く一口飲んでみると、思いの外さわやかで口あたりがよく、飲みやすいものであった。

 続いて汁物をさじですくって口にする。肉と野菜の旨味がじんわりと広がった。肉は鶏、野菜は玉ねぎとにんじんに名前のわからない葉物が見える。汁は少し白濁しているから、おそらくは骨がらをじっくりと煮込んだものであると見当をつけた。わずかな塩気もいい。

 食事を楽しんでるフレイを、フェルはじぃいいと眺めている。尻尾はぶんぶんと左右に揺れて、犬耳はぷるぷる震えている。お腹がぎゅるぎゅる鳴ってもいる。

 にやにやと笑いながら、フレイはおいしそうに汁をすすった。


「はー、おいしい。ここの食事はあたりだ」

「ご、ご主人さま」

「んー?」

「は、はやく、はやく」


 おいしい食事に機嫌がいいフレイ。さきほどおかみさんからも、あまりいじわるをしてやるなといわれたところだ。


「食べていいぞ、犬」

「いただきます!」


 木さじを使って勢いよく食べるフェル。よほどお腹が空いていたのだろう。

 フレイは自分の木のお椀から、肉や野菜などをすくって、フェルのお碗に入れた。空腹の獣人少年に気を使ったわけでもなく、食べ飽きたからだ。汁物で腹を一杯にするつもりはない。

 そんな主人の気まぐれが、奴隷の少年には輝いて見えた。今日のご主人さまは機嫌がいい、もしかしたらお腹一杯食べられるかも、と期待が膨らむ。


「焼き肉と焼き魚、パンとお酒ね。うちの料理はこんなもんだよ」


 次の料理をもってきたおかみさん。大皿に盛られた料理を卓に置き、フェルの頭をぽんぽんと叩いてから、受付卓へと戻った。

 肉は、鶏のもも肉だろう。皮がぱりぱりに焼かれていて、実においしそうだ。魚は白身で、いくつかの香草と乳脂の匂いがする。なにやら衣がついてるので、パンくずをまぶしてから揚げ焼きにしたように見える。あとは、添え物として、じゃがいもの焼いたもの、生のトマトや茹でたほうれん草などがある。

 まずは主人であるフレイが、料理を切り分ける。だいたい一口大に分けたあと、小皿に乗せる。

 銀製の三叉匙で、鶏のもも肉を優雅に食べる。鶏肉というものはたいてい卵を産まなくなった年寄りを捌いたものだが、なかなかにやわらかい。ぶどう酒に漬けてから焼いたのだろう。文句なく美味であった。

 魚の揚げ焼きのほうも、さくさくほくほくでおいしい。魚自体は淡白であったが、乳脂の風味がよい。

 あえてゆっくりと食べることで、目の前にいるよだれを足らした犬をじらすのが、いつもの食事の風景だ。ごちそうであればあるほど、非常に残念なことに、フェルは待たされる。


「あー、おいしいなぁ。ぜんぶ食べちゃおっかなぁ」

「ううぅ」

「この鶏もも肉とか絶妙な焼き加減でいくらでも食べられちゃう~」


 ぽたり、ぽたりと落ちるよだれ。フェルはいくぶんか涙目であった。

 そんな時に、フレイの頭がはたかれる。


「だから、そんなちいさい子にいじわるするんじゃないの。はい、お酒のおかわり」


 おかみさんはさっさと離れた。フレイは舌打ちする。

 しぶしぶ小皿に料理を盛って、フェルの前に置いた。


「食ってよし」

「わぁあ!」


 フレイは夢中で食べるフェルを眺めながら、ちびちびと酒を飲んだ。


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