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 彼らは死んだ。腹に深々と包丁が刺さって、台所に転がっていた。


 私は事件から一ヶ月以上経った今も、台所に血の染みの残る部屋に一人で暮らしている。いや、正確に言うと二人で、なのかもしれない。


 彼らの葬儀に私は出なかった。警察や彼らの両親やアパートの持ち主との煩雑なやり取りで疲弊していたし、そもそも葬儀が行われたのかさえ知らない。彼らの両親は非常に面倒そうに私や警察に対応していた。


 私は婚約者が亡くなったと言って仕事を休み、重要参考人として任意の取り調べを受けた。そして彼らの死は結局自殺として処理された。包丁についた指紋や刺さった角度、それに彼らの病歴が決め手となったらしい。彼らは心療内科に長年通院していた。そしてそれは私も同じだった。


 状況からして、きっと晶は孝一に刺されたのだ。同時に、孝一も死んだ。ついでに言うと摩耶さんも死んだ。でも、死体は一つ。三人は傍目には同一人物だから。主人格の孝一、第二の人格の晶、第三の人格の摩耶さん。孝一は自分の腹に包丁を突き立てた事になる。さぞ痛かったろう、可哀想な孝一、可哀想な晶、可哀想な摩耶さん。


 彼らの頭の中で何が起こったのか私は知らない。でも真面目で潔癖な孝一の事だから、晶が許せなかったのではないだろうか。例え彼らが同じ肉体を共有していたのだとしても。


 孝一の中の三人の人格は、近頃は時々相互に話が出来るくらいには上手くやっていたらしい。孝一の話によると、晶は手癖も悪いし喧嘩っ早いしで昔は随分苦労したそうだ。だから殆どの時間を一人で過ごせるようにライターになろうと思ったという。孝一が足が地についた生活を送るようになってからは晶もすっかり丸くなって、ほとんど眠って過ごしていたと聞いていた。摩耶さんの事は結局良く分からない。彼女は孝一に言わせると「レアキャラで、法事の時しか会わない親戚のようなもの」という事だった。


 一方私の中の美紀と祥子はお互いに没交渉だった。幼い頃あった出来事、思い出したくもないから書かないが、それのせいで私の中には別の人格が生じた。祥子と名乗るらしいその人格は、簡単に男と寝る女だった。彼女は息を吐くように男と寝た。例えば親友の恋人と、先輩の夫と、同僚の義兄と、他多数と。その度に私は住居を移し、せっかく築き上げた人間関係から逃げた。


 同じ悩みを持つ私と孝一とはSNSで知り合った。周りに話の合う人はいなかったから、ネットで自分と似た様な境遇の人を探したのだ。ネット上で話すうち気が合って、実際に会う事になり、やがて同棲した。


 孝一と居る事により私の心は安定して、祥子はすっかり消滅したと思い込んでいたのに。孝一とネットでやり取りするにつれ彼女の顔を出す頻度が減り、少なくとも彼と会ってからは全く出てこなくなっていたのだから。

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