どこにでもジャンボ小畑
今学校に向かって全力疾走している俺は柳沼千里。どこにでもいるごく普通のラブコメ主人公だ。今日も今日とて食パン一斤を口にくわえながら慌てて登校していると曲がり角の向こうから突然美少女が飛び出してきて
「ヌッ」
美少女改め黒い小錦に25mくらいはね飛ばされた俺は意識を手放した。所詮俺ごときがラブコメの主人公になんてなれるわけがなかったんだ。身の程を弁えよ。お兄さんとの約束だ。
――小錦じゃなくてトラックだったら異世界転生できたのに――
――トラックだったら異世界だったのに――
――小錦ーッ――
酷い雑念にうなされて目を覚ますとそこは広い公園だった。見回してみるとゲートボールか何かで使っていそうなフープがいくつか並んでいて、だけどよくよく見てみれば周りには壁があり天井もあった。
学校の体育館に芝生を生やしたような謎の空間で俺は一人考える。ここは一体どこなんだ。確か俺は学校に行く途中に美少女とトラックにぶつかりそうになって美少女を助けようとしてトラックに轢かれたはずだ。ということはここは異世界か? それとももう俺はお陀仏していて天国なのか?
「ここは夢の世界だ」
「ジャンボ小畑」
俺の疑問に答えたのはジャンボ小畑だった。
「お前は黒い小錦に衝突して意識不明の重体になってしまったのだ。今お前はICUに収容されて生死の縁をさまよっている」
「バカな。俺は確かに美少女をかばって死んだはずだが」
「まだ記憶が混濁しているようだな。頭も強く打ったようだし無理もない」
記憶に若干の食い違いがあるようだがそれより重要なのは俺が死にかけているということだ。
「どうすれば俺は助かるんだ」
「怪我と戦っているのは医者だけじゃない。患者も一緒に戦っているんだ。お前の生きたいという強い意志が生を引き寄せるんだ。戦え、柳沼千里」
なんか医療ドラマに出てきそうなセリフを吐く。ここから3時間ほどかけて暗号文の解読を試みたところどうやらこの夢の世界の中にいる俺の生を阻む存在を打ち倒すことができれば俺は助かるらしい。
「だが気をつけろ。この世界はお前の夢であってお前の夢ではない。お前ではない誰かが主人公の物語の中だ」
「どういうことだ」
「例えお前が健在だとしてもこの物語の主人公がやられてしまえばこの夢の世界は終わってしまいお前も一緒に逝ってしまうだろう」
「じゃあまずはその主人公とやらを探すか」
当面の目的を設定した俺たちは公園の部屋から出て探索を始めた。
赤と白のバラをつけた木がある庭やお茶会の準備だけがされた小屋などを探し回ったが人っ子一人、動物すらいなかった。大分探し疲れたところで座り込んでいるといきなり空中に猫の生首が現れた。
「お困りのようだねぇ」
「なるほど、このどぎつい紫の縞模様の猫はチェシャ猫だ。つまりこの物語は不思議の国のアリスに違いないな」
「ねぇ聞いてる? ちょっと」
おそらく俺が目を覚ました場所はクロッケー場で、途中にあった庭は不思議の国のアリスで庭師が処刑されそうになった庭でお茶会の準備がされた小屋は三月ウサギの家に違いない。
そうなるとぐずぐずはしていられない。早く主人公のアリスを見つけないとハートの女王に処刑されてしまうかもしれない。もしくはアリスが夢から覚めて俺も一緒に死んでしまうかもしれない。
俺たちは不思議の国のアリスの最後の舞台である裁判所を目指した。
俺たちが法廷にやってくると目的の人物たるアリスはハートの女王によって今にも処刑されようとしていた。
「鎮まれ鎮まれィ。我が名は柳沼千里。ハートの女皇よ、その裁判異議ありだ」
証言台と法壇の間に割って入ると周囲のトランプ兵たちがざわめきうろたえだした。
「なりません。この娘はお姉ちゃんのタルトを盗んだ罪を償うため死ななくてはならないのです」
「ですがハートの女皇、この娘がやったという証拠がありません」
「証拠ならここに」
そういうとハートの女皇は何か書かれた紙きれを取り出した。しかしハートの女皇ってもっとでっぷり太ってて意地の悪い顔をしてるもんだと思ったら結構可愛いしパツキンだし胸デカいな。これこの作品がラブコメだったら絶対ヒロインの一人だしギャルゲーだったら攻略対象だぞ。パツキン属性アリスとかぶってっけど。というかお姉ちゃんって誰だよ。
「この詩が、そこの娘がお姉ちゃんのタルトを盗んだという動かぬ証拠です」
「なんと詩が。それならしょうがない。さらばアリス。さらば我が人生」
「ちょっと颯爽と駆けつけておいてなに諦めてんの!」
決定的な証拠を突きつけられ絶望に伏す俺をアリスが叱咤する。
「もうバカばっかり! ねえハートの女皇様、そんなくだらない証拠なんかより真犯人の決定的な証拠を見つけてきてあげる。だから私を解放しなさい!」
堂々と宣言するアリス。女皇様をバカ呼ばわりして磔刑にされんだろうか。
「分かりました。私はお姉ちゃんのタルトを盗んだ犯人を殺したいだけです。あなたが真犯人を見つけてくれるならこれ以上のことはありません。ですがあなたが逃げ出さないようにここに一人、人質を置いていくように。そしてあなたが証拠を探しに行ってから72時間経っても戻ってこないようなら人質を処刑します」
意外と寛容かつ物わかりの良いハートの女皇だ。バカ呼ばわりした小娘を条件付きとはいえ解放してくれるとは。
「さて人質か。アリス、頼んだ」
「なんで証拠を探しに行く本人が人質に取られなきゃいけないの! あなたが残りなさいよ!」
「え、だって俺が残ったらそのまま逃げられそうだし」
「そそそそそそんなことするわけないでしょ!」
どちらが人質になるか口論する俺とアリス。明らかに逃げようとしているアリスとどうにかして生を阻む存在を倒す時間を稼がなければならない俺とで話は平行線だ。
「俺が残ろう」
「ジャンボ小畑」
この均衡を破ったのはジャンボ小畑だった。
「いいのか、ここに残ってもし俺たちが72時間後に戻ってこなかったらお前は殺されるんだぞ」
「そんなこと考える必要はない。お前は俺を置いて逃げたりするようなやつじゃないと信じているからな」
俺は胸がいっぱいになった。やはり友情パワーは最強だった。さっきまで逃げ出そうとしていたアリスは感動で打ち震えているしハートの女皇はちょっと目に涙を浮かべている。
「素晴らしい友情です。アリス、そして柳沼千里。両名はこの美しい友情にかけて、必ず真犯人の証拠を見つけてきなさい」
若干涙声のハートの女皇の命に従い、俺とアリスは友情をかみしめながら法廷を後にした。
「突然現れて本当に頭のおかしい奴らだと思ったけどあなたたち結構いいやつだったのね」
「それほどでも」
「調子に乗るな」
「すいません」
さて、ジャンボ小畑がセリヌンティウってる72時間のうちにすべてのミッションをクリアしなければならない。俺とアリスはまず自己紹介と互いの目的を確認し合った。アリスはこの夢の世界からの脱出(という割には結構エンジョイしてるみたいだが)、そして俺はこの世界で俺の生存を阻んでいる何かを倒し生きてこの世界を出ること。
「要は証拠を3つ集めつつあなたの生を阻むもの?って言うのをやっつけて72時間以内に法廷に戻ってくればいいのね」
「アリス……お前、俺を手伝ってくれるのか……?」
「ま、まあ私もあなたたちに助けられたしね、借りは返してあげる主義だから」
凄い、これもまた友情パワーだ。この力があれば俺たちは無敵だ。
友情パワーに感動しながら庭へ出てくると地面にチェシャ猫の生首が生えていた。
「そんなところに生首だけで這いつくばって踏んでほしいの?」
「まって、挨拶もなく踏もうとしないで」
「あらチェシャ猫さんごきげんよう。踏んでいいかしら?」
「とりあえず踏むって言う発想から抜け出さない?」
思いっきり踏みつぶそうと前に出たアリスを見て、チェシャ猫の胴体が木陰から慌てて走ってきて生首を救助した。
「オホン、どうやら君たち中々大変なことに巻き込まれてしまったようだねぇ」
なんか急に煽りだした。やっぱりアリスに踏ませておくべきだったか。
「そんな大変な君たちをぼくが手伝ってあげよう」
顔を見合わせる俺とアリス。お互いの顔に胡散臭いと書いてあるのが見えるようだ。
「僕とのゲームに勝てたら真犯人の証拠を一つ、君たちに上げよう。受けるかい?」
「受ける!」
俺がリスクとリターンをはかりにかける前にアリスが受けてしまった。少しでも早く証拠を見つけてやろうと思っているのだろう。第一印象と見た目に寄らず熱い女だ。
「それでは代表者一人、前へどうぞ~」
「この世界の主役はアリスだ、アリスが行ったほうがいい」
「そう? 主役と言われちゃうと悪い気はしないかも。任せなさい!」
煽てられていい気になっているアリスはずんずんとチェシャ猫の前へと進んでいった。
「ここにいる正直者の帽子屋たちの中で一人だけ嘘つきのカスがいるよ。その嘘つきを当ててごらん!」
ゲームの内容はどこにでもあるようなクイズだ。それを聞いたアリスはにんまりと笑って得意げに言い放った。
「ふっふ~ん。こう見えて私、こういう論理クイズ得意なの! ねえ帽子屋さんたち、あなたたちの中で嘘つきはだあれ?」
帽子屋Aの発言
「オマエヲコロス」
帽子屋Bの発言
「オマエヲコロス」
帽子屋Cの発言
「オマエヲコロス」
帽子屋Dの発言
「オマエヲコロス」
モンスターハウスだ!
「イヤアアアアアアアアアア! 死ぬうううううううううう!」
各々の帽子からサーベルを取り出した4人の帽子屋は一斉にアリスを切り刻もうと追いかけ始めた。
「アリス、今凄いことに気付いたんだが一人はうそつきだから殺さないはずだ。 試しに首を差し出せば嘘つきかどうかわかるぞ!」
「4分の3の確率で死ぬでしょおおおおおおおおお!」
振り回され投げ飛ばされてくるサーベルを紙一重で躱しながら絶叫するアリス。あんな叫んだら体力消耗するからやめた方がいいと思う。それはともかく『まいどっアリスの生首お待ち!作戦』がとん挫した今別の作戦を考えねばならない。
「色仕掛けとか」
「色仕掛け!? こいつら色気が分かるほど正常な精神してるようには見えないんだけど! というか色仕掛けのやり方なんか知らない!」
「ロンドンには『胸出して上目遣いは色仕掛け』という言葉があるらしい」
「私イギリス人だけどそんなの聞いたことない!」
なんて文句を言いつつワンピースの胸元を惜しげもなくはだけさせ始めるあたり逞しい子だ。
「はぁ、はぁ……う、うっふ~ん、ねえ色男さんたち、アリスとイイコト、し・ま・しょ?」
ありす の いろじかけ!
