表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/92

第四十八話 粒銀

「結構な距離、離れてたはずだ。尋常じゃねえよ」


 胡座(あぐら)をかいた男が、吐き捨てるように言った。


「特に、あの機織(はたおり)()の組み立てをしてた奴、彼奴(あいつ)が一番気持ち悪い。何やってても、ずっとこっちを睨み付けてるみたいだった」

「考え過ぎじゃあねえのか。そんな風にゃあ見えなかったけどなあ」


 隣りに座った男が、囲炉裏に掛かった鍋をかき混ぜながら、自分の感じたままを述べる。

 村に新しく導入された機織機の、組み立てを指揮していたのは、顔立ちの美しい女性だった。

 作業を見つめるフリをしながら、その姿を盗み見していた男は、彼女が殆どよそ見などしていなかった事を知っている。


「お前にゃ判らんだろう。目の向いている方だけ見てるって訳じゃねえんだ。意識がどこ向いてるかが問題なんだよ」

「そんなもんかね」


 言われても、意識の向きなど、判るはずも無い。

 普通なら戯言と聞き流す所だ。

 だが、同席していた男たちは、先の男の意見を重く受け止める。


「重蔵が言うんならそうなんだろう。お社の連中はともかく、そこに出入りしてる……運び屋、か? 彼奴らは気ぃ付けた方が良い。堅気(かたぎ)の人間じゃない可能性もある」


 上座に座った男が、眼光鋭く一同を見回し注意を促す。


「堅気、ねぇ」

「寧ろ、堅い所の連中じゃねえですか?」


 囲炉裏を車座に囲んだ他の男たちが、顔を見合わせそんな事を呟く。

 お堅い所、つまり朝廷に関係する何かではないかと思ったのだ。


「お社は、神祇官の直接管理だろう。十分有り得る」


 一同が沈黙し、ただ、芋の煮られるグツグツという音だけが暫く辺りを支配する。

 皆、同じ事を考えているのだろう。

 沈黙に耐えかねた、先ほど鍋をかき混ぜていた男が口を開く。


「俺たちの事、感付かれたか?」

「いや、ない」


 隣の男、重蔵が否定する。


「いつも来る運び屋は、こちらが何処に潜んでいても、真っ直ぐ睨んでくる。忍びを見つめ返すってぇのは、気付いているという意思表示だ。もしこちらを観察するつもりなら、全く気付かないフリをするはずだ」

