第五十一話 祭日
三階の部屋には火鉢が置かれ、暖められていた。
唄太は入り口が見えるよう、その火鉢の向こう側へ座って小鞠たちを待つ事にした。
さて、事の経緯をどう説明するべきか。
そもそも、小鞠は何処まで、どのように話をしているのか、見当も付かない。
先ず改めて挨拶をして、絢音から話を聞くべきだろうか。
そんな事を呆っと考えていると、階下から足音が聞こえてきた。
来たか。
唄太は居住まいを正し、障子が開かれるのを待った。
「失礼します」
掛けられたのは、聞き覚えの無い声だった。
「どうぞ」
微かな疑問を抱きつつ応える。
スッと障子を開いたのは見覚えの無い仲居。その後ろには三十歳ほどの男性が立っていた。
「よう、唄太」
「む、宗泰さんっ」
軽く片手をあげた宗泰は、仲居の横を擦り抜けるように部屋に入ってきた。
「茜、酒を頼む」
「はい」
茜と呼ばれた仲居は、そのままに姿勢で返事をすると、静かに障子を閉めた。
宗泰はその場に立ったまま、唄太を見下ろしている。
階段を下りていく音が確かに聞き取れるほど、部屋は静寂に包まれていた。
「……お邪魔だったかな?」
「いえ、そんな事……、あ、奥へどうぞ」
唄太は座布団を取って、先ほどまで自分が座っていた位置へ敷き、その対面、廊下側に座り直した。
火鉢でパチリと音を立て、炭が爆ぜる。
宗泰は座布団の上に腰を下ろすと、腕まくりして火箸を取り、炭を組み直した。
「……それで、つい先ほど聞いたんだが、うちの小鞠と随分仲良くなったそうだね」
「あ、はい、先日、赤飯をいただきまして、それから」
「へぇ……」
ザクリと、灰に火箸が突き立てられた。
「いやはや、小鞠も何も話してくれなかったから、流石に驚いたよ。再会したのはあいつが帰ってきたからだろ? ついこないだじゃないか」
小鞠と母親の絢音が来るものだと待ち構えていたが、まさかの父親の登場で、流石に驚いているのは唄太の方だった。
完全に不意を突かれた格好で、どう対応して良いのか、頭が回らない。
唄太は両手を突いた状態で、顔を上げられずにいた。
「どうした、楽にしてくれて良いぞ。いつも、酒を飲みに来てくれる時みたいに」
「はい」
改めて宗泰の表情を窺うと、悪戯気にニヤニヤと笑っていた。
とりあえず、不快に思っているという感じでは無い。
唄太は心の中で胸をなで下ろした。
「挨拶も無く、すみませんでした」
「ああ、そうだなぁ。やっぱり言い難かったか?」
「あ、いえ、そうではなく。まだちゃんと付き合うという話をしていなくて、山津の高峯さんにも話をしてないんです。先ほど、小鞠に夜中に走って行けって怒られた所です」
「あぁ? そうなのか」
宗泰は少し驚いたように応えた。
「一緒に温泉に入っていたと聞いたが?」
思わず声を上げそうになるのを堪え、唄太は視線を落として、息を整える。
「そ、それは、俺が入ってる所に小鞠が入ってきたんですよ。一緒に入る約束をしてた訳でも、待ち伏せしてた訳でもありません」
フッ、宗泰の口から笑いが零れた。
「ふっふっ、そうか、成る程、誘い込まれたか」
「え? ええ、まあ、そうですね」
そう言われればそうだ、あの仲居、山吹もぐるだった。
用事があるからと先に温泉に案内させ、後から自分も入れば逃れる術は無い。
「お聞きしても良いですか」
「なんだ?」
「小鞠の相手として、自分はどうなんですか」
宗泰は頬杖を突いて、改めて唄太の全身を窺う。
唄太は不安を滲ませてはいるが、真摯な目をして見つめ返していた。
「小鞠の選ぶ相手に、私からどうと言うつもりはないよ。まさか唄太を選ぶとは予想外だったが」
苦笑交じりにそう言って、一旦視線をそらせる。
「そうだなぁ、年が少し離れてはいるが、気に成るのはそれくらいか。……後は、高峯のがどう言うか、だな」