「オマエヲコロス」
しかし帽子屋Aにはきかなかった!
「オマエヲコロス」
しかし帽子屋Bにはきかなかった!
「オマエヲコロス」
しかし帽子屋Cにはきかなかった!
「オマエヲコロス」
しかし帽子屋Dにはきかなかった!
「へったくそぉ!」
「うっさい!」
これで手詰まりだ。のんきに高みの見物を決め込んでアリスにブーイングしているがこのままではアリスが死ねばこの夢も終わり俺も病院で無事息を引き取ることになってしまう。何か手を打たねば。
(殺せ、誰よりも早く)
(ジャンボ小畑)
そうか、わかったぞ! この謎を解く方法が!
俺はすぐさま投げ飛ばされて地面に突き刺さっているサーベルを手に取ると帽子屋たちとアリスのところへ駆けだした。
「チサト!? なにかうまい策でも思いついて……」
「死ね、アリスウウウウウウウウウ!」
「ひゃああああああああああ!?」
俺の振り下ろしたサーベルは3人の帽子屋に阻まれていた。
「嘘つきはアリスに切りかかろうとしている帽子屋Bだ!」
「正解せいかーい」
空から気の抜けた声が振ってくると同時に帽子屋たちはいっせいに帽子になって動かなくなった。
クヒヒッと笑いながらチェシャ猫は逆さまのまま空から降りてきた。
「お兄さんたちのゲーム、結構面白かったよぉ」
「あ、チェシャ猫、証拠くれよ」
「でもここではまだまだたくさんのゲームが残ってるからねぇ」
「証拠くれ」
「沢山もがいて僕を楽しませてねぇ」
「証拠」
「きみ人の話を聞かないところあるよね」
「証拠」
チェシャ猫は珍しく苦笑いしながらプレゼント箱を残して消えていった。
「アリスやったぞ。一つ目の証拠だ」
「あなたねえ、やるならやるって先に言いなさいよ本当に死んだかと思ったんだから! というかなんでBが嘘つきだって分かったのよ!」
アリスがものすごい勢いで俺の肩を掴みガクガクする。視界が揺れるぞ。オゲゲゲゲ。
俺のやったことは簡単な話だ。まず帽子屋は全員「オマエヲコロス」と言っていた。そこで俺がアリスを殺そうとする。もし俺がアリスを殺してしまえば帽子屋たちの「オマエヲコロス」という殺害予告は嘘になってしまう。正直者の帽子屋たちは嘘つきにならないように俺のサーベルを止めにくるが嘘つきの帽子屋Bだけは俺のサーベルを止める必要がないから一人だけアリスを殺すふりをし続けるはず。だから俺は本気で殺す勢いでアリスに切りかかったわけだ。まだ吐き気がするな。オゲゲゲ。
……とそんなことをアリスに説明してやるとアリスの怒りも少しは収まった。相変わらず不機嫌顔だったが。
「この件は後々覚えておくこととして、とにかくこれで証拠が一つ手に入ったね」
「おおアリスや、この吐き気にまみれた哀れな子羊を赦したまえ」
面倒なゲームを一つ終えてようやく一つ目の証拠が手に入った。
俺の脇腹には景気の良いローキックが入った。
――処刑の時間まであと70時間――
1つ目の証拠を見つけるまでにかかったのは2時間。このペースならば、俺たちは予定よりも早くジャンボ小畑を解放できるだろう。とすれば、俺の生を阻む存在を探し出すより先に、とっとと証拠を全て見つけ出してしまった方がいいのかもしれない。
となれば早速行動を起こすまでだ。Let's ら ゴゥ。と順調に行きたいところなのだが、アリスは今、不貞腐れて外方を向いてしまっている。こうなってしまった理由として、さっきの『ゲーム』とやらでアリスに比較的デンジャラスな目に遭わせてしまったことも起因しているが、先ほど食らったローキックが、俺の吐き気を催す何かが溜まっていたポイントにクリティカル・ヒットしてしまい・・・その結果、吐いた。しかもソレが、アリスの着ていた小綺麗なお洋服にもかかってしまったのだ。「いっつも着てるお気に入りの服だったのに・・・!!」と涙を目に浮かべながら、小柄な女の子にしてはやけに強烈なビンタをもらい、それからというもの、俺はアリスと会話が出来ていない。そこから俺は洋服についたシミをなんとか除去し、誠意を込めた土下座、土下寝、土下ゲェとどうにか謝罪を試みるものの、ちっともこちらの方を向きやしない。開きかけていた彼女の心は、完全に閉ざされてしまった。
やはり、順調に進むイージーシナリオは幻想だったのだろうか。
俺が気を病みはじめ、辺りを徘徊していると、地面に見慣れた猫の生首が生えていた。またしてもチェシャ猫だ。
「俺は今、気分を病んでいる。踏ませろ。」
俺はドスンドスンと憎たらしい笑みを浮かべた顔を踏みつけようとするが、さすがチェシャ猫、軽やかなフットワークならぬフェイスワークで顔をコロコロ転がし、器用に躱していく。やがて14分間の死闘(というより、俺が一方的に攻撃を仕掛けているだけ)を繰り広げた後、川の方からどんぶらこ、どんぶらことチェシャ猫の胴体がやってきて、また無事に生首を救助したのだった。
「とにかく、君は話を聞かないだろうから早速話に入るけど、また僕とゲームしてk」
俺は胴体ごと踏みつける。にじり、にじりと。嗚呼、俺は猫を踏んでしまったのだ。猫を、踏んじゃったぁ。俺は幼少期、地に這う労働者達を楽にしてあげることを趣味としててね。肉体という鎖から弱きものを解放させることを、生きがいとしていた。俺は今、生きてる。
地面にぺしゃんことなるも、すぐに身体は霧となって消え、別の位置に再構築をなした。チェシャ猫は、左目の部分を手で覆っていた。反対の目はいつもより潤んでいるように見えた。
「本当に踏むなんて、ひどいよぉ・・・・・・痛いよぉ・・・・・・」
チェシャ猫は、本当に悲しんでいるようだった。俺は、とてもひどいことをしてしまったようだ。良かれと思ったことが相手を結果的に傷つけてしまうということ。これは最も深い罪だと俺は思っている。俺は、大きな罪を犯してしまった。
「傷つけるつもりはなかったんだ。ごめん。」
「嘘つき・・・・・・」
さて、チェシャ猫が気を取り直してもらえたかはともかく、次の証拠を得るためのゲームを問い質した。聞くところによれば、今回は2人で一緒に挑まなければならないそうだ。俺は何とかして心を閉ざしたアリスを説得せねばならない。その前に、洋服の件のことも、しっかり謝らなければならない。さて、どうしたものか。
――処刑の時間まであと60時間――
10時間の説得は流石の俺も心が折れそうになったが、登校を終えた後の一服用として用意していた食パン一片をダメ元でアリスの口にぶち込んだところ、すぐに機嫌を直してくれた。どうやらお腹が空いていただけらしい。この10時間は一体何だったんだ。
しかし落ち込んでいる場合ではない。貴重な10時間を無駄にしたことは今後の計画に大きく響くことになるだろう。一刻も早く巻き返さなければならない。俺から逃げようとするチェシャ猫をとっ捕まえ、早く証拠を得るためのゲームを教えることを要求した。
「わかったよ・・・・・・次は2人で、別々のゲームをして勝てたら、証拠をあげるよぉ」
「別々ってのは、どんなゲームなんだ・・・・・・。」
「まずは、これ。」
モンスターハウスだ!
「これをずっと観る、ってだけ。」
「1回目と比べて急に難易度下がってるしそもそもゲームじゃねえよ。」
「これを10回観ればクリアだよぉ」
「・・・上映時間90分を10回・・・・・・15時間もこれ観るの?!きっつ!!!!ぅゎきっつ!!!!!!さっきのゲームのがまだいいわ!!!!!!!!」
「・・・で、あとは何をすればいいのかしら?」
「あとはねぇ、これだよぉ。」
モンスターハウス(※CR)だ!
