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第八十一話 斬撃

 大きく森に向かって下がった朱鷺の、更に後ろ、先の戦いで金性鬼が這い出てきた辺りで、宗泰は全体を窺っていた。


 ただ鬼を倒せば良いという、いつもの戦いとは根本的に違う。

 僅かに判断を誤っただけで、町に、そしてそこに暮らす人々に被害が及び兼ねない。

 不安にも似た緊張感を持ちつつ、状況の変化を見逃さぬよう視線を走らせた。


 広場全体に散らかった負気溜りから、小鬼が次々と湧き出し始めている。

 ある意味予想通りであり、今となっては、その方がありがたい。


 山吹と和歌子は柵を跳び越え町に入った。

 そのまま兵士と共に小鬼の相手をしてくれるはずだ。


 特級鬼と思しき三体さえ、こちらへ引きつける事が出来れば何とかなるか?

 いや、そもそもの、街道から流れてくる液状の負気溜りは、まだ途絶えていない。

 強力な鬼が更に顕れる可能性も有る。

 そうなると……拙い、としか言えない。


 何と言っても、甲種隠密である宗泰ですら、一対一では勝ち目が無いのだから。




 朱鷺を取り逃がした泥性鬼は、ズシャズシャと足音を響かせながら追いかけてきた。

 そうは見えないが、走っているらしい。

 いや、体の大きさからして、それなりの速度は出ているだろうが、素早く移動しているようには見えないのだ。

 やがて朱鷺をその腕の射程に捉えると、今度は両手を振りかざして襲いかかった。


 だが、朱鷺の視線は後ろの、追いかけてこなかった二体に向けられていた。

 泥性鬼の攻撃は一瞬確認するように見ただけで、斜め十文字に刃を走らせる。


 ズズゥン。


 (せま)っていた太い泥の両腕は、いともあっさり斬り落とされて、その勢いのまま大地に叩き付けられた。


 拙いかな。

 あと二匹が釣れてない。


 余裕ある立ち回りをしているが、それはあくまで”立ち回り”だけに過ぎない。

 泥性鬼一体だけなら何とでも成るが、此奴(こいつ)の相手をしながら、もう二匹引き込むのは難しい。

 出来れば最初の一手で、三匹とも誘引したかったのだが。


 暫く朱鷺に向けられていた火性鬼の視線が、ゆっくりと、町へ向かう。

 それに合わせて鉱性鬼も背を向けた。


 判断力自体は、個別に持っているのか?

 負気溜りに繋がっては居るが、それに操られているという訳では無さそうだ。


 朱鷺は一気に泥性鬼の足下まで踏み込んだ。

 既に相手の腕は元に戻っている。そもそも、斬り落としたのは泥で形成された腕であり、その再形成は本来の腕の再生よりも遙かに単純で早い。


「はあっ!」


 気合い一つ。

 鬼の両足を一つの斬撃で斬り飛ばし、そのまま体を捻りながら大太刀の刃を返す。


「天翔斬!」


 大地を蹴り、鬼の股間から頭部まで一気に斬り上げる。


「はあああぁっ! 百花斬っ!」


 鬼を跳び越えるかと思わせるほどの跳躍から、落下に合わせて、百とは言わないが数十の斬撃を撃ち込んだ。


 ザンッと地に降り立つと、朱鷺は鬼の股下を潜るように駆け出した。


「あと、お願いっ!」


 宗泰に言い残し、振り向きもせず火性鬼を目指す。

 斬り刻まれたはずの泥性鬼は、前のめりに倒れつつも、しかし、辛うじて片膝を突き体を支える。

 同時に、纏っていた泥の一部がボタボタと崩れ落ちた。


 グフゥ……。


 上級鬼ならば十回は死んでいたであろう攻撃を受け、なお、泥性鬼は健在だった。

 僅かに呻きながらも、顔を上げる。

 そこに、溶岩で出来た槍が突き刺さった。


「獄炎槍!」


 ジュドゥッ!


 ゴアァアアッ!


