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第四十五話 お赤飯

 湯川の町は正月でも湯治に人が訪れる。

 それなりに雪の積もる場所ではあるが、ほぼ積雪の無い国府辺りの客には、逆に好まれるようだ。

 神社の階段を降りてきた少女は、昼日中(ひるひなか)から散策する湯治客を横目に、道の端をぽてぽてと歩く。


 はあーっと大きな溜息を吐き、その少女、小鞠は大分軽くなった包みを日に翳した。

 残された(おり)はあと一つ。

 しかし、それを誰に渡したものか。


 一般的に女性の成人に関しては、村や町によって決まりがある。

 例えば年齢。十三才から、()しくは十四才からを成人とする場合が多い。

 そしてもう一つが、月の物を迎えた、つまり初潮を以て成人とする場合である。


 この辺り、湯川郷の近辺では後者が多い。

 そして、湯川の風習として、初潮を迎えた少女は、近隣と(おとめ)組のお姉さん方に赤飯を配る事になっていた。


 恋愛は基本的に妻問婚(つまといこん)

 男性が声を掛け、女性が袖を振って交際が始まり、夜に女性宅に通う事で仲を深めていく。

 その折、誰が誰と交際しているか、誰が何処の家に通っているかは、男組、女組でそれぞれ話し合われ、確認が取られる。

 浮気、横恋慕も監視され、同意の無い夜這いには厳罰が下る。


 この組合を敵に回すと、その町では結婚は元より、恋愛すら出来ない。

 これは女性を守る為の仕組みでもあり、無理矢理の、望まない妊娠を避ける為でもある。

 成人すると女組に入るのは絶対の義務であった。


 それは、良い。

 小鞠も文句は無く、お姉さん方には決まり通り挨拶を述べ、赤飯を渡してきた。

 向こう三軒両隣も無事終了。

 あとは、意中の相手に贈る分だ。


 本来、女性から男性に声を掛けるのは好ましくないとされている。

 だが、最初の相手だけは女性から誘えるようにとの、ちょっとした心配りが、このお赤飯には込められている。


 しかし、実は湯川郷では、夜這いの風習はあって無いようなものだった。

 大体、町と呼ばれる規模の集落では、夜這いが行われない事が多い。

 この町では、殆どが幼なじみや、親の紹介で付き合い始め、婚前交渉が無いのも珍しくない。

 男組、女組も、交際の把握ぐらいしかしていない。


「どうしましょうかねぇ」


 母さんの心遣いなのだろうが、実に扱いに困る。

 誘いたい相手がいる訳で無し、そもそも、小鞠自身は、湯川に越して来てまだ日が浅い。


 小鞠の両親は、元々、湯川の南にある山津の町で桶屋を営んでいた。

 山津はその名が現す通り、山間部に近い、川港として発展した。

 湯川道の中継地点として、美湯の国府、湯川郷の他、東へ抜ける二つの山越え道の起点であり、極楽谷へ向かう馬掛道という川沿いの道の起点でもある。

 両親は湯川道にある小村を歩いて、桶やその材料を仕入れ、町で販売や修理、(たが)の掛け直しなどを行っていた。

 それが、表の仕事である。


 裏では交通の要所である山津を護る、皇儀の隠密として活動していた。

 東国の山間部からの抜け道が多い山津には、様々な物が集まり、川舟や牛、徒歩で国府に流れていた。

 当然、抜け荷やご禁制の品など、月に一度は何かしらが起こり、騒ぎが絶えない町である。

 また、四方の街道小街道、林道には、鬼や亡者、霊獣の類いが非常に多く現れ、こちらの被害も絶えなかった。


 その頃の山津には町付きの甲種隠密が複数人おり、中でも小鞠の父は、北方の街道担当の鬼討ち、獣狩りだった。

 幼い小鞠はその姿に憧れ、十二の頃、山都国(やまとのくに)にある皇儀隠密の本所へ出向き、修行に励んだのである。