「まさかこの流れでパチンコが登場するとはな」
「これで大当たりを出せばもうクリアだよぉ」
「おいやめろ世界観壊れるだろ。」
「いやさっきからもう壊れてるよ?」
「世界観???よくわかんないけど・・・こんなものイギリスじゃ見たことないし、とても面白そう!」
やめてくれ。俺の知っているアリスはパチンコを打つ女の子なんかじゃない。しかし、未知の物体ーーー時代背景を考えるに、アリスの世界には機械なんてないーーーそれに目をつけた好奇心旺盛少女を今更説得させる訳のは困難だろう。きっとそれだけで15時間経ってしまう。・・・本来ならば、常日頃から学生という身分を隠してパチンコ屋通いを週3でしてる俺がやりたかったのだが、自ずと役割分担は決まってしまっていた。・・・この映画を10回も観るのか・・・900分・・・・・・15時間・・・・・・俺こういうビックリ系苦手なのになぁ・・・・・・。
――処刑の時間まであと24時間――
アリスが思いの外、"持っている"人であったので、ゲーム開始から30分も経たずして大当たりを引き当ててしまった。そこから15時間、俺はずっと例の映画を繰り返し見続けなければならないため、アリスは暇つぶしにチェシャ猫と遊んでいたり、ハートの女皇の元に戻って詩作りを嗜んだりしていた。そして俺はようやく15時間同じ映画を見続けるという拷問に打ち勝ち、チェシャ猫から新たな証拠を得ることが出来た。
残るは1つだけ。
だが、この1つが、見つからない。いくらチェシャ猫のゲームに挑んで勝っても、教えてくれない。
「証拠はこれ以上ないよぉ?。」・・・俺たちにそう言い残して以来、俺たちはチェシャ猫を見かけていない。
そこから俺たち一行はここ以外のどこかにある筈だと、ありとあらゆる場所を旅して巡った。沼地に雪山、牧場、時には海賊が蔓延る海岸や、亡霊が彷徨う荒れ果てた谷まで、色んなところへ行った。それでも見つかることはなかった。経験だけが積み重なっていくだけで、欲しい答えは一向に見つかる気配がない。俺はとにかく、もどかしかった。そうしているうちに、処刑まであと24時間を切ってしまった。
俺たちはこれまで、立ち止まることなく進み続けた。探しては違う、また探しては違う、をずっと。
俺は、疲れてしまった。
――処刑の時間まであと12時間――
日は沈み、旅の拠点としていた町の宿屋で俺は横になっていた。だが、横になってるだけではなぜか疲れが取れない。それが処刑の時間まで残り少ないことが理由であることは明白だった。俺を置いて先に町を散策していたアリスが宿屋に戻ってきた。
「ねえねえ!なんか面白そうなところあるから行ってみない?」
横になっても疲れが取れないなら、ここにいても意味はない。それに、俺もさっき外出しようと思っていたところだった。俺は珍しくアリスの提案にのったが、目的地に向かうまでの間、無理やり頼んで町を少しだけ散策させてもらった。
この町を巡るのは証拠探しの時以来だ。だが、あの時は証拠探しのことしか考えていなかった。こうして改めて、冷静な気持ちで町を巡るのは初めてだ。この町に24時間営業の雑貨屋があるなんてことも初めて知った。そういや、この町のシンボルである時計塔の前広場では、大勢の大工たちによって建てられた櫓がいくつもあった。明日はどうやらカーニバルが行われるのだそうだ。ジャンボ小畑の処刑と同刻に行われるだなんて、何かの皮肉だろうか。たまたま現場に居た老人の話だと、深夜の0時になると時計塔から花火が打ち上がるのらしい。そして翌朝には、若いカップルがカーニバルの場で婚約を誓う式が挙げられるんだとか。俺たちとは裏腹に、この町の人々には、希望に満ちた明日が待っている。俺は、彼らが羨ましかった。
「早く行こうよ?!もう疲れちゃうよ?!」
アリスに催促され、俺たちは目的地へ向かうため、宿屋の近くまで戻る。本当は目的地まではすぐそこだったのだ。宿屋の近くの様々な娯楽施設を通り抜け、ついに目的地へたどり着く。
『ミルクバー』。そう、アリスはよりによって、バーに行きたいとせがんできた。しかも、名前もいろいろと、アレなバーをだ。アレレー・バーではない。そもそも俺はまだ学生で、君はまだ未成年だから、バーには行けないよと諭しても、アリスは聞く耳を持とうとしない。こうなれば、実際に店のスタッフに注意を受けたら諦めてくれるだろうという思いで、入店してしまった。
「すんません、この子、未成年ですけど、大丈夫ですかね?」
店員さんに聞いてみる。
「イイですよぉ。ここノンアルコールも取り扱ってますよぉ。」
あっさり許可されてしまって俺は困惑している。そんなことを気にすることもなく
「わぁ?、いろんなミルクの種類がある?!オススメ教えて?!」
「それならこの、シャトーなんとかってのがオススメですよぉ?」
アリスはなんでも勢いで進んでしまう。好奇心旺盛で、勇敢で、少し思い上がる所もあって、そのせいで何かと痛い目に遭うくせに、ヘコたりなんかしなくて。そこが逞しく思えて。ずっと旅をしているうちに、なんだか彼女の魅力に引かれつつある。だが、これは疲れのせいだろう。酒でも飲んだら考えも変わるだろう。
「じゃあ・・・これを、ロックで。」
バーテンから出された、向こうでいうブランデーのような酒のロック割を、俺はクイっと飲み干す。ここで少し注釈なのだが、俺は確かに学生である。しかし、年齢は既に成人年齢を超えている。理由は色々あるんだ。ラブコメ願望を拗らせすぎて高校受験に失敗し、6年間も浪人した。なんとか高校には入れたが、時既に遅し。周りはティーンエイジャーだってのに、こちとら既に20代である。もちろん高校は飲酒なぞ厳禁であるため、普段酒を飲むことはない。が、ここは言うなれば異世界。高校連中がここに来れることはあるまい。だから解禁だ。ちなみに酒は浪人生活5年目から覚えて今に至る。
4杯目に突入したが、俺はまだ酔っていない。というか、酔えない。酒で忘れようとしても、俺を信じて待っていてくれていた彼の言葉が思い浮かんできてしまう。友よ。俺のことを許せないのは十分承知している。俺は、酒に逃げちまったよ。友情パワーで多くの観衆の涙を誘ったあの感動劇は、嘘だったんだ。チェシャ猫の言った通り、俺は嘘つきだった。ああ、俺は何クヨクヨ悩んでいるんだ。こうして酒飲んで、寝て、アリスと何事もなく生活する。それでもう十分だ。旅は苦しいこと続きだったが、楽しかった。ラブコメとまではいかないが、クソみたいな現実世界よりも遥かにマシな物語を築いている。今のが充実しているのに、なぜ戻りたいなんて俺は願っているのだろうか。あー、飲みてえ。味噌汁飲みてえ。
――処刑の時間まであと6時間――
5杯目に焼酎(らしい酒)に某スポーツドリンク(らしき液体)を割ったのを一気に飲み干したところで、俺の意識は一旦途切れた。が、大きな音がしたのですぐ覚めた。どうやら外では、例の花火が上がったようだ。
「君は少し外で頭冷やしたらどうかな。」というバーテンの助言も相待って、俺は外に出て、花火を眺めている。勢いよく空に放たれた花たちは、町の上空を彩った果てに、ちりちりと夜空に溶けていった。友情パワーを信じ、ここまで頑張ってきた俺たちの末路を見ているようだった。
「・・・・・・結局、新しい証拠は見つからなかったね。」
アリスはそう呟きながら、朝から始まるカーニバルを祝う花火を眺めていた。
「でも、残り1つは探せなくても、私たち、ここまで頑張ってきたじゃない!・・・借りを返してあげられなかったの、本当に、残念だけど・・・」
元気そうに振舞っているつもりなのだろうが、声は所々震えている。彼女も、やっぱり悔しいのだ。そうこうしているうちに俺は再び吐き気を催し、アリスに俺から離れるよう指示し、その場で吐き出した。その瞬間、ある種、交通事故的な閃きが浮かんだ。それは、旅に出る前にチェシャ猫が言い放った言葉。
「証拠はこれ以上ないよぉ?。」
・・・・・・そうだったのか。俺はまだ胃に残っている諸々を吐き出し、全てを理解した。
「そうか・・・証拠はこれ以上もうないんだ!!!!新しい証拠なんて探してもありやしないんだ!!!!!」
「ど、どうしたの?い、いくら証拠が見つからないからって、自暴自棄は・・・」
「違うんだよ!!証拠は3つ!!あの時点で既に全て揃っていたんだ!!!!!!」
「えっ何?何のこと?私たちが見つけた証拠は2つ・・・・・・」
アリスも何かを、思い出したような顔をしている。
「探す前から既に、証拠は"1つ"あっただろう?」
アリスは納得したかの面持ちで、四股を踏んだ。あなたイギリス人ですよね。どこで覚えたんですか。
「こうしちゃいられない・・・!早く戻って証拠を出さなきゃ!!!!」
「で、でもごめん待って、の、飲みすぎて走れねぇ」
「んもぉ???!!!!これだからチサトはぁ???!!!!!!」
そういうと、アリスは俺を背負い、猛スピードで駆け抜けた。
「え、え、え、え、え????え何でそんな体力、え?????」
「よくわかんないけど、さっきシャトーなんとかっての飲んだら、急に元気出てきたの!!!!!体力には自信ありまぁ?す!!!!!!!!」
んにしてもこの速さ。驚異的。圧倒的脅威。たぶん新幹線にしがみついて全速力出された時の感覚はこの感じだと思う。それくらい、風に当たるのが痛かった。俺は絶叫とともに、自分より背も歳も下の女の子に担がれながら地の果てまで駆け抜けて行った。
ーバーテンはその一部始終を見届けた後、バーに戻りミルクを少し嗜んだ。
「今頃気づくなんて、遅すぎやしないかい?」
そして一瞬にして姿を消し、バーには誰もいなくなった。
――処刑の時間まであと10分――
処刑場にはワラワラと人が集まってきている。友を信じ、身代わりとなったジャンボ小畑は、いよいよ処刑されようとしている。布告役の白ウサギは台に立ち、ラッパを吹く。
「ただいまより!処刑の執行の儀を開始する!」
民衆はざわざわとし出す。「まだアイツが戻ってきてないじゃないかぁ!」「も少し待ったれょお!」という声も湧き上がっている。白ウサギは「静粛に!」と呼びかけるも、民衆のざわめきが収まることはない。しかし
「鎮まりなさい・・・!」
ハートの女皇の一言に、民衆はまるで水が入ったかのような静寂に包まれた。一呼吸置いて、女皇は言葉を続ける。
「私は彼等と交わした約束の通り、ただいまをもって、この人質への刑を執行します。・・・私はあなた達との友情を見て、感銘を受けました。あなた達の間にある絆は揺るぎのないものであると。しかし・・・」
女皇は空に手をかざした。
「見るのです。今、三度目の日の出を迎え、間も無く猶予は終わりを迎えるのです。それでも彼等は戻ってはこなかった。・・・あなたは見捨てられたのです。そう、友情は結局、偽りに終わった!」
空気は冷えるに冷え切った。
「最後に一言だけ言う時間を与えましょう。さぁ、言うのです。私のお姉ちゃんのタルトを盗んだ罪人を庇ったばかりに、無実の身で命を失うその怒りを、悲しみを、全てぶつけるのです!」
