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第八十二話 戦状

 二面八腕六足、そして二翼。

 それらが元になった体からゴチャゴチャと()えている。

 鬼は最早、訳が判らないような姿なのに、さらに八本の腕の内、恐らく本来の腕であろう一対を残し、六本が剣のような形に変化していった。

 キラリと光るその刃は、確かに金属だ。


 やはり金性鬼?

 それとも、あれは地下にいるもう一匹の能力か。


 幸永は本来の腕らしき物が、金属化していない事が気に掛かった。

 まだ、この鬼自身の力が隠されている可能性がある。


 蝙蝠の様な翼は、見ている内に巨大化していく。

 最初の形状では全身を支えきれなかったのだろう。

 当然の様に、翼が大きくなった分だけ、どこかが小さくなったという事は無い。

 飛び上がった鬼の足下には、黒い綱が伸びていた。


「あれだ! あの綱を斬れ!」


 あの綱が、負気を補給している。

 いくらでも生えてくる腕も、翼も、あれが在っての事であろう。


 三人の隠密が、幸永の言葉に応えるように綱に斬り掛かった。

 そこへ覆い被さるように、鬼が襲いかかる。


「させんっ!」


 幸永も跳ぶ。

 斬り掛かっていた三人も視線を上げ、剣技を以て鬼を迎え撃つ。


 ガガガガガッ!


 雷光が煌めき炎が舞った。

 鬼の攻撃は、さして重くは無い。

 だが、吹き飛ばされたのは幸永たちだった。

 寧ろ、わざと吹き飛ばされる事で退いた。まともに受けると、武器が()たない。


 ゴロリと後ろに一回転して起き上がる幸永と、入れ違うように御杖代が跳び込む。


 ギィン!


 振り下ろされる御杖代の右腕を、同じように剣と化した鬼の腕が受け、側面からもう一本が、挟み込むように斬りつける。


 ギンッ!


 短い音がして、御杖代の剣が半ばで挟み斬られる。

 赤銅色の刃が、クルクルと宙を舞った。

 それを、跳び上がった幸永が中空で掴み、鬼に向かって投げ下ろした。


 御杖代の左腕を剣で受けようとしていた、鬼の顔面に刃が突き刺さる。


 ガァアッ!?


 通った? 攻撃が!


 一瞬、鬼の腕の連係が乱れる。

 鬼の背後、もう一つの頭の正面から攻めていた隠密が、剣を擦り抜けるように槍を突き立てる。

 いや、胴には当たっていたが、突き立ちはしなかった。


 着地した幸永は、鬼の脚を薙ぎ払うように剣技を放つ。


「烈火断!」


 ガッ!


 直撃した。

 吸い込まれるように炎が鬼の脚に集まり、しかし、断ち斬れる事も燃え上がる事もない。


 動きを止めた幸永に鬼が腕を振り下ろす、直前、御杖代の右腕が鬼を貫いた。


 ゴァアッ!


 鬼が呻く。

 見上げた視線の端で確認しながら、幸永はまたしても転がって距離を取る。


 続け様に、隠密が剣技を放つ。

 当たっている。

 確実に、腕の付け根や胴体に攻撃が当たっているが、やはり”入って”いるのは御杖代の刃だけだ。


 剣技が通らないのは、霊力差による物だ。それは間違い無い。

 ならば、最初の一撃で刃(こぼ)れし、鬼の攻撃に折られた御杖代の刃は、どうなっている?


 御杖代が右腕を引き抜くと、剣は折れた分だけ短くなっているが、切っ先は尖っていた。

 その剣に引かれるように、鬼の顔に刺さっていた刃がドロリと形を崩し、御杖代の腕に戻っていく。


 液化した刃は、短くなっていた剣に溶け込み、即座に元の形、元の長さへと戻った。


 ……違和感。

 なんだ?

 あれは、なんだ?


 神気の物質化で作られた剣では無い。

 幸永は、見覚えがあるような気がしていた。

 赤銅色の……。


「青銅……かっ!?」


 極最近、いや、寧ろ、つい先ほど、その赤銅色の青銅を見た覚えがある。


「八咫鏡の……」


 あれを、体に取り込んでいる?

 そんな事が出来るのか?


