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第5夜 対決

「ほぅあっ…」


悪魔は、上体を折ってうめいている死神をただじっと冷めた目で見つめていた。

天使の国への入り口がどの辺りにあるのか、行き着くまでにかかる時間も悪魔は知らない。

出来る限り、ここに死神を留めておく。

そのつもりでここに残ったのである。


ノッテ、ノッテ、ノッテ。


翼の無い死人形たちが徘徊を始めた。

悪魔はそれらを目にすると、軽やかな跳躍で白い像の台座に立ち、像の横に無理やり並ぶと、死神を見下ろした。

かなりのダメージになったらしく、鎌の柄に体重をかけてかろうじて立っている。

悪魔は背後の空を見やった。

もう見習い天使の姿も、コウモリの姿も見えない。

月と雲が斑に空に浮かんでいるだけだ。

空を徘徊していた翼を持つ死人形の姿も消えてしまっていた。

二人を追っていったに違いない。


ヒュン。

するどく空気を切り裂く音に、悪魔は思わず身を屈めた。

台座から思わず片足が滑り落ちる。


破砕される音と共に、白い像の頭がレンガ敷きの地面に落ち、鈍い音を出して砕けた。


「小僧…!何てことをするんだ…!」

「もう動けるくらい、よくなっちゃったんだ」


悪魔は体勢を直すと、上唇の下に長い犬歯をのぞかせて笑い声をあげた。


「小僧…、お前、悪魔か…!」

「や、今更気づくなんてありえないし。君さ、注意力不足してない?」


口元で笑みを浮かべながら、悪魔はまばたきもせずに、死神をケモノのような金色の眼で見つめていた。


「それって元々?それとも…星の子にやられちゃったの?」

「む…」


悪魔の目下のものに話す口調が、死神は面白くない。

見習いの天使より、少し大きいくらいの見た目は少年の姿なのだ。

思わず口を引き攣らせる。


「うん。返答に時間を要しているところから察するに、天然ってヤツなんだな」

「は?いや、違う!」

「まあ、どっちでもいいけど」


悪魔は目を細めてニコリと微笑む。

浅黒い肌に月光を浴びて、魔物の輝きを放ちはじめた。


「君にはさ、ここでしばらく逗留してもらうよ」

「お前、邪魔をするつもりか。はっ、悪魔が天使を助けるって?笑い種だな」


死神は背を正すと、鎌をしかと持ち直した。


「同じ闇に属する住民として、お前とは係わり合いたくはないが」


キラリ。

長く緩やかな曲線を描く鎌が月光に煌めく。


「私の仕事を邪魔するのなら、消すまでよ…!」


シュン。

白い光を引きながら、悪魔が立っている台座を鎌で砕いた。

周りを徘徊していた死人形は、死神の活躍に、まるで決められた設定のごとく体を向けるとポフポフと脱力した拍手を一斉に送った。


「はっ、力技だね」


悪魔は軽やかに宙を飛び、死神の背後の門の上に立った。


「あまり壊すと、ここの管理人が嘆くと思うけど?」

「ふん。嘆くとお前にとっては仕事が増えていいじゃないか」

「それもそうだね」


死神が鎌の柄で突いてきたために、悪魔は余裕のある顔つきで門の向こうへと飛んでいった。


「…馬鹿め…。自らそこに入っていくとは…。ふっふっ…」


内なる門の奥へと、死神もまた冷笑をたたえて段を降りていった。




「デコ、こっちで間違いないんじゃろな」

「うん。今は入り口がどこにあるのかハッキリわかるの」


天使の国の入り口を目指して、見習い天使は小さな天使を抱えて飛び、その隣をコウモリが飛んでいた。


「悪魔の国に戻る時みたいに、パパっと瞬間移動できないんじゃな〜」

「うん。もっともっと高いところにいかないといけないの」

「どのくらいなんじゃ?」

「え〜と、まずはあの雲より向こう…」


見習い天使が見ているであろう先を見つめ、コウモリはゲンナリとした顔つきとなった。


「は〜〜、遠いんじゃな〜〜」

「うん。でもあれよりもっと上」

「か〜〜〜っ!ワシ、体力持つんじゃろか」

「ジイ…は、どこまでついてくるの?」

「一応、入り口までじゃな。無事に通過したら、契約遂行じゃ」

「そっか」


コウモリがそんなに高く飛べるものなのか、見習い天使は心配になったが、今はそれどころではない。

小さな天使を抱えているせいもあり、非常に体が重い。


「ほれ、急がんと」

「うん、わかってる。でもチビちゃん抱えてるから重いんだもん」

「まぁ、天使の輪もなくなったから、力があんま出せんと思うんじゃけどな」

「ええっ!?そうなの?」

「当たり前じゃ! ただ光らせとくだけのもんじゃないじゃろ?」

