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第五話 小鬼

 鬼は、人や動物が負気に捕らわれ、変質した姿だと言われている。

 対して小鬼は負気そのものが人か猿のような姿を得たモノで、穢れ地から湧いて出る。


 鬼の知能は千差万別。小鬼は猿の如き。

 どちらも人に仇をなし、何より負気をばらまき、多く集まれば負気溜りを作って更に増える。

 それ以外にも、鬼は元となった生物と、小鬼は人間の他、猿や犬、牛や猪などとも交配し、数を増やしていく。


 先の戦乱の時代、戦で死んだ人よりも、鬼や亡者に殺された人の方が多かったと言われている。

 特に孤立した山村などは、いつの間にか壊滅し、鬼の住処となることも多かった。


 でも、それは一昔前の話。

 そう、昔話にするために、命をかけて戦った者たちがいたのだ。




 鬼に襲われた男性は、立ち上がろうとしたが叶わず、衛士の詰め所に運び込まれた。


 小鬼は脚を狙う。

 単に体が小さいからではない、強力な跳躍力でまず頭部を狙い、相手が頭をかばったその隙に、脚に深手を負わせて逃亡を防ぐ。

 その後、男は(もてあそ)んで殺し、女は犯して子を産ませる。


 しかし、動けなくしたとして、連れて逃げるだろうか。

 数が多い時ならば当然あり得る。

 だが今回は十匹足らず、しかも衛士に見つかって逃亡したはずである。

 荷物になる人間を、連れて行く余裕があったのだろうか。


 疑問は残るが、事実として女性が連れ去られており、衛士も見たという。

 既に匂いは遠い、赤壁亭まで戻れば確実に見失う。

 連絡を入れるのは諦め、人の少ないところから民家の裏に回り、そこから里山へ入る事にした。


 薬箱はどうするか。山の中を走るなら置いていきたい。

 短刀と念のために札をいくつか、後は身につけた物で事足りる。

 早歩きで来た道を戻りながら考えていると、前方から飴釜の主人が駆けてきた。誰かが呼んでくれたのだろう。


「おお、芹菜さん」


 今は無視したい、が、そういう訳にも行かない。


「飴釜さん。詰め所の件ですか」

「ええ、お世話になったようで」

「いえ、とんでもないです。とりあえずの止血だけしたような状態で」

「判った、ありがとう。大丈夫だとは思うが私も()てみよう」


 互いに頭を下げすれ違う。

 匂いは更に遠くなってる、すでに途切れ途切れだ。

 感覚的に昨日小鬼を見かけた谷筋だと思うが、そこから逸れないとも限らない。

 この辺りの地理に詳しくないので、山中で自分の位置を見失うと取り返しが付かない。


 ピンッと、頭に閃く物があった。

 あの二人なら。


 早歩きから一気に駆け足へかわる。足が速くなる札を持ってた人がいたけど、あれもなんの神様だったか。今度会ったら聞いてみよう。


 大浦屋の前を通り過ぎる時に、店内に視線を走らせる。

 花梨と目が合った。見鬼なら、これで何かを感じて欲しい。

 滑り込むように向きを変え、飴釜屋に飛び込む。

 

「清人君、手を貸してっ!」


 驚き、目を丸くする清人にたたみ掛ける。


「小鬼に人がさらわれたの。追いかけたいから力を貸して」

「えっ、俺が?」


 返事を待たず、店内に薬箱を降ろさせてもらう。

 背当てを外し、短刀と鬼狩り用の(ふだ)(たば)を取り出す。

 

