プレゼント
甲高い音が、部屋に鳴り響く。僅かに、振動もある。
うるさい…とめなくては…。
冷える部屋の中、布団から極力はみでない様に手を伸ばし、目覚まし時計をとめる。
寒い、眠い、寒い、寝たい…。
けど起きなくては。……遅刻してしまう…。
別に怒られたくないとか、皆勤を目指しているとかはないが、ただ何となく、遅刻してはいけないから、しないようにするだけ。
動きたくない体を何とかして動かして、身支度をする。
あぁ、また今日も同じ日が繰り返される。
平凡で、なんの代り映えしない日々が。
平凡なのは悪くない。
平凡というのは、言いかえれば普通。
普通が一番だ。
物語の主人公のように、何か使命があれば楽しいだろうが、それは同時に辛い事でもある。
だから普通の生活を、ただ普通にこなしていく。
それが一番だ。
そしていつものように朝食を食べ、家を出る。
いつもの道を、いつものように通い、いつもの人達とすれ違う。
……。
いつもの、人?……。
おかしい。
何がって?
俺の目の前にいる人が。
背丈は俺より低くいがチビではない。髪は白く、服は白色のモコモコが付いた赤を基調としたジャケットを着て、ズボンは赤色。
おそらく、サンタの格好をしているだと思う。
サンタの格好をするのは、自由だ。
がしかし、ここは渋谷のど真ん中ではなく、住宅街。
しかも、朝の通勤通学者が通る道。コスプレなら、よそでしてくれ。
更に、その人はこちらを見続ける。
右に動いても、左に動いても、俺を見続ける。
「あの、何かようですか?」
訝しげな顔で、その人に問いかけてみた。
「おいおい君にようがあるから、こうしているのではないか」
「は、はぁ」
朝から変な人に捉まってしまった。
「変な人とは失礼な。どこから、どう見てもサンタだろ」
!?
え、今、俺口に出してたか?
「ん? いや、口には出てないけど?」
「ま、待て、どういうことだ」
自称サンタは、笑顔のまま答える。
「僕はサンタ。だから、君の思考が読める。どこか、おかしいところがあるかい?」
「いや、だから……はぁ。何から突っ込めば良いのやら」
ひとまず、ひと呼吸おくことにしよう。
……。
さて、まずは。
「なぜ、お前は、俺の思考を読める?」
「サンタだから」
「……。サンタである証拠は?」
「見ての通り」
……。だめだ。何一つ理解できない。
この嘘くさい人がサンタだと?
まぁ仮に、この人がサンタとしても、思考を読める理由にはならない。
どうやら、まだ夢でもみているようだ。
「これは夢ではないさ。サンタが、思考を読めても不思議ではないだろ? では逆に聞こう。どうして、サンタは子供達の欲しいモノが分かるのだい?」
「……それはサンタは親で、親だから子供の欲しいものが分って当然だから。というか、聞かなくても俺の心を読めば良い気が」
「ブッブー。答えは、サンタが子供達の思考を読んでるから。後、○○だから○○という固定観念を持ったり、自分の考えや想いを口に出さないようにするのはよくないね」
「確かに、その理屈は通っているけど。まず、相手の思考を読むという超人的な発想が理解できん」
というかコイツ、サラッと色々と否定しやがったな。
「サンタだから、超人的なことをできて当たり前だろ? ソリで空飛んでるし」
自称サンタは、少し顔を傾け聞いてくる。
「じゃあ、今、そこで空を飛んでみろよ。そしたら、サンタは超人的な事ができると信じてやるよ」
「空を飛ぶと、大事になるから、この場で浮くだけでも良いかい?」
「ああぁ別にそれで構わん」
人間が宙に浮く事は無理だ。何かしらの機械を使うなら話は別だが、この場にはそれらしきモノはない。
「言ったね」
そう言うと、フワッといとも簡単に浮いてみせた。
さっきまで、見下ろしていた視線が、一瞬にして見上げる視線になった。
「これで信じてくれるかい?」
え? どういう事?