 そして、帰ってきた頃には、状況が変わっていた。


 戦も無くなり、鬼、亡者の類いは数を減らし、猛威を振るっていた霊獣たちも、鳴りを(ひそ)めた。

 町に集まる悪人たちも粗方姿を消し、いつの間にか、隠密に属する者がその座にいた。


 結果、過剰になった隠密は他に割り振られ、馬掛道の鬼、亡者を片付けた父は、湯川の町へ引っ越していたのである。


 表も裏も、仕事が楽になったと両親は笑うが、成績優秀で引き留める声を振り払ってまで帰郷した小鞠にとっては、完全に肩透かしだった。

 そのまま、皇儀の仕事を(こな)す事無く新年になり、早々に初潮を迎えて赤飯配りである。


 もう一度、はあぁっと息を吐く。

 女組のお姉さん方は、皆優しくしてくれるが、知らない顔ばかりだった。

 当然、見知った男性も殆どいない。


「……あ、いた」


 数少ない、見知った男性が。


唄太(うたた)ぁー」


 手を振り呼び掛けるその先に、郷詰めの兵士が数人、(たむろ)していた。

 その内の一人が声に反応し、振り返る。


「唄太って言うなっ!」


 そうは言うが、彼は勿論、唄太である。


 年の頃は小鞠よりもかなり上、もう二十歳前後だろう。

 正確な所が判らないのは、彼が戦災孤児だからである。


 戦に追われて山津に流れ着いた、難民の中に彼はいた。

 両親ははぐれたのか、死んだのか、でなければ、捨てられたのか。

 一人の難民を助けると、たちまち他の難民たちにも(たか)られる。例え少年であっても、助けようとする者は居なかった。

 そんな中、彼は幼いながらに船の積み卸しを手伝い、駄賃の僅かな米と干物で命を繋いで、舟屋の軒先で雨をしのいだ。

 その姿が、同情と信頼を得たのだろう。


 そして冬。

 流石に雪は絶えかねるだろうと、一人の舟屋が引き入れた。

 その男も隠密であった為に、後に唄太は小鞠の父とも親しくする事になる。


 数年が経ち、唄太は舟屋に恩を返す為に金を稼ぐと、国府の兵士になった。

 残念ながらなのか、運が良いのか、その後、美湯の国では戦が起こっていない。

 やがて、唄太は湯川郷に配属され、そこへ越してきた小鞠の父と再会し、酒を酌み交わす仲になった。


 唄太の名前は、全てを失った彼が、唯一持っていた物だ。

 だが、唄が太いと言う名前が、どうも好きには成れないらしい。


「唄太ぁ、何してるんですかぁ」


 とてとてと不思議な足音を立てて近づく小鞠を、唄太は片手を挙げて制する。


「今から非番なんだよ、仲間と打ちに行くんだ。付いてくんな」


 打つ、とは博打である。

 非番の兵士のやる事は、酒を飲むか博打で遊ぶかが殆どだ。

 金が無ければ寝て過ごし、金が余っていれば女遊びに興じる。

 舟屋に恩を返す為に働いている唄太は、あまり金を使う方では無いが、友人との付き合いで(たま)に博打を打つ事もある。


「こんにちはぁ」


 小鞠は、そんな唄太の声を無視して、仲間の兵士たちに挨拶を送る。

 可愛らしい外見の小鞠は、既に一部の兵士に知られているらしく、彼らも優しく挨拶を返し、唄太を小突く。


「何だよ、お前、この子と知り合いだったのかよ」

「可愛いじゃねえか」

「んあ? こいつの、親父(おやじ)さんと知り合いなんだよ。俺の恩人さんの仕事仲間だ」

「へえ」


 年相応に、友人とじゃれ合う唄太を、小鞠は温かい眼差しで見つめていた。

 初めて見た時は、氷のような目をして、非常に恐ろしかったのを覚えている。


「あ、そうだ、唄太、これ」


 小鞠は残っていた折を唄太に差し出した。


「あ? なに?」

「お赤飯。賭場でお腹減ったら食べて」

「は?」