「こっちへ」


 清人の腕をつかみ、半ば無理矢理外へ連れ出す。

 すると、そこに花梨がいた。胸の前で手を組み、心配そうにこちらを見ている。


 なんて良い子なんだろうと、芹菜は心の中でつぶやいた。


「花梨ちゃん、お願い」


 何をとは言わずに、清人を掴んでいた手を離し、次は花梨を捕まえる。

 花梨がいれば、清人はついてくるだろう。

 そのまま飴釜屋を回り込み、裏に出る。


「昨日の谷筋へ出る近道はある?」


 地図を見たわけではないが、街道はだいたい北へ、町は北西へ延びている。

 山を越えれば近くに出られるはずだ。

 そして、芹菜の嗅覚は距離に依存する。道は険しくても、まっすぐ行きたい。


「それならここを越えれば。……あれを」


 清人が示した先、右前方になんとなく道っぽいものが続いている。


「でも、花梨は……」


 ごめん、それは無理。

 心の中で謝りつつ、花梨の手は離さない。

 元々、任務の後に声を掛けて、仲間に誘うつもりだったのだ、好都合。


 緩やかな坂を上ると、やがて大きな尾根筋になった。


「あっちに進んでください」


 清人は諦めたのか、素直に道案内をしてくれた。

 更に右前方に進んだ辺り、おそらく北向きに林道らしき物がある。躊躇(ためら)わず進む。

 少し下って隣の尾根筋へ一気に駆け上ると、かすかに匂いを感じる。こっちであってると確信を得た。


「そうだ、言い忘れてた」


 言いつつ振り返ると、花梨が不安そうな顔で見つめ返した。

 前に向き直り、尾根道を進みながら言葉を続ける。


「町の入り口で、小鬼に襲われた人がいてね。一人さらわれたらしいの」


 返答も相づちもない。


「助けに行きたいんだけど、私の鼻じゃ離れすぎると判らなくなって」


 もう一度立ち止まり、振り返る。


「でも、花梨ちゃんなら、残り香が目に見えるでしょう?」


 花梨が目を見開く。


「戦うのは私がやるから、追いかけるのを手伝って」


 驚いた表情のままの花梨と、しばらく見つめ合った。

 そしてその視線が、昨日と同じように芹菜の額に動くのを見た。


「これを」

 

 腰袋から直径四寸ほどの青銅鏡が入った鏡袋を取り出す。

 袋の文様を確認して二人に手渡す。


「これは(じん)()(かん)さんが持ってる鏡と同じ物」


 こちらの方が実戦向きだが。


「花梨ちゃんに渡したのが火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)、清人君に渡したのが火雷命(ほのいかづちのみこと)。呼びかければ助けてくれるから持ってて」


 清人は訳がわからないという顔だが、花梨には光り輝いて見えるはずだ。

 それは光輝く火の神だから。


 匂いがまた、少し遠くなる。

 だが、小鬼が通った場所まで行けば、花梨なら追跡できるはずだ。


「さあ、行きましょう」


 異論は出ない。

 納得は得られてないかもしれないが、()(くず)しという奴だ。

 芹菜もやられたことがある。

 一行はそのまま尾根道を北上した。




「山に登ってますね」


 清人の声に芹菜が頷く。


 いったいどこまで逃げるのか?

 鬼なら本拠地まで帰るかもしれない。

 しかし人をさらった小鬼なら、適当な藪に引きずり込むくらいだと思ってた。

 それが今、明らかに山に登っている。


「花梨ちゃん、何か見える?」

「右の方、見えませんが、隣の尾根にいます」


 目に見えてないのに、見えている。その能力はうらやましい。

 匂いに意識を集中する。

 確かにそちらの方向、数が十匹足らずなら、距離も近い。


 その時にふと、別の匂いを嗅いだ。


 はっと振り返る。

 釣られて清人と花梨も振り返った。


 多分、北西の方向?

