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ガチャリとドアが開く音がして、男が一人部屋に入ってくる。
晶と会うのが習慣になって十日が経っていた。私は切れ味の鈍くなった包丁を研ぎ終わったところだった。
「たのもー!!」
「普通に入って来られないの?」
「ほれ、山姥」
「誰が山姥よ」
晶はポケットから緑色の物を取り出した。四葉のクローバーだった。私のテンションは急激に上がった。包丁と砥石を片付けて、晶からそれを受け取る。
「懐かしい!」
「公園を四つも梯子したんだぞ。俺がしゃがんで探してたら、親がさりげなくガキを俺から遠ざけるんだよな。四ヶ所とも、いつの間にか皆いなくなってた」
「まぁ、成人男性が真っ昼間の公園をうろついてたら完全に不審者だろうね。でも、ありがとう」
私はその光景を想像して笑った。
「早速御利益があったぜ。来る途中で五百円玉見つけたんだ」
「今更だけど、良かったじゃん。私も小さい時良く探したよ。後から押し花にしたりしてさ。他にもゴム跳びとかやったな。ねぇ、この歌知ってる?」
私は歌ってみせた。
「いちりっとらーい、らいとらいとせ、しんがらほっけきょーの、うめのはな」
「全く知らん」
「鞠つき歌だよ。男の子は知らないかもね」
「ゴム跳びとか鞠つきとか、あんたいつの時代の人間だよ」
「平成でも普通にやったけどね。でも良かった、今日は犯罪の絡んでないプレゼントだから」
「今までのは助走だ。長い助走の方が高く跳べるってミスチルも歌ってるだろ」
「万引きが助走って、ミスチルの人に怒られるんじゃない? 孝一にお金借りれば良かったんだよ」
「返す当てないし、それじゃお祝いの意味がないだろ」
「説得力があるような、ないような」
晶と話していると、世界一無益な会話をしているようで心地良かった。私には孝一以外に話し相手がいない。職場の人達とはプライベートではなるべく関わらないようにしていたし、友人もいないからだ。
「あんた、四つ葉で満足したろ。これで一連のお祝い大作戦も終わりだな。美紀と会うのも多分最後だ」
「えっ」
私は絶句する。
「……お祝いのお礼してないから、もう一回だけ来てくれない? 明日、同じ時間に」
「無料の雑草のお礼とかいらねぇけど」
「だってもう会えないんでしょ、お礼と言うかお餞別だね」
「……しゃあねぇな、じゃあ明日な」
四つ葉のクローバーはその夜、押し花にする為にタウンページに挟んでおいた。
私は考えて、晶の餞別にはホットケーキを作る事にした。子どもの頃を思い出したからその流れだ。
晶に送るものは、物では意味が無いのだ。だから消えものにした。彼が来てすぐ焼けば良い。熱々の方が喜ぶだろう。夕食前だから、一枚だけ。
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しかし結局、ホットケーキを焼く事は私の人生で二度と無かったのだ。