「俺は、アイツらが来るのを信じています。たとえ、この首がはねられようとも。」
「ジャンボ小畑」
ハートの女皇はうっかり動揺し、彼の名をつぶやいた。しかしだ。
「ジャンボ小畑」
つられて呟いたのは白ウサギだけではない。
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑」
民衆は次々と「ジャンボ小畑」と呟く。これらは動揺ではない。彼の崇高なる精神への感動と、自己犠牲の精神を讃える言葉だ。
「・・・っは!偽りの友情にいつまでも縋っていなさい!衛兵、此奴の首を撥ねるのです!」
トランプの衛兵は、ジャンボ小畑の首を固定し、その斧を振り降ろそうとした、その時だった。
「まぁ????ちなぁ????!!!!!!!!」
アリスと柳沼千里が現れた!なぜかアリスが千里のことを担いでいるのは気になるが、ともかく彼等は現れた。そしてアリスはいっけぇ!と叫び、千里を思いっきり処刑台の方へ投げた。千里はどう考えても着地の体制を整えていなかったようだが、まぁなんやかんや、何事もなく着地は成功した。千里はジャンボ小畑に語りかける。
「・・・悪い。ギリギリになっちまった。許してくれ。」
衛兵は何かを悟り、固定されていたジャンボ小畑の首を解放する。ジャンボ小畑は千里の方へ近寄った。
「問題ないさ。俺はずっと、信じてたさ。」
「ジャンボ小畑」
俺はジャンボ小畑と、アツい抱擁を交わす。その美しい光景に、民衆は思わず拍手を送ってしまった。だが、女皇はまだ納得できていない。
「あなた達の友情が本物であることはよくわかりました・・・。しかし・・・!」
察した衛兵達は、俺とジャンボ小畑に武器を向ける。
「まだ真犯人の究明ができていません。さぁ、早く証拠を出し、アリスが犯人でないことを示すのです。そうでなければ・・・」
いつのまにか衛兵達に捕らえられていたアリスが、同じく処刑台に引き摺り出された。
「アリス!!!!」
俺とジャンボ小畑はアリスの元へ向かおうとするも、衛兵達の武器が邪魔でならない。と言うかこの状況では、少しでも動けば串刺しにされるだろう。
「あなた達も彼女もここで処刑します。さぁ証拠を出すのです!そして真犯人は誰なのか!!!!」
「お願いしなくタァって、チャァんと証拠は持ってきてますよぉ。ほれ。」
俺はアリスと協力して得た2つだけの証拠を見せる。
「証拠は3つ差し出すと命じていた!被告人共は2つしか用意していない!これは無効である!」
シャダァップと俺はイカれた白ウサギに言葉と迫力で圧をかけ、サイレント・ラビットに仕立て上げた。
「しかし、3つある証拠のうちの2つだけでは、完全に証明できるとは言えません。」
「おっとォ、残りの証拠は女皇様、すでにお持ちになられてますよねェ?」
ハートの女皇はハッとした表情で紙きれを取り出す。アリスがタルトを盗んだ"証拠"である詩が書かれた紙きれ。女皇が呆然としていると、紙きれが突然フワリと"意思を持ったかのように"舞い、ひらりひらりと、千里の手の中に収まった。まさか紙きれが意思を持った?・・・そんな訳がない。こんなことを、誰にも見えないままできるヤツなんて、1匹しかいない。
「これでいっぱい借りができたねぇ」
「チェシャ猫!」
チェシャ猫はぬらりぬらりと浮遊し、最終的には女皇の頭の上に着陸した。
「さぁ、その紙きれと、"証拠"を合体させてごらん?とっても面白いことが起きるよぉ。」
「本当にありがとう!お礼に踏ませてくれ!」
「いやその理屈はおかしい。」
「チェシャ猫さん!私も踏んでいいかしら!」
「ダメです。」
「チェシャ猫・・・踏みたい。」
「ジャンボ小畑」
俺たちはチェシャ猫を思う存分踏み荒らし、ぺしゃんことなったチェシャ猫、そしてハートの女皇、白ウサギ、トランプの衛兵、民衆に紛れ込んでいる三月ウサギ、帽子屋、その他民衆に見守られながら、俺は紙きれと、証拠を、"合体"させた。
紙きれと証拠は眩い閃光を放ち、しばらくした後、A4サイズのメモ用紙のような形状に変態を遂げた。そう、真の"証拠"が、完成されたのだ。
「せっかくだから、俺は赤い紙に書かれた詩を読むゼェ!」
紙に書かれた詩は一編だけだし、詩の書かれた紙は、どちらかというと緑色をしていた。
#####################################
『揚げ鳥はタルトと一緒に食いたいぜ』
作:ハートの女皇の姉
Oh どうか聞いておくれ
Oh 大好きなタルトが
No なぜか盗み出されてしまった
愛する人よ 許しておくれ
俺は君にタルトをあげることができない
俺はタル????
その小畑 きっジャンボ小畑だからさ
渡り鳥が南ジャンボ小畑
ああ 願わくば君と一ジャンボ小畑
ジャンボ小畑ジャンボ小畑した小畑
?????閑ジャンボ小畑れ小畑
??????????ジャンボ繧ク繝」繝ウ繝懷ー冗舞
?吾?c?潟??絨???ジャンボ小畑
ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑
ジャンボ小畑
###########ジャ###########ンボ小####畑##
「ど、どうなってるんだ・・・?な、なんでジャンボ小畑の名前が・・・?」
俺が戸惑いを現した、その刹那。
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑「ジャンボ小畑」」
「ジャンボ小畑「ジャンボ小畑「ジャ「ジャンボ小畑」」ジャンボ小畑」
「「「「「「「ジャンボ小畑」」」」」」」」
チェシャ猫も、白ウサギも、ハートの女皇も、衛兵も民衆も、そして、ジャンボ小畑も、皆、「ジャンボ小畑」と呟く。その目には一切の輝きが消え失せている。
「み、皆んなどうしたんだよ?!し、しっかりしろよ!!」
しかし俺の声は届くことなく、皆さらに「ジャンボ小畑」と言うつぶやきを加速させていく。
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑」
「ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑ジャンボ小畑」
やがて皆、まるでエラーを起こして暴走を始めたアンドロイドのように、この世のものとは思えぬ挙動をなし、膨張を始める。ぶくぶく膨らみ出す最中、俺は並々ならぬ危機察知能力を発揮する。これは、爆発する!いまのうちに逃げなければ、危ない!
俺はアリスを探し出す。が、アリスは膨張のとまらぬ群衆に挟まってしまい、身動きがとれなくなっていた。
「今から助けるからな!絶対にだ!!!!!」
「もう、ダメだよ・・・私はもう、ここまで・・・・」
「何言ってるんだよ!!!!お前がいなくなったら俺はどう生きればいいんだよ!!!!!!!!」
「チサトと旅が出来て・・・本当に、楽しか、った・・・」
アリスを挟む群衆は膨張が増し、みるみるアリスの表情は苦しくなっていく。
「っ・・・チ、チサト・・・お、お別れみたい、ね・・・・・・」
「やめろよアリス・・・やめてくれ!!!!」
そして、「さよなら」という声と共に、アリスは群衆と群衆に挟まり、ブチチと音を立てた。
「う・・・・・・嘘だぁぁぁああぁぁあああああ!!!!!!!!!!」
――処刑の時間まであと1分――
俺は逃げた。膨らみ続ける群衆から。想像を絶する残酷な現実から。・・・・だいぶ長い間逃げ続け、どうにか圧死する事態は免れた。だが、膨張する群衆はさらに膨らむことを止めない。このままいけば、一斉に大爆発を起こし、この世界は破滅を迎えることだろう。結局どう死ぬかという違いでしかなくて、この世界にいる以上、死が待ち受けていることに変わりはない。きっと、カーニバルの開催を控えているあの町も、巻き込まれることだろう。
俺は膝をつき、嗚咽を漏らす。どうしてこんな結末になったのか、俺だってわからない。どこで間違えたのかも。どこをどうすべきだったのかも。わかることは、大切な友人と、最愛の人を、亡くしたことだけだ。
俺はもう、為す術がない。どうせ現実世界には戻れないし、大切な人のいない今、この世界が続こうが終わろうが関係ない。俺はこのまま、この世界とともに最期を迎えよう。
そういえば、ポケットの中にもう一片だけ食パンを残していた。学校に着いて一段落を終えた後、食べようと思って用意していた、最後の一枚。僕は最期の晩餐を、あむっと口にした。食パンの味は、やけにしょっぱかった。
ーーーやがて、限界まで膨張した”物体"はまばゆい閃光を放ち、大地は崩れ去り、"世界"は、終わった。
◆ ◆ ◆
車のFMラジオからまた哀しい一報が届く。また一つの"世界"が、消えてしまった。早急な原因究明を心がけているが、くれぐれも生活者の方々は安心して生活を続けてほしい、とのことだ。
「今度は自分らの番かもしれない、ってのに。落ち着けだなんてねぇ。」
バックシートでぐうたらしている女のような男のような、生物学的もしくは統計学的な観点に基づいた分類方法で結果的に判断すれば女であろう人物は、ラズベリーのタルトを食べながら嘯く。彼女はこの"世界"ではなく、違う"世界"からやってきたのらしい。何でも妹はめっちゃ姉思いで誕生日のタルトを作ってくれていたところ、こっそりつまみ食いしてしまったので、『揚げ鳥はタルトと一緒に食いたいぜ』という反省文ならぬ詩を残し、逃げ出したとのこと。ちなみに妹さんは女皇を務めているのだとか。うわぉ。
ここ数年、突如して"世界"が消える事件が頻繁に起きている、らしい。なぜ「らしい」としたのかは、実は私もここ最近、この"世界"へ来たばかりだからだ。ここへ来た経緯は言いたくはない気持ちもあるが、なんとか気をしっかりさせながら告白する。私はある日、いつものようにダイエットスクールに行きがてら散歩していたのだが、その際、前方不注意で突っ込んで来た男子学生とぶつかってしまったのだ。彼は登校中で、食パンをくわえながら全力疾走している最中だった。結果、猛スピードで突っ込んだ反動で吹っ飛び、強く頭を打ったことが致命傷となり、ICUに収容され緊急治療を施されたものの、帰らぬ人となった。
そのせいで私は「黒い小錦」と呼ばれ、通っているスクールでもパートで働いている職場でも誹謗中傷を受けた。私はその生活に疲れて、「どうせなら来世は本当に小錦か、もしくは曙か武蔵丸になりたい。」という思いで、一昨日の晩、大量の睡眠薬を服用して眠った。その結果、私は意識だけがこの"世界"へ転送され、今に至る。
ちなみに私の住む"世界"はまるで熱帯のジャングルのような環境で、とにかくマッチョで腰に布しか巻いてない長髪野生児が「あ?あぁ?」と叫びながら頻繁に蔦を持ちながらジャンプしているのをよく見かける。あとゴリラもいっぱいいる。ちなみに"世界"は人によって環境が変化するのらしい。昨日、私と同じく"世界"へ来たという知人は、何やら空を飛ぶ少年が海賊と闘ったり宝探しゲームをしょっちゅうしている変な島にいるのだそうだ。
