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第五十九話 獣鬼

 囲炉裏の炭を()し、行灯を並べて火を灯した時子は、外に響く足音を窺っていた。

 軍隊にしては乱れた足並みで、町の奥へと向かっている。


 足音が途切れるのを待ってから、鎧戸を開け、提灯を掛ける。

 飴釜屋の屋号が書かれた物と、薬の文字を図案化した物を、戸口の両脇の軒先に吊して、蝋燭を入れた。

 普段、夜間に店を開ける事は無い、提灯を出すのは正月や祭りの時ぐらいだ。

 何処の家も同じだろう。


 時子は、寒さに耐えるように袖に手を入れ、町を眺める。

 当然の様に、戸を開けている店は飴釜屋だけだ。

 暗闇の中、兵士が持つ提灯だけが、ポツポツと光を放っている。

 今のところ、異変と言えばそれぐらいだ。


 勿論、”それぐらい”では収まらないだろう。

 郷の軍が動いているのには、それなりの理由があるはずで、訪れる災いは、動いている兵力に比例する。本来ならば。


 たぶん、足りない。


 あの気配は、郷の軍でどうにかなる物では無い。

 痛み止め、止血薬、包帯、湿布。

 湯はもっと沸かしておいた方が良いだろう。

 子供たちを起こすべきか否か、(むし)ろ、近隣に助力を求めなくてはいけないか。

 そんな事を考えながら、時子は店へ戻っていった。




 下手橋に隊を並べ、郷司は南岸の袂に胡床を置いて腰掛けた。

 本来なら陣幕が張り直されるのだが、それは広場に放置してきた。

 多少風は当たるが、気にするほどでも無い。

 気にしている場合でも無い。


 ポウッと、北山の向こうの雲に、赤い光が反射したように見えていた。


「あれは……」


 振り返り、忠好に問い掛けようとした矢先、僅かな地響きが聞こえた。

 再び前に向き直り、天を仰ぐ。

 既に、赤い色は見えない。


「今の光は、恐らく皇儀の……」


 説明をしようとした忠好が、同じように言葉を途切れさせる。

 先ほどの赤い光とは違い、明らかに強い光が、山向こうに見えた。


「皇儀……? これも、皇儀の力だというのか」


 雷を放つ術者や炎を放つ術者は知っている。

 一人で一隊を壊滅させる、恐るべき術者を直接見た事もある。

 だが、天にも届く、あれは一体何だ。


「はっ、連絡にありました通り、皇儀の者が強力な鬼との戦闘に入ったものと存じます」


 そう言って(こうべ)を垂れる忠好を、郷司は黙って見下ろした。

 自分の想像していたよりも、強力な鬼と術者が存在する、それは確からしい。

 叶うなら、どちらとも拘わりたくない物だ。


 だが、残念ながらそうも言ってはいられない。

 町の上手に、(さわ)めきが起こった。

 郷司の陣から直接見る事は出来ないが、僅かに声は届く。


「何か、来たか」

「その様にございます」


 鬼が出たなら、連絡が来るはずだ。

 待つべきか、増援を出すべきか。

 思い悩む郷司の耳に、怪鳥(けちよう)の叫びが聞こえた。


「今のは?」

「鳥、でございますな。恐らく、鳥の鬼が山を越えてきたものかと」

「そうか」


 山を越えてくるかも知れないという、予想は当たっていた。

 まさか鳥の鬼が来るとは思いも寄らなかったが。


「空を飛ぶ鬼に対するには、一隊では難しゅうございましょう」

「うむ」


 郷司は片手を挙げて使いの者を呼び、入り口に配置した一隊へ、援護に回るよう指示を出した。


「町に居る皇儀の者も、すぐに動くものと存じます」


 忠好が言い終わらぬ内に、雷鳴が轟く。


「あちらはこれで宜しいかと。それよりも、町人たちが表に出ないよう取り計らわねばなりません。衛士の助力をいただけませんでしょうか」

「解った、すぐ手配する」


 衛士に使いを走らせ、援護に回った一隊の代わりに、本隊を橋の北へ進める。

 丁度そこに、町の入り口から兵士が駆け込んできた。


「報告致しますっ! 街道の北より地響きを伴うような足音が……」


 伝令の声は、遠くからの悲鳴によって中断された。




 門前に構えていた隊からは、坂の上の陣が吹き飛ばされるのが見えていた。

 悲鳴のような叫び声と共に、柵と兵士が舞い上がり、巨岩が転げ落ちてくる。

 それが猪の形をしていると、認識できた者がどれだけ居ただろうか。


 ドドドドドドドドドドッ!!