「ええ〜〜〜!あ〜〜ん、困ったよう〜〜」

「もう今更じゃ」


時すでに遅し。

ずいぶん経ってから泣き言を言い出す見習い天使に、呆れきったコウモリであった。


上空の雲がどんどん大きく近づいてきた。


「これだけ高く飛ぶと、さすがに寒いんじゃな」

「う〜ん…?いつもそんなに寒くないんだけど…」


冷たい空気が辺りを漂う。

斜め上を見つめていた目を、ふと冷気を感じる真下へと向けた。


「ひゃああああ!!」


間近に、あのくりぬいただけの無表情の顔があった。

翼を持った死人形の白く四角い体が、音もなく近寄っているところだったのである。

見習い天使とコウモリは、急遽体を捻って上昇してくる死人形を避けた。


「あ、あぶなかったぁ」

「気を抜くんじゃないじょ。アイツ結構すばやいんじゃ」


同じ大きさの翼とはいえ、見習い天使の腕の中には小さな天使がいる。

かたや大きいとはいえ、中身に重さを感じない死人形はどう見ても軽い分速い。

いかつい体のせいで、やや空気抵抗があるくらいなのだ。

天使の国の入り口まで、まだ距離がある。


フッと背後が冷たくなった。


「デコ、後ろじゃ!」


見習い天使は速度を殺し、上からの攻撃をかわす。

掴まるわけにはいかない。

夜明けまでに、天使の館にこの小さな天使を運ばなくてはならないのだ。

一つ目の雲を突き抜けた。


「あれ?アイツ、どこ行ったじょ?」


白い雲が辺りに広がり、白い死人形の姿が見えなくなってしまった。


「入り口はもっと、もっと上なの。ジイ、まずは行こう」

「ジイ!」

「ジイ、ジイうるさいじょ!」

「下よ、下〜〜〜〜っ!」


まるで綿菓子のように雲を突き破って死人形が現れた。

それはコウモリの真下。

見習い天使は、コウモリに向かって飛び込んでいき、自由になっている右の手を伸ばし、コウモリを張り飛ばした。


「ごふぉっ!」


小さなコウモリは衝撃に回転しながら落ちていった。


「うあ…!」


そして見習い天使は勢いを落とす間もなく、死人形にぶつかった。




勢いあるまま体当たりとなった死人形の体は、見たままの感触だった。

スベスベしていて、それでいてスポンジのようにふんわりとしていた。


「ああっ、冷たい…っ!」


接触している頬が冷えて、見習い天使は右の手で必死に押す。

そして翼を羽ばたかせる。


「離してっ!」


いつの間にか掴まれた両方の足首の冷たい手の感触に寒気が走る。

どこから伸びてきている手なのか、考えるだけでも気持ちが悪い。


このままだと取り込まれてしまう。


「うあああ、お願い、離してえっ!」


だが、死人形は目的のものをとらえたことに歓喜したように目を発光させ、更に多くの手がその体から伸びてくる。


「嫌〜〜〜っ!」


両側から伸びた複数の白い手が、もがく見習い天使と抱えている小さな天使を抱えるように覆う。


「っく、くるし…」


背後からの強い締めつけに、胸に抱く小さな天使がつぶれないよう、見習い天使は必死に右の手で支えていた。

二の腕は大きく震え、もはや限界寸前であった。


「ふ、ふぇあ、ふぇあ」


あまりの苦しさに、小さな天使が泣き出した。


「チビちゃん…」


これもまた自分の失敗だ。

泣いている小さな天使のために、もう何もしてあげれないのだろうか。

歯を食いしばって、見習い天使は空間を作るべく身をよじる。

だが、身動きひとつできなかった。


悔しい。

入り口はあともう少しだというのに。

星の子との約束を、何としてでも叶えたかったのに。

涙があふれて、悔しさに紅潮した頬を滑り、死人形の白く冷たい体に降っていった。


ビクリと突然死人形がけいれんするかのように体を大きく揺すった。


「っ!?」


大きく揺れるたびに、体の中から男女の様々な声で悲鳴が上がった。


「な、にっ!?」

『た…す…けて…』


悲鳴に混じり、かすかな声が届いた。

それは少女の声。

その声は聞き覚えがあった。

街の中で、死人形と接近したときに耳にしたのと同じ声である。

白い手がゆるんだことに、顔を上げると、くりぬいたような四角い口の奥に、あの時と同じ小さな手が姿を見せていた。


『たす…けて…』


これは中にいる天使の声なのだろうか。

見習い天使は迷った。

今の死人形の状態なら、この腕の中から何とか抜け出ることができるかもしれない。

心の奥に振動してくるこの声を、無視していくことができるだろうか。

もし考えが間違っていたら?

更にこの状況を悪化させてしまったら?

この手が、死神が仕掛けた何かだったら?