「ああ、そういうもんか」

「少なくとも、今んところ彼奴らがこちらを調べている様子は無い。寧ろ向こうが、自分たちの事を詮索するんじゃねえぞって、意思表示をしているんだ」


 ふうっと、上座の男が息を吐いた。


「解った。ならばこそ、だ。彼奴らを探るのは止めた方が良かろう。藪を突くと蛇が出る。儂の直感も込みだが、まず間違いなく碌な事にゃならん」


 その判断に異論は無い。

 向こうが、ちょっと調べてみようと言う気に成っただけで、自分たちの命運が尽きる可能性もある。


「重蔵、すまんが暫く大人しくしといてくれ。なるべく村を通る奴とも顔を合わせるな。儂も気を付ける」

「はっ」


 重蔵は居住まいを正し、頭を下げる。


 コンコンコンコンッ。


 再び静まりかえった部屋に、素早く四回、壁を叩く音が聞こえた。

 即座に上座の男と重蔵が視線を絡ませる。

 小さく頷いた重蔵は、音も無く立ち上がり窓辺に動いた。


「なにか?」


 閉ざされたままの窓に向かって問い掛ける。

 返答は聞き取れるギリギリの声で返された。


「明かりが見えます。お社の方から、誰かが下りて来ているようです」 


 重蔵は僅かに首を傾げ、上座に移動して事の次第を報告する。


「明かり? こんな時間に?」


 日没から既に一時、こんな時間帯にお社から人が来るのは初めてだ。


「明かりを点けて、という事は、隠れて探りに来た訳じゃあ無いでしょう」

「だな。……おい、芋を器に盛って配れ、飯にしよう。外の者も中へ入れろ、普通にするんだ」

「はい」


 応えて重蔵は窓辺へ向かう。

 囲炉裏端に積まれていた椀に芋煮が(よそ)われ、(しも)から手渡しで配られる。

 戸が開かれ、外で見張りをしていた若い者も中へと入ってきた。


「ご苦労。そこへ座れ。皆、折角の食事だ、もう少し楽しそうにしろ」


 急にそう言われても、話題に困る。

 互いに顔を見合わせる。


「まあ、食え」

「はっ」

「頂きます」

「頂戴します」


 各々に応えて、器を取った。


「ああ、味噌があるのは良いねえ」

「まったく、味噌と醤油は本当に助かります」

「今年は梅酢も作れるだろうし、梅肉も手に入るだろう」

「おお、それだ、(かめ)を買って来にゃならん」


 食事に対する一言から、急に話題が広がった。

 最初は芋を焼いただけ、それだけでもご馳走だったのだ。

 昔のような、毎日米を食える生活には程遠(ほどとお)いが、底は過ぎたのだと実感できる。


 笑い声が一つ起こった所で、戸が小さく叩かれた。


「……どなたかな?」


 一番近くに座っていた男が、腰を起こしながら問い掛ける。


「あの、夜分に恐れ入ります。上の社に務めている雲雀と申します。守貴さんは……あの……」

「守貴?」


 男が応えながら振り返る。

 その視線の先、上座の男の隣りに居た若者が、軽く驚いたような顔をして立ち上がる。


「守貴はおるよ。ちょっと待て」


 引き戸が開けられると、小さな明かりを持った若い女が、不安げな表情でそこにいた。

 一同が僅かに騒めく。

 失礼だとは解っていても、騒かずにはいられない。


「雲雀さん? どうしたの?」


 守貴は草履を引っかけるようにして表に出ると、立ち止まって後ろを確認する。

 全員の視線が向けられているのを理解すると、顔を逸らし、そっと戸を閉めた。


「……なんじゃあれは、守貴は、いつの間にあんな、お社の女と?」


 質問を向けられた上座の男、村長にして守貴の父でもある人物は、首を左右に振った。


「いやいや、儂も知らん。……いや、なんと言うか、いつの間に、上手い事やった、のか?」


 その言葉には、感心と驚きが込められている。

 村に、お社の女に声を掛ける者がいるとは思わなかった。

 なんと言っても、こちらはお社の助けを得て、何とか自給しているところなのだ。


「お社の女に手ぇ出して、大丈夫なのか?」


 当然の疑問が起こる。


「どう、だろうかな。何とも言えん」


 村長は椀を床に置き、考え込む。


「……何とも言えん。そもそも、何の用事があって来たかも判らん、早合点は良くなかろう。暫く様子を見よう」


 何とも言えんを繰り返した村長に、他の者たちも何とも言えなかった。




「夜分遅くにすみません。お願いしたい事があって……」