 初めて、宗泰の技が通った。

 鬼は水蒸気を上げる顔面を両手で押さえつつ、叫びを上げる。


 泥性鬼から伸びていた負気の綱は、朱鷺によって細かく斬り飛ばされていた。




 炎を纏う鬼に斬り掛かると、それだけで自分の神気が削られる。

 熱を神気防ぎつつ、それでも(なお)受ける火傷を癒やし続けなくてはいけないからだ。


 だが、此奴らには通常の術や技は効かない。

 神気による攻撃は負気により減衰され、本来の威力を発揮しないどころか、掻き消されてしまいかねない。

 斬れる太刀で、直接斬り付ける剣技のみ、その体を損壊出来る。


 先ずは、負気を供給している綱を細斬(こまぎ)りにして、その後は斬れるだけ斬り刻むか。


 直感で、三匹の中でも一番強いと思われた火性鬼に狙いを定め、その背から伸びる綱に肉薄した。

 斬り掛かる為に深く踏み込んだ、その瞬間、待ち構えていたように火性鬼が振り返る。

 同時に、巨大な火柱が上がった。




 山吹たちから見れば、火性鬼が突然爆発したようにも見えた。

 広場の中程にいた鬼の発する炎は、居並ぶ兵士たちにも熱風となり吹き付ける。

 それは、身を縮こませるには十分だった。

 ほぼ全ての兵士が、丁種隠密たちも、恐怖で身を竦めた。


 だが、その爆炎は同時に、柵に飛び掛かろうとしていた小鬼たちの足も止めた。


 目を細め、ギリリと歯を食いしばり、それでも睨み返すようにして、隊長が叫んだ。


「突けぇーっ!」


 訓練の賜物(たまもの)

 その声に突き動かされ、反射的に槍が突き出される。

 ただの鉄で出来た、数打ち物の槍ではあるが、小鬼を貫くには問題ない。


 ドドドッ!


 空を突いた槍もあったが、それでも多くの兵士は、目の前の小鬼を的確に捉えた。


 ギィイッ!

 ギャアァッ!