「ああっ、どうしたらいいの…」


救えないとキッパリ言い切った悪魔の顔が脳裏をよぎる。

そして、天使の館を出発する時に見た上官の天使さまの顔が、あの時かけられた言葉がまるで今言われてるように聞こえてくる。


『…お前が思う通りに…迷う時も思うままに決めなさい…』


いつも厳しいばかりの上官の天使さまが、自分を案じてかけてくれた一言だ。

不安に揺れていた心が一瞬にして静まっていった。


見習い天使は、思うままにその白い指先を掴んだ。


「うあ…!」


まるで天を切り裂く雷のような衝撃が指先から足のつま先まで通っていった。

ショックに体が勝手に大きく波打った。

それは死人形の方にも同じく、大きな体の隅々に衝撃が広がっていった。

大合唱の悲鳴が一斉に上がり、覆っていた白い手がはじけて、脱力した状態で何本も下がったままとなった。

内側からのうめき声が止まらない。

死人形はもこもこと膨らみ始め、これ以上には膨れないというところまで膨張すると、死人形の体ははじけた。


「うあああ!」


衝撃に見習い天使は目をつむった。

小さな天使を抱え、白い指先を掴んだまま、大きく体を揺すられた。

揺れがおさまったことで、見習い天使は恐る恐るうつむいていた顔をあげ、目の前の光景に愕然とした。


自分が掴んでいる白い指の持ち主の姿が目の前にあった。

白さを通り越し青ざめた顔をした、自分と同じ見習い天使であった。

まだ少女のふっくらした頬に、血の気の無い形のよい唇。

閉じた目の睫毛は長く、二重のラインも入っていた。

天使の輪をいただいている頭は、見習い天使の証である肩までの長さの髪が覆っている。

自分とは違う、サラサラと流れるような金髪だ。

そしてその片手には、自分と同じく小さな天使を抱えていた。


「何てことなの…!」


あまりの変わり様に、涙が自然と滲んだ。

小さな天使のきゃしゃな首は落とされ、固定するべく頭の上から胸の真ん中へと杭が打ち込まれていた。

その先には大きくごつい錠前がかかっていた。

錠前には沢山のチェーンが下がっていた。

ゆらゆらと浮かんでいるチェーンの先には、11人の魂が、同じように首を狩られ、杭を打ち込まれ繋がれている。


「何てひどい!何てひどいの…!」


冷たく、まるで氷のように冷え切っている指先に力を入れて握り締めた。


「死神!何て、何てひどいことをするのよ!!」


死人形を意のままに操るために、狩った魂に杭を打ちこんでいたのだ。

小さな天使にしては、翼が大きかった理由。

運んでいた見習い天使ごと死人形に仕立てていたのである。

これが翼のある死人形のからくりであった。



「ここは…」


内なる門の奥に広がる光景を目の当たりにして、悪魔がつぶやいた。

月の光に照らし出されたそこには、石で作られた四角い墓碑の他、十字架の形をしたものなど様々な形のものが、時を刻んだ様子で鎮座していた。


「ただの庭園じゃなかったのか」

「お前たちは気がつかなかったようだな」


背後から死神が低い階段を下りてやってくる。

その後ろからは、死人形たちが一斉に古びたレンガの門をくぐろうと目詰まりを起こしていた。

悪魔は、まるで風にのるように飛び上がり、大きな墓碑の上に立ち、すぐに死神へと体を向けた。


「実に美しい場所だと思わないかい?」


死神は悪魔が上がっている墓碑の前にやってくると、手を伸ばして墓碑を撫で上げた。