「はい」
養父の意向を確かめないと、話は進まない。
唄太としてはそれほど急ぐつもりは無かったのだが、こうなるとなるべく早く、次の非番には会って話をしなければならないだろう。
「近いうちに、山津まで行って参ります」
「ああ」
階下から、再び足音が聞こえてきた。
「来たな」
音から推測すると、人数は二人。小鞠と絢音だろう。
程なくして、足音は部屋の前で止まり、小鞠が声を掛けてきた。
「失礼します?」
その声は微妙に疑問形。
「どうぞ」
上座に座っていた宗泰が応えると、勢いよく障子が開いた。
「父さん? 来てたんですか」
「おう。弁柄さんに呼ばれてな」
入ってきた時と同じように、宗泰は片手を挙げて応える。
「どうぞ」
唄太は正面を譲って火鉢から離れ、もう一枚の座布団を取りに行く。
残念ながら、この部屋に座布団は二枚しか無いようだ。
「私はいいですよ」
「私も、別にいいです」
言いながら、絢音は宗泰の隣りに、小鞠は先ほどまで唄太がいた場所に座った。
さて、自分は何処に着こうかと考えた唄太に、小鞠がぺしぺしと畳を叩いて、ここへ来いと無言で誘う。
結果、小さな火鉢を囲むように、近い距離で顔を突き合わせる事になった。
「で、何の話だったかな」
「俺が近いうちに山津に行って、高峯さんと話をしてくるって所です」
「おお、行きますか」
楽しそうに小鞠が声を上げる。チラリと窺うと嬉しそう微笑んでいた。
「あ、そうだ。近いうちに私も山津へ向かう事になりました。北の方からの依頼です」
ほんの一瞬、宗泰と絢音の視線が鋭くなる。
「依頼?」
その僅かな空気の変化を見逃さず、唄太は問い掛ける?
「ちょっと、あるんですよぉ。私のお婿さんになるのなら、いずれお話ししますね」
妙に思わせぶりな言い方をする。
「その辺りは、高峯のと話をしてからだな」
あからさまに、宗泰が釘を刺す。
高峯の許可が無いと話せない、と。
「解りました」
異を唱えたり、問い詰めたりするべき所では無い。
唄太は素直に了解の意を示し頭を下げた。
程なくして、茜が酒と肴を持って来た。
火鉢の炭を整えて網を置き、炙り物の用意を始める。
それを見ながら絢音が宗泰に酒を注ぐ。
ハッと気が付いた小鞠が、母を真似るようにして唄太に酒を勧めた。
「さて、いろいろ聞かせて貰おうか」
「話せる事は……先ほど伝えたくらいですよ」
そう言いながら、二人は向かい合って杯を掲げる。
「他に、何も無いのか?」
「宗泰さんが言った通り、再会してまだ日が浅いですから」
「そうか」
少し残念そうに、宗泰は杯を空ける。
「寧ろこちらが聞きたいくらい……あっ、そうだ、小鞠」
「はい?」
突然声を掛けられ、小鞠はきょとんと応える。
「お前、あれ、あの矢文。俺の箙にどうやって立てたんだ?」
「あっ、あれは……」
視線が唄太の顔から斜め上に逸れる。
「ちょっとしたお茶目でした」
「何だそりゃ?」
「小鞠」
疑問を返した唄太とは違い、絢音は少し強い声で小鞠を呼んだ。
「何かしましたか?」
「ん……ちょっとだけ」
曖昧に答える娘の姿に何かを察したのだろう。
「その話は、帰ってからにしましょう。あなた、私と小鞠はお先に失礼します」
「ああ。まあ、ほどほどにな」
「えぇー」
不満の声を上げた小鞠を目線で押し黙らせ、絢音は席を立つ。
「では、後は殿方だけで、ごゆっくり」
絢音にしっかり腕をつかまれ、拒む事も出来ず小鞠も部屋を去っていった。
暫く、干物の炙られるジリジリという音だけが聞こえる部屋で、唄太と宗泰は無言で酒を呑んでいた。
「唄太」
「はい」
「今日は突然で驚いた」
「すみません」
「責めてるんじゃ無いよ。……まぁ、ちゃんとした話は又にしよう、今日は呑め」
「ありがとうございます」