 いや、今日、この夜に見た物に関して、自分の常識は通用しない。

 咄嗟に、本当に思い付きで幸永は叫んだ。


「輝霊姫! 奴の足を斬れ!」


 言いながら、下段から斬り上げ、鬼に攻撃を受け止めさせる。


 御杖代に言葉が通じているとは限らない。

 だが、通じていると、通じるのもだと幸永は思った。

 それが、人では無いとしても、神霊その物であるとしても。


 御杖代の赤い眼光が走る。

 鬼が御杖代の剣を斬り飛ばしたのと同じように、赤銅の刃が左右から一本の足を斬り付ける。

 それは、先ほど幸永が斬ろうとして斬れなかったもの。

 それが、いとも簡単に断ち斬れた。


 好機っ!!


 寧ろ、今しか無い。


「爆炎衝っ!!」


 幸永はその身に業火を纏い、肩から鬼にぶち当たった。

 仲間を、御杖代を巻き込む事も厭わない。

 有りっ丈の神気を込めて、炎を爆発させた。




 宗泰が放った溶岩の槍を、泥性鬼は両腕を交差させて受ける。


 ジュドオォッ!


 先ほどと同じように、泥が猛烈な水蒸気を上げるが、やはり、減衰できる負気の量は限られている。


「斬り刻むしか無い、か」


 宗泰が全ての神気を叩き込んだところで、この鬼は倒せない。

 倒せる程度まで、斬り分けるしか無い。


「朱鷺ならば、出来るんだろうな」


 恐らく、朱鷺にこちらを任せれば、時間は掛かっても一人でこの鬼を倒せるだろう。

 だが、だからといって自分がもう二匹を引き受ける事は出来ない。

 属性だけ見れば相性は良いはずの相手ではあるが、実際戦えば囮役すら難しいだろう事が、容易(たやす)く想像出来る。


 倒す事を目指し、斬り刻んでいくか?

 それとも、完全に時間稼ぎに徹するか?


 僅かに視線を上げ、空を確認する。

 背後は山で、この斜面はまだ薄暗いが、既に空は明るく、日の出はもう近い。

 予定通りであるなら、山津の隠密が間もなく駆けつけてくれるはずだ。

 だが、その増援は朱鷺に付いて貰わなくてはいけない。

 最も大切な事は、町と人を守る事だ。


 宗泰は自嘲気味に、僅かに笑う。


「さて、できるだけやってみるか」


 鬼の泥で出来た体は自在に変化する。

 その事を意識しながら、宗泰は間合いを測って、敵の攻撃に合わせるように斬り掛かっていった。




 ザパァッと水飛沫を上げ、朱鷺は川に飛び込んだ。

 水深は膝下。本来、戦いには不向きな場所であるが、致し方ない。


 水に触れた大太刀がジュウッと水蒸気を上げる。

 やはり、かなり温度が上がっていたらしい。


 この戦いが終わったら、一度打ち直さないといけないだろうか。

 もう、使う事も無いだろうと思っていたのだが、万が一は有り得るのだと、今、身に沁みて感じている。


 顔を上げれば、広場の方から猛烈な熱気が吹き付けて来ている。

 右下に太刀を構え、暫く様子を窺ってみるが、鬼が追ってくる様子は無い。


 馬鹿そうに見えて、単に愚かという訳では無いらしい。


 残念ながらと自嘲して、上流に切っ先を向ける。


「弁柄っ!」


 恐らく、その先にいるであろう、かつての仲間の名を叫ぶ。

 以前の彼であれば、コレで通じているはずだ。

 乙種隠密で、特級と思しき鬼の相手は出来ないが、水系統の技と術は、町を護る為に必要になる。


 もう一度視線を上げ、朱鷺はポンと川から跳んだ。

 それを待ち受けるように、薙ぎ払うような鉱性鬼の拳が迫る。


 これも、予想通り。

 寧ろ、予想外の攻撃が無かったのが予想外か。


 ギィン!


 やはり堅い。


 縦に斬り込みながら、衝撃を殺すように後ろへ跳ぶ。

 拳の半ばまでを斬って振り抜き、川岸の柵をトトッと蹴って広場に降りた。

 同時に、再び火性鬼の放つ炎に取り囲まれる。


 素早く視線を走らせると、火性鬼は町の門の近くまで迫りながら、そこで立ち止まりこちらを見ていた。


 なに?