「この四角いフォルム…。掘り込まれた左右対称の模様の絶妙な配置…。そしてこの白さ…」


陶酔しきったそのつぶやきに、悪魔は片眉を上げた。

死神の後ろに並ぶ死人形は、その趣味を反映しているようなのだ。

理解できそうにない死神の好みに、悪魔は呆れきってため息をついた。


「ふふ…ククク……」


静まりきった墓地に、死神のくぐもった笑い声が響き渡る。


「実にもったいない…。だが…受けた仕打ちを返すためなら致し方ない」


死神は言い終えると、長い鎌をくるりと回転させてから、鋭く月の光を反射する穂先を悪魔に向けて構えた。


「地の利は我にあり…!死の床に伏すものどもよ…、我が意に従え…!」

「地の利…?」


死神が口上を述べて、すぐに何も起こらなかった。

死神が現れてから、虫の音は絶えたままだ。

悪魔は周囲の気配を探る。

場の空気は冷ややかなものに変わってきている。

何を仕掛けてきているのか、悪魔はその瞬間を待った。





「…で、君はさ、何をしようとしてるんだい?」


あまりに何もおこらなくて、悪魔は半分あきれ返ったように死神に問うた。

このままにらみ合ってるだけでも充分時間が稼げるのであるが、あまりにも退屈すぎた。


「四の五のうるさい小僧だね。その生意気な口を今塞いでやる…!」


神経を逆撫でされたのか、死神はやや乱暴に鎌の柄でトントンと地面を打った。


「起きよ!死の床に臥すものどもよ!」


「………」


反応の無さに、死神の仮面の下に出ている薄い唇が苛立ちに歪む。


「ちっ。墓が古すぎて寝ぼけてるのか。…仕方ない」


背後でユラユラと体を揺らして、階段にきちんと二列に並んで待機している死人形を、死神は振り返る。


「さあ、可愛いお人形さんたち、にぎやかな踊りをみせておくれ」

「は…?」


悪魔が唖然と口を開く中、死神が顎をしゃくるようにして告げると、待ってましたとばかりに、死人形たちが階段をノッテ、ノッテと下りてきて、墓地の周りを囲み出した。

死人形総出で囲むと、皆、きちんと姿勢正しく、場の中心にいる悪魔を見るように並んだ。


『キャーーーーーーー』


闇夜をつんざく奇声が、墓場をぐるりと囲んだ死人形から聞こえ出した。

老若男女、様々な声がいりまじっていて凄まじい。


何かのミュージックを奏でているのか、死人形は四角い体を左右に揺らし、手を叩き、足を踏む。

ゆるくのろい動きから、次第にそれは小刻みにビートを刻んでいく。

皆そろっての動きなために、異様な雰囲気である。


「ああ…、いいよ…、素晴らしい…」


悪魔が立つ墓碑の下で、死神はまた陶酔しきった顔で、頭を揺らしていた。

リズムを足でとっているのか、死神のマントも揺れている。


「さあ、次は華麗なるタップだ。美しく、足並みを揃えるんだ」


手を高く掲げて、死人形へ次なる指示を与える。


『キャーーーーーーー』


まるでトランペットのように一斉に奇声があがる。

声は抑揚をつけて高く、低く、高く、そして、墓地を囲む死人形総出のタップダンスがはじまった。


「…うるせ〜〜〜…」


さすがの悪魔も、このあまりの騒々しさに耳を塞ぎたくなってきた。

まぬけな様相の死人形が、大勢で歌い踊っているだけでも目障りだというのに。

続けざまのステップに、ズン、ズンと立っている墓碑まで振動してくる。

あの重さのない体にしては、たいした運動量である。


「よ〜し、そろそろ踊りに参加したくなってきただろう?」