様々な"世界"がある中で、ここ最近妙な存在が見受けられるようになったそうだ。「ジャンボ小畑」。この世界でも時折見かける存在だ。ジャンボ小畑の存在は判明されていない。が、近頃の"世界"消滅事件はジャンボ小畑が関わっているのではないのかという説もある。とはいえ、この"世界"のジャンボ小畑は、ゴリラたちに言葉を教えようとするも結果的に弄ばれているだけの存在にすぎない。
しかし、私はこのジャンボ小畑についてある確信を抱いている。その根拠は後で述べることとして、ジャンボ小畑の正体は何なのか。・・・それは、極めて端的に"六文字"で表すとこうだ。
「『文脈の破壊者』か……フッ」
長い漆黒のマントを翻し、男は笑った。だが、その笑いは決して楽しいからではないことは明らかだった。なにか諦めたような、冷めたような寂しげな雰囲気が漂っていたのだ。
からからに乾いた暑い風が吹いている見渡す限りの草原だが、ところどころ荒地がある。そこに、なぜかポツンと古びた本が落ちていた。タイトルはかすれて読みづらいが、確かに『不思議の国のアリス』と書いてあるようだ。男はそれを拾い上げ、手で土埃を払いページをめくり、一番最後のぺらぺらのページを開く。不思議なことに、その本には背表紙がなかった。
「ねぇ王子様、世界はどうなったの?」
となりに控える純白のドレスを着た、まるで姫のような格好の少女が首をかしげた。
「違う、王子様じゃない。兄様と呼べといったろう、シンデレラよ」
「はい、兄様……」
風が男の真紅の髪を揺さぶった。
『不思議の国のアリス』の最後のページには、書きかけのような妙な文章が『綴られて』いくのが見える。そう、いまこの瞬間にも次々と新たな物語が、透明人間が見えないペンで書き足しているかのように綴られていき、文字がページの末尾まで達すると最後のページが表面をはがすようにめくれ、新しい最後のページが顔を出すのだ。
最後の文章はこうだった。
ーーーやがて、限界まで膨張した”物体"はまばゆい閃光を放ち、大地は崩れ去り、"世界"は、終わった。
「世界の終わりだ。つまり、あの世界は消えてしまったんだよ」
いやにあっさりとした世界の終わりに違和感を感じたが、それは今はどうでもよい。矛盾の原因は一体なんだろうかと男は探る。ページを戻すと、おどろおどろしい文字で何やら綴ってある。
ああ 願わくば君と一ジャンボ小畑
ジャンボ小畑ジャンボ小畑した小畑
?????閑ジャンボ小畑れ小畑
??????????ジャンボ繧ク繝」繝ウ繝懷ー冗舞
世界の『切り取り』方を間違えた可能性もあると考えていたが、そうではないことははっきりとわかった。原書に別の世界の文字が踊っている。これは文脈の混濁の兆候だ。
肝心のところでミスをしてしまったと、男は頭を抱えた。現れた奴は行動力こそあったが、それは文脈によるものだったのだろうと予想する。あの事件はアリス自身で解決しなければならなかったのに、彼の文脈がそうさせなかった。そうこうしているうちに文脈と結末の結合状態に矛盾を引き起こし、世界は崩壊してしまったのだ。
山の裾から昇る朝日を眺めながら、男は深いため息をつく。
「もう、やりなおせない……か」
男はもう103回もアリスの処刑を見ていた。その全てにおいて、全く同じ処刑方法でアリスは殺されていた。椅子に拘束されたアリスはひどく怯えた表情で涙を流しながら必死に何かを叫んでいた。だが、アリスは猿轡をはめられていたのでその叫びの内容はわからない。しばらくして現れた処刑人の補佐がアリスの髪を掴み、乱暴に頭を大きな処刑台の上に叩き付ける。遅れて、ズリズリと嫌な音を立てながら処刑人が血濡れて赤錆びた巨大な斧を持ってくる。筋骨隆々な処刑人は斧を重さに任せ、アリスの細い首目掛けて打ち下ろす……
主役を失った『世界』は終わりを迎え、その時の動きを止める。
『世界』の元となる本ーー『原書』のうち、新たに書き足された部分を『切り取り』再び世界を動かすと、それは再び『最初の日』に時を戻すのだ。これを繰り返すことで、なんとかベストな終劇を作り出そうとした。
「バクチだったのさ。なぜか別の世界から人物が現れた。そいつは文脈を修正してくれるかもしれないと丁半打つことにしたんだ。だが、うまくいかなかった……」
だが、今回の件で文脈は矛盾をきたしてしまった。それは途端に原書全体に異常をきたし、破綻した物語は無意味な文字の集まりと化した。つまり、『不思議の国のアリス』を失ったのだ。
さて、物語は微妙に形を変えて受け継がれているだろうから、おそらくこの惑星にはまだ『不思議の国のアリス』が眠っているに違いない。だが、それらに現れる<アリス>はもはや彼女ではない、まったく別の<アリス>なのだ。バカなことをやって楽しかったあの頃の夏と、この夏がまったく別のもののように。
つまり、あの賑やかなアリスは、この世から完全に消滅したのだ。
「大丈夫ですよ兄様、『不思議の国のアリス』は人気なんでしょ? それに、同じような流れなら、同じような人物になると思いますが。それに……」
シンデレラはぱっと男に駆け寄ると、耳のそばで囁いた。
「そんな女のどこがいいんですか? 兄様はわたしだけのもの、それでいいじゃないですか。どうして他の女もほしいなんて言うんですか……」
「お前を連れ出す時、確か言ったと思ったが……」
男はすっと立ちあがり、壁にかけてあった杖をつかんだ。
「お前たちの『人生』は暗く冷たいものが待っている。私にはそれがわかるんだ。どうしてかは言えないが、信じてほしい」
「ええ、あなたはわたしのことを、わたしのかなしみや苦しみを全部わかってくれて、それを拭ってくれた……」
か細い声で答えたシンデレラと呼ばれた少女は、ぎゅっと男に抱きつく。
男は無骨な手で少女の頭をさすりながら続けた。
「かつてのお前のように悲しみや苦しみを抱え、絶望の最中にいる少女たち、そして彼女らを苦しめ続ける『世界』はまだたくさんある。私は彼女らを救わなくてはならぬのだ」
かつかつと、石灰で魔法陣を描きながら男は語る。その背中はどこか寂しげであった。
「今度の世界はこれだ」
男はポケットから一つの本を取り出した。
「ゴリラに育てられた人間の物語だ」
「あの、ゴリラって何でしょう?」
「ああ、お前がいた世界には存在しない生き物だったな」
ゴリラについて、男は少女に話を始めた。
少女はゴリラに興味を持ったのか、話は盛り上がっていき、やがてその本の話にも入っていった。
「人間とゴリラたちも意思の疎通ができれば良かったとは思わぬか?」
「そうですね、その方がいい終わりにもなったと思います……」
少女は本を読みながら言う。
「そうだ、私は彼らにも言葉を与え、そして彼らとともに、その世界であらたな詩を紡いでみようではないか。幸運なことに、この本には『ゴリラたちは会話できない』とは書いていない。当たり前と思われている事柄だから書かれていないだけだろう。だが、原書に矛盾しない文脈ならば、いかようにでも未来を綴ることが出来るのだ」
男はサーベルで本の背表紙を切り、真っ二つに分けてしまった。後ろの部分は燭台にくべられ、前の部分は魔法陣の中央に置かれた。
「さあ、新たなる世界よ……ここに在れ!」
男は魔導書を開き、つらつらと呪文を唱えていく。ひとりでにペラペラとページがめくられていく魔導書を男はいっさいのまばたきもせず、ただひたすらに読み上げていく。呪文を唱え終わると、突然カッと目が眩むほどのまばゆい光が魔法陣から解き放たれ、それが彼らの体を包み込んでいった。
刹那、二人はもうそこにはおらず、古びた前半だけの本がそこに残されていた。
表題は『ターザン』だった。
◆ ◆ ◆
頭がずきずきと痛む。どうやら俺は頭を打ってしまったようだ。
「アリスっ!」
俺は慌ててアリスの名を呼ぶが、あたりは誰もいなかった。
それもそのはず。俺は密林の真っ只中にいるのだから。
「って、なんでジャングルにいるんだ俺……」
幸い、体は動けるようだが、少しお腹が減ってきた。
これだけ植物が豊富なのだから、食べれるものはいろいろとありそうだ。バナナとか、バナナとか、あとバナナとか。
ジャングルといえばそれぐらいしか思いつかなかったが、まああるだろう。
そう思い、探索を始めようと立ち上がった瞬間、背後に何か気配を感じた。
巨大な虎……いや、体躯が細い……こいつはチーターだ!
「うわあぁぁあぁぁあぁぁ!!」
じっと射抜くような目で俺を睨みつけるチーター。
一瞬足りとも目を離すことなく、じりじりと距離を詰めてくる。
「死ネェェ! ニンゲン!」
チーターが叫び、襲いかかってくる!
もうダメかと思ったその瞬間、後ろから声がする。
「伏せろ! ニンゲンッ!」
声の通り頭を抱えて伏せると、ドゴッと鈍い音が頭上で響き
「グボォアァ……」
謎の声とともにチーターは吹っ飛んでいった。
はと振り返ると、そこには何やらめちゃくちゃ体格がいいファンキーなゴリラがにっこりと笑っている。
「よぉニイチャン、困ってるって顔だな。オレでよければ、力になるぜ」
「ご、ゴリラが喋った!?」
ファンキーなゴリラは家に招待してくれるというので、ついていくことにした。なんでもあと二人、人間を招待しているらしい。かわい子ちゃんだったらエエナァ……と考えてしまうのはラブコメ男児の性か。
10分ほど歩き5分ほど跳ぶと(ゴリラたちはツタを伝う移動ルートを持っているらしいが、俺はコワイので肩車してもらった)ゴリラの家に着いた。3LDKの立派なお住まいだそうだ。
ゴリラ氏は鍵を開け、中に入っていく。
途中デカイダンベル(50kg)とか握力を鍛えるためにニギニギするやつ(80kg)とか、やたらトレーニングをするための道具がおかれている部屋を通り抜ける。
長い廊下を経てリビングに出ると、巨大なソファーに二人座っているのが見えた。片方は男でもう片方は少女だったが、ゴリラのグッズが何もかも大きいサイズなので男の方も小人のように見える。それだけでなく、何か見たことがあるような面構えなような気が……
「あーっ、お前は! ジャンボ小畑!」
衝撃的邂逅に思わず叫んでしまった。
「お、おめぇら知り合いだったのか! よかったな、一人じゃ不安……」
気を遣ってくれるゴリラを尻目に、俺はその男と話を続ける。
「きさま、なぜこの世界に……まさか、実は『詩の紡ぎ手』であるとでも言うのか? いや、それは決してありえぬ。 なぜなら、こいつはただの文脈だったからだ。だから違う……」
間違いなくその男はジャンボ小畑だった。だが、あの時の地味な格好とは程遠い、全体的に黒っぽいが、刺繍が入った派手な格好をしていて、おまけになにかブツブツ呟いている。非常に危険な感じだ。
だが、俺は忘れない。膨張する人々、プチっと潰れたアリス。どれもこれも、こいつの仕業に違いない!
