表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/92

第六十六話 大鬼

 のそりと、坂の上に姿を現したのは、確かに鬼だった。

 腰にボロ布を申し訳程度に巻き付けた、筋骨隆々たる大男。

 その頭部には、異様に長い角が生えていた。


 鬼を確認した兵士たちは、当然の様に槍を構えて迎え撃とうとする。

 それをチラリと横目で見て、山吹は歯噛みした。


 勝てない。

 そもそも、兵士たちの槍では傷一つ付ける事は出来ないだろう。


 鬼はただ歩いているように見えて、その早さは人に倍している。

 驚くような事では無い、背丈が人の二倍、軽く十尺以上はある。

 武器は持っていないが、間合いも人の倍。

 そして腕力は倍では済まない。


「……駄目ですね。兵士を下げてください」


 (たま)り兼ねたように、山吹は隊長に訴えかけた。

 それに疑問が返る。


「なに?」

「あれには勝てません、兵が無駄死にするだけです。唄太さんも、皆と一緒に下がっていてください」


 そう言いながら、刀を抜き放ち、山吹はゆっくりと歩き出す。

 鬼は既に坂を半分以上降りて来ている。


 たぶん上級鬼。

 勿論、等級認定官がいる訳では無いので、自分の推定ではあるが。

 感覚的に、自分では勝てないという事は理解出来る。

 術札や霊力を無駄に消耗したくは無いのだが、さて、宗泰が来るまで、どうやって時間を稼ぐか。


「全隊っ! 撤退! 町の中まで下がれ!」


 隊長の指示を受けて、兵士たちは一斉に槍を降ろし、弓を拾い上げると、素早く列を作りながら移動する。

 この辺りは訓練通りだ。

 ただ、その表情は酷く強張(こわば)っている。

 特に山吹と隊長の会話を聞いた者達は、青ざめていた。


 町の中側にいた衛士長が門を開けてくれて、兵士たちはそのまま止まる事無く町へと入っていく。

 予備の装備を載せた荷車が、川縁に置いたままになっていたが、隊長はそれを放棄した。

 一刻も早く、ここから離れた方が良い。

 見ている間に、鬼と隠密との間合いがどんどんと近付いていく。

 一触即発とは、こんな感じなのだろうか。

 ゴクリと唾を飲み込み、唄太たちに手で合図して、隊長も門の中へと下がった。


 巨体。

 七尺、八尺はよくいるが、十尺を超える鬼はあまり居ない。

 その体躯を構成する為だけに大量の負気を必要とし、特に体重を支える下半身にばかり集中して、均整の取れていない、非常に不格好な姿になる。

 また、体の大きさは、普通の人間に対しては圧倒的有利に働くが、隠密相手にはそうはいかない。

 鈍重で、目立ち、すぐに討伐の対象となる。

 稀に生き残っても、余程の馬鹿で無い限り、徐々に体を小さく変化させていく。


 山吹は、目の前にまで迫った鬼を、改めて観察する。

 普通の鬼、つまりは、変わった所が見当たらない。

 大型の鬼は足が太く短くなりやすいという常識も無視している。

 属性変化も見られない。

 そして、その表情、目には知性が感じられない。


 既に坂を下りきり、柵を挟んで対峙している状態なのだか、攻撃を仕掛けてくる様子は無く、ただぼうっと山吹を見下ろしながら歩き続ける。

 ドカリと、避ける事無く柵を蹴り倒した。


「……あー」


 半開きの口から、重いが、間の抜けた声が発せられる。


 知性が、無い?