 地響きのような、では無い、それは地響きだった。


 柵を築き、楯を並べ、弓を備えていた。

 しかし、その弓に矢を番える事すら出来ない内に、猪の鬼は肉薄する。

 それこそあっと言う間に、誰もあっとも言えぬ間に、坂の下の一隊も弾き飛ばされ、踏みつけられた。


 連続する悲鳴に引きつけられ、街道の山津側に配置されていた一隊は、その様子見つめていた。

 離れて見ていても、やはり大岩が転がり落ちて来たようにしか思えない。

 だが、兵士たちを撥ね除けて突き抜けたそれは、彼らの前にその全身を現した。


「でけぇっ!」

「猪かっ!」


 思わず誰かが叫ぶ。

 全員が驚愕の目で見つめる先で、その巨大な猪は止まる事も曲がる事もせずに、そのまま柵を吹き飛ばして、湯川に飛び込んでいった。


 ドオォーーン!


 爆発したかのような音と大きな水柱を上げて、川の中に姿を消した大猪に、誰もが言葉を失った。

 皆、呆然としたように、川の方を見つめている。

 こちらの隊も小鬼の大軍が来ると聞かされていた。あんな物が来るとは思ってもみなかったのだ。


「な、なんだ、今のは」

「猪、だったような気がする。猪の鬼だ」


 兵士たちの騒めきに、隊長はハッとして指示を出す。


「全隊っ、仲間の救護へ向かうぞ」


 町の門前に構えていた一隊は総崩れになっている。

 すぐに立て直さなくてはいけないと判断した。


「それより先にっ! 鬼の確認をっ!」


 隊長の指示に異を唱えたのは、唄太だった。

 本来、隊長の命令には服従が鉄則だ。

 だがしかし、今この場だけは意見しなければならない。


 唄太の言葉を受けて、隊長も再び川に視線を走らせる。

 どんな鬼なのかは判らないが、あれぐらいで死ぬはずが無いのは確かだ。


(おう)っ! 指示撤回っ! 全隊弓構え、川に向かって横列」


 部下の進言を聞き入れ、隊長は即座に臨戦態勢を指示する。


 ゴォフゥゥーッ!


 重い空気を吐き出すような吐息と共に、猪が体を起こした。

 川を突っ切り対岸にぶち当たったらしいそれは、しかし傷を負ったようには見えない。


「構えっ……放てっ!」


 ザアッと雨の如く矢が降り注ぐ。

 その巨体に、ほぼ全ての矢が命中した。

 そして、一矢残らず弾き返された。


「なんだとっ!」


 隊長が驚きの声を上げる。

 その姿を、ゆっくりと猪が睨み返した。


 ガッガッガッと、猪が前爪を掻く。


「来るぞっ! 全隊、槍に持ち替えっ!」


 この距離で一矢も通らないのなら、矢は効かない。

 それどころか、槍ですら通るかどうか判らない。

 既に二隊が破られているのだ、明らかに分が悪く思えた。

 それでも、逃げるという選択肢は無い。


 ゴフゥーッ!


 鼻息荒く、猪が駆け出し、バッと街道へ向かって飛び上がった。


「でやぁあーーっ!」


 正面に迎え撃った二組、十人ほどが、一斉にその胸元に槍を突きつける。


 ドッ! ガッ! ガッ! ガッ!