 耳障りな悲鳴を上げ、幾匹かの小鬼は形を崩して地に落ちる。

 力尽きなかったもの傷を負い、柵から距離を取った。


 兵士たちはその姿を見て、自分たちの槍が通じるのだと、僅かな驚きと共に目の覚めるような感覚を得た。

 勿論、ほぼ全員が小鬼の討伐に参加した経験を有している。

 自分たちが小鬼を倒せる事は知っていたが、それを忘れてしまいそうになるくらい、この夜の戦いは厳しかっのだ。

 やっと、自分たちにできる事が見つかった、その事で、僅かに士気が上がった。


 視界の先では豪炎が渦巻いているが、それは、対応出来る者に任せるしか無く、来ない物だと信じるしかない。


「構えよっ!」


 隊長の号令に再び槍を構えて、柵の外に小鬼を探す。

 一列に並んだ兵士たちは、自分の槍が届く範囲に来るであろう相手に、鋭い視線を投げかけた。


 その戦いに背を向けて、衛士たちと、一部の丁種隠密も動き出していた。


「ここはもう危険です。急いで神社に避難してください」


 町が危ないから外へ逃げると説明されて来たのに、今は外は危ないと言う。

 普通なら文句の一つも出るだろうが、町を守る柵の外に、炎が広がっているのが目に見えている。

 逃げろと言われるまでも無く、町人たちは神社へ向かって駆け出していた。

 当然の様に、押し合い()し合いの大混乱になっているが、衛士たちは盛んに声を掛けながら流れを作ろうとしている。

 そして隠密たちは、自ら動く事により、その流れを助けようとしていた。


 同時に、郷司が軍を下げ、下手橋を完全に空ける。

 それに気付いた要領の良い者は、橋を駆け渡って南岸から神社を目指した。




 郷司は下手橋の南(たもと)から、門前の戦いと避難する町人を見つめていた。

 多少の……、いや、かなりの混乱はあったようだが、少なくとも主政たち文官が山津方面へ出立したのは確認出来た。

 望んでいた町人の避難は僅かに留まったが、致し方ない。


 再び門が閉ざされ、山吹からの文で山津への撤退は不可能との知らせが届く。


 前線の疲労と消耗は激しく、本来なら本隊を推し進めるべきであるが、避難の為に集まった町人が多く場所を取っており、兵の交替を行えそうに無い。

 郷司は暫く思案の上、展開していた本隊を下げさせ、下手橋上の隊も兵舎前に移した。


 丁度、下手橋が空いた頃、町人たちが町の奥への避難を始めた。

 読み通り、下手橋から南岸を移動する者が出て、大きく二手に分かれる事で町人たちの動きは円滑になったように見える。


 ただ、仕方無しとは言え、無傷の本隊百名を後ろに下げてしまった事で、右翼隊は現存兵力だけで町を護る羽目になっていた。




 宗泰は、溶岩の槍が泥性鬼に効くとは思っていなかった。

 常識的に考えて、火は水に弱い、(つい)でに言えば土は火の漏性であり、泥は火の大敵である。

 そう思っていた。


 だが、ただの火では無く、熱を持って溶けた岩は、その質量を以て突き刺さり、泥の水分を幾ばくか蒸発させた。

 勿論、負気の物質化で作られた泥だ、結果的には負気で補われ、元に戻る。


 それでも、負気を無駄に消耗させる事が出来た。

 何より、自分に注目させる事が出来た事に、宗泰は笑みを浮かべる。


 さあ、来い。


 勿論、声には出さずに、後ろの斜面へ飛び込みながら、もう一度溶岩の槍を作り出そうとした。

 その時、不意に爆発が起こった。


 ドオオオオォッ!


 渦を巻く火柱が吹き上がり、熱風が押し寄せてくる。

 疑うまでも無く、火性鬼の力だ。


「朱鷺っ!」


 技を中断し、更に森の奥へと跳び下がる。

 だが、火性鬼に斬り掛かっていた朱鷺は、アレの中心に居るはずだ。

 左手を翳し、目を細めてその姿を探すが、見つける事が出来ないうちに、泥性鬼が眼前に迫っていた。


 任されたコレを、森の奥に引きつけるのが自分の出来る精一杯か!?


 宗泰はギリリと奥歯を噛み締めながら、金性鬼との戦いで大きく焼け落ちた辺りまで移動する。

 ここからでは、広場や町の様子は窺えない。

 だが、だからこそ、鬼を一匹引き付けておくには丁度良いとも思えた。


 溶岩系の技は出が遅い。

 泥性鬼が迫ってくるのを見ながら、宗泰は大地に手を着き神気を送り込んだ。




 例え一時的であっても、負気を供給する綱を断ち斬らない限り、鬼に打撃を加える事は出来ない。

 更に、綱を断ち斬られる恐れがあると判断させれば、負気溜りから遠く離れる事をしなくなるだろう。

 そう思って、朱鷺はまず負気の綱の切断を狙った。


 まるで、それを読んでいたかのように、火性鬼は振り向いた。


 朱鷺が斬り付けようとした場所は鬼の腕が届く距離では無く、技の発動らしき動作も無かった。

 攻撃が来るとは思えない間合いで、突然炎が押し寄せて来た。


「っ!?」


 もう一歩手前であれば、太刀を振り翳す前であれば飛び退けたかも知れないが、最も回避が難しい一瞬を見計らったように、広範囲を巻き込む攻撃に晒されて、まともに吹き飛ばされる。


 地面をゴロゴロと転がり、そのままの勢いで跳ね起きる。

 神気で護られた体や着物は耐えてはいるが、ただの一撃でゴッソリと削られた感じがする。

 さらに、周囲には炎が渦巻き、長居はすればするだけ神気が失われる。


 コレは、森に引き込むのも拙い。


 出来れば川が良いが、流石にそれ程馬鹿では無いだろう。

 勿論、このままここで戦うのも好ましくなく、町に入れるのだけは絶対に避けたい。


 その考えも読んだのか、火性鬼は再び町へと顔を向けた。


 いや、そもそも、この鬼たち、と言うより、液状の負気溜りは、最初から湯川の町を目指していたのでは無いだろうか?

 その為に、わざわざ街道を進んできたのかも知れない。


 もしそうであるなら、負気の目的は、町に負気溜りを作る事?

 湯川の人々を、鬼に変える……いや、人を依り代に、鬼の形を取る事か。


 火性鬼は町に向かって足を踏み出した。

 止めなくてはいけない。

 だが、朱鷺は敢えて火性鬼に背を向けて、液状の負気溜りに向かった。


 やはり、コレを先に何とかしない訳にはいかない。


 懐をに入れていた、更に手足に巻き付けていた紙がバラバラと(ほど)けて朱鷺の周りに広がる。

 火性鬼の放つ炎の中にあって、それが燃え出す事は無い。

 朱鷺の父や弟が()いて、祓い清めを行い、神前に奉納されていた、一枚一枚に術札に匹敵する神気が込められた紙だ。

 それは、紙使い朱鷺の取って置き。


「桜花天舞!」


 数百の紙を刃に変えて、液状の負気溜りへと叩き込む。


 ズドドドドドドドッ!