 上級鬼は、少なくとも人と同程度の知能を持つはずだ。

 ”これ”は、おかしい。


「あーおー」


 不気味な声を発しつつ、鬼が山吹に手を伸ばす。

 勿論、捕まるような事はなく、大きく後ろへ飛んで避ける。


 ゾクリと、寒気がした。

 嫌悪感? 言いようのない気持ち悪さ。


 手の届かない距離を維持しながら、様子を窺っていて、やっとそれに気が付いた。

 鬼の股間が、ムックリと持ち上がっている。


「ああー」


 奇声を発しながら、ニタァっと笑う。


「こいつ……」


 攻撃とも呼べないような掴み掛かりをするはずだ。

 女性とみて、欲情しているらしい。


「気色の悪いっ!」


 吐き捨てるように言って睨み付ける。

 しかし、その言葉の意味を分かっているのか、いないのか。

 鬼は両手を前に伸ばしながら、ドスドスと山吹に近付いてきた。


 自分を囮にすれば、時間は簡単に稼げる。

 町から引き離す事も出来るかもしれない。

 山吹は町の反対側にある、雑木林に飛び込んだ。


 頭はアレだが、力の強い鬼である事は間違い無いだろう。

 自分では倒せないとの考えは変わらず、宗泰が来るまで引きつける事に集中する。


蔦根緊縛(ちようこんきんばく)っ」


 大地に手を着き神気を注ぎ込む。

 ザワリと、周囲の草木がそれに応えた。


 何も考えていないのか、鬼は樹木を押し退けるようにして、雑木林に踏み込んでくる。

 そこへ、縄を掛けるように蔓が打ち付けられた。

 同時に、足下からは木の根が湧き出し、その足に絡まりだした。


千種萌芽(せんじゆほうが)


 更に懐から取り出した小袋を叩き付けると、零れ出た種子が鬼に纏わり付き、瞬く間に芽吹いて葉を広げた。

 下級鬼であれば、これだけで動く事が出来なくなり、半時もすれば土に変わっている事だろう。

 だが、上級鬼相手ではそうはいかない。


 絡まる蔦や木の根を気にも留めず、ブチブチと引き千切りながら足を進める。

 体表を覆うように広がった草も、育つ事無く枯れていく。

 その身から漏れ出る負気が、樹木や種子に込められた神気を大きく上回っているのだ。


百葉刃(ひやくようじん)


 樫の木の幹に手を着き、その葉を刃に変えて打ち放つ。


 バババババッ!


 言葉通り、百ほどの木の葉が襲いかかる。

 しかし、ただの一枚も突き刺さる事無く、バラバラと落ちていった。


「!?」


 おかしい。

 次々と放つ技が、何ら足止めにすら成らない。

 いくら何でも、ここまで効果が無いなど、普通は有り得ない。


 思っているよりは、遙かに強い?

 それとも……。


「おーっ!」


 木々を楯にして逃げ回る山吹に、苛立ったように鬼が叫ぶ。

 直後に、グンッと腕が伸びてきた。


「なっ!」


 驚き、転がるようにして避ける。

 山吹を掴み損ねた鬼の手は、そのまま背後の木々をへし折っていった。


 ジャラジャラジャラッ!


 場違いな音が鳴り響く。

 鬼の腕は、途中から太い鎖へと変化していた。


「な……なによ、それ!?」


 それは、見た事も聞いた事も無いような変化。

 明らかに頭の悪そうな鬼が、そんな複雑な肉体変化を行う事が出来るのか。


 グンッと引き戻された、鎖に繋がる拳は、勢いで周りの木々を打ち倒す。

 まるで鉄球付きの鎖を振り回しているような物だった。


 ドガッ!