 猪は、ほんの一瞬すら止まる事無く、兵士たちに伸し掛かる。


「うわぁああっ!」


 悲鳴を上げ、転がるように逃げる兵士を避けながら、唄太は猪に突き立てられた槍を見ていた。


 刺さっては、いる。

 だが、その巨体に対して、あまりにも浅い。

 相手の突進を利用してこれなら、人間の突進と腕の力では、とても肉には届かない。

 つまり、勝ち目は無い、か?


 ジロリと兵士たちを見回す猪を、槍を構えたまま、じっと観察する。


 確か、猪の弱点は鼻先と、額だっただろうか?


 以前見せられた猪の頭蓋骨を思い出す。

 額の骨が比較的薄く、そのすぐ向こうに脳があったはず。

 そう思いながら見ていると、おかしな点に気が付いた。

 体の割に、頭がそれほど大きくない。

 普通の猪よりは遙かに大きいが、他の部位に比べると、明らかに小さい。


「頭ですっ! 額か目を狙ってくださいっ!」


 叫んだ唄太に振り向き、隊長が頷く。


「良しっ! 全隊散開、側面から目を狙えっ!」


 指示を受け、大きく広がりながら、小屋ぐらいはある猪を取り囲む。


「せやっ」


 気合いと共に、後ろへ回った兵士が叩き付けるように槍を突く。

 しかし、大木のような後ろ足には歯が立たず、滑るように弾かれる。


 ブンッと後ろ足を蹴り上げ、牽制しながら、猪は隊長を睨み付けた。

 その男が群れを率いていると見抜いているように。


「来るかっ!」


 引きつりながらも不敵な笑みを浮かべ、隊長が槍を構える。

 距離は二間足らず、突進されれば避ける事は出来ないだろう。

 だが、隊長は叫んだ。


「好機!」

「はいっ!」


 猪が駆け出そうと体を沈めた一瞬に合わせ、唄太が鋭い突きを放つ。

 その体勢で、避けられるはずは無い。絶妙の一撃を、しかし、猪は僅かに顔を振って躱した。

 逸れた切っ先は鼻の側面を削る。


「せやっ!」


 併せて隊長が踏み込み、額を狙う。

 だがその切っ先も、僅かに表面を削っただけだった。


 ブフゥ!


 息を吐き、猪は即座に狙いを唄太に変えた。

 より危険なのが、彼だと見抜いたのだ。

 その動きに、隊長と唄太も、敵の知能が高い事を感じ取る。


「密集っ! 槍衾(やりぶすま)っ!」


 唄太の言葉に応え、組の四人が左右に張り付き槍を突き出す。


「石突きを踏めっ!」


 突き上げるように押し掛かった猪の鼻先に、槍が集中する。

 押し返される槍を留めるように、石突きを地面に着けて踏み込んだ。

 猛烈な力が掛かり、頑丈な槍の柄が湾曲し、ミシミシと音を立てる。


「でやぁ!」


 側面に居た組が猪の脇腹を穿つが、やはり刺さらない。

 ブンッと鼻先を振るうと、唄太たちの槍は弾き飛ばされた。


 やはり、敏感な鼻先を傷つけられるのは嫌うか。

 だが、一番肉が柔らかいはずの鼻先ですら、僅かしか刺さらなかった。

 目を狙うしか無い。


「誰かっ! 予備の槍を!」


 ドカッ!


 叫んだ唄太の眼前に、穂先を上にして槍が突き立てられた。


 何処から? 誰が?

 疑問が頭の中を駆け巡るが、咄嗟にそれを掴む。

 一歩踏み出し構えた唄太を、猪が睨み付ける。


 目が合った。

 そう思った瞬間、体が自然に突きを放った。

 手本通りの綺麗な動作で、吸い込まれるように、穂先が猪の右目に突き刺さる。


 ゴオォオォォッ!!