「ジャンボ小畑アァッ! よくもアリスをォ!」
アリスを奪われた憎しみが力に変わり、どんな不良もびびる怒声を俺は自然と張り上げた。だが、ジャンボ小畑は意に介さず続ける
「どうした? 申してみよ」
「とぼけんじゃねぇ! お前のせいで、アリスが……ッ!」
友情パワーが体中に漲る! 拳に力を込め、流れるような体さばきで自然とパンチを繰り出す。必殺! 男のばかやろう拳!
だが、ジャンボ小畑はぬるりと拳を避ける。
「やはり、お前はあの世界の者ではないようだ。お前はあの世界とは『文脈』が違う」
どんなチンピラでも命中すれば改心させる必殺の拳をあっさりと躱される。勢い余ってつんのめってしまうなんて、こんな経験は初めてだ。
「いいか、お前は過ちを犯し、あの世界の文脈に矛盾をきたしてしまった。お前が生み出した矛盾はやがて混沌を呼び、結果『あの世界』は発散、つまり崩壊したのだ」
「矛盾ってなんだよ! お前のせいでアリスは死んだんだ! もうあいつは戻ってこないんだ!」
アリスとの友情パワーがそうさせたのか、俺は無意識に男の胸ぐらを掴んでいた。男と睨み合っていると、ふと視界の端で何かが揺らめく!
「兄様に何するのッ!」
「ぎゃはーーっ☆」
男の脇に控えていた女の子に突然回し蹴りからのかかとキックをかまされ、俺は悶絶してしまった。崩れ落ちる俺が見たものは、純白のおパン……
「きゃああっッ!」
「どうしたシンデレラ!」
「こいつ……」
「なにニヤけてんのよ! 死ねっ、スケベ! 変態!」
がしがしとガラスのハイヒールで足蹴にされるが、俺は元気です。
「シンデレラが、まるで飲食店でバイトをしているような明るい感じだが素直になれない女子高生みたいな雰囲気に! いかん、文脈が侵食しているッ!」
ジャンボ小畑はひらりとマントをはためかせ、現在超絶足癖悪い少女と化したシンデレラを後ろから押さえつけ、耳元で諭すように呟く。
「そのへんでやめておけ。この間抜けで軟派なおちゃらけ展開こそ、やつの『文脈』だ。このままでは奴のペースにはまり、やがて『ラブコメ』の傀儡とされてしまう!」
「え?」
「えっ?」
「……こほん。アリスに会いたければ、会わせてやってもいい。もっとも、私が『不思議の国のアリス』を手に入れてからだがな……」
「アリスを手にいれるって、お前変態か?」
「な、私に向かって変態だと、貴様ッ……」
「まって、落ち着いて!」
「はっ、くそっ、私まで……」
ジャンボ小畑はぴょいと後ろに飛び退いた。
「いや、やはり貴様は邪魔だ。もとの世界に帰るがいい!」
「元の世界に戻れるだって!? それはありがたい!!」
「んがッ! そこは嫌がるところじゃ……まあいいわ」
ジャンボ小畑は杖を振り上げ、呪文を唱える。
「さあ、お前の在りし世界に帰るがいい!」
ジャンボ小畑の杖から放たれた謎の闇の玉が足元にまとわりつき、それはまるで粘性の高い液体のように足元に広がっていく。
「うわっ! なんだこりゃ、キモチワリィ!」
足元がぬるっと柔らかい感触を感じる。徐々に体が暗黒の沼に沈んでいくのだ!
「う、うわぁあぁぁ!!」
俺の意識はそこで途絶えた……
◆ ◆ ◆
体がゆさゆさと揺れる……
「そろそろ授業終わるから、起きなさいよ……」
聞き慣れた声に俺は目を覚ました。
「どうしたの、顔色悪いわよ?」
声のする方に顔を向けると、隣の席のクラスメートである有栖川が俺の顔を覗き込んできた。
「心配してくれるのか、サンキュー、有栖川」
「はぁ、ば、ばっかじゃないの? 別に、あんたの心配なんてしてないから。これっぽっちも、してないからね!」
有栖川が俺の肩を掴んだ瞬間、先生がふとこちらに視線を向ける。
「有栖川、どうした?」
「いや、何でもない……です」
「仲が良いのも結構だが、きちんと勉強もしろよな」
あははは、とクラスメートの笑い声が聞こえる。少し恥ずかしい。
だが、授業もよくわかんないし、眠くなるのも仕方がないだろう。面白い授業をしてくれない先生も悪い。
そう思いながら教室の窓から外を見ると、バレーボールをしている伊集院が見える。
「相変わらずデカイものを揺らして……ムフフ」
「またあんたナツキの胸見てるんでしょ。変態」
「う、うるせぇなナイチチ……」
「な、ナイチチですって……!」
思わずいった独り言を聞かれ、恥ずかしくなってしまい、つい有栖川が気にしていることをつついてしまう。幼馴染だから許されるってやつだが、言い終えてからなんか悪いことをしたなという後ろめたさと、隣の席からくる恐ろしい殺意のような雰囲気に肌がピリピリしたので慌てて前を向くと、クラスの優等生である都津川が問題に答えていた。
「はい、不完全性定理の証明は、ゲーデル数とよばれる数で論理記号を置換することによって……」
キーンコーンカーンコーン……
「おっとっと、もう終わりだ。次の時間までに、ノートを見直しとけよ!」
そういって、先生はドアを開けてそそくさと教室から出て行った。
回答を打ち切られ、都津川は不満げな顔だったが俺たちには嬉しい昼の休みだ。
だが、そこに校内放送が入る。
「2年B組の柳沼千里くん、至急数学準備室まできてください」
「あんた、なにしたのよ」
「うるせーなぁ、お前に関係ないだろ」
「あ、わかった!」
有栖川はにやにやしながら言う。
「あっかてーん、とっちゃったんでしょ?! あんた馬鹿だもんね?」
「うるせ??だれが馬鹿じゃ??!」
「や?ん、変態が怒った?っ」
「おら?変態だぞ?っ」
そういって有栖川のナイチチを撫でくりまわしていると、後ろからポンポンと肩を叩かれる。振り返ると呆れたような顔をした友達の勝治がいた。
「夫婦漫才もいいけどよ、早くいった方がいいんじゃねえか?」
「おっとそうだった」
俺は有栖川をくすぐるのをやめ、廊下へダッシュした。
数学準備室に着くと、先生はコーヒーを飲んでる真っ最中だった。
先生は俺をソファーに座らせる。面談用の机のようだがちょっと小さかった。
「柳沼、お前に残念なお知らせだが、今回の中間、ギリギリでアウトだ」
「えっ、ギリギリで?」
ギリギリだったら通してくれてもいいじゃんかよと文句でも言おうかと思ったが、確かに中間当日に遊んでたし、後ろめたい気持ちもないでもない。
「というわけで、特別補習でこれから毎週放課後でみっちり教えてやろう……と、いいたいところだが特別にチャンスをやろう。この問題は解けるな?」
先生は目の前の紙を中程の赤い線が引いてあるところを指差しながら言った。
(2)
3x + 5 = 7
見た瞬間、言うべき答えが頭にじわじわと浮かびあがる。
『サンブンノニ』だ。
「さあ、答えは?」
先生は俺をじっと見る。
促されるままに応えようと思った。しかし、先ほどから感じているなにかそわそわした気持ち悪いという感情それを妨げた。言葉で表しにくい何かが、舌の裏に入ってしまった海苔のように俺の意識にへばりつく。
『サンブンノニ』って、何だ?
違和感の正体に気づき、俺は呆然と立ち尽くす。
「どうしたんだ、スーガクが苦手なお前さんでも、これはできるだろう。チューガクセーでナラウナイヨウだぞ?」
一体、何を言っているんだ?
頭にふと浮かんだこの思考で、俺は気づいてしまった! 先ほどから感じているこの不自然さは、分からないことが分からないということだ!
紙に書いてある内容も頭に浮かぶ答えるべきコトバもちんぷんかんぷんなのに、一体どうしてそう答えることだけは知っているのか!?
「先生……」
「お、わかったか?」
だから、俺は試しに言ってみることにした。
「俺には、どうしても、わかりません……」
瞬間、背中に薄ら寒い風が吹き抜けた。風が吹いている……あの不思議の国のように……
「本当に……?」
「本当に……」
「そうか……残念だがシンキュウに関わるからホゴシャニキテモラワナケレバ……」
ゆらりと先生が立ち上がる。その様子がなぜか不気味に感じられ、体中に寒気がする……
「う、うわあぁぁあ!」
思わず叫び、部屋の扉を開き外へ飛び出す。あまりに勢い良く飛び出したので廊下の壁にぶつかってしまった。だが、痛くなかった。
なぜなら、腕が壁を突き抜けたからだ。
「な、なんだこりゃあぁ……!?」
突如、壁がサラサラと崩れ始めた。
いや、壁だけでない。天井も床も、次々に砂になっていく。
「うわあぁぁあああ!!」
支えを失った2階が雪崩れ込んでくる!
飲み込まれまいと必死に走るが、足に力が入らない。
既に足元も砂と化しており、踏み出す足が突き抜けるのだ。
「うわああッ!」
砂の津波にのまれ、俺の視界は真っ暗になる。
◆ ◆ ◆
「ううん、眠い……」
眠い目をこすりながら俺は体を持ち上げる。
目覚まし時計をみると、もう学校の時間だった。
「ヤベエェ、遅刻だ!」
ゆっくりしている場合じゃない。急いで制服に着替え、カバンと食パン一斤を掴み家を飛び出した。
今学校に向かって全力疾走している俺は柳沼千里。どこにでもいるごく普通のラブコメ主人公だ。今日も今日とて食パン一斤を口にくわえながら慌てて登校していると曲がり角の向こうから突然男が現れて!