 属性変化する前と、雰囲気が違う?

 そんな、意味のありそうな行動をするようには思えなかった。


 ただ我武者羅に襲いかかってきた先ほどとは違い、こちらの行動を窺っている。

 待っている? 警戒している? 攻撃を誘っている?


 負気溜りと繋がる綱を斬ったから?

 いや、態度に変化があったのは属性変化した直ぐ後からだ。

 それに、最初から繋がっていなかった先の金性鬼は、明らかに知能が低かった。

 内在する負気が多く、それが知能になっている?

 いやそれも違う、あの目は、自我を持っている。

 操られているのでは無い、独立した、自分自身を持っている目だ。


 アレは、あの鬼だけは、核となった人間の意思を持っている可能性がある。


 再び、鉱性鬼が腕を振るってきた。

 無理に斬り付ける事はせずに、それを潜るように避ける。


 この鬼が金性鬼や岩性鬼より堅いのは何故だろう?

 いや、堅いと言うより、斬り難い、斬れ難いのか。


 試しに、表面の鉱石を削るように斬り飛ばす。

 鬼から斬り離されたそれは、負気では無く、砂のように成って崩れた。


 コレは、攻撃に特殊な変化を見せないが、()(よう)が特殊な類いか。

 ひょっとすると、鉱石では無く、砂が集まった鬼なのかも知れない。

 その砂粒が、斬られまいとしているようにも感じる。


 朱鷺が鉱性鬼の相手をしているのを遠目に見ていた火性鬼は、これ見よがしに背を見せ町へ向かう。


 やはり、あからさまに誘っている。

 町を護る為には対応せざるを得ない。

 罠……と言う程では無いだろうが、こちらの気を散らすのが目的か。

 この二匹を同時に相手するのは、かなり宜しく無い。


「百花斬!」


 先ほどと同じように、鉱性鬼の脚に連撃を叩き込み、すれ違うように火性鬼へと向かう。

 敵に知性があるのなら、そう何度も同じ手が通じるとは思えないが。

 案の定と言うべきか、町の門に手を掛けるかと見せかけていた火性鬼は、朱鷺が近付くのに合わせて振り返る、と同時に、上段からの斬り落とし。


 ガッ!


 合わせて斬り上げた朱鷺の太刀が迎え撃ち、切っ先を落とす。

 それを物ともせずに振り抜くと、即座に斬り返し、薙ぎ払ってくる。

 一瞬で炎の剣は元の長さを取り戻し、直後にまたも斬り飛ばされ短くなる。


 罠としては物足りない。

 ……後ろか。


 僅かな気配を感じ、横へ跳ぶ。

 近付きつつあった鉱性鬼は、振り上げた腕を所在なさげに一旦下ろし、回り込むようにしながら距離を詰めてくる。


 なるべくなら、町の近くで戦いたくは無い。

 恐らく、少なくとも火性鬼は、朱鷺がそう考えている事を理解しているらしい。


 さて、どうするか……。


 単純な霊力であれば、火性鬼は朱鷺よりも強い。

 それでも一対一であれば、何とかなるのでは無いかと思われるが、今それを言ったところで意味は無い。

 右に火性鬼、左に鉱性鬼を見ながら、朱鷺はゆっくりと距離を測っていた。




 小鬼の撃退で気を良くした兵士たちは、火性鬼が近付いてくるのを見て、途端に青ざめた。


 拙い。

 アレの相手となると、居並ぶ兵士は柵ほどの価値も無いだろう。


 隊長は、目線で衛士長に問い掛ける。

 引いた方がまだマシでは無いのか?


 衛士長もそれは理解している。

 傷を負わせる事が出来ないどころか、足止めにも成りはしない。


 チラリと背後を窺えば、集まっていた町人は既に町の奥へと向かって遠ざかっていくところだ。

 兵を下げる余地はある。

 だが、何処まで下げる?