 山吹を狙い、打ち下ろされた拳が地面にめり込む。

 まるで鉄球、では無い、確かに拳が鉄のような物に変わっている。


「金性か……」


 二匹連続で苦手な金性鬼。

 今日は運勢が悪いらしい。


「しっかし、私を捕まえたいんじゃ無かったの?」


 バキバキッと音を立てながら、周りの木々が枝を折られていく。

 あの攻撃に当たったら、一溜まりも無いだろう。

 とても生け捕りにしようとしているようには思えない。

 本格的に馬鹿なのか。


「おっおーっ!」


 頭はアレだが、霊力が強く、力も強い。

 そしてその使い方だけは解っているらしい。

 メキメキと軋みを上げながら、鬼の左手が大鉈の様な形状に変化する。

 それを薙ぎ払い、目の前の大木を叩き折る。

 いつも間にか、足の指が巨大な鉤爪になっていて、地面を掴むようして斜面を駆け出した。


火群(ほむら)!」


 山吹の攻撃は、金性鬼には通らない物が多い。

 仕方なく、火の術札を使う。

 扇状に広がった炎は、瞬く間に燃え広がった。

 木々の力を借りる山吹にとっては、最悪の戦術に近い。

 そして、炎に炙られながらも、鬼は意に介さず近寄ってくる。


 これはかなり拙い。

 時間稼ぎは出来ているが、まったく削れている気がしない。

 殆ど逃げ回っているだけだ。

 そして、徐々にではあるが、距離を詰められている。


 再び、鬼の右手が山吹に迫った。

 手を開いている辺り、一応、捕まえようという意識はあるらしい。


 当たったら死ぬけどね。


 そう思いながら地を転がって避ける。


「土顎」


 土の虎挟みが鬼の足下から跳ね上がるが、あっさりと蹴り崩される。


「いくら何でもっ!」


 一瞬すら止められない。


 鬼の足は最初に見た時よりも、太く長くなっている。

 特に変わった所の無い外見だった鬼が、今や明らかな異形へと変貌してしまった。

 状況に合わせて形が変えられるのか、思いのままに変わってしまったのか。


 鬼は深く体を沈めると、一気に跳び掛かってきた。

 山吹は大きく後ろに下がるが、避けきれない。


 ドオォーーン!!


 巨大な、土で出来た竹の子のような物が、鬼を突き上げ、吹き飛ばした。


「大丈夫か?」


 いつの間にか、すぐ後ろに宗泰が立っていた。

 視線は鬼に向けたまま、山吹に手を差し伸べ助け起こす。


「あ、ありがとうございます。少し危ない所でした」


 その言葉も終わらぬ内に、ジャララッと音を立て、鬼の右手が飛来する。


土障壁(どしようへき)


 ズドォーン!


 大地から現れた土の壁は、しかし、あっさりと討ち破られる。

 宗泰は、山吹を脇に抱えて大きく跳び退いた。


「確かに強いっ」


 着地と同時に地面に手を着き技を放つ。


土龍槍(どりゆうそう)っ!」


 飛び出た土の、槍とい言うより丸太の杭のような物が、鬼の腹部に突き当たる、が、刺さらない。


 ドゴォッ!


 大きな音を上げ、鬼をやや後ろに動かしたが、土の槍自体は潰れて崩れた。

 傷一つ突いていない、ように見える。


「むぅ……」


 目を細め、流石の宗泰も呻きを漏らす。

 倒せるとは思っていなかったが、傷さえ付けられないのは予想外だった。


漏性(ろうしよう)とは言え、ここまで効かんか」


 宗泰は札束を取り出すと、素早く()って二枚を抜き出す。


「爆炎っ!」


 一枚が燃え上がり、目の前に手鞠の様な火の玉が現れる。

 それは一瞬後に、吸い込まれるように鬼に向かっていった。


 ズッドォーッ!


 霊力を足して強化されたその術は、言葉通り爆炎を生み出した。

 だが、それで倒せる敵では無い。


八十(やそ)水矢(すいし)っ!」


 八十は物の喩えだ、通常は十数本の水の矢が放たれる。

 宗泰はその術にも、込められるだけの霊力を追加した。


 現れた四十ほどの水の矢が、炎が消えたばかりの鬼へと降り注ぐ。

 ザアァァーッと雨の降る如く、打ち付けた水の矢は、突き刺さる事無く蒸発してしまった。


 バゴンッ! ガコンッ!