「ならないね」


死神のささやきに、悪魔はきっぱりとうんざりした声で言った。


「はっ。小僧に聞いちゃいないさ」

「?」


死神の仮面の下の口元がほころび、白い歯がこぼれた。

ああ、死神の犬歯は人と同じで長くないんだな、などと悪魔は見つめていた、その時だ。


「ジャック」


右手側にある墓碑を、死神は白く長い人差し指で指差し、名前を読み上げた。


「踊りたくなったら、挙手だ」


死人形ではなく、死神は小さな墓を指差し、まるで人に話すように話しかけた。


「何を…?」


死神は悪魔のつぶやきを無視して、何かの声を聞き取ってるのかゆっくりとうなずく。


「もちろん、他にもお前たちすべてを招待するよ。ああ…、ローズマリー、お前の墓碑のデザインは最高に素敵だ」


死神は、今度は左側にある薔薇に囲まれた白い墓碑を見つめて言った。

その白い墓石には、他の墓石にはない美しい花の絵が彫りこんである。


「さあ…!今宵は満月。美しい月のもと、私のために踊っておくれ…!」


死神が、鎌を高く掲げる。

月の光をうけて、それは冷たく反射する。


『キャーーーーーーー』


死人形の奇声がさらに盛り上がるように音量が上がる。

繰り返しタップが打たれ、地面が振動する。

最高潮にその音量が上がった時である。


ボゴッ。

ボゴッ。


「っ!?」


周りにある墓碑の前が盛り上がり、白い骨の手が黒い土の中から突き出てきた。


「おお、いい子ばかりだ。寝てばっかりだと、退屈してただろう?今宵は軽やかに踊らせてあげよう」


墓下に永の眠りについていたはずの人々が土を押し上げ、すでに朽ちた体で起き上がってきた。

肉はすでに風化して無く、白い骨の頭には、かつて生きていた名残の毛髪をぶら下げている。


「…こんなことが君にできるとは…」


悪魔の驚きに満ちた声音に、死神は満足しきった顔で見上げた。


「ふっ、手に入る魂は限定だが、この世に置き去りになる体は我ら冥府人の支配下だ」

「さあ、準備は整った。くっくっ、」


騒がしい一団に囲まれ、悪魔は眉間にシワを浮かべて息を飲んだ。



「……アホか、コイツら…」


緊迫の数秒後、悪魔は吐き捨てるようにつぶやく。

一向に攻撃してこないのである。

まるで強張った体をほぐすように、墓場から這い出てきた骨たちは、体を揺すり、死人形が奏でている音に身を揺らすばかりであった。

騒々しいダンス会場に、場違いで呼ばれた者のように、悪魔はげんなりした顔で肩をすくめた。


「さあて、小僧。お前にも、そろそろ一緒に踊ってもらおうか」

「や、遠慮しておく」


眉をひそめ、悪魔はさも嫌そうに断りを入れた。


「ふん。遠慮は無用だよ…。何しろ小僧、お前は主賓だからねぇ」


ブン。

死神は、そう言うなり鎌を真横に振ってきた。

足を払うように飛んできた鎌を、悪魔はふわりと飛んでかわす。


「何だよ、主賓と言いながら、随分なやりようだね」


更に戻るように振ってきた鎌を、悪魔は屈んでしのぐ。


「お前が退屈そうにしているから、楽しませてあげようとしてるだけだ」

「どうだか…。はっ!?」


次なる鎌の攻撃を、ジャンプしようとした悪魔は、サイドから伸びてきた骨たちに足首を掴まれた。


「くっく、これは避けれるかな」

「ちいっ」


悪魔は胸の前で腕を勢いつけてクロスさせ、両手の鋭く伸びた爪先をさらに伸ばし、円を描くように、空気を切るように腕を振った。