 これも十匹程度の小鬼の群れなら、この山の反対斜面だろうか。

 もちろん、もっと遠くに二十匹かもしれないし、近くに一匹かもしれない。


「どうしました?」

「あっちにもいるみたい」


 三人で顔を見合わせる。


「でも今は、さらわれた人を助けるのが一番。右へ行きましょう」

「相手も進んでいるのなら、こちらももう少し尾根を進んだ方が楽です」


 ここは土地勘のある人間に従うべき。頷いて、前へと進む。


 やがて匂いが濃くなり、雑木林の中に小鬼たちが見えた。

 四匹が女性を担ぎ上げ、残り五匹が周りをうろつく。

 こちらには気づいていないようだ。


「ここで待ってて」


 芹菜は(きや)(はん)(すね当て)から七寸程の青銅製の串を三本取り出して口にくわえ、左手で袴の(すそ)を摘まむと、姿勢を低くしたまま、(すべ)るように小鬼に近づいていった。




 通常、人のいない山中であれば、まず大きな術を使って数を減らしてから、残った敵に(とど)めを刺していくのだが、人が捕らわれていては、それはできない。


 芹菜が姿を見せると、一瞬驚いたような表情を見せた小鬼たちだが、しかし相手が女一人だと認識すると、ニタニタと笑いながら距離を詰めてくる。

 抱え上げていた女性も地面に下ろし、全員で取り囲むべく左右に広がる。


 一対多の基本は、端っこから。

 芹菜は正面を向いたまま串を一本手に取ると、右端の小鬼に放った。

 木々の合間をすり抜けるようにクルクルと縦に回転した串は、狙い違わず小鬼の額に突き刺さる。

 ギャッと小さな声を上げ、小鬼が後ろに倒れた。

 他の小鬼たちの視線が一斉にそちらへ向かう。

 二本目を手に持った芹菜は、射線を取るように動きながら、二匹目に放つ。

 さらに三本目、これは一番左の小鬼に放つ。

 瞬く間に三匹の小鬼が倒れ、黒いもやを放つようにして消えていく。残り六匹は呆然と立ち尽くしていた。


 それを見て芹菜は、右手を高々と掲げ、神名を叫びながら振り下ろし、大地を叩く。


土雷命(つちいかづちのみこと)っ!」


 叩き付けられた右手から、幾筋かの雷光がバチバチと音を立てて地面を走る。

 それが小鬼たちの足下に達すると、天に向かって一気に駆け上がった。

 真っ白な閃光と共に、ドォンと轟音が響く。

 避ける事の出来ない雷に焼かれた小鬼たちは、まるで内から破裂するように飛び散っていった。

 そしてそのまま、黒いもやとなって、()()りに解けて消えていく。


 余韻が山に反響し、ゴオオオッと音たてる。

 巻き込まれた木々の梢が、パチパチと燃えていた。


「片付きましたー」


 振り返り手を振る。

 しかし、清人も花梨も両手で耳を塞ぎ地面に伏せていた。


「あらら」


 誘いかけるつもりでいたので、格好の良いところを見せようと思っていたが、見てくれていただろうか。


 とりあえず二人の事は放置して、女性の安否を確認に向かう。

 意識は無いが、息はある。心拍もよし。

 右肩から胸にかけてと、両腕に爪による裂傷。そしてやはり脚に傷が多いが、どれも深手では無く既に出血は止まっている。

 旦那さんに比べると怪我の状態はかなり軽い。ただ、残念ながら傷痕は残ってしまうだろう。

 傷口は水で洗わなくていけないし、薬も塗らなくてはいけない。

 最低限の道具くらい持ってくればよかった。


「どうですか」


 後ろから清人の声が掛かる。


「血は止まってるみたい。とりあえず詰め所まで運びましょうか」


 その前に、体に纏わり付いていた負気を手で祓う。

 それを見ていた花梨が疑問を口にする。


「それは……、その右手であれを?」


 聞いていた清人の表情には疑問が浮かんだが、芹菜には解る。


「そう、本当なら祓戸神(はらいどのかみ)を使うべきでしょうけど、略式で」


 ひらひらと右手を振って見せる。