これは何かトリックがあるハズだ。
自称サンタの周りを、見回ったり、手を振り回してみる。
が、糸で吊るしてる訳でもなく、立体映像を投影している訳でもない。
正真正銘、コイツは浮いている。
試しに、コイツを殴ってみるか。
「いった! なぜ殴る!?」
「お前が、本物かどうかの確認だ」
殴った時の感覚は、完全に本物。
人形を使っているみたいではない。
「あ、他にもこんな事もできるぜ」
そう言うと、自称サンタは何事もなかったように地に足を降ろした。
そして、近くにあった壁に、粘土に突っ込むようにドブッと手を突っ込むと、壁の一部をもぎ取った。
それを下投げで、上に放り投げると、口から炎を吐き出し、跡形もなく燃やしつくした。
「どう? 信じてくれる?」
自称サンタは、ニコッと笑顔をする。
あんな人間離れしたことを、容易くされた後に笑顔で応じられても、恐怖しかない。
ただ、超人的なことができることが証明された。
「分かった。少なくとも君が超人的な事が出来ることは、信じてあげよう」
「ありゃ、サンタであることは、信じてくれないのかい? まぁ良いや。早速だけど、本題に入るね。僕は、君に用があるのだよ」
「そう言えば、俺に用があるって言ってたな。その用とは?」
「僕の仕事は、子供達にプレゼントを渡すこと。けど、今回は君にプレゼントを渡すことなのさ」
「なるほど。それで、俺に用があると」
「そうそう。それで、今回のプレゼントなんだけど」
コイツには、まだ嘘くそさがあるが、超人的な事ができるヤツからのプレゼントとなると、少し期待してしまう。
力の譲渡や、開発、もしくはそれ以上の。
「好きな結衣ちゃんと付き合える可能性をプレゼントしよう」
…は?
コイツは何を言っている?
「結衣ちゃんの事が好きなんだろ?」
「べ、別に」
「本当に~」
結衣とは、幼馴染みで、いつも一緒に登下校する仲だが。
いや、そんな事今はどうでも良い。
「だから、俺は別に」
「あぁ~君面倒なタイプか。じゃあ、『友達』の結衣ちゃんと付き合える可能性をプレゼントで良い?」
「最初からそうしろよ」
俺は何に対してムキになっているのか。
「話をまとめると、君と…『友達である』結衣ちゃんが付き合えるように、僕がサポートしてあげるという事。期間は今日からクリスマスイブまで。勿論、結果は君次第だよ」
「なるほど」
「じゃあ、ここで話していると、遅刻するから、話しながら行こうか」
「分かった…いや、ちょっと待て。その格好で行くつもりか?」
「え? 何か問題でも?」
「問題しかない」
「分かった分かった。透明化するよ」
自称サンタは、左手で指パッチをする。
……?
何か変わった様子はないが。
「おい、何も変わってないじゃないか」
「君にだけ見えるようにしてるからさ。後、僕の声もついでに、君にしか聞こえないよううにしたし、君が僕に話しかけている間は、他の人から見ると普通にしているように見えるし、声も大丈夫にしておいた」
「何でもありかよ」
「サンタだから」
……。
「まず、結衣ちゃんからの好感度だけど、現状0だよ」
「0!?」
いやいや、コイツは何を言ってる?