「また、会ったな。そうかここがお前の世界か」
「あなたは、天井から埋まってる姉がラーメンにレモンの衣」
柳沼千里は白いベッドの上で医師の診察を受けていた。真紅の髪の医師が、カルテにカツカツと記録を取る。
――
会話:5分(前日比-1分)
緊張:なし
――
医師は看護師に情報共有をする。
「今日は5分、文脈のある会話が出来た。表情は大分柔らかくなってきたが、頭がまとまっている時間は日に日に短くなっている。予定通りの期間で退院するのは難しいかもしれない」
「せっかく命を取り留めたのに、残念ですね先生」
「……我々が諦めてはいけないよ。リハビリというのは0か1かじゃない。どうしたら出来るようになるかを考えていこう」
柳沼千里はリハビリテーション施設の併設された精神病棟に入院している。外傷的事故により、一時は救急病棟のICUにて生死の縁を彷徨っていたが、奇跡的に一命を取り留めこちらの病院へ移った。現在は後遺症として一部の記憶障害、認知障害、文脈の混濁が起きており、リハビリによる症状緩和に努めている。
リハビリの内容は、文脈のない患者達が日常生活を送れるようになるための作業療法を中心に、運動やレクレーションも取り入れたものとなっている。また、医療従事者間のナレッジの共有も頻繁に行われており、病院全体として安定した治療実績を出していた。
診察を終えた紅髪の医師が、看護師達を集め講義を始める。
「今日はリビドーとアグレッションのお話だ」
リビドーはくっつくこと、アグレッションは離れること、と定義した場合、より恐ろしいのはどちらか?
アグレッションは、攻撃対象が自分以外の何かであれ自分自身であれ、観測できるもの、自他の関係性が生まれるものである。対して、リビドーはその対となる。関係性が消え、観測外となる。
イメージするならば、自身の手は目から離れているから見ることが出来る。しかし、眼球そのものを見ることは叶わない。鏡を使う? 鏡も、自身の肉体も、眼球にくっつき、融和し、溶けて消えた時、不可視となる。眼球=肉体=鏡というわけだ。究極的にくっつくとはそういうことなのである。
「だから、アグレッションよりもリビドーの方が恐ろしいものなんだよ」
「先生、難しくてよくわかりません……」
「シンデレラには後でもう少し噛み砕いて説明しようか。他の皆は大丈夫かな?」
有栖川、伊集院、都津川、3人の看護師は頷いた。
◆ ◆ ◆
「俺は……俺は……」
「柳沼さん、危ないですよ」
看護師は優しく声をかけ、患者、柳沼千里を窓から遠ざけた。柳沼は先日、窓から外へ落ちようとしていたため、病室を1階に移されていた。ここなら窓から出ても危険はないものの、退院後の生活を考えれば変な癖をつけるわけにはいかない、というのが病院の総意である。
「アリス、アリス、俺は、魂の半分を、君に置いてきてしまった。アリス、アリス……」
柳沼は医師の診察時以外の時間は、病棟内を徘徊したり、ベッドの上で直立したり、壁に頭を寄せたりしながら、うわ言を呟いていた。内容は実在しない人物や、取り留めのない話ばかりで、医師の所見では妄想ということになっている。
「俺は、魂を、世界に置いてきてしまったよ……アリス、アリス……どこに、いるんだ…………」
柳沼千里は気付かない。アリスや他の皆が自身と一体化していることに。アリス達が自身の生命力となってくれていることに。この世へ繋ぎ止めてくれていることに。彼の世から此の世へ送り出してくれていることに。
柳沼千里は気付かない。
「どこに、どこに、君を救わないと、俺は死ぬんだ……死にたくない、死にたくない……」
柳沼は焦っていた。彼の苛立ち、怒り、不安が混ざり合い、分別不可能・正体不明の情動へ変化していく。どこにも発散されず積もっていくアグレッションは、無意識下で一体化されていた彼の世を、アリスという他人を、自己から排除しにかかる。異物を外側へ追い出していく。
◆ ◆ ◆
紅髪の医師がナースステーションのドアを開けると、熱帯雨林と学校の校庭が広がっていた。ゴリラが地面に刺さり、食パン一斤と猫の首が空中を漂っている。明らかにいつもの廊下ではない、どころか、常識的にありえない光景が広がっていた。
「一体何が起きているんだ……これじゃまるで、柳沼とかいう患者の妄想の中じゃないか」
「まさにその通りだよ」
男の声が響く。ジャンボ小畑だ。
「ジャンボ小畑医院長! これは一体!?」
「柳沼千里、彼は物語を否定したんだ。否定して、外へ漏れ出した数々の物語が、今目の前に広がっている世界だよ」
「何をおっしゃっているんですか院長……何が何だか分かりませんが、この世界は間違っています……!」
「間違いなどではありませんよ、フロイト先生。これはハイフェッツ病の典型的な症例だ」
「ハイ、……なんですって?」
何かが弾ける音がして廊下からおびただしい血が流れてきた。ゴリラの強烈な張り手によって、看護師である有栖川の頭蓋骨は無残に砕けてしまったようだ。
しかし病院にいる誰もがそんな有栖川に目を向けようとしない。むしろ意図的に目を背けているようにも見える。
「かつてヤッシャ・ハイフェッツと時代を共にしたヴァイオリニストはみな、彼の圧倒的才能をまえに委縮し自ら道を閉ざしてしまった。新芽の成長に太陽の光は欠かせない、しかし度が過ぎれば緑を枯らしてしまうもの。そう言ったのはあなたのお弟子さんだよ」
それからゴリラはこちらに見向きもせず、世界の中心に渦巻く黒い沼へ向かっていく。パンも、ジャングルも、何もかもが吸い込まれて世界は黒に収束をはじめる。
世界の中心では何もかもが溶けて混ざり合い、彼の精神に痛みと癒しを与えていた。いまの彼は自罰意識に傾倒している。痛みによって癒されようとしている。
「ただありふれた普通の日常でさえ、彼らにとっては決して近づくことのできない輝かしい太陽だった」
まだ、彼には早かったか。この世界のジャンボ小畑に埋め込まれた深層意識がそっと囁いて、それからまもなく世界は完全な黒に染まる。
◆ ◆ ◆
世の中には幸せな人がたくさんいる。
例えば普通の家庭で生まれた人。例えば普通の学校生活を送った人。
友人関係を築き、スポーツや学問に励み、当たり前のような青春時代を過ごした幸せな人々だ。
だがそうでない人がいることも、柳沼千里は知っている。
彼女、有栖川千佳もその一人だった。
それまで孤児が集まる養護施設が世界のすべてであった彼女にとって、小学校の環境はあまりに異世界であった。
子供はときに純粋で、それがゆえに残酷にもなる。当たり前を知らない彼女はあっという間に子供の社会から孤立した。
息苦しい世界のなかで彼女は何を思っていただろうか。今となっては、考えを巡らせたところで何の慰めにもならない。
「やあ」
柳沼は保健室のベッドから起き上がり、無言で入ってきた有栖川に歓迎の言葉を投げかける。
「……」
彼女は長椅子に腰を降ろすと、いつもの調子で一冊のノートを取り出す。
そこには彼女の生み出したたくさんの物語があるようだが、柳沼にはなにひとつ分からなかった。
内容はまるで夢のように脈絡がない、筋道の立たない話だ。
ときおり挿絵もついている。小説というよりは絵本のような印象を受ける。
「それは誰?」
有栖川のノートを覗き込むと、そこには黒いぐちゃぐちゃな人間が描かれていた。
「……」
有栖川は黙ってこちらを見つめる。これも慣れた光景だ。
異世界の住人である彼女とのコミュニケーションにはいくらか時差が出る。
柳沼は辛抱強く返事を待った。
「……これは小錦。とにかく無敵なの」
そうかな。やや強張った瞳から彼女は嘘をついているようにも感じる。
無敵のはずの小錦は、どうみても体中から何かが飛び出しているしめちゃめちゃだ。
「俺もね、一年生のころはよく病院に通っていたんだ」
柳沼はゆっくり咀嚼できるよう情報を小出しにする。
「ジャンボ小畑っていうお医者さんがいてさ。苦しいときも悲しいときも何とかしてくれて、とにかく俺のヒーローだった」
保健室で顔を合わせるたび、彼女を何とかしてあげたいという気持ちが強くなる。
でもいまの俺にできることは何もなかった。
「5時間目が始まるから、そろそろ行かなくちゃ」
柳沼は保健室から出ようとする。
彼女は何か言いたげに顔を上げるが、柳沼はそれに気づかない。
数年後、柳沼と有栖川は同じ中学に通うことになる。
といってもそれは偶然なんかじゃなくて、近くに中学校がそこしかなかっただけだ。
生徒は持ち上がりだし、教員も足りていなくて小学校と兼任だし、ようするにここでも彼女にとって劣悪な環境は続いた。
この歳になると、クラスメイトも孤児の養護施設に入寮していることがどういうことか理解するようになる。
理解したうえでどのように接すれば良いか、未熟な中学生にはまだ難しい課題だった。
問題はそれだけではなく、異分子を排除しようとする教室の空気にあった。
村社会の色が強い田舎の学校。それを当たり前とする学内全体の雰囲気。
教務主任に直訴したこともあったが、結局のところなにも改善されなかった。
化け物ばかりのモンスターハウスだ。ここに居たって答えは見つからない。
俺は普通に登校して、しかし退屈な授業なんてなにひとつ頭に入ってこなかった。
だんだんイライラしてくる。どうして彼女にばかり悪い事が起こるのだろう。
教室に押し込まれてわけもわからないままただその苦痛に耐えている。
こんなところで。こんなところで。こんなところで。俺はいったいなにをしていたんだ。
「それで、中学を卒業したら寮を出ようと思ってるの」
彼女は相変わらず保健室の常連だった。
もうノートの続きは描いていないようだった。
「その後はどうする?」
「分からない。分からないけど、物語は私が暗黒の果てに放り出されたところから始まるのよ」
そう言っていた彼女は中学の卒業式のまえに肺炎を悪化させて、本格的な入院が必要になった。
当分のあいだ、学校生活は送れないということを知らされた。
「山場は72時間でしょうね。それまで持ちこたえればいいのですが」
柳沼が担当医を問いただすと、そのような答えが返ってきた。
病院を訪ねたときには、彼女はすでに術後療養のため山奥の病院に移送された後だった。
柳沼は化け物どもの教室でどうしようもない時間を耐えた。
それでもここを抜け出して彼女に会う事は、おそらく誤った対応だろう。
