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幸福共和国

作者: たかぴょん

平成二十一年の目覚まし時計が鳴った。世界中が過剰過ぎる祝賀ムードで嘔吐していた三が日は、ついに終わろうとしている。元代議士沢口俊輔はパープルの斜陽を浴びながら、十階の踊場から飛び立った。エレベーターが意味も無く降りて行った。とにかく靴を脱いでいるものだから、足から沈没していくかのように、風向きに逆らわず疾風怒涛の墜落だ。わたしたちには翼が無い。曲げるところなく、未泌の自殺行為となる。五メートル先にあるマンション敷地の正門には、母親と幼児が仲慎まじく寄り添っていたのが目に入った。沢口の耳には秒速の嵐が吹き抜けて行く。 昔懐かしい豆腐屋のチャルメラが聴こえて来る。世界は終わろうとしていたのを感じた。がむしゃらなころが、かすかに止まる心臓を慰めた。恐らく彼は将来の内閣総理大臣でも夢見ていただろう。 失笑することでは無い。男ならば誰でも持つ野望だ。



沢口はふと、入党前に行った政経塾の夏合宿を思い出した。伊豆までは車で行く。有志五十数人が各自の車を用意し、分乗した。

 政経塾はある実業家が将来の日本を救う人材を育てることを目標とした権利無き社団法人だ。一応地元の有力代議士安原房一朗が作った。 集会所が何部屋もある団体ビルの庭には、ポチという秋田犬が飼われていた。 ポチは女幹部白沢の白色セダンに乗った。

 三階の台所からをみんなで手渡しして、バーベキュー用の肉やドリンク入りクーラーボックスをバンパーに積める。

「近所迷惑だから返事はいらない」

 若手の頭の主任になったばかりの柳田は、内心いらいらしていた。朝の五時だといのに蒸し暑い中、彼らは阿佐ヶ谷の団体ビルを出発した。



烏山インターからハイウェイに乗り、海老名パーキングで井戸水から噴き出す美味しい水を飲む。

「巨大な公衆トイレは道路公団解体後、綺麗になりましたね」

そんな沢口が放った世間ばなしを皮切りに柳田と、構造改革がもたらす日常生活という「井戸端会議」が始まった。結局二人ですっかり伸びた塩ラーメンをすすったあと、同時に立ち上がった。言葉にこそ出さなかったが、互いの目にはここでスープ一汁でも残したら世論を敵に回すぞと以心伝心を感じ合っていた。白沢が「カモーン」と彼らを人差し指で車へ招き寄せた。もう出発の時間だ。




伊豆の町並みは万国共通の港町で、海からの陽射しが反射してまぶしかった。 吐きそうなほどバーベキューを楽しんだあと、塾開催の花火大会を部落や旅行客へ見せる。

夕方にリハーサルをして、ついに本番時間が訪れた。

未来の代議士たちは多種多様な法被を着て、ソーラン節を踊った。ちゃんとパカパカと鳴る小さな羽子板を両手で持ち、鳴す。カメラで撮ってみても、熱帯魚のダンスを見ているようで華やかで綺麗だった。

そして花火大会が始まる。子どもたちは将来の代議士たちが催す、マジックや一発芸に興じた。

これが幸福共和国だと、沢田はうなずいた。ソーラン節を踊り、見物人から拍手喝采を浴びながら確信にうたれていた。

「全員集合」

 安原の合図でポチ、部落の人々と全体写真を撮った。




その写真は静止写真だったのに、夜光が反射して、いくぶんにじんでいた。

そのにじみは、地獄の底であるアスファルトを照らす。高層マンションの小さな箱たちから放たれる明かりに似ていた。あと一秒で沢口のすべてが終わる。沢口はばか正直さに誤った与党攻撃で、自爆した。

 幸福共和国を夢見たエリートの墜落だった。






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