4.空から落ちてきたもの
「で、お嬢様、これからどうします?」
「うーん。・・・とりあえず、おばあさまが昔住んでいたっていうカシュール共和国に行ってみようと思うの」
温室の倉庫にあった荷馬車に身を隠していた時は息を殺して私とアンは抱き合いながらお屋敷を脱出した。でも、『もう大丈夫だろう』とアレクに言われて、隠れていた箱から出てきた。荷台にはカモフラージュ用の薬草が詰められた箱がいくつかあって、私とアンはその間に座った。
アンもほっとしたようで、私と話す気力が出てきたようだ。
あまりにもあっけなくお屋敷から逃げ出せたので、ちょっと驚いている。上手くいってよかったという安堵と、お父さまにとって私って追う価値もなかったのかという気持ちが交錯して、なんとなくもやもやしている。あの指輪も、あっさりとイメルダの指に形をかえてはまったわ。お父さまもきっとイメルダを皇太子妃候補と認めたに違いない。いいえ。私。自分で決めたのよ。後悔よりも先のことを考えよう。何事も精一杯努力しよう。
あれ? 『カシュール共和国』と聞いてアンが腕を組んでしまった。
「カシュール共和国ですか」
なんとなくアンの声が固くなったような気がする。
「確かに、カシュール共和国って、皇国と比べたら、いろいろ問題があるって噂は知っているわ。でも、皇国からの干渉を受けずに暮らせる隣国ってカシュール共和国くらいしか思い浮かばないわ」
「そうですね。私にもいい案がありません」
アンが顔を上げて、私の手を握ってきた。
「・・・・カシュール共和国でも地の果てでも、私はお嬢様が行くところなら何処でもついて行きます!」
「ありがとう」
アンの突然の宣言に、嬉しくなった。アンの手の温かさに私の心も温かくなってくる。
未来はきっと素晴らしいものになると思える。
私は、イメルダから取り返したおばあさまの形見のかぎ針を箱からだした。やっと私の手元に戻ってきたと思うと顔がにやける。ふふふ。本当に嬉しい。
このかぎ針をイメルダに取り上げられてしまったから、皇太子妃選抜試験を受けることを了承したんだわ。選抜試験を仕方ないことだ。未来は灰色で、何の希望もなかった。そう考えると、イメルダのおねだりは、私が嫌なことから逃げ出す口実を作ったんだわ。
これでよかったんだと言い聞かせるように、そっと、かぎ針を撫でた。
「お嬢様、それが取り返したかったかぎ針なんですか?そんな細いもので何をするんですか?」
アンが私の手元を覗き込んで聞いた。確かに、普段編み物といえば2本の棒で編む方法か、指で編むのが主流だ。このかぎ針のようなタイプの針を皇国で見たことはない。
「そうね。アンは、おばあさまに私がかぎ針を習っているのところを見たことがなかったわね」
「はい。お嬢様が大奥様のところに行く時はご一緒しましたが、部屋の中までは入れませんでした。内緒話だからアンは待っていてねとおっしゃるばかりだったのですよ。
たまに一緒に行くアレクは中に入れてもらえて、ちょっと寂しかったです」
「おばあさまは内緒話がお好きだったから、寂しい思いをさせたのね。ごめんなさい。でもね、おばあさまはイメルダやお母さまにも内緒っていつもおっしゃっていたわ。だから、誰にも言えなかったの。」
「そうなんですか」
「私とおばあさまが温室の隠し部屋で練習していたら、ある日ひょっこりアレクが入ってきたのよ。『仕方ないわね。貴方も今日から仲間よ』っておばあさまがアレクを仲間に入れたのよ」
そうだ。このかぎ針のことは決して誰にも言わないっておばあさまと約束していたわ。でも、おばあさま、アンならアレクと一緒で信用して話してもいいわよね?