 それは鳴き声なのか悲鳴なのか。

 或いは鼻息なのか。

 猪は顔を振るい、飛び跳ねるように後ろへ下がる。


 唄太は槍を引き抜きつつ、左、猪の右半身へと動く。

 前から目を突いても、脳には届かない。

 真横から穂先全てを打ち込まなくては倒せない。


 叫びを上げながら跳ね回る猪に、皆一斉に距離を取る。

 巨体に似合わぬ激しい動きに、誰もが追撃できないでいた。

 ついうっかり、踏まれてしまえばそれまでだ。


 どうするべきか。

 隊長も指示を出せず、唄太も踏み込めない。

 そんな状況の中、背後の山で大きく木が揺れた。


 それに気付いた者が、驚き、振り返る。

 他の鬼が現れたかと思い、警戒する視線の先に、一本の木が、ポンと飛び出してきた。

 空中でクルリと向きを変えたそれは、梢を下にして猪に降りかかる。


 ズドッ!


 重い音を立て、鉄の槍ですら通らなかった猪に、易々と突き刺さる。


 何が起こったのか、起こっているのか解らない。

 現象だけを見れば、木が猪に刺さっているのだが、それがなんなのか理解が出来ない。


 ゴオォォオッ!


 呻き声を上げ、猪の体が大きく右に揺らぐ。


 好機っ!


 その一瞬、唄太は大きく踏み込んで、全力を以て猪の右目を突いた。


 瞼を貫き、眼球を貫き、そしてその奥を、深々と貫き通す。


 グゴオオオッ!!


「せぃやぁっ!」


 裂帛の気合いと共に、更に踏み込む。

 槍は柄の部分までめり込み、ついには、猪の左目から金の穂先を覗かせた。




 ギャァアアァェェェッ!


 顔を背けたくなるような声を上げた梟に、居並ぶ兵士は身を(すく)める。


「怯むなっ! 全員、弓を構えろ」


 上ノ橋から一隊を率いて来た男が、声を張り上げ弓を引く。


 ピイィィィィィィーッ!