 唄太の友人が(ざわ)めくが、小鞠は気にせず、ポンっとそれを手渡し、微笑みかけた。


「では、またです」


 なぜか呆然とする唄太と、妙に盛り上がっている友人たちに背を向けて、(から)になった包みを揺らしながら、小鞠は帰路についた。




 飴釜屋の主人は年に数回、皇都山都の国と周辺各国を回る。

 それぞれの国で薬を仕入れるとともに、顔つなぎを行うのである。

 薬師にとっては重要な仕事だ。


 正月の参詣者と入れ違いに都に上る為に、この時期を選んだ。

 まず、山津へ向かい、そこから川舟で国府へ下り、また船に乗り換え大浦の国へと向かう。

 概ね、半月ほどの日程だが、場合によっては一月近く帰ってこない事もある。


「どうぞ、お気を付けて。無理は為さらないでくださいね」


 飴釜屋の奥方である時子は、優しく夫に声を掛ける。


「ああ、大丈夫だ。留守を頼むぞ。それと、いつも通り、何かあったら隣を頼れよ」

「はい」


 隣り、大浦屋からは柘榴、花梨が見送りに顔を出してくれていた。

 つい先ほどまでは衛士長も来ていたが、軽く挨拶したあと、餞別だけ置いて帰って行った。あれで中々忙しいらしい。


「小父さん、お土産、楽しみにしてますね」


 花梨が笑顔で声を掛けた。

 まだ幼い花梨は、旅の意味をよく解っていないらしく、ただ、遠くへお出かけするくらいに思っているようだった。

 飴釜屋の手を掴み、ぶらぶらと左右に揺すって遊ぶ。


「もう、花梨ちゃん、やめて」


 それを柘榴が軽く窘める。


「小父さん、どうか、お体に気を付けて」

「心配ない、これでも養生には自信がある」


 花梨を背中から抱き留め、上目遣いに言う柘榴に、飴釜屋はさっぱりとした笑顔で応えた。

 紛いなりにも薬師なのだ、病気の心配は無いと胸を張る。

 そのまま、跡取りの清彦と、母の両脇に張り付いている、清次、清人に目を向けた。


「清彦、母さんと店の事、任せるぞ。清次、清人、お前たちも出来れば店の方も手伝えよ」


 清彦、神妙な顔で「はい」と応え、清次は負けじと胸を張り「おう」と応える。

 方や清人は、母の脚に半分隠れるように小さく「うん」と応え、目に涙を溜めた。

 その姿に清彦は小さく笑い、ガシッと掴むように頭を撫でた。


「ほら、しっかりしろ。おやじさんを困らせるんじゃ無いぞ」


 清人はもう一度「うん」と応え、兄の手を取った。

 その遣り取りを、一同が微笑ましく眺めている。


 山津はそう遠く無い。ゆっくり行っても今日中にはたどり着く。

 だが、余裕を考え、そろそろ出立するべきだろう。


「では、行ってくる」

「はい。お帰りをお持ちしています」


 夫婦はあっさりとした物で、手を取り合うような事も無く、視線だけを合わせる。

 飴釜屋は小さく笑顔を見せると、そのまま背を向けて歩き出した。

 その姿が見えなくなる直前、一度だけ振り返って手を振った。


「行っちゃったねぇ」


 ぽつりと、花梨が呟く。

 先ほどまでの笑顔とは裏腹に、少し泣きそうな顔になっている。

 その頭をそっと柘榴が抱き寄せる。


「すぐに帰ってきますよ」


 そう言った柘榴も寂しげだった。


 この三年で、旅はかなり楽になった。

 戦が無くなった事もあるが、鬼や野盗の類いが減ったのが一番である。

 それは、旅先で殺される可能性が減ったという事だ。

 しかし、旅立つ者を見て、もう二度と会えないのでは無いかという不安は、消える事は無い。


「では、これで失礼します」


 残った者に一礼し、柘榴は花梨を連れて大浦屋に戻っていった。

 背を向けた二人の髪が、馬の尻尾のように仲良く揺れている。


 旅に出る回数は、大浦屋の主人の方が圧倒的に多い。

 今も仕事で、国府の方へ出向いているはずだ。