1コマ90分の授業が1日5回。それが2日分で10回。それさえ耐えれば休日が来る。彼女に会いに行ける。
彼女は意外に元気そうだった。
聞いたこともないようなド田舎の駅からバスに乗って数時間、田畑に囲まれた療養所はまさに現代に残された秘境という感じだ。
周囲にはかろうじて経営が成り立っているスーパーと、田舎特有のくたびれたパチンコ屋しかない。
彼女は抜け出してパチンコ屋に行こうとしたら年齢制限で入れなかったと笑っていた。18歳まで生きてパチンコ屋に入る。元気になったらじゃかじゃか打つ。それまでは死なないから。とも。
彼女はあくまで特別扱いを嫌っていた。周りが過ごしているような当たり前の日々を過ごしてみたかったに違いない。
だから特別なんて要らない。悲劇も、ドラマも、映画みたいなキラキラした日常も。ただ普通に登校して普通にお喋りして、普通に過ごせるだけでいい。
余裕ができたら、どこにでもあるごく普通のラブコメなんかも始めたっていい。俺がかつて成し得なかった普通の学校生活を過ごしてほしい。
でもそのためにいまの俺が彼女にしてあげられることとはいったい何だろうか。
「じゃあまたね、柳沼先生」
結局、何も変わっちゃいない。
俺はジャンボ小畑のように人を癒すことも出来なければ、目の前にいるたったひとりの生徒すら救うことができないでいる。
だんだんと、彼女と話したあとに辛くなっていることには気づいていた。
気分の問題か、理由は漠然としている。とにかく体がだるくて何もかもが嫌になる。
彼女に関していえば、状況は芳しくない。
医者は俺を呼び出して現状の説明をした。
「ほら、ここに黒い影があるでしょう。25mmで結構でかい。これが血管にぶつかっていて酸素がうまく回っていなかったんですよね。酸欠でいつ意識障害を起こしてもおかしくなかった。ラッキーなのは、併発してた肺水腫は何とかなったこと。一方で本体の腫瘍が手術しようにも完全には切除できない位置にあることはアンラッキーですな」
「そのことを彼女は?」
「もうずいぶん昔に伝えてあります、あなたはいつ倒れるかも分からないと。彼女、あなたが来る直前まで眠っていましたからね。いまは元気でも急変する可能性もあります」
「すみません、担任でありながら初めて聞くようなことばかりで戸惑っております」
俺が。
俺が優秀な医師だったら、なんとかできていたのかもしれない。
俺はジャンボ小畑にはなれない。ジャンボ小畑になれない人生に意味なんてあるのだろうか。
「柳沼先生、職能という言葉をご存知ですね。彼女を救うために医者には医者の、教員には教員のアプローチがあります。闘っているのは医者と患者だけでは無いのです」
俺はただジャンボ小畑になりたかっただけなのかもしれない。
そのための演出装置としてアリスを必要としていたのかもしれないし、うだつの上がらない教員生活に対して潜在的な不満があったのかもしれない。
しかしそれだけではなかったはずだ。初めての出会い。まるでかつての自分を見ているようだと感じたあの時の衝動が、俺をここまで突き動かしているのだ。
自分が果たせなかった夢の代理をさせようとしている、と言われれば否定はできない。
それでも彼女にはごく普通の生活を送ってほしかった。
自分がかつて辿った昏い道を、彼女は歩みだそうとしている。それをただ見ているだけなど到底許せない。
そのためには彼女の容態だけではなく、学級や学内にはびこる濁った空気といった課題は山積している。
到底俺一人では抱えきれない。
俺は、一体どうすれば。
「そしてお前は限界を迎えた」
「は?」
気が付けば俺はどこでもない場所にいた。
「お前の潜在意識はストレスゲンを排除しようとしている、そうだろ?」
そこにはアリスがいる。救えない。苦しい。だからアリスを殺す。アリスが死ぬ。苦しい。だから次の物語が生まれる。そこにはアリスがいる。救えない。苦しい。だからアリスを殺す。アリスが死ぬ。苦しい。そもそもアリスに関わることが苦しい。えっ、なんで?
「違う!」
「お前はよく頑張ったよ。弱音も吐かずよく頑張った。だからもう楽になっちまえ」
ジャンボ小畑が拍手をしながら姿を現す。
違う、これは俺の中にあるジャンボ小畑のイデアだ。
ジャンボ小畑の仮面をかぶって生きていくのはどれだけ楽だろう。
俺の中のジャンボ小畑が判断できるところまでで人生を完結させる。
手の届かないところは見なかったことにする。
きっと平穏無事に過ごせるだろう。
……でも、そうじゃないんだ。
あの時ジャンボ小畑が教えてくれた強さはそうじゃない。
無力で、脆弱な自分自身と向き合って行くこと。
そうして初めてアリスと、それから過去の自分を救うことができる。
「引導を渡してやる。もう悩まなくて良い。闘っているのはお前だけじゃない、このジャンボ小畑が代わりに物語を紡いでやる」
ジャンボ小畑の冷たい手が迫る。
死の瞬間。すべてが闇に包まれる。でもそこには愛おしさも人間らしさも無い、ただ獣のように生きて朽ちるだけの冷たい荒野が見えた。
アリスと過ごしたどうしようもない日々でさえ暖かく感じる。
アリス。
俺にはまだ、救わなければならない人がいる。
意識は闇の底から引きずり出される。
「俺は強くなんてない。それでもここまで人の道を外れないで矜持をもって生きてこられたのは彼女が居たからだ」
言葉にすればするほど、俺の決意は強固なものに変わっていく。
「だから、今度は俺が彼女の人生を取り戻す。そのためだったらお前なんて百人でも千人でも殺してやるよ」
物語の収束を感じる。世界の中心から吹き荒れる黒い嵐が襲い掛かる。
ジャンボ小畑が笑いながら言い放った。
「そう簡単には終わらせねえよ。お前の物語はここまでだ!」
違う。もはやこいつはジャンボ小畑なんかじゃない。
「人は弱いから、何かと比較したりいじめたり差別したりして相対的に自己を確立しなきゃ行けない人もいる。それが当たり前なんだよ。誰もが強いわけじゃない」
ゴリラから見た自分は、もしかしたら人間ではなくまた別のゴリラかも知れない。
パンに見えたなにかも、あるいは普通の人間だったかもしれない。
「異世界を感じていたのはきっと彼女だけじゃない。それぞれがそれぞれの異世界を感じていて、それで彷徨ったり悩んだり攻撃したりしてしまう」
受け入れるというのはただ理不尽を甘んじるのではなく、相手をゴリラやパンではなく一個人として捉えて向き合うことを指すのだ。
「だから、かっこつけたり見栄を張ったり自分をだましたりしないで自分の弱さと立ち向かわなきゃいけないんだ。そうだろう?」
俺はもう、どうしようもなくなったことをジャンボ小畑に押し付けて逃げるような真似はしない。
アリスの姉が持っていたのは一冊の絵本だった。
幼少期の有栖川が描いた理想の物語。
「馬鹿がよお! きれいごとでお前の失った時間が戻るわけじゃねえ! そんなことしたって何も変わらねえんだよ!」
ジャンボ小畑は荒ぶるが、もはや言葉で俺を揺るがすことなどできない。
「間違ってるかもしれない。でも何かを始めなきゃ、いつまでたっても物語は変わらないんだ」
「間違っていて全部が無駄かもしれないんだぞ」
「無駄なんかにならない。それをこの先10年20年かけて有栖川と証明してやる」
「……だったら次は負けるなよ」
◆ ◆ ◆
お前が寝てる間にも周りの声とか音は無意識が拾っているんだ。
お前の代わりにいまは俺が、現実の情報を少しずつ集めて判断しようとしている。
前よりずっと、こころも落ち着いてきた。
俺が最後の試練だからさ。ずいぶん時間が経っちゃったけど、でも大丈夫。
お前の周りには味方が居る。いまなら夢から覚めて現実に立ち向かっていける。
お前と俺と、何年来の付き合いだと思っているんだよ。お前のことなんて何でもわかっちゃうんだ。
「そう簡単には終わらせねえよ。お前の物語はここまでだ!」
さっさと終わらせてくれたって良いんだぜ。ここから先はお前の物語なんだからな。
「馬鹿がよお! きれいごとでお前の失った時間が戻るわけじゃねえ! そんなことしたって何も変わらねえんだよ!」
その意気だ。変わるってところを見せてくれよ。
「間違っていて全部が無駄かもしれないんだぞ」
間違っていてもいいんだよ。完璧なんてどこにもないんだ。
お前ならもう分かるよな?
だから、強く生きろよ。
きっと目が覚めたら俺たちのことなんて忘れちゃうだろうけど、それでいい。
覚えてないかもしれないけど、俺たちはお前に作られて感謝しているんだ。
たとえ最後には滅ぶ運命だったとしても、それでもお前に感謝している。
お前に滅ぼされるなら俺だって本望さ。
誰かの役に立てた、それだけで生まれてきた意味があったってもんだ。
広い広い現実の中で迷子になったときはまたここに来たっていい。
全ての物語が走馬灯となって、世界から解き放たれようとしている。
「……だったら次は負けるなよ」
最後の最後だ。
たとえ世界中の人間がお前の敵に回ったって、俺だけはお前を肯定してやる。
夢の終わりに、お前の人生のこれまでとこれからに、この言葉を捧げよう。
平行世界の物語が全て収束する。おれの意識が現実へと引き寄せられる。
俺はベッドで寝ていた。ずっと昔にどこかで精神に限界がきて倒れて、ただその時の漠然とした感情だけがかろうじて残っていた。
見間違えるわけがない。
有栖川はびっくりするぐらいの美少女に成長していて、昔は何とも思っていなかったがそこはかとない大人びた感じが俺をどぎまぎさせた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
視界に入ったカレンダーは既に2018年の年末を示していた。
有栖川の人生を取り戻すと意気込んでいた割に、周回遅れは俺の方だったみたいだ。戻ってきたは良いが、俺はもう取り返しのつかないところまで来ていたんじゃないか。
何も分からない。分からないけど、それでも強く進むしかない。覚悟はもう決めた。
ずいぶん長いあいだ喉を使っていなかったせいで、かすれて聞きづらく今にも消え入りそうな声しか出せそうにない。それでも逃げないで、ちゃんとここまで戻ってきた。だからさ。
どこにでもいるごく普通の当たり前にはまだちょっと届かない俺たちにふさわしい言葉で、またこの現実を始めようと思う。
「お、はよう、……アリ、ス」
彼女は泣きそうな顔で笑い、あらゆる世界を置き去りにして俺の手を強く握った。