二人の遣り取りを、茜は微笑ましく眺めている。
それに気付いた宗泰は、微かに苦笑いを返した。
「茜も、畏まらなくていいぞ。普段通りにしてくれ。こいつもうちの家族になるのなら、これからも付き合いが出来るだろう」
「はぁい」
不意に、軽い感じで茜は応えた。
「お知り合いですか?」
「勿論な。お前が本当に家族になるなら、まぁ、色々教えるよ」
宗泰は、ニヤリと笑って言った。
早朝、お社の方から楽の音が聞こえてきた。
「何の曲だ? 巫女舞の類いか?」
朝日が差し始めた山を見上げ、村長が呟く。
昨日の荷物から察するに、何かしらの、大きな祭りが執り行われているのだろう。
それにしても、今までは、少なくとも彼らがここに村を作ってからは無かった事だ。
「そう言えば、何の神様が祀られているんでしょうね」
同じく南の山を見上げていた守貴が問い掛ける。
「知らん。あまり聞かん方が良いかと思ってな、向こうの事はあまり気にせんようにしてきた」
それは守貴も知っている事だ。
しかし、あまりに知らなすぎたのでは無いだろうか。
「参拝させて頂いても大丈夫でしょうかね」
「さあな。だが、駄目なら駄目と言われるだろう」
守貴の思い付きのような提案に、村長も乗った。
何よりも、昨日の豪勢なお供え物が気に掛かっていた。
普通に考えれば、あまりにも多すぎる。
大きな神社に供えられる物の、三、四倍、それ以上あるように思えた。
「ちょっと、行ってみるか」
仕事前の軽い散歩のような調子で、二人は坂を上り始めた。
実際、お社まではそう遠く無い。
暫く進んでいる内に楽は止まったが、大規模な祭典であればまだ儀式は続いているであろう。
ふと前方を見上げると、お社の鳥居の辺りに、人が立っているのが見えた。
裾の絞られた山袴を穿いた、しっかりとした体格の男が二人。
「見張り、でしょうか」
もしそうだとすると、招かれざる客である守貴たちは、追い返される事になる。
「なに、行けば判る」
村長はそのまま進み続ける。
思わず立ち止まっていた守貴も、慌てて後を追った。
「麓も村の者か?」
「おはようございます。麓の村の長を務めさせて頂いておる者です。今日は何かございましたか?」
案の定、呼び止められたが、村長は何事もないように挨拶する。
「ああ。大事な祭りが行われている。残念ながら今日はお帰りいただこう」
「参拝だけでも駄目でしょうか」
守貴は、止められたら引くものだと思っていたのだが、予想外な事に村長は更に参拝を希望した。
「駄目だな。境内に祭壇を組んで祭りを行っている。ここより上はもう立ち入り禁止だ。無理にでも押し通るというのなら、こちらも無理にでも押し留めねばならん、判るな?」
現在の所、男が力に訴えるようには見えない。
だが、こちらが無理強いをすれば、そのように対応せざるを得ないのだろう。
「滅相も無い。祭りの邪魔をするつもりはございませんよ」
相手の反応を見て、村長はパタパタと手を振りあっさりと折れた。
「父さん。ここから拝礼だけさせて頂こう」
「そうだな。そうしよう」
守貴の提案に、まるで信心深い親子のように、階段の途中から鳥居に向かって拝礼を行った。
作法通り、綺麗な所作で。
「悪かったな。又、明日にでも来てくれ。どうしても今日ってんなら、恐らく昼過ぎには片付けも終わってるから、その後にしてくれるとありがたい」
拝礼中、脇に退いていてくれた男が、改めて村長に声を掛けた。
「ご親切に、どうも」
丁寧に礼を返し、二人は元来た道を下り始めた。
家の傍まで戻ってから、村長は守貴に問い掛けた。
「あの男二人、見覚えはあるか?」
「いえ、ありません」
迷わず答える。
今までも、お社には何度か参拝しているが、あの男たちを見かけた事は無かった。
「あれも、運び屋の連中か?」
「かもしれませんね」