 言いながら、声が小さくなる。

 日が暮れてから女が男の家を訪ねるのは、あまり良いことでは無い。

 雲雀もそれは解っている。


「大丈夫だよ。どうしたの? なにかあった?」

「あの、急ぐような事じゃなかったのですけど……、昨日いただいた飴を、私も買いたいなと思って、もし良ければ、一緒に、あの、湯川まで……」


 俯きながら、そして時々小声になりながら、話す雲雀自身、本当に急いで会いに来るような用事では無かったと後悔する。


「飴を、買いに?」


 ほら、守貴も呆れている。

 心の中で呟いて、雲雀は赤面し、言葉に詰まる。

 ミヤとミクは、いつどうなるか解らないが、それはこちらの都合だ。

 だからといって、夜中に押しかけるのはどうかしている。


「僕の方はいつでも大丈夫だけど。雲雀さんは、お社の方は良いの?」


 予想に反し、雲雀の不躾な願いに対して、守貴は柔らかな応えを返す。

 夜分、突然訪ねた事を責める風も無い。


「良いんですか?」

「え? 何が?」

「あの、夜中に急に来て、こんな事、失礼だったかと思ったんですが」


 雲雀の心配を、守貴は笑って飛ばす。


「そんな事ないよ、頼ってくれて嬉しい。流石に、ちょっとびっくりはしたけどね」

「……ありがとうございます」


 雲雀は深く頭を下げ、話し始めた。


「お社の方に、小さな女の子たちがいるのですが、中に、もう長くない子がいるんです」

「へぇ」


 守貴は僅かに驚きの表情を見せる。

 ただ、俯きながら喋っていた雲雀は、その事には気が付かない。


「その子たちの事を考えていたら、ふと、あの飴の味を思い出して、それで……」


 雲雀がふと顔を上げると、守貴は視線を逸らし物思いに耽っているようだった。

 そのままの姿勢で言葉を紡ぐ。


「それは、こんな時間に来たって事は、本当にもう急ぐ必要があるって事だね」


 守貴は雲雀に向き直り、真っ直ぐ見つめ返した。


「ちょっと待ってて」


 返事を待たず、(きびす)を返して屋敷へ向かった。

 戸を開けた瞬間、中から声が上がったが、守貴はそれを制して、すぐに戻ってきた。

 その手には、見覚えのある小さな桶が有った。


「これを、持って行って。食べかけだけど、そこは許して欲しい」

「ええ? でも、これは、守貴さんの、……貴重な物なんじゃ無いですか」


 思いもしなかった申し出に、驚いて問い掛ける。

 桶飴が(いく)らするのか、雲雀は知らない。

 だが、今の村の情勢では、おいそれと買える物では無く、丸ごと人に譲るような物でも無い事ぐらいは判断できる。

 それはただの甘味では無く、風邪を引いた時などにいただく、栄養食品であり、薬でもある。


「大丈夫、僕はまた買ってくるから」


 また、買ってくる、程のお金があるのだろうか。

 守貴は優しげに微笑んで、雲雀の手にそっと飴桶を載せた。


「急ぐんだろ? ここは遠慮しないで。雲雀さんにはいつもお世話になってるしね」

「では、せめてお金を……」


 雲雀は飴桶と手持ち行灯を足下に置き、巾着を開く。


「ああ、いいよ。開封済みの飴でお金をもらう訳にはいかないだろ」

「そんな、流石にそれは」


 お金に困っているのでしょう? とは言えない。

 しかし、事実、困っているはずだ。


「せめて、せめて半分の代金だけでも受け取ってください」


 巾着の中には、もう一回り小さい巾着が入っている。

 それを開いて、中身を右手の平に転がした。


「ええっと、あの、お幾らなのか分からないのですが、足りますか?」


 その銀色の輝きを見て、守貴は一瞬息を飲む。


「銀?」

「ええ、すみません、普段、あまりお金を持って無くって、手持ちがこれしか無かったんです」


 普段は、そもそも買い物などしない。

 必要な時に、必要な分だけ銭を受け取っている。


「銀なら、一粒で十分だよ。半額を超えてる。お釣りをだそうか?」

「そんなっ! 納めておいてください」


 驚いた雲雀に、守貴は(おど)けたような笑みを浮かべる。


「ふふっ、冗談だよ。解った、今回はこれで」


 言いながら、銀を一粒つまみ上げる。

 その笑顔を見ても、雲雀はまだ不安そうだった。


「本当にそれで良いんですか?」


 本当はもっと高価なのでは無いか?