「当然でしょ。ただの幼馴染みという関係なんだし」
「一緒に登下校してるんだぞ」
「家が近くだからね~」
「一緒にテスト勉強してる」
「その方が、効率良いからね~」
「一緒に遊びに行ったり、泊まったこともある」
「友達同士、普通の事だね~」
徐々に、自分がヒートアップしているのが分かる。
けど、止まらない。
「スキンシップも普通にしてる」
「えっそれはキモイな。というか、ちょっと落ち着きなよ。熱くなるのも分かるが、冷静になってみな。君達の関係は単なる友達。それに幼馴染みという、プラスアルファーが付くことによって、ある程度の許容量ができ、許されてるだけ」
確かに。
「単なる友達関係で、君がさっき言ったことをしてみな。過程はどうあれ、心の距離が離れる事があっても、絶対に縮まらないよ」
「なぜだよ」
「好意が丸見えだからだよ。これを下心とも言うね。そんなヤツが、自分のスペース、パーソナルスペースに入ってきてみなよ。拒絶したくなるだろ?」
「た、確かに」
「勿論例外はあるよ。相手も好意がある場合。それと、そういう事しても下心が見えない人、もしくはない人だね。まぁこういう人は逆に、どれだけ好意を寄せても気付かれないだろうね」
コイツが言っている事はだいたい分かるが、いまいちピンとこない。
「具体例を出してくれ」
「そうだねぇ。君のクラスのヤツで説明しようか。顔は良いのにもてないA君と周りに異性の友達いるけどもてないないB君。A君は、何かあれば女性に声を掛けている。そしていつの間にかスキンシップを繰り返し、急にアタックして撃沈。けどA君的には、ちょっとした事をプラスに考えてしまっただけ。しかし、それは勿論勘違いであり、その勘違いが、更に勘違いを生んで、更に勘違いをする。それは螺旋階段を下りるようにどんどん落ちて行く。そして気がつけば好きになっている。けど、それを認めれない心の弱さと焦りが相まって、ここから好きになった、アピールしていると定義付ける。その定義を元に、恋の戦略を練りアタックしたが撃沈。相手的には、驚きと動揺。あ、勿論マイナスの意味でね。だって全てはA君の中の物語。アタックされた方には関係ない物語。だから、告白されても、答えはノーという訳さ。今君が辿っているルートはこれだね。勿論、君とA君は違うから少し違うけど、分かりやすいだろ?」
そうなのか。
後、A君、ゴメン。
名前は伏せられているが、俺の席の隣の藤田であることが、モロバレだ。
お前の知らないところで、お前の心の声、全部知ってしまった、ゴメン。
「もう一方、つまり例外の場合であり、君がそうだと思い込んでいるB君ルート。優しいB君に、周りの人が男女関係なく集まるみたいだね。集まった友達には、平等に接するから、異性も平等である。だから周りから見れば、仲の良い友達がスキンシップをしても変に見えないし、本人達も変とは思っていない。勿論、好きな子の前でも普通にしているね。けど内心はかなり動揺している。それを隠す為に、あの手この手と策を弄する。その結果、鉄壁のカモフラージュの完成。けどそんな状態で恋の駆け引きをするから、当然失敗。だから全力でアピールをする。けど伝わらない。鉄壁のカモフラージュがあるからね。そして想いが伝わってないのに、突っ走って撃沈。相手は、ただただ驚きだね。どれだけ、本気で好きであっても、どれだけ想いが強くても伝わらない。友達以上になれない。まぁこの場合、優しさだけっていうのがダメかな。優しさだけでは、好きになって貰えないね。ちなみに、B君は斎藤君な」
そういうものなのか。
というか、斎藤の事だったのか、全然気付かんかった。
そういえばコイツも確か、俺の隣の席だったような。
つまり、両側に見本となるヤツがいたのか。
「ここまで、聞いといて悪いが、どうすれば良いのか分らん」
「そりゃそうだろ。まだアドバイスしてないし」
…確かに。
「じゃあ学校に着いたし、放課後にまた話の続きを」
自称サンタは、そう言うとスゥーと消えた。
いきなり、サンタとやらが現れ、恋のキューピットみたいな事をするとほざき、講義を始め、消える。
この先、おもいやられるな…。
キーンコーンカーンコーン。
放課後になった。
部活に行くヤツ。帰るヤツ。教室に残るヤツ。
各々、放課後の目的に合わせ場所を移動する。
さて、帰るか。
「お疲れ~。じゃあ、早速始めるとしますか」
「わぁ!?」
コイツの存在を完全に忘れてた。
存在を自由自在に操れるのだったな。
というか、急にこんな大声出したのに、周りは無関心かよ。
「ほら、僕に話しかけている間は」
「普通に見える上に、声も問題にならないのだったっけ」
「そうそう」
何でもありサンタに助けられるとは。
まぁ元々は、このサンタのせいだけど。
「それで、俺はどうすれば良い?」
「一緒に帰るように誘う」
「……それだけ?」
「それだけ」
は?