そう言われるのも解る。
あの男たちに感じたのは、例の運び屋と同じ、堅気で無い者の気配。
ヤクザ者か、特別な訓練をされた朝廷の犬のどちらか。
いや、十中八九、朝廷の系だろう。
「こちらの事は、あまり怪しんでは無かったようだな」
「そうですね。少なくとも、あの二人は」
善良なのだろう。
そういう者達は、こちらも善良に振る舞えば、敵意を向けてくる事はあまり無い。
「何にせよ、来るなと言われたからには、行かん方が良いだろう。他の連中にも言い渡してけ」
「はい」
応えた守貴は、先ず重蔵の居るであろう小屋を目指して歩きだした。
未明から連続して行われた祭祀は、予定通り終了した。
二面の八咫鏡は一旦箱に納められ、午後からの儀式に使われる。
先ほどまで神前に供えられていた物は早速調理されて、遅めの朝食として出された。
ミヨとミナの食事も、今日はいつもより良い物だった。
「何かあったの?」
寧ろ、これから何かあるのか。
ミヨは食事の片付けに来た雲雀に問い掛けた。
昨日の飴といい、今朝の食事といい、まるで最後には良い物を食べさせてやろうという、心遣いかとも思える。
そんな心配など気付く風もなく、雲雀は軽く答えた。
「昨日からお祭りがあったのよ。それのお下がりで朝食を作ってるから、いつもよりちょっとだけ豪勢ね」
「お祭り……」
ここが神霊を祀っている場所だという事は、理解している。
ただ、祭りを行うと言うより、神霊を使った実験をする施設だと思っていた。
「ちゃんとお祭りとかしてるんだね」
「それは勿論」
ちゃんと祀らなければ、力を借りる事が出来ない。
安定して実験を行う為、多くの神祇官が祭祀に勤しんでいる。
ただ、ミヨは未だに、神様には恵みを感謝してお祭りするものだと思っていた。
「午後からも大きなお祭りがあるから、夜も良い物が出てくるんじゃないかな」
「そう」
その祭りの前に、ミヤとミクの用意をしなければならない。
「じゃあ、私はもう行くから、また夜にね」
二人は応える事も無く、いつものように俯いていた。
少しの寂しさを感じながら、雲雀は部屋を出る。
この後、藤枝の所に集まり、女性雑使全員で実験に使われるミヤとミクの体を洗う事になっている。
恐らく、自分が二人に関われるのは、それが最後になるだろう。
実験が成功しても、無事に帰ってくる可能性は低い。
そもそも、限界を確かめるのが実験の目的なのだ。
実験の成否と、実験体の安否は無関係だ。
雲雀は今日も重い溜息を吐きながら、暗い道を歩いて行った。
午後、運び屋の一部は荷物を纏めて湯川へ向かった。
残りの者は明日の実験の為に、まだ運搬作業に当たる事になっている。
何にしろ、今は休憩時間だ。
同じく、雲雀たちも休憩に入る。
雲雀の身分では、実験に立ち会う事は無い。
先ほどの作業で衣服を濡らしてしまった雲雀は、一旦、社の外にある自宅へと帰っていた。
雲雀の両親の他、半数近くの神祇官や技術官は外に家を持っている。正確には、貸し与えられている。
そこは小さな村のようになっていた。
服を着替え、雲雀はそのまま一息吐く。
この時間、ミヨたちの所へは他の雑使が詰めている。
自分の担当は夕食の準備だけで、暫くは特に用がない。
雲雀は急いで社の中に戻る事も無く、境内をふらふらと散歩していた。
暇が出来たからといって、守貴に会いに行く訳にはいかないだろうな。
そんな事を考えながら、境内の入り口、鳥居の方へ足を運び、何気なしに、村へと続く坂道を見下ろした。
「あれ、雲雀さん?」
その、見下ろした先、若い男がこちらを見上げるようにして、手を振っていた。
「守貴さん!?」
予想外の姿に思わず声が大きくなり、咄嗟に口を押さえ辺りを見回す。
拝殿前の石段に腰掛けていた運び屋たちが、こちらを眺めていた。