私は意を決して話すことを決めた。
「このかぎ針は、『精霊のかぎ針』っていうのよ。これで、編むのは魔力よ。」
「へ?」
「『魔力を編む』なんてこの世界では常識的ではないわね。でも、ほんとよ。魔力を編むことが出来るの。アレク、ちょっと止まってくれる?」
私は、アレクに荷馬車を止めるよう頼んだ。今荷馬車が通っているこの森の中には、きっと、魔力があるはず。私は、荷馬車から降りると、周囲に自分の魔力を広げてみた。そして、ぼわっと優しい魔力がある場所を見つけると、その方向に歩き出した。アレクとアンもついてくる。
しばらく歩くと、目の前にお花畑が広がった。白や黄色やピンクの小さな花が咲いている。その中心に、優しい魔力を出している白い花を見つけた。茉莉花だ。
私は、そおっと、茉莉花に近寄ると、ちょっと分けて頂戴ねとお願いをした。そして、持っていたかぎ針で、空中をくるくるっと回した。うん。いい感じ。魔力が針にひっかかった。あとは、そおっと魔力を引っ張りながら編むだけ。ここでは、小さな花にしよう。アレクとアンには魔力がないから、魔力を見ることはできない。だから、きっと、二人には、私が手元でかぎ針をくるくるしているだけにしか見えないと思う。今は簡単な花だから、こうやって、こうやって、ふふふ。久しぶりに編むのは楽しいわ。
「はい、できたわ。」
花のクロッシェが出来上がると、ふうっと息をふきかけた。すると魔力を見ることができないアンにも花のクロッシェが見えるようになった。今まで何もなかったところに白い小さな花が現れたので、アンがびっくりした顔で私の手を覗き込んで、叫んだ。
「素敵です!お嬢様。お嬢様にそんな特技があったなんて不肖アン知りませんでした!これからもたくさん見せてください!」
えへへ。私も初めておばあさまにこのクロッシェを教わってアレクに見せた時も、今のアンみたいに「すごい!すごい!」って叫んだっけ。あの時のアレクのことを考えると、きゅうっと胸が締め付けられる。ふう。私にとってアレクって、あのころは唯一の心を許せる友達で、アレクが笑ってくれるとすごく嬉しかったことを思い出した。そう、アレクがイメルダの護衛になる前の話だわ。また、ちょっと嫌なことを思い出しちゃった。あまり、上手に自分を変えられないものなのね。でも、きっといつか、イメルダのことも昔のことも笑って話せるときがくればいいわ。
・・・・・もう少し編んでいたいわ。
「アレク、しばらく編んでいい?本当に久しぶりに編むことができて、嬉しくて、楽しくて!」
「少しの間だぜ。俺が昼寝し終わったら出発でいいか?」
アレクはそう言うと、お花畑の中にごろりと寝転がった。荷馬車をずうっと走らせていたのだもの。疲れてしまったのね。ごめんなさい。そしてありがとう。
「もちろんよ」
「じゃ、私も荷馬車にもどって、その花を入れる箱となにか食べるものを持ってきます。」
「お願いね」
アンが、荷馬車の方に戻っていく。私は、静かな時間の中、小さな花のクロッシェを編むことに没頭した。
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それから、いくつクロッシェを編んだんだろう。ちょっと目が痛くなって、空を見上げた。真っ青な空だわ。雲一つない。あれ?真上に何かがきらっと輝いた。なんだろう?
「アレク。なにか、空の上で光ったような気がするの。」
「はああ?? ・・・・・・あぶない!」
真上で光ったものがかなりのスピードでどんどん落ちてくる。アレクがこちらに走ってくる。私は、慌てて結界魔法を唱えた。けれど、私の結界魔法はあまり効果がなかったのか、ソレは私の結界をすり抜けて、・・・・ぽすんと私の腕におさまった。・・・・ぽすん?
よくよく腕の中を見ると、それは犬くらいの大きさの空色の鱗をした生き物だった。な、なに?
「こんにちは!かわいいお嬢さん。この辺で、美味しそうな香りがしたんだけど~」
空色の生き物は、腕の中から顔だけ出して香りのもとを探そうともぞもぞした。
「ボクは空竜。いやあ、天気がいいので、ちょっと遠くまでお散歩をしていたら、とても美味しそうな香りがしてきて、思わず、急降下してきちゃった。・・・・途中意識を失いそうになったけど~」
「美味しそうな香り?」
「ええ、このあたりから・・・・・。あ・・・・、あった、あった。その箱の中!」
今、空竜って言った?竜なんて、人生で一度会えるか会えないかって生き物じゃない?普段、遠い北の山脈の向こうで過ごしているって聞いているわ。それが私の腕の中で喋っている??アレクとアンに助けを求めようと顔をむけた。でも、二人とも動けずにいる。竜に動けないようにされている?
空竜は、私の動揺などおかまいなく私が作ったクロッシェが入っている箱のほうをむいて鼻をひくひくさせている。
「この花のことですか?・・・・・おひとつ差し上げましょうか?」
「ありがとう!1つどころかみんな食べてしまいたい!
でも、そんなお願いをするわけにも・・・でも・・・ホント美味しそうな香りが・・・じゅる・・・・・。」
「・・・・・・お好きなだけどうぞ。」
私はにっこり笑って、竜をおろすと箱を竜の前に置いた。すると、竜は鼻を箱の中につっこみ、むしゃむしゃと食べ始めた。私とアンとアレクはそれを呆然と見ているしかなかった。