ふざけるなよ。それでは、今まで通りではないか。
「冗談、冗談。やる事は、下校する際に、一緒に帰るように誘うだけだけど、それに意味があるのだよ」
「意味?」
「今までは、何となく一緒に帰っていたのを、君からか誘うという明確な状態にすることによって、結衣ちゃんの心境に変化を生ませるのさ」
「なるほど、確かに俺から誘ったことなかったような気がする」
「更に、会話をする際は、聞き上手に回ること。自分のことばかり話されても、楽しくないからね。それを今後2週間続けること」
「ちょと待て。その間、他に何もしないのかよ」
「そうだよ。好感度0だからと言いって、焦っても良い結果は生まない。恋は根気が必要なのだよ」
「そうか。ひとまずは、お前の言う通りに動こう」
俺は早速、結衣の元に行き、一緒に帰らないかという誘いをしてみた。
男性陣はおぉーと盛り上がり、女性陣もキャーと盛り上がり、両者から冷やかしの声が飛んできたが、俺は結衣を強引に引っ張り連れ出した。
その後、少し気まずい空気が流れたが、何とか話題を提供しつつ、聞き役に回った。
2週間が経った。
町は、明日のクリスマスに向けて、街路樹は華やかになり、活気づいていた。
俺はその後も、自称サンタの言っていたことを守った。
最初は、周りから冷やかしの声が飛んできたが、次第になくなり、俺が誘うのが普通になっていった。
会話に関しては、下校中だけでなく、登校時などの2人っきりの会話は、徹底して聞き役に回った。
そして遂に明日がクリスマス。
アイツとも今日でお別れか。
「明日はクリスマスですね」
「そうだな。どう考えても、明日告ってもうまく行く気がしないのだが」
「する、しないは君の自由だよ。僕はあくまでサポートさ」
「ふっ確か、そういう『プレゼント』だったな」
「えぇ」
自称サンタは、ニコッと笑う。
全く、迷惑なサンタだったな。まぁ成功したら、何かしてあげるか。
勇気がでなかった言葉を、伝えられなかった言葉を、コイツのおかげで伝えることが出来るのだから。
「じゃあ、行ってくる」
「良い結果を待ってますよ」
「おう!」
玄関の扉を勢いよく開けた。
眩しいほどの太陽の光が差し込む。
新しい一歩を踏み出すことを、まるで世界が祝福しているようだ。
俺は今日、想いを彼女に伝える。
怖がらず、畏れず、きちんと伝えるんだ。
ニヤッ……。
「なるほど。この世界の秩序とやらは、複雑だな」
「えぇそのようで」
群青色のスーツを着た男は、革でできた大男もが座れそうな回転椅子を180度させながら言った。
それに対し、先程、告白する為に出かける男子を見送った男が答える。
「なぜ、この様な実験を?」
「……」
「おっと。あまり、こういう事に詮索しないのが、長い生きするコツでしたね」
「…物事の因果関係はだいたい分かった。けど完璧ではない。そこで私は、人間の感情に答え、もしくはヒントがあるのではと思った。まぁ結果は見ての通りだけどな」
「なるほど」
「それより、なぜ君が今回の実験の手伝いを? 君のような聡明な男が、私に消される可能性を背負ってまで」
「あなたと同じような理由ですよ。ですので、成功の暁には、僕の依頼も引き受けてほしいのですよ」
「そうなのか…。分かった、引き受けよう。君が生きていれば」
スーツの男は、懐から拳銃を目にもとまらぬ速さで抜き、銃声を2発轟かせた。
「グハッ……な、なぜ?」
「君にはまだ言ってなかったね。複数の人間の願いを叶えてくれる程、あまくないのだよ、世界は。例え同じ願いであっても」
「そ、そんな……ふざ、けるな」
「アイツなら、そんなあまい事でも何とかしようとするだろうな」
「僕は、か、のじょ、を…たす……け、るん……だ」
男は、崩れるようにその場に倒れた。
「…助けたくても、力がなければ意味がないんだよ。どんだけ想いが強くても、誰かを助ける為には力が必要なんだよ」
スーツの男は机の引き出しから、一つの写真立てを取り出した。
「時間が掛ろうとも、私は助け出す……きっと」
スーツの男の頬には、一筋の涙が流れていた。