勇者、クビになる
「おお、勇者よ。やられてしまうとはなにごとだ」
そう言うのはこの国の王、ラルフ16世。
いや、何事かも何も普通に魔物に負けたんだが。
ここにもどされる度にそう言ってんだからいい加減分かって言ってるだろ?
っていうかもう煽ってるだろ?
次に言う言葉も分かってるぜ。毎回同じこと言われてるからな。
「しかたのないやつじゃ。おまえにもう一度機会を与えよう……とでも言うと思ったか!」
……あれ? なんか想像してた言葉と違うんだけど。
ちょっと台本通りのセリフ言ってくれないとオレの立場ないんだけどーっていうか、マジでどういうことだってばよ。
「父親が魔王を倒した英雄だからといってお前を次代の勇者に選んだワシがバカじゃった……。今この時をもって、お前から勇者の称号を剥奪する!」
……は? いや、おいちょっと待ってくれよ。
今まで必死に、それこそ命懸けで魔物と戦ってきたのにそれはねぇよ!
「もはやお前がこの城にいる意味もない。早々に立ち去るが良い」
王がそう言うと、有無を言わせず衛兵が二人がかりでオレの両腕をガッチリホールドした。振りほどくことは出来そうだが、下手に抵抗すると国家反逆罪とか言われかねない。
仕方なく流れに身を任せると、そのまま城門の外に放り出された。
「ほら、もう来るんじゃないぞ。俺たちも忙しいんだ」
今まではやたらヘコヘコしていた兵士達だが、オレが勇者でなくなった途端にこの態度の変わりよう。
所詮は権力の犬どもか。
……まあオレが同じ立場でもそうすると思うけど。
「しかし」
生まれた時からずっと勇者になるものとして育てられ、どうせ将来が決まっているならと何もしてこなかったのだ。今さら他の生き方を探せと言われても正直困る。
「どうすっかなー……」
呟きながら空を見上げる。鳥がのんきにピーヒョロローと鳴いていた。
世界はこんなにも平和だ。それもこれも親父が命懸けで魔王を倒してくれたからだ。
だから今の時代には、もう勇者は必要ないのかもしれない。
「はぁ……」
何か急に何もかもがどうでも良くなってきた。
どうせこのまま家に帰っておふくろにあるがままを話しても泣かれるだけだろうし……
「勇者クビになった記念だ。一杯やるかぁ!」
こんな時は飲むに限るぜ。という訳で
ルイーズの酒場。
国の入り口付近にあるこの酒場は、本来旅に出る冒険者が仲間を集める場所である。
だがオレはこの酒場を仲間探しに使ったことはない。何故ならば――
「たった200ゴルぽっちで仲間が雇えるかってんだ! 何考えてんだあのハゲ。子供の小遣いじゃねぇんだぞ!」
そう、オレが最初に旅立つ時に王が寄越した金はたった200ゴルだった。
これが具体的にはどの程度の価値なのかというと、銅で出来た剣が一本買えるくらいだ。
そんなはした金で命を駆ける旅についてきてくれる仲間なんか雇えるわけがない。
雇えても数日が限度だろう。
これから世界を救う旅に出ようっていう勇者に対する支度金とは思えない。
あぁ、ダメだ。酒を飲んだらますます腹が立ってきた。
「あはは、ほんとだよね。はい、アレンさんおかわり」
「おぉ、ありがとうリンカちゃん!」
そんな飲んだくれの元勇者アレン――まあオレのことだが――に酒のおかわりを持ってきてくれたのは、この店の看板娘のリンカちゃん。
元気よく、気立てよく、愛想もいい。
オレが仲間を雇えず初日から酒場でくだを巻いていた時にも、優しく声をかけて励ましてくれた。
それ以来オレはお金が溜まるたびにこうして酒場にきてはリンカちゃんの顔を見るのを楽しみにしてきたんだが……。
「うぅ……ひっく」
「ちょっ、急に泣いてどうしたのアレンさん!?」
「ごめんなぁ……もうお金ないからさ。酒場の売り上げに貢献できないかもしれない」
「そんなに苦しいの?」
「だってさぁ……あのハゲ絶対勘違いしてるって。勇者なんて他人の家入って勝手にタンスとかツボとか漁れると思ってるし、モンスター倒したらお金落とすんだっておとぎ話みたいなこと絶対信じてるよぉ」