足首を掴んでいた腕が、真っ二つに切れて、足首を掴む手から離れていった。

そして、黒い翼を背中に出して、死神が繰り出す鎌を飛んで避けた。


「ああ〜…、腕を切り落とすなんて、ひどいヤツだな、お前は」

「ひどいヤツで結構」


悪魔は羽ばたきながら、足首についたままとなっている指を離そうとする。

だがそれは、しっかとブーツの靴に食い込んでしまっていてとれない。


「…これ外せよ、キモイから」


ただの骨だけでなく、生前からしてると思われる金の指輪が指に不気味に光っていて、気味が悪かった。


「キモイだなんて、死者を冒涜してるねぇ、許せないよねえ…、生きているものにしか興味の無い悪魔は…!」

「ふっ!?」


死神が話し終えた途端、腕を落とされた骸骨の空虚に陥没している目がピカリと光った。

足首に巻いている手が急にその骸骨たちに向かって引っぱられていく。

悪魔は力強く羽ばたく。

だが、両足を引く力は物凄いものであった。

徐々に地面へと引き寄せられていく。


「ぅっく…!」


悪魔の顔が痛みに歪む。


「ぬぅ…!」


悪魔は小声で何か早口でつぶやいた。

握った両拳を振り下げた時、灼熱の炎が下で待ち構える死者たちを襲った。




悪魔の真下で切られた手を引っぱっていた死者たちは、悪魔が放った炎に飲まれ、無言で白い骨の体でもがいた。

炎の中で、骸骨が歯の並んだ顎を開け閉めしている。


「落ち着くんだ、お前たち。その炎でお前たちは燃えたりしない」


トントンと地面をたたく鎌の柄の音と、死神の声に、もがいていた死者たちはハッとした様子で動きを止めた。

途端に炎は消失した。


「ふうん…」


先ほどから立っていた墓碑の上に舞い降りると、悪魔は面白くなさそうに口を歪めて肩をすくめ、早口で何かを唱えた。


「じゃあ、君にも試してもらおうか」


悪魔は拳を振り上げ、そして死神に向けて振るようにして炎を放った。

両拳から流れるように飛び出し、一つになって膨らんだ炎の塊が、死神を襲う。


「むう…!」


死神は鎌で炎を切り捨てたが、炎は勢いを弱めずに死神を覆った。


「はぁう…!あっつ、あっつ…!」

「よ〜く燃えてるみたいだなぁ…」


悪魔は不敵に笑い、死神は炎の中で身悶えする。

オレンジ色に燃える炎の中で、ようやく意識を集中して、死神は炎を消し去った。

鎌の柄に体重をかけ、荒く呼吸を繰り返す死神に、悪魔が小ばかにしたように微笑む。


「やっぱり効かないみたいだね」


悪魔が放つ炎は、体ではなく精神に効く。

恐怖に飲まれれば、体はダメージを受けるのだ。

攻撃にどうみてもダメージを受けた死神を、悪魔はせせら笑った。


「ちい…!生意気な口ばかり聞いていると、小僧、予定している倍は痛い目に合わせるぞ」

「予定している倍?君が?」

「その口の聞き方、気に入らないね、小僧…!」

「ふん、体が小さいからといって、上からな言い方もどうだと思うけど?年若い死神さん」

「黙れ!」

「やだね」


死神は薄い唇を歪めると、長い鎌の柄を伸ばして突いてきた。

悪魔はヒラリと空に舞う。

鴉のように黒い翼がしなやかに風をおこす。


「無理だって」


呆れたように、悪魔がつぶやいたときだ。

死神がマントの裾を翻しながら、今まで悪魔が立っていた墓碑を踏み台にして高く飛んできたのだ。

大きく振りかぶった鎌を悪魔に向けて振りさげる。