 常人には判り兼ねる会話と動作で、少し親近感を得られたような気がする。


「さて、帰りましょうか。……その前に」


 青銅の串を回収する。三本とも小鬼が倒れたところに転がっていた。

 それを拾い上げ、布で(ぬぐ)ってから脚絆の裏に収める。

 戻ると花梨に手助けされ、清人が女性を背負い上げていた。


「大丈夫?」

「はい、もちろん」


 笑顔で応える。


「帰り道は」

「あちらへ下りましょう。林道が近いはずです。街道も近いです」


 示された斜面を確認してから、反対方向、北西へ顔を向ける。

 鬼の匂いはそのまま変わらず漂っている。

 女性は二人に任せ、匂いの方を探索するべきか。

 口元に手をあて考える芹菜に、花梨が声を掛ける。


「あれは」


 その指は天を指している。

 見上げると先ほどの土雷の影響で、一部の枝が(くすぶ)っている。

 燃え広がることは無いだろうと思えたが、念のため。芹菜は懐から札を取り出し、術を放つ。


()(ぎり)

 

 ざあっと霧が湧き上がり梢を包んだ。

 (わず)かにシュウシュウと音が聞こえる。これで大丈夫だろう。


「では、今度こそ、帰りましょうか」


 土地勘が無い山中を進むのは危険だ。

 匂いを辿(たど)れば鬼には行き着くが、帰れなくなったら笑えない。


 女性を背負った清人を真ん中に、花梨の先導で、芹菜が後ろを歩いた。

 黙々と進む花梨の背中を眺めながら、思ったよりもしっかりした子だなと、考えを改めた。




 林道を少し下るとすぐに街道へ合流した。

 清人にとってはよく利用する、いつもの道だ。

 前を歩く花梨の背から視線を足下に移し、ぼんやり眺めつつ、先ほどの、芹菜と小鬼の戦いを思い返す。


 昨日、芹菜は、神社でご祈祷して貰った短刀だから鬼によく効く、などと言っていたが、今日の戦いはまるで違う。

 神祇官の鏡と言われても意味が判らなかったが、芹菜が放った雷はまさに神の力だった。

 それを当然のように使っていた。

 隠し持っていた青銅の串で小鬼を倒す様からしても、鬼と戦うことに慣れているのではなく、鬼と戦うことを目的としているように感じられた。

 そして、鬼の匂いを嗅ぎ取る力。

 更に気になるのが、花梨が遠く離れた鬼やその痕跡を見る事が出来るのを、なぜ知っていたのか。


 強引であったが、善良でもあると思う。

 昨日も鬼を倒す為だけに、わざわざ街道を逸れて山に入っていた。

 芹菜は黙って後ろをついてくる。その顔をうかがい知ることはできない。


 顔を上げ再び花梨の背中を眺める。店番中だったので袴も身につけていない。

 もう縁談の返事については聞いているはずだが、この騒ぎで確認することができなかった。

 なんと声を掛けて良いのか、まだ考えがまとまらない。

 思い悩む清人に、背後から声が掛かった。


「言い忘れてたけど、あれの事は秘密にしててね」


 あれって、どれだ。

 清人には判断がつかない。素直に確認した方が良いだろう。


「あれって、どれの事ですか」

「神々の力を借りて、術を使う事」

「はい、わかりました」


 他は良いのだろうか、青銅の武器とか、鬼の匂いとか。

 そう考えていて思い出す。


「そうだ、こちらも。花梨が隠れた鬼や幽霊を見れる事、秘密にしてください」

「それはもちろん」


 先ほどの疑問が、再び浮かんできた。


「芹菜さんは、何故、花梨の事をご存じなんですか」


 誰に聞いたのか。もしくは、何かで気がついたのか。


「ああ、知り合いにも見鬼、(おに)()の能力者がいてね、同じような反応をするから、たぶんそうかな、と」


 少し足を速めた芹菜が、清人の隣に並ぶ。


「あと、職業柄、ね」

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