 朱鷺は川に下りたようだったが、ただ逃げた訳では無いだろう。

 彼女が町を見捨てる事は有り得ない。何かの考えがあっての事だ。


 火性鬼が近付くにつれ、熱風が強くなる。

 広場を覆い尽くした炎は、今もその体から広がっているようだ。

 その中で、小鬼たちはまだ湧き出してきている。


「仕方ない。隊を纏めて距離を取ってくれ。私はギリギリまでここに残る」

「解った。無理はするなよ」


 そう言った隊長も、何が無理では無いのか、判断が付かない。


「全隊、後退。隊列を組むぞ」

「山吹! お前たちも下がれ!」


 衛士長は声を張り上げ、距離を取って様子を見守っていた山吹と丁種隠密たちにも後退を促す。

 彼女たちは特に訓練を受けている訳では無い、団体での行動は軍に(おく)れを取る。

 指揮を執る者が馴れていればまだマシだろうが、山吹はどちらかと言えば事務方だ。


 そうこうしている間に、火性鬼は門前まで迫ってきた。

 近くで見ると、その大きさ以上の迫力がある。


「……降神、久々能智(くくのち)命」


 目の前に翳した鏡から光が溢れ、蔦を絡めるかのように神霊が衛士長の体に纏わり付き、溶け込んでいく。

 衛士長の祀る神は木々の神。

 火に対しては漏性であり、そもそも力の差がありすぎて、神の力を借りたところで一撃を耐える事も出来そうに無い。


 全身全霊を懸けて、稼げる時間は一瞬か?

 自嘲気味に笑いながら、槍を構え直す。


 ジリジリと、柵を縛る縄が煙を吹き始めた。

 門に手を掛けると思われた瞬間、火性鬼がピタリと足を止め、振り返る。


 いつの間にか、朱鷺が広場に戻ってきていた。

 火性鬼は、それをじっと眺めているようである。

 それは、当然と言えば当然の事だが、何かおかしい。まるで朱鷺を待っているかのようにも見える。


 やがて、思い出したように前に向き直り、改めて、ゆっくりと門へと踏みだし、右手を伸ばす。

 不意に、その右手から炎が伸び、剣の形に成った。

 次の瞬間、駆け寄ってきた朱鷺に、振り向きざまに上段から振り下ろす。

 衛士長からはよく見えなかったが、数度斬り結んだ後、朱鷺は左へと跳び退いていった。


 火性鬼は衛士長などそこにはいないかのように、何の警戒も無く背を見せている。

 事実として、彼は手出しが出来ない。出しても意味が無い。


 あの鬼に打撃を与えられるのは、朱鷺だけだ。

 言い換えれば、朱鷺以外は誰が何人いようが、あの鬼にとってはいないも同然だった。

 このままでは、町人を町の奥に逃がしても、援軍が来なければ護れない。

 そもそも、援軍はあの鬼に対抗出来るのか。


 衛士長はただ槍を構え、吹き付ける炎に耐えていた。

 その時、背後から奇妙な風音が聞こえてきた。


 ヒュゥゥウウッ!!


呉服(くれはとり)螺旋脚(らせんきやく)っ!」


 風を切り裂き、螺旋(らせん)の言葉通り螺貝(つぶがい)の様な形をした、布の固まりが飛来した。


 ガアァァアンッ!!


 それが、布とは思えないほど堅い音を立て、鉱性鬼の側頭部に突き刺さる。

 いや、突き刺さったように見えるが、螺旋の先端部分の方が凹んでいる。


「絢音さん!」


 バラリと解けた布の中から現れた女性に、朱鷺が思わず声を上げる。

 飛来した、その瞬間から彼女であるのは判っていた。

 だが……。


「ここは駄目っ! 下がって!」


 乙種隠密でしか無い彼女が、戦える場所では無い。


「朱鷺さん!?」


 掛けられた言葉に、絢音は疑問を返す。

 ここは駄目の、意味が理解出来なかった。

 だが、それを説明している時間は無い。


 着地した絢音に、即座に鉱性鬼の右拳が振り下ろされる。


「くっ!」


 距離を取ろうとしていたはずの朱鷺は、一足歩で間合いに踏み込み、正面から拳を斬りつける。

 半ばまで斬り込んだ、その時、鬼の左拳が側面から殴りかかってきた。

 それを、咄嗟に刀の鍔元を盾にして受け止める。


 ガッ!


 無理な体勢だと、朱鷺自身も思った。


 ギッと一度軋みを上げ、次の瞬間、刀身の大部分を鬼の拳に斬り込ませたまま、大太刀が折れた。

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