元勇者、道を拓く
すったもんだあったが、無事に旅の泉がある洞窟へと辿りついたオレとメリエちゃん。
が、しかし……
「な、なんじゃこりゃあああぁぁぁーーー!!!」
「これは……前まではこんなもの無かったですよね?」
今まで旅の泉へと繋がっていた道が、見事に大きな岩で塞がれていたのだ。
「何でこんなことに……」
いや、確かにもともとこの道は塞がっていたらしいのだが、親父が魔王を退治しに行く際に『魔法の宝玉』とかいうマジックアイテムで道を拓き、以後はそのままになっていた。オレも以前ロメリアまで行った時は何の苦労もなくここを通過したし、メリエちゃんもそれが分かっているからお使いを引き受けたはずだ。
しかし、実際はこの通りである。
メリエちゃんと揃って茫然としていると、先ほどから意味深にこちらをチラチラと伺っていた旅の商人らしき男が話しかけてきた。
「あの……もしやアジアハンの姫、メリエ様では?」
ってそっちかーい! そこは(元)勇者であるオレに話しかけてきて欲しかった。……まあ冴えない男と見目麗しい少女だったら、オレもそっちに話しかけるけどさ。
「えぇ、よくご存じですね。私はあまり外に出ないのですが……」
「職業柄、王宮に出入りすることもありますれば、その際に何度かお見掛けすることがございました」
少し余所行きの口調で答えるメリエちゃんに、そう応じる商人。なるほど、それで彼女のことを知っていたのか。しかし、滅多に外に出ないお姫様に知名度で負ける元勇者……。
「ところでこの道は確か拓かれていたと思いますけど、何かご存知でしょうか?」
精神的大ダメージを負ってしまったオレに変わり、メリエちゃんが代わりに事情を聞いてくれる。
「えぇ、実は少し前に魔法使い然とした老人が現れ、魔法で岩を動かしこの道を塞いでしまったのです」
「魔法使いが? 何でそんなことをしたのかしら……」
「仔細は分かりかねますが、何やら『この道のせいで、ワシの役割が……』と呟いておりました」
「あ……」
「どうしました、アレンさん?」
「いやぁ……」
オレは昔おふくろから聞いた親父の勇者伝説という名のノロケ話を思い出していた。
何でも親父が魔法の宝玉をもらった相手というのが、確か偏屈な魔法使いの爺さんだったと言っていた気がする。もしかすると、その爺さんが魔法の宝玉を誰かに渡すためにわざと道を塞いだのではないか? そんな推測をメリエちゃんに話してみた。
「まさか、そんな……」
「だよねーそんな理由で多くの人たちの移動経路を塞ぐわけないよねー。そんな寂しいから構って欲しくて、わざと面倒事を起こすみたいな、そんなことする訳ないよねー」
「ぶえっくしょい!」
オレとメリエちゃんの会話を余所に、商人が風邪でもひいたのか盛大なくしゃみを放っていた。
「でも、どうしましょう? その魔法使いのお爺さんを探しますか?」
それでも良いんだけど、お使いが遅れてしまうとメリエちゃんも困るだろう。だから、ここは……
「てい!」
目の前の岩を適当に殴りつけると、魔法の宝玉もかくやという勢いで木っ端みじんに砕け散った。と同時に、どこかの老人の生きがいを奪ってしまった気がするが、今回の目的はメリエちゃんを無事にロメリアまで送ることにある。ここで余計な時間をかけている暇はないのだ。
「じゃあ行こうか、メリエちゃん」
「……っは! はい、そうですね!」
驚きのあまり茫然自失としていた彼女だが、声をかけると我を取り戻した。
「じゃあ、商人のおっちゃんも有難う。これでロメリアまでの道が再開通したから、商人仲間にも伝えておいてくれ」
「あ、あぁ……分かったわい」
「お世話になりました」
メリエちゃんもさすがお姫様と言わんばかりの優雅な礼をもって商人に別れを告げた。
さて、問題はクリアされた。目指すは因縁の地、ロメリアだ!
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そうしてアレンとメリルが去ってしばらくした後、自分が用意した大きな岩が無残にも砕かれたショックからようやく立ち直った商人が茫然と呟いた。
「なんじゃぁ……あの化け物は……」
そして、その姿がみるみる内に変化していく。どこにでもいるような普通の中年男性商人だった外見が、年老いた魔法使いの男になったのである。
「王女が城から旅立ったと聞き、せっかく手間をかけて準備しておったのに……」
そう、今回の一見は全部この魔法使いの自作自演だったのである。
本当ならば姫が困り果てたところで自分のうわさ話を聞かせ、自分のところに立ち寄らせることで存在を再確認させ、また多くの冒険者が自分のところに魔法の宝玉を求めてくれることを夢見ていたのだ。
しかし、その夢は目の前の岩の如く木っ端みじんに打ち砕かれたのだ。
「あの小僧め……余計なことをしくさってからに……。このままでは一人寂しく孤独死してしまうわい。あんな小僧に破壊されんように、もっと強力な岩を硬化させる魔法でも研究せんとな……」
ブツブツとアレンに対する恨み言を吐きつつ洞窟を去っていく魔法使い。自身は気付いていないが、実は孤独に死する彼の運命がこの出来事によって大きく変わったのだ。硬化魔法の研究に熱意が向けられることによって新たな生きがいが生まれ、その寿命を大きく伸ばすことになる。
そして、この硬化魔法の研究によって後の世に大きな影響を与えることになるが、それはまた別の話なのである。