羽のある余裕で、悪魔はさらに高度を上げた。


「ジ・エンド」

「は?」


気づいた時にはすでに遅かった。

まるで鳥籠のように、墓地を囲って立っていた死人形たちがあるだけの腕を細く長く伸ばしていたのだ。

無数の腕に悪魔は捕らえられ、地面に落とされ真下にあった墓碑を砕いて押さえつけられた。


「ぬあ…っ」


落とされた痛みもすざましかったが、白い手に触れている体がまるで凍りついてしまいそうだ。

囲まれているために、悪魔が吐く息さえ、その冷気に白くなるほどである。


「ふっふ。どうだい?私のお人形さんの手触りは…?」


月を背後に従えて、死人形の間から覗き込む死神の顔はひどく満足そうに歪み、唇には冷笑をたたえていた。


「私をみくびるから、こういう目に合うんだよ。さあ、私の可愛いお人形さんたち、夜食をあげようね」

「うあ…!」


周りを囲む死人形の目と口が黄色く点滅をはじめた。


「悪魔のエネルギーは、さぞかし美味しいだろうねぇ」


急激に体の力が抜けていく。

代わりに冷たいものが体に沁み込んでくる。

悪魔の凛としていた眼差しが、次第に弱まりかろうじて薄目をあけるので精一杯となっていった。


(まずいな…。力が抜ける…)


めったにかいたことのない冷や汗が首筋を流れるのを感じた。


「…う…」


瞼が重くて、今にも意識を失いそうで、それでも悪魔は体をよじり続けた。

動きを止めたらそれきりになってしまう。

苦悶の表情でもがく様を、しばし愉快そうに見つめていた死神は、数体の死人形を退け、悪魔のまん前に立った。

虚ろな瞳をしてあえいでいる悪魔の顔を、屈むと片手で掴んで正面に据えた。


「小僧…、これに懲りて、もう手を出してくるなよ」

「…やな…こった…」


息も絶え絶えに、悪魔はかすれた声を出す。

死神は息を漏らして唇を歪めると、悪魔の頬をするどく張った。

打たれた頬は充血してほんのりと色づき、唇の端が切れて赤い血が流れはじめた。


「ほお…。赤い血が流れているのか…。面白い。どこまで人と同じなのか知りたいねぇ」


死神は悪魔に顔を寄せ、唇を染めている血の溜まりをゆっくりと舐めあげた。


「や…めろ」

「ふ〜む、ちょっと成分は違うようだな」

「…キモイことすんな、このバカ…!」


死神は、懐から手帳を取り出すと、何やらメモをとり始めた。


「興味深い。なるほどね〜…」


ブツブツ言いながら、サラサラと書き取っていく。

手をとめると、また悪魔の前に詰め寄った。


「…何…だよ?」


死神は鎌を死人形のひとりにもたせると、悪魔のマフラーをほどき、ハーフマントの止め具を外した。

中に着ているやわらかな白いシャツの首元を絞めている赤黒いリボンを手馴れた様子でほどいていく。


「何してんだよ…!」」


力が出ない上に、白い手で押さえつけられ、悪魔は大した抵抗が出来ない。

悪魔の顔色と同じ、浅黒い皮膚の胸元が月光のもとにさらされる。


「やめ…」

「ちょっと興味あるんだよねぇ。この胸を切り裂いたら、人間と同じく心臓があるのかなって」

「な…?」


悪魔は焦点の合わない目を揺らめかした。

死神は笑みを浮かべ、手帳を出したように、また懐に手を入れた。

そして取り出された小さな小刀が、悪魔の目の前で月光を浴びて煌めいた。



続き頑張ります…





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