 いつも、留守を預かる時、大浦屋と飴釜屋は互いに助け合ってきた。


 隣り合う二つの家は裏庭で通じており、常に行き来がある。

 飴釜屋が野菜山菜を、大浦屋が海産乾物をお裾分けするのが定番で、風呂は飴釜屋の温泉を共用している。

 両家の主人が旅に出ている今夜は、旅の安全を祈念しつつ、夕食を共にする約束をしていた。


 飴釜屋の面々も、もう姿の見えない道の先を暫く眺めた後、店に戻った。

 湯治客が飴釜屋に来店するのは、殆どが朝の内である。

 昼からは町の人がパラパラと薬を買いに来るくらいだろうか。


「さぁて、夜はなにを作ろうかしらね」


 今の時期、早春の山野草が採れる。

 時子はそのまま店番をして、清彦と清次を裏山へ、清人を裏の畑へ使いに出した。




 湯山の南に作られた隠密の研究所は、神社の外見をしている。

 元々、洞窟の奥に祭場があり、そこで複数の神霊が祀られていたのだが、長い年月の間に色々あって、今の形になった。


 (やしろ)は侵入者に対する偽装であり、最後の砦でもある。


 五年ほど前、(ふもと)落人(おちうど)が村を作ろうとした時、最初は追い立てようとしたものだが、現在は一応の監視下において、黙認している。

 彼らに対しても、人知れず祀られている特別な神社であると説明がなされていた。

 不審に思う者もいたかも知れないが、それを問い詰めるほどの余裕は無く、幾ばくかの食料と開墾の為の道具を渡すと、非常に感謝され、以降は良好な関係を保っているように見える。


 この五年で石を積み上げた段々畑は数を増やし、芋と麻、そして最近は蕎麦も作られるようになった。

 水田が無く、米を作る事は出来ないが、生きていけるだけの食料は自給できる。

 流浪民が作ったこの小さな村落も、やっと安定した生活を手に入れたようだった。


 雲雀は弟の木寅(きとら)の手を引きながら、村へ向かう坂を下りていた。

 北向きの斜面に作られた道は、雪が多く残っており、滑りやすい。

 それぞれに大きな包みを抱えた二人は、転ばないよう気を付けながら、ゆっくりと歩を進めていた。


 雲雀にも、一応、非番という物がある。

 一応が付く理由は、非番でも呼び出される場合が多く、雑務や使いを頼まれる事も、また多い。

 今日も最近定番となっている、麓の村に塩を届けに行く役を任された。


 概ね自給自足が出来る山村でも、塩だけは購入しなければならない。

 塩は必要不可欠で、意外に大量消費する。

 何とか生活が成り立つ程度の麓の村は、金銭が無く、真っ先に困窮したのが、実は塩であった。


 逆に、皇儀から大量の物資が支給される研究所では、塩が余る。

 様々な事に利用され、こちらでも大量に消費するのだが、それを前提に発注している為、必ず余るのである。

 麓の村が塩の欠乏で苦しんでいる事を知った研究所の者が、以後、度々、塩を送っていた。


「ごめんくださーい」


 雲雀は、村に着いて一番手前の家に声を掛ける。

 森が近く日当たりの悪い場所ではあるが、村内では一番高く、彼らがお(やしろ)と呼んでいる研究所に近い為、ここが村長(むらおさ)の屋敷となっている。

 無論、普通の感覚の屋敷ほど、立派では無いが。


「はーい」


 中から応えが返り、戸が開かれる。

 姿を現したのは細面の好青年であり、とても流浪民だったとは思えない。

 年の頃は二十(はたち)ぐらいだろうか、立ち居振る舞いも宜しく、元の育ちの良さが窺える。


「おはようございます、守貴(もりたか)さん。またお塩をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。いつも助かっています。どうぞ、中へ」