 放たれた鏑矢は鋭い音を立てながら梟の顔に迫るが、傷ついた左の翼で打ち払われる。

 それを見て、再び男は叫ぶ。


「顔だ! 顔を狙えっ!」


 傷ついている翼で庇うほど、奴は顔を射られる事を恐れている。


「構えろっ!」


 男の率いた一隊が、指示に応えて矢を番える。


「てっ!」


 一斉に放たれた矢は、やはり翼で受けられた。

 梟は右の翼で橋にしがみつくのを止め、川の中で身を丸める。


「斉射では防がれるか。組毎に五月雨(さみだれ)にする。一番隊、隊長の指揮で矢を放てっ!」


 隊長に指示を残し、男は隊列の裏からもう一隊の方へと移動する。


「お前たち、無事か?」

「若様、申し訳ありません」

「謝罪は必要ない。怪我人を下げ隊を再編しろ。急げ。……そちらの隊は軍毅様の本隊だな、橋を渡って南岸に構えていただけるか?」

「はっ! 承りました! 全隊、橋を駆け抜けるぞ」

「おうっ!」


 若様と呼ばれた男は続けて指示を出し、隊長たちはそれに応えて動き出す。


 彼は校尉、軍毅の下で複数の隊を指揮する武官だ。

 そして、郷司の長男であり、跡取りでもある。

 若と呼ばれてはいるが、既に四十に近く、決して若くは無い。

 かつては兵衛(ひようえ)として朝廷に仕え、後に国軍に属しながら、各方面への仲介を取り持った、郷でも屈指の戦歴を持っている。


 そんな彼をして、初めて相対する敵だった。


 橋の袂から様子を見れば、梟には既に百を超える矢が立っていた。

 だが、このまま矢を打ち続けても倒す事は出来ないだろう。

 翼ではなく、頭部、出来れば目に矢を撃ち込みたい。


 ダダダダッと激しく音を立て、一隊が橋を渡る。

 その音に引かれるように、梟が僅かに顔を覗かせた。


「今っ!」


 校尉に指示されるまでも無く、顔を目掛けて矢が放たれる。

 しかし梟は、突然体を低く沈め、それを躱した。

 次の瞬間。

 ザバッと水を掻き別け、梟の左脚が矢のような速さで放たれた。


 校尉が全隊の指揮を執っていると見抜き、彼を掴みに掛かったのだ。

 誰もがその動きに反応が出来なかった。

 狙われた校尉自身も、避ける事が出来ず、手に持った弓で受けようとした限りだった。


 掴まれる、その間際。

 赤い衣装を纏った何者かが、校尉の前に降り立って、逆手に持った短刀で梟の脚を受け止めた。

 更に、鷲掴みにしようとするそれを、クルリと潜るように擦り抜け、右へと逸らす。

 そして改めて短刀を振り上げると、梟の脚へ突き立てた。


 ギャアアアァァァッ!


 梟が初めて、威嚇の声では無く、悲鳴を上げた。


「な、何者だっ!」


 自らを庇ってくれた相手に、校尉は不審者に対するような問い掛けをする。

 そうしなければならないほど、その相手は怪しげだった。


 深紅に近い(ころも)は体にぴったりと密着し、手首足首を布で細く縛っている。

 さらに、頭部も同じ色の頭巾で覆われていた。

 こんな怪しげな者が湯川の郷にいるとは、聞いた事が無い。


 問い掛けに半身だけ振り返った、その細い体付きは女性のものだった。

 ただし、顔も頭巾で隠され、辛うじて見える目の周りには銀色の金属が見えた。

 恐らく、頭巾の下に仮面を被っている。


「皇儀隠密」


 彼女は小さくそう言うと、梟へと視線を戻した。


 梟の突然の反撃と、どこからともなく現れた不審者に攻撃の手が止まっていた。

 まるで護謨(ごむ)が縮むかのように勢いよく左足が戻ると、梟は次に右脚を上へと伸ばした。

 橋を掴んで、自分の体をグイッと引き上げる。

 巨体を感じさせない動きで、フワリと橋の中程へ降り立つと、大きく翼を広げた。

 突き刺さっていたはずの矢の殆どが、その動きで落とされる。


「構えろっ!」


 校尉の声に三隊が一斉に矢を番える。

 一隊は橋の向こう側で列を構え、最初に戦っていた隊も体勢を立て直していた。


「放てっ」


 百を軽く超える数の矢が、一斉に放たれる。

 同時に、梟は翼を振り上げ、その場でグルリを体を回した。


 ズババババババッ!


 何かが大量にバラ撒かれ、辺りに飛び散った。

 迫っていた矢も、殆どがそれに打ち落とされる。

 兵士たちの上にも降り注いだが、鎧を貫くほどの威力は無く、運悪く顔に当たった者以外は傷を負ってはいない。

 校尉へ向かって飛んできた物は、皇儀隠密を名乗った女が全て弾き落とした。


「なんだこれは、木片?」


 足下へ転がったそれを見下ろし、校尉は思わず疑問を口にした。

 羽根でも飛ばしたかのように見えたが、目にしたそれは五寸少々の木片だった。


「木性鬼、木気(もつき)の鬼ですね」


 校尉に背を向けたまま、皇儀隠密の女が、どこか笑いを含んだように言葉を発する。

 その言葉の意味自体は解るが、何が面白いのかは解らない。


「よく燃えそうですね。水の中に潜んでいれば良かったのに」


 そう言いながら、懐から紙の束を取り出した。


「火性の術は、あまり持ってないんですよ」


 赤い装束には似合わぬ事を言いながら、ピッと一枚の札を取り出すと、空に向かって放った。


火雨(ひさめ)


 札がボッと燃え上がり、空中へ輪のように大きく広がる。

 それが消え去った一瞬後に、一寸、二寸の小さな火の玉が無数に現れた。

 驚きと共に兵士たちが、梟すら目を見開き、それを見つめている。


 ザアァーッと雨が降るような音を立てて、火の玉は梟のいる橋の上へと降り注いで行った。

 水に濡れていたはずの梟が、瞬く間に炎に包まれる。


 ギェエエエェェェーッ!


 梟とは思えない声を上げながら、翼を広げ踊るようにして、再び川へと落ちていった。

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