 軽快な音を立てながら、紙の刃が突き刺さる、が、断ち斬れていない。


 成る程、これかっ!

 宗泰の言っていた、斬れないという意味は。


 彼の言っていた通り、斬れるが、擦り抜けるように手応えが無く、切断面は直ぐに戻ってしまう。


 (まつた)く、自分の言った事では無いか。


 意識を集中し、紙を呼び戻す。

 そして、大太刀を構えると、再度同じ技を放った。


「桜花天舞!」


 断ち斬れろ!

 その思いを、数百の刃、全てに載せる。


「おおおおおおっ!」


 珍しく、朱鷺が吠えた。

 放たれた紙は螺旋を描くように、負気溜りに沿いながら、次々と斬り掛かり、斬り裂いていく。


 意識の届く限り、目に見える、坂の上に至るまで。


 ズバァッと突き抜けた紙が宙を舞う。

 最後まで力を保っていた物は、僅かに二十枚ほどだった。


 だが、断ち斬る意思は確実に通り、目的は達成されている。

 先ほどまで一つに纏まっていた巨大な負気が、バラバラと崩れて落ちた。


 フウッと、息を吐こうとした瞬間。


 背後に気配を感じ、薙ぎ払うように斬り付ける。


 ギィィン!


 嫌な金属音が響く。


 鉱性鬼!

 この距離まで気が付かないとは、攻撃に集中しすぎたか。


 朱鷺に掴み掛かろうとしていた右手に大太刀が当たる。

 しかし、斬れない!?

 否!

 この世に斬れない物など無い。


「……斬っ!」


 その掌を水平に斬り裂くように、太刀は真っ直ぐ通り抜けた。


「百花斬!」


 即座に刃を返し、鬼の両足に多数の斬撃を叩き込む。


 ガガガガガガガガガッ!


 音が、悪い。

 斬れてはいるが、これは刃を痛めている可能性が高い。


 朱鷺は顔を顰めつつ、鉱性鬼の脇を擦り抜けた。


 此奴は、問題では無い。

 それよりも、優先すべきは……。


 火性鬼は町の門へと近付きつつあった。

 だが、運の良い事にと言うべきか、そこに至って、視線は朱鷺の方へと向けられている。


 やはり、負気の綱を斬り飛ばされた事、負気溜りその物を斬り分けられた事は無視出来なかったか。


 心の中でほくそ笑み、駆け寄りながら考える。


 この後、どうする?


 負気の補給を断ったのだから、斬り続ければ弱体化させる事も出来るだろう。

 だが、その前に、この炎にやられ、自分の方が先に力尽きる。

 どこかで一度離脱するか。

 せめて、山津からの援軍が到着するまで頑張ってみるか。


 右脇に構えた朱鷺を真似るように、火性鬼も右構えの姿勢を取った。


 刀は持っていないはず。

 そう考えるのは甘いだろう。


 相手が背丈に合わせた刀を持っているなら、この辺り。

 そう思い、右逆袈裟に斬り上げると、案の定、鬼も合わせて刃を振るった。

 それは、刃と言うべき物では無かったかも知れないが。

 形だけは刀を模した炎の固まりが、朱鷺の大太刀と斬り結び、中程で斬り飛んだ。


 全てが予想通り。

 しかし、一瞬で元の長さに戻ると、薙ぎ払おうとしていた朱鷺に振り下ろされる。

 それもまた、予想通りではある。

 切っ先を変え、刃に刃を立てるようにして、斬り上げる。


 次、たたみ掛けてくるであろう斬撃を受けようとしていた朱鷺は、思いとどまって、跳び下がる。


 敵の攻撃は想定範囲内だが、自分の消耗が、思っていたよりも激しい。


 チラリと見れば、鉱性鬼も直ぐ傍まで迫ってきている。

 先ほどは、ただ掴み掛かってきただけだったが、恐らくそれだけでは無いだろう。


 朱鷺は手に持った大太刀に視線を落とした。

 初めて見るほどの刃毀れ、そして、明らかに高熱を受けている。


 この子も、長くは保たない、か。


 一旦、火性鬼の影響圏から出たい。

 だが、その隙に町が襲われる可能性がある。


 一か八か、川に飛び込むか。

 この位置からなら、直ぐそこだ。


 ジリジリと下がる朱鷺を、火性鬼は同じ間合いで追ってくる。


 付いてきてくれるとありがたいが。

 そう思いながら、朱鷺は一気に川へと飛んだ。

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