 突然、鬼の体が大きな音を立てる。


「おあぁああっ!」


 初めて、鬼が悲鳴を上げた。


「やはり、熱して冷やすのが効くのか」


 以前、運び屋をやっている隠密から聞いた事だ。

 金性鬼は火で炙って水を掛ければ良い、金物は熱して冷やすを繰り返すと歪んでくるのだ、と。


 膝を折り、鉈になった左手を突いた鬼に、(とど)めの大技を放つ。


溶岩(ようがん)百剣陣(ひやつけんじん)っ!」


 神気を集中し、大地へと送り込む。

 正鹿山津見命は山の神だが、宗泰の祀るそれは、火山の神だ。

 その力を借り、大地の熱を呼び起こす。

 絶大な威力を誇るが、技の出が極端に遅く、使いどころが難しい。

 今、動きを止めた鬼を中心に地面が揺れて、徐々に赤熱し始める。


「おおぉ……」


 動揺するように、鬼が顔を上げる。

 何が起こっているのか理解できていないのであろう、手を着いたまま周りを見回す。

 それを見て、宗泰はニヤリと笑った。


 ズッドオオォォォッ!!


 これは技の名の通り、百を超える溶岩の剣が大地より高々と突き上げて、鬼の姿を飲み込んだ。


「くっ……ぅ」


 袖で顔を庇いつつ、山吹が微かに呻く。

 放射される熱で、周りの木々が一気に燃え上がった。


 遠く、町の中から眺めていた兵士たちも、木々の梢ほどに迫る溶岩の剣山に、大いに(どよ)めいた。

 そこには、畏怖が、恐怖が込められている。


「あれは……どちらだ? 皇儀か、鬼か」


 郷司の陣からも、その技は見えた。

 そして、聞かずにはいられない、あれが敵の技なのか、味方の技なのか。


「皇儀でございます。先ほど申し上げました、一人で上級鬼を倒せる者。町でも一番の使い手でございます」


 郷司は、思わず笑いを零しそうになる。

 あれが人間の技だというなら、自分たちは何とちっぽけな存在なのであろうか。

 長らく続いた戦乱で、槍を持って走り回っていた事が、凄まじく馬鹿らしい。


 皇儀の隠密とは、一体何なのか。

 湧き出る疑問を、郷司は奥歯に噛み殺した。




 ドロドロと、溶岩の剣がその形を崩していく。

 突き出た時は赤熱していたそれは、すぐに黒く変色し輝きを失った。

 だが、依然、高温である事に変わりは無い。


「少し下がろう」


 宗泰は背に庇いながら、山吹に声を掛けた。


 鬼の遺体を確認すべきだろうし、火を何とかしないと山火事が広がりかねない。

 それでも、一旦下がって落ち着いた方が良いと考えた。

 まだ、鬼は続くはずだ。山吹にも頑張って貰わなくてはいけない。


 背を向け、広場へ向かって跳ぼうとしたその時、有り得ない声が響いた。


「おおおぅおぉーーっ!!」


 ドドドドドッ!


 固まりかけた溶岩が崩れ、鬼が姿を現した。


「なんだとっ!」


 角が歪み、全身が歪な形になっているが、鬼は力尽きる事無く体を起こし、その目を宗泰たちへ向けた。


 確実に倒したと思っていた。

 金性鬼が苦手とする、極高温を含む打撃。

 いや、火性であれ、水性であれ、ありとあらゆる上級鬼が、あの攻撃には耐えられないはずだ。


「まさか……」


 特級鬼。

 かつて人類が存亡を賭けて戦った、最強の鬼。


 宗泰は山吹を抱きかかえ、一気に広場まで跳んだ。


「山吹っ、救援を呼べ。あれが特級鬼なら、総力を結集しなければ勝てない」


 降ろしながらそう伝え、再び鬼を振り仰ぐ。

 まだその動きはゆっくりで、確認するように、一歩一歩、こちらを目指していた。


 運び屋たちがいてくれれば、いや、せめて小鞠がいれば。


 乙種以下の攻撃では、殆ど効果が期待出来ない。

 甲種の仲間がいてくれればと、切に願う。


 チラリと、東の空を確認する。

 夜明けは近い。

 持ちこたえさえすれば、小鞠が来てくれるかも知れない。


 そう考える自分に、思わず苦笑する。

 娘に頼るような歳になったか?