雲雀は自分の口元を押さえたまま、とととっと坂を駆け下りる。
「どうしたんです? 今日はこちらに来る御用が?」
「いや、お祭りのようなので、お参りさせて頂こうかなと思って」
慌てたような問い掛けに、守貴は笑って応え、逆に首を傾げてみせる。
「雲雀さんは? 仕事はどうしたの?」
「今は、手空きです。私の担当は夜の食事なので」
答えながら、疑問が頭をよぎる。
「今日、祭りがあると、どうしてご存じなんです?」
ここの祭りは、普通の神社の祭りとは違う。一般人が参拝するようなものでは無い。
「今朝、笛の音が聞こえたから来てみたんだけど、見張りの人が居て止められたんだ。それで、今は入れないけど昼過ぎなら片付けも終わってるだろうって言ってたから、様子見に」
「そうでしたか」
しかし、研究所の祭祀はあまり外の人間には見せない方が良いだろう。
「ここの祭りは、人に見せるようなものじゃ無いので、たぶんお断りになったんだと思います」
「そうみたいだね。いや、ちょっと興味が湧いただけだから、どうしても見たいって訳じゃ無いし、別に良いよ。……代わりに雲雀さんの顔が見られたから、満足かな」
突然おかしな事を言い出した守貴に、返答に困った雲雀は俯いて赤くなる。
「時間は、まだ大丈夫なの?」
「え、はい。暫くは」
「なら、ちょっと話そう」
そう言って雲雀の手を取り、キョロキョロと辺りを見回す。
境内まで上がるという選択は無いらしい。
守貴は少し下がった所にある石に近づき、そこに雲雀を座らせると、自分は階の途中に腰を下ろした。
「飴は、喜んで貰えた?」
「はいっ! ありがとうございました」
「それは良かった」
本当に良い事が起こったかのように微笑む守貴が、雲雀には少し眩しく見え、そして、少し胸が痛んだ。
「今度、湯川に行くって言う話だけど……、そう言えば、雲雀さんは普段から銀を使ってるの? 銭でなく」
「あ、いえ。最近は銀が余っていたのでそれで頂いただけで、普段は銅銭を使ってます」
「銀が、余る?」
二人から少し離れた藪の影で、聞き耳を立てている男がいた。
麓の村の重蔵だ。
彼は人生で初めて聞いた言葉に、驚愕して一人呟いた。
「銀が、余っている、だと」
そんな馬鹿な話がある訳が無い。
そもそも、銀が余るとは一体どういう状態なのだ。理解できない。
重蔵には全く気付く事も無く、雲雀は言葉を続けた。
「ここ暫く……、銀で作っている物があって、その為に銀を大量に運び込んでいたんですが、それが完成したらしく、余った粒銀を、お手当として頂いたんです」
「へぇ、そんな事があるんだ」
「珍しいです、と言うより、初めての事です。それで、私も銀で支払いをした事が無くて、価値がよく解らなかったんですが、あれで良かったんですか?」
「ああ、良いよ。えっと、銀は、あれ一粒で銅銭八十文くらいの価値らしい。と言っても、僕も普段は銀で支払いしたりしないけどね」
そう言って、守貴は笑って見せた。
「それで、銀で何を作ってたの? お社だから、鏡とか?」
その質問に、雲雀は言葉を詰まらせる。
研究所の中の事は、外に漏らしてはいけない。
彼らはあくまでここを神社だと思っており、そう思わせ続けなければならない。
「……それは、色々と、ですが、すみません、私は詳しくなくて」
巧い嘘も思い付かず、何とかはぐらかす。
「ふーん、そうか」
意外にあっさりと守貴は納得したようだった。
「まあ、今度、湯川に行く時は銅銭にした方が良いと思うよ。その方が使いやすい」
「はい、そうします」
「休みはいつになりそう?」
「まだ、判らないのですが、できるだけ早く、決まり次第お知らせします」
「うん、大丈夫。慌てなくても、急がないから」
守貴は再び雲雀の手を取り、柔らかく微笑んでみせた。




