謎の男
大粒の雨が降る真夜中の二車線道路、そこは田んぼに囲まれた静かな場所だった。
しかし、そこには今、横転し炎上している護送用トラックと頭から血を流し、座り込んでいる2人の女性が居る。大量のパトカーと警官達がその2人を囲う様に拳銃を構えて立つ。ライトで照らされている2人の女性の前に、黒いスーツを着た男性が警官達の間を縫って歩いて行く。その男性は眉間にシワを寄せ、怒りをあらわにする。
「なんでお前が裏切った!! お前となら上手くやれてたのに!!」
意識が朦朧としている2人の女性は何も言えずに座り込んだままだ。
すると、男性は2人に銃を向け、言い放つ。
「これだから、能力者は……撃て!!」
男性の合図に合わせて周りに居た警官達と男性は同時に発砲し、銃声が響く。2人の女性は合図を聞いたと同時に目を瞑り、死を悟った。
しかし、2人の女性は死ぬ事はなかった。2人が目を開けるとそこには、銃弾、雨粒、人、雲、全てが静止した世界が広がっていた。2人はその世界をまじまじと見ている。2人だけが動ける世界に驚いていた。
すると、上空から2人の女性の目の前に勢いよく人が降り立つ。2人はビクッとし、その姿を凝視する。そこには、フードを被りロングコートの様な服を着た人が立っていた。その男は2人に近付き、声を掛ける。
「俺と一緒に来い、迎えに来た」
フードの男はそう言うと2人に手を差し出す。2人は顔を見合わせ、一息置いてその手を握ると女性2人とフードの男は消え、世界は動いた。
放たれた銃弾は地面や護送用トラックに当たり周囲に雨音と金属音だけが鳴り響く。そのありえない光景を目の当たりにした男性は驚愕する。
「今のは……何なんだ……あの男は……?」
――――約半年前――――
世界中で能力者が現れ始めてから一年、その能力は授けられた物なのか、元からある物なのかは分からない。
また、能力を使える様になる人の条件は様々で、一年以上前から能力を持つ者も居るという。科学者も世界中で研究しているが詳細については一切分かっていない。
2017年の4月
街灯の明かりが夜道を歩いているポニーテールの女性を照らす。その女性は白いもこもこのコートを着て、白い息を吐きながら歩いていた。女性のケータイが鳴り、カバンからケータイを取り出して電話に出る。
「あ、もしもし、聖哉?」
「おー、あかり、バイト終わった?」
「うん、今終わって帰ってる所だよ」
聖哉はあかりと交際している男だ。もう1年以上付き合っており、お互い23歳のフリーターである。最近では聖哉の無茶振りが多くなり、あかりはそれに悩んでいる。
「じゃあ、そのまま俺ん家に来いよ」
「え? 無理だよ、明日もバイトだし、お風呂にも入りたいし」
「は? 風呂なら俺ん家で入ればいいじゃん!」
「それでも、明日バイトだから無理だよ!」
「うるせぇよ! お前絶対来いよ!」
聖哉は一方的に怒鳴って電話を切る。あかりは電話の切れたケータイ少々見つめると、深く溜め息をつき、聖哉の家に歩く方向を変える。道中、聖哉との今後を考える。
「(また無茶振りだ……。もう嫌だな……。どうせ、ヤリたいだけでしょ……)」
そう考え、再び深くため息をつく。
そして、聖哉のアパートに着き、部屋の前に着くとチャイムを鳴らす。すると、聖哉がすぐ出て来る。「遅せぇよ」と言い、ムッとした表情をしつつあかりを部屋に入れる。あかりは部屋に入るなり、カバンを置いて風呂場に向かう。その後は体を求められ、ほぼ無理矢理に行為を迫られる。
この流れは今までにも何回もあり、あかりは正直呆れていた。行為の最中には愛を感じなくなり、付き合った当初に戻りたいと何度も思う程である。
事が終わり、あかりは次の日もバイトの為、早起きをして1度家に帰る為に布団に入って寝ようとした。
「もう寝んの? 早くね? 」
「明日もバイトって言ったじゃん、おやすみ」
聖哉は自分の言う通りにならないあかりにイラつき、舌打ちをする。そして、あるお願いをする。
「ちっ お前にお願いがあるんだけど」
「また“あれ”?」
「うん、いい靴と服見つけてさ。お前の能力で盗ってこいよ」
「嫌だ! 犯罪だよ? 捕まったらどうするの?」
「なに? 俺に歯向かうの? しかも、どうせバレねぇだろ」
聖哉はあかりの胸倉を掴み、顔を近付けて睨む。あかりは反抗する気持ちもあるが恐怖が勝ち、小さい声で「分かった」と囁いた。
それを見た聖哉は満足そうな顔をして、布団に入った。あかりは恐怖とイライラを抑えつつ再び布団に潜り込む。
あかりは生まれた時から透明化の能力が目覚めており、能力者だという事は家族と彼氏である聖哉しか知らない。聖哉には付き合い始めた時に能力の事をカミングアウトしているが、その当時は能力を利用される事は無かった。
しかし、あかりが聖哉を驚かそうとして、お菓子を透明化して盗んだのを見て、聖哉はその能力の利便性に気付いてしまった。そこから能力の悪用がエスカレートしたのだ。