 そう思っていた。


「んー、そうだね。今度、一緒に湯川に行こうか」

「え?」

「さっき誘ってくれただろ? 飴屋さんも案内するよ。僕はいつでも良いから、時間が出来たら教えて欲しい」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 巾着を持った手をギュッと握り、雲雀は頭を下げた。




 守貴は一旦屋敷に戻って提灯を持ちだし、お社の近くまで雲雀を送っていった。

 帰ってくるまで随分と時間が経っていたが、最初に集まっていた男たちは、そのままの座で待っていた。


「守貴ぁ、あれは一体どういう事だ? 付き合っとるんか?」


 詰め寄る小父を片手で制し、まずは父の隣に座る。


「その前にこれを見てくれ」


 銀の粒を、村長の手の上に載せる。


「これは……?」


 一見すると、小さな金属の塊。

 村長は囲炉裏の火に(かざ)すようにして、それを確かめる。


「食いかけの飴の代金にもらった」

「銀……か?」


 囲炉裏を囲んでいた全員が(どよ)めく。

 まるで綱に引かれたかのように、一斉に体を村長の方に傾けた。


「銀だと?」

「どれ、ちょっと見せてみろ」

「まあ待て」


 村長は言葉だけで皆を押さえ、初老の男に声を掛ける。


「おい、長治」

「はい」

「見てくれ」

「はい。失礼します」


 長治は丁寧に両手でそれを受け取ると、手の甲を床に付けるようにして観察する。

 更に左手の平の上に置き、右手の人差し指で衝いて転がす。


「新しいですな。見た事の無い刻印が打たれてる事からして、ごく最近の物に間違い有りません。重さは一匁ですな」


 銀はすぐに黒ずむ。銀本来の光沢を放っているこれは、作られてまだ日が経っていない。

 粒銀は正式な硬貨では無く、略式貨幣。

 本来の銀貨は四角く鋳造されているが、粒銀は溶かした銀を板の上に落し、刻印を打っただけの簡単な物である。

 戦が終わった後、今の皇帝が急遽作らせた物だろうと考えられた。


「そうか」


 確認してもらいはしたが、村長も同じ見解だった。

 返された銀を片手で受け取り、それをもう一度翳してみてから、守貴に返した。


「良いんですか?」


 思わず守貴が聞き返す。


「お前が受け取ったんだろ、お前の物で構わん」


 それ自体は問題では無い。


「最近は、銀も流通しているのか?」


 村長は再び長治に問い掛ける。


「いやぁ、どうでしょう? 町に出る機会が少ないので何とも申せませんが、少なくと、湯川や山津辺りでは全く見かけませんでしたな」

「山津でもか」


 つまり、この辺りには流通していない。


「皇都山都では判りませんが、貨幣として使う物ではなく、取引や、銀そのものを動かす為に作ったのでは無いでしょうか」

「と、言うと?」

「銀は基本的に関税が掛かりますが、個人が財布に入れてる分は目溢(めこぼ)しされます。それで、何人かに手分けして、関所を脱けさせる手立てがあります」

「成る程、解った」


 朝廷は、銀貨では無く、銀そのものを流通させたいのだろう。

 実際には貨幣として使われないから、庶民の手には届かない。


「そうすると、あの娘が持っていたのは、……お社に納められているのか?」

「神社に銀を供える事自体はおかしくありませんが、あの銀は不自然ですな。それに、物の対価として普通に差し出した事も奇妙です」


 村長と長治は共に考え込む。

 先ほどまでそわそわしていた一同も、黙ってその光景を見守っていた。


「一度、お社に物を渡す時、米や塩じゃなく、銀が貰えないか聞いてみるか?」

「それは止めておきましょう。銅ならともかく、銀と言うとこちらが怪しまれます。それに、銭でいただくより、物でいただいた方が割が良いように思います」


 お社は、本来の価値より高く麻製品を引き取ってくれている。

 物々交換では無く、銭での取引となると、正規の金額になるかも知れない。


「そうか、気には成るが……、そうだ、守貴。結局のところどうなんだ? あの女はどういう関係だ?」


 再び自分に話題が戻ってきて、守貴は溜息まじりに苦笑すると、雲雀の事と、先ほどの遣り取りを話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