 守貴と呼ばれた青年は、村長の一人息子であり、跡取りである。

 ここ最近、お社との遣り取りは、彼が中心となって取り仕切っていた。


「先日は新しい織機をありがとうございました。随分と調子も良いようで、麻布の生産は倍ぐらいの早さになりそうですよ」

「それは良かったです」


 話しながら、茶の用意をする。

 勿論、人を雇う余裕はない。村長の跡取りといえども、客人に出すお茶は自分で淹れなくてはいけない。

 だが、ほんの一年前までは、これが白湯だったのだ。


「逆に、糸を紡ぐ方が追い付かなくなりそうで、困ってしまいます」

「そうですか……」


 応えて、雲雀は少し考えに耽る。


 麻は、百十日で八尺以上に成長する。

 茎の皮の繊維は麻紐や麻布の材料となり、またその実は高い栄養価があって、油の材料にもなる。

 現在、村の主要な産業と呼べる物はこれしか無く、その実や油、麻布を他の村や町に持ち込み、外貨を得ていた。

 研究所が新しい織機を贈ったのも、その生活の安定に寄与する為である。


 雲雀は、麻糸を紡ぐ道具を増やせないか、上に相談できないだろうかと思いを巡らせていた。


「どうぞ、粗茶ですが」

「ありがとうございます」


 雲雀が頭を下げるのに合わせ、木寅もお辞儀をする。


「木寅君も、大きくなったね」

「ええ、やっとお手伝いをしてくれるようになりました」


 二人に見つめられ、木寅は恥ずかしそうに顔をうつむけた。


「そうだ、これ」


 思い出したように守貴が立ち上がり、背後の棚から小さな桶を持ち出す。


「何ですか?」

「昨日まで湯川に行ってたんだ。そこで良い物を見つけてね」


 ニヤリと笑いながら、桶を開けてみせた。


「これは?」

「飴だってさ」


 応えながら、金槌と目打ちを持ち出す。

 ガツンっと打ち込むと、桶飴が砕けて破片が飛んだ。

 それを何度か繰り返し、欠けた飴を桶の蓋に載せると、木寅の前に進めた。


「どうぞ、雲雀さんも」

「良いんですか?」


 それは、貴重品の筈だ。


「あ、僕もいただきます」


 そう言って笑いながら、守貴も一つ摘まみ、口に放り込む。


「……ありがとうございます」


 その笑顔に釣られるように、雲雀も一欠片を取って、お礼を言った。

 目をキラキラさせた木寅は両手を突いて、半透明のそれに見入っていた。


「食べ物ですよ、木寅。お礼を言っていただいて」

「あ、はい。ありがとうございます」


 促されて頭を下げた木寅だが、再び飴に見入っていた。

 それを見て笑いながら、雲雀もそっと、飴を口に含んだ。

 柔らかな甘みが、ゆっくりと口の中に広がっていく。


「お社の方でも、飴は珍しいの?」

「私は、知ってはいましたが、いただいたのは初めてです」


 湯川で作られているので、研究所の人間もたまに購入している。

 ただ、雲雀は一人で湯川まで出た事が無く、必要以外の物を購入した事も無い。


「へえ。……木寅君、食べてみて」

「あ、はい。いただきます」


 やや人見知りなのだろうか、緊張したように応える木寅が面白く、雲雀はその頭を優しく撫でた。


「甘くて美味しいよ」

「本当に、気分も柔らかくなるね」


 雲雀と守貴は、木寅に声を掛けつつ目線を合わせ、笑い合った。




 お茶と飴をいただいた後、塩の対価として麻製品を受け取った。

 勿論、研究所で必要な訳では無い。必要分は支給されている。

 それでも物を受け取るのは、ただ与え続けるのは良くないとの考えで、村が安定してきてからは、主に物々交換で取引していた。


「ありがとうございました。ごちそうさまでした」


 麻の包みを抱え、雲雀が頭を下げる。

 生活が楽になったとは言え、飴は本当にごちそうの筈だ。


「いえいえ、こちらこそ。本当に、いつもありがとう」


 そう言いながら守貴は、そっと雲雀の耳元に近付くと、木寅には聞こえないような声で囁いた。


「もし良ければ、今度は二人きりで会えない?」

「え?」


 咄嗟に耳を押さえ、雲雀が距離を取る。


「良ければ、ね。考えてくれると嬉しい」

「あ……はい」


 消え去りそうな声で応えると、雲雀は耳元を押さえたまま背を向けて、木寅の腕を掴んで歩き出す。

 その顔は、木寅が驚くほど真っ赤になっていた。

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