 いや、まだまだ、娘に誇れる父でありたい。


 宗泰は刀を抜くと、切っ先を下にして地面に着けた。

 そしてそのまま、ズブズブと沈めていく。

 まるで水面に沈めているかのように、何の抵抗も無く鍔元まで入り込んだ。

 刀に、大地に、神気が流れ込んでいく。


 広場に降り立った鬼を見上げ、一つ息を吐くと、ゆっくりと刀を引き上げる。

 現れたのは身の丈ほどの大きさに変わった、身幅も厚みも、とても刀とは呼べない大刀だった。


「行くぞっ!」


 自分に気合いを込めるように、声を発すると一気に駆け出した。

 常人には持ち上げる事さえ出来ないであろう、大刀を横に構えて一気に肉薄する。


 一撃で消滅させる事が難しい鬼であっても、切り刻んで消耗させれば、何とでも成る。


 足を薙ぎ払おうとする宗泰に、鬼は左手の大鉈を振り下ろす。

 それを見て取り、宗泰も大刀を斬り上げ、迎え撃つ。


 ゴッ!!


 とても剣撃の音とは思えない、鈍い音が衝撃と共に発せられた。

 次いで、右腕の鎖が振り上げられ、鉄球の如き拳が襲いかかる。

 宗泰は体を捻るようにして、それも打ち上げる。


 ガッ!


 やはり、斬れない。

 だが、拳が打ち返され、鬼に隙が生まれる。


「はぁああっ!!」


 気炎を吐き、グンと一回転して鬼の左足を狙う。


 ドッ!


 狙い違わず、大刀は鬼の脛を捉えた、にも拘わらず、小揺るぎすらしない。

 再び鬼が左手を振り上げたのを見て、宗泰は大きく跳び下がった。


「……斬れないっ」


 ここまでとは思っていなかった。

 乙種の攻撃では殆ど期待が出来ないなどと考えていた、先ほどの自分が馬鹿みたいだ。

 自分の、甲種隠密の攻撃ですら、殆ど効いていない。


「斬ろうとする意思が足りないんですよ」


 突然、涼しげな声が響いた。


「なに!?」

「断ち斬るでも、叩き斬るでも同じですが、先ず、刀に宿った神霊に、斬ると言う事を理解させなければ、本当の意味で斬る事は出来ません」


 真っ白な、いや、少し赤みが掛かっているだろうか、朱鷺色の髪を(なび)かせた女性が、スルリと前に進み出た。

 その手には、不釣り合いな大太刀が握られている。


 女の姿を見た鬼は、僅かに驚いたような表情を見せ、直後にニタリと嗤う。

 先ほどまで、女を追いかけていた事を思い出したのだろうか、鎖を引き戻し、右手を差し出した。


 朱鷺色の女は脇構えのまま、不用心に歩を進める。

 鬼の手が届く直前、スッと八相に構えを変えると、一気に踏み込んだ。


 スパッ!


 驚いた事に、例えではなく、本当にスパッという音が響いた。


 人の頭より大きい鋼の拳は、斜めに斬られ、それが地に落ちる前に斬り返しが鎖を断つ。


 チンッ!


 僅かな、近くにいた宗泰だけが辛うじて聞き取れるような小さな音を立て、斬られた鎖がドガシャっと落ちた。


「お……ぉおおおっ!!」


 斬られた右腕を押さえ、大地を揺らす絶叫をあげる鬼を、しかし女は静かに見上げる。


「断ち斬る、故に太刀。これは使い込まれた()(ばさみ)を集め、鍛え直して造られた、その名も奇剣裁放(たちばな)


 ヒョウッと風を斬り、鬼の両足を薙ぎ払うと、女は宗泰を振り返る。

 その顔には、見覚えがあった。


「君は……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