「さ、さすがに王様といえど、そこまで世間知らずじゃないんじゃないかな……」
「でもさぁ、支度金がたった200ゴルだぜ? あとは何か木で出来た棒っきれとボロボロの布を装備として渡すやつだぜ? 絶対頭の中やくそう畑だよ」
「た、確かに……」
まあこんなことリンカちゃんに愚痴ってもしょうがないんだけど。
おかわりの酒を飲みながらそういえばツマミがないなと思い至る。
だけど財布の中には、もうたった数ゴルしか残っていなかった。
「ごめんリンカちゃん。この金で食べられるツマミってあるかなぁ?」
「えーっと……うーん、これだけかぁ」
財布の中を見て渋い顔をするリンカちゃん。それほど少ない額しか入っていなかった。
「ごめん……やっぱムリだよな」
「うぅん、ちょっと待って! 何か探してくるから!」
そう言って店の奥へと引っ込んでいった。
なんて良い子なんだ。将来お嫁さんにしたい。切実に。
しかしもう勇者でもなく、お金もないただの酔っ払いなんてアウトオブ眼中だろう。
そういえばおふくろへの言い訳も考えとかないとなー。
『世界が平和になったからもう勇者なんて職業はいらないんだ! 魔物の残党? それはほら、冒険者たちが何とかしてくれるって!」
……ダメだ、ならお前も旅立てって反応が返ってくる未来しか見えない。
そりゃさ、オレだって本当は勇者として世界を旅したいよ。
それで悪い竜からお姫様を助けて、結婚して、世界中の人から尊敬されたい。
でもさぁ……ぶっちゃけオレそんな強くないし!!
これにつきる。マジで。
でもさ、もし万が一、神様の気まぐれで強くなれるようなことがあれば、
「その時は……」
いつか、オレも、ヒーローに……。
「ぐぅ……」
「アレンさん! あれ、寝ちゃってるの? おーい、アレンさん!!」
「はっ! あぁごめんリンカちゃん。寝ちゃってた」
「ふふ、色々大変だったもんね。それより見てよ、ほらこれ!」
「ん……これはタネ?」
リンカちゃんが持ってきたのは何かのタネらしきものだった。
「そう。実はね、これ酒場に登録した人に最初に食べてもらうちょっとしたお守りみたいなタネなんだ。だけどほら、アレンさんのお父さんが魔王を倒して世界が平和になってから冒険者の人がすっかり減っちゃってたくさん余ってるの」
「へぇー始めて聞いたな。そんなものあったんだな」
「うん。でね、これかなり貴重なものなんだけど、何故だかどこの道具屋さんで売ろうとしても捨て値にしかならないの。むしろ手数料があるから赤字になるくらい。だからアレンさんに全部あげる!」
「おぉ、マジか! どれ、味の方は……」
色々種類があるがオレは一つずつ味見をしていく。濃厚な味わいのものからピリッとした味のものとバリエーション豊富で酒のツマミにはちょうど良かった。
「うまいうまい……」
「良かった。どんどん食べてね。まだまだあるから!」
「何か体から力が沸いてくる気がするぞ。これがお守りの効果ってやつか!」
それからオレは黙々とタネを食べ続け、気づけば夜も更けていた。
そして――
「げふぅ……食った食った」
「すごーい、全部食べちゃったんだね!」
「あぁ、あまりにもうまかったもんだからついつい」
「ふふ、でもアレンさん元気が出たみたいで良かった」
「これもリンカちゃんのおかげだよ。こうしている今でも体からどんどん力が沸いてくるみたいだ。……オレ、明日からも頑張ってみるよ。何が出来るのか分からないけどさ」
「うん、楽しみにしてる。頑張ってね、勇者様!」
勇者様――もうそう呼んでくれるのは一人しかいないかもしれないけど。
「見てろよ、ぜってぇ成り上がってやる!」
例え無職になっても、誇りだけは捨てないでおこう。
そして今度こそ、本当の勇